第十九話 ~戦いの終わりにⅡ~
宣言通り、前話から近いうちに投稿だぁ!!
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「どうした? 早く来い」
「は、はい……」
エレーナ閥の主要人物が勢ぞろいし、腰を下ろして待ち構える陣内。
そこから放たれる異様な圧力に怯んでいれば、淡々とエレーナ様に命じられ、仕方なく中へと入っていく。
足を進める俺を見送ってそそくさとオットーが去っていくのを背中に感じつつ、そんな薄情な部下よりもこれからの自分だと思いなおし、周囲の様子をうかがう。
一番奥に構えるエレーナ様の左右をフィーネとハンナが固め、残りの人たちは、左右にずらりと並ぶ。
エレーナ様の次の席次に皇女であるソフィア殿下。そこから順番にマイセン辺境伯、副師団長のヴィッテ子爵、副参謀長のナターリエに、エレーナ様の直卒連隊の副連隊長にして実質的指揮官のアンナ、ギュンター、ビアンカと続く。
顔ぶれ的に、公的な要件という様子ではなさそうだ。公的な話なら、西方諸侯代表がマイセン辺境伯のみであるのは政治的に西方諸侯を軽んじすぎだしな。
それにしても、何度も言うが圧がすごい。
どれくらいすごいかって、みるからに「どうでもいいからさっさと帰って寝たい」と顔に書いてあるビアンカの態度が癒しに感じるくらいにすごい。
そんなことを考えながらゆるゆると足を進め、皆に三方を囲まれる形で片膝をつく。
「この度の件、何か言いたいことは?」
早々にそんなことを問われる。
いや、いきなりそんな抽象的なことを言われても……あ、あったわ。
「それでは、申し上げさせていただきます」
「うむ」
「エレーナ様、どうして引き返してこられたのですか? あなたが命を落とされてはすべてが終わるのです。もっと、ご自分のお立場をお考え下さい」
瞬間、場が凍る。
エレーナ様が苦虫をかみつぶしたような顔になり、周囲を見ても誰もがいい顔はしていなかった。
さっきまで興味が薄そうだったビアンカも呆れたような顔になり、いつもは俺のヨイショをしてくれるアンナもなぜか俺を非難するような目線をくれている。
戸惑っていれば、エレーナ様が静かに口を開く。
「カール、お前が残っていただろうが」
「ですから、お立場をご自覚ください。部下のために、あなたが危地にやってくるなど、本末転倒もいいところです」
「だって――!」
「だっても何もありません。こんな、いくらでも替えのきく部下のためにあなたが命を懸けるなんて論外で――!?」
それは一瞬のことだった。
気付けば、目の前に迫る赤髪の少女。
彼女の放つ地を這うような拳は、俺の顎をうち抜き、そのまま俺の体を後方へと倒れさせた。
もしも彼女が小手をつけていれば、そのまま俺はあの世行きだったのではなかろうか?
「エ、エレーナ様……」
「バカ! カールのバカ! バカバカバーカ!」
揺れる頭を抱えながらなんとか上半身を起こせば、まるで子供みたいな罵倒の仕方をしている女の子が一人。
混乱の中で反応できないでいると、キッと俺を睨み、エレーナ様はさらに言葉を重ねる。
「いいか! よく分からないが、とにかくだ! 私の大事な部下のことを馬鹿にするようなことを言うやつはぶっ飛ばすからな! それが、部下自身であってもだぞ!」
「は、はい……」
勢いに押されて素直にうなずくと、エレーナ様はそのまま不機嫌そうに立ち去っていき、親衛隊の二人は追いかけるように去っていった。
正直、反論・異論は言おうとすれば言うことはできた。
――だけど、涙を流しながら困ったような顔で怒る女の子相手に、そんなことをできるはずがないじゃないか。
呆然としていると、また一人こちらへやってくる。
「ちょっとよろしいかしら?」
「……ええまあ、何なりと。ソフィア殿下」
気付けば、俺たち以外の人影が消えている。
「少し気になったもので、他の方々には少し席を外していただきましたの」
「あ、はぁ……」
「で、先ほどの言葉、本気でおっしゃったのかしら?」
「先ほどの?」
「ええ。あなた自身が、『いくらでも替えのきく部下』であると」
「ああ、はい。そうですね」
だって、エレーナ閥での俺の役目は終わったに等しいのだ。
実家の領地開発はパトリックに任せて軌道に乗ってるし、鉄砲開発も今回の戦いで実用化の目途は立った。
エレーナ様自身も元帥号と元帥府という足場を築き上げている。
別に、俺自身に特別な能力がある訳じゃない。
単に、別の世界のアイデアを持ち合わせてるだけで、それに基づいて一人で何かすごいことができるわけじゃないのは、子供のころの失敗の山で十分に学んだのだ。
考えつく限りのアイデアの種は誰かに託した以上、俺自身は替えなんてきくんだよ。
「ふーん。なるほどなるほど」
勝手に何かに納得し、面白そうに笑いながらうなずくソフィア殿下。
何事かと首を傾げていると、その疑問に答えるように口が開かれた。
「随分と自己評価が低いのですわね」
「事実なんで。それが何か?」
「いえ、個人的にはよろしいと思いますわ。きっと、良くも悪くも、それがこれまでのあなたの出してきた結果に結びついているのでしょうし」
それだけ言い残し立ち去っていく彼女の背中を、結局何だったのか分からずに見送る。
すると、数歩進んだところで急に足を止めた殿下がこちらに振り向いた。
「ああ、これはあくまで参考程度にお聞きくださればよろしいのですけど」
「あ、はい」
「――エレーナ様があなたの救援に戻ると言ったとき、彼女の部下も西方諸侯も、誰一人として反対しなかったんですのよ」
「は?」
思わぬ言葉に、つい皇女相手に失礼な言葉が漏れた。
いや、反対意見ゼロ? 撤退中に、皇女が敵地に引き返すとか言い出してるんだぞ?
……あれ? もしかして、周りの人たちが思い込んでる俺の価値って、思ってたよりもずっと重い?
「あと、もう一つ」
「え? あ、はぁ」
思わぬ流れに混乱して、適当に返事をするのだが、雰囲気が急に変わる。
それまでの柔らかい表情が、一気に険しくなった目の前の人が原因なのは明らかだった。
「エレーナ様の、いえ、あの子の涙の意味、少しは真剣に考えてあげなさい」
それだけ言い残すと、返事を待つこともなく本当に立ち去っていくのだった。
本章はあと、王国と帝国の政治的結末をそれぞれ描いて終わりって予定です。
それと、前書きでも書きましたが、改めて、一昨日の6月25日から、本作の書籍版第2巻『剣と弓とちょこっと魔法の転生戦記2 ~凡人貴族、好敵手との邂逅~』が大好評発売中ですのでよろしくお願いします!




