死霊術師ノーラ
黒疫鬼を倒したことで、アルフォード卿は息を吹き返した。
変色していた皮膚がもとに戻り、全身の痛みから解放された。病の苦しみはよほどのものだったらしい。アルフォード卿はげっそりとした様子で、王国軍の手によって連行されていった。
カイたちが捕らえた少女ノーラは、いったんクリスタルズが身柄を預かることとなった。
「私は死霊術師ノーラ。ライオネル・シーグローヴは、私の師に当たります」
ノーラは両手を前に縛られ、アルフォード邸の一室で尋問されていた。
質問に素直に答える彼女は、見事な金髪に赤い目の持ち主だった。ただ、肌は不安からか蒼白くなっている。
「ライオネルの弟子か。ならば、師匠の行方も知っていよう?」
ジェラルドが尋ねる。
「それが、わかりません。地下の脱出路から、逃げたのでしょうが……」
「置いていかれたのか」
ノーラはうつむいた。是、を示す仕草だった。
「じゃさ、心当たりはない? 君のお師匠の行きそうなところ」
「心当たりといえば……郊外の館くらいしか」
「決まり。案内してもらえるよね?」
ノーラはうなずいた。
「でも、今日は遅いと思います。明日の方が……」
「そうやって、時間稼ぎか?」
「ジェラルド、何でも疑うなよ。死霊術師の家に行こうってんだ。明るいうちの方がいい」
既に外は暗くなっていた。
当然ながら、この世界に電気はない。明かりといえば、松明や蝋燭の類。光を生む魔法もあるが、クリスタルズにはこの魔法を使える者がいない。
「そんな中、死霊術師の館に踏み込むのは、危険だろう?」
「そんなに危ないのか?」
カイがニコラスに尋ねる。
「家捜しするにも、明かりが少ない中じゃ無理ですしね。朝を待ちましょう」
カイたちはノーラを伴って、王宮へ戻った。
ノーラはおとなしく牢へと入り、四人は詰め所で一夜を明かした。
翌朝。
王都郊外にあるライオネルの館は、そこそこ大きなものだった。
門扉は開いている。手入れの行き届いていない庭を抜け、家の前に立つ。
案内役として一番前に立っていたノーラが、扉の前で手をかざす。
「大丈夫です、扉に罠は……ないようです」
「開けてくれ」
館の中は雑然としていた。
宮廷魔道士たちが持ち去ったのだろう。本棚に本はなく、机の引き出しは開けられて中身がバラまかれている。中身のないビンの類が残っている。
「この館に地下室とかは?」
「ありません」
ノーラは質問されたことだけに答えている様子だった。
「何か、黒疫鬼につながるものは……」
その時、何も入っていないはずのビンから、気配がした。灰色の煙が渦を巻き、ビンを割って飛び出す。
「キシャアアアッ!」
それはサーラに向かって飛んだ。
「サーラ! 危ない!」
「カイ様!?」
サーラの前に、カイが滑り込む。
それがカイに触れた瞬間、カイはぞくりとした悪寒に襲われた。全身の力が抜ける。床にへたり込む。
ジェラルドとニコラスが、カイたちの周辺を固める。
「キキキキキ……」
煙は宙に浮いたまま、やがて形を現す。やせ細った、骨と皮だけの人間の姿だった。
「何だ、こいつは!」
「離れて! 死者の魂です!」
ノーラが叫んだ。四人の前に出る。
「キシャァッ!」
「眠りなさい、迷える魂よ!」
ノーラに向かって、死者の魂が突進する。
ノーラは手をかざし一喝した。
ボンッと派手な音がして、灰色の魂は爆ぜた。それっきり、周囲には静けさが戻る。
だがサーラの悲痛な声があたりに響く。
「カイ様! カイ様!?」
カイが気を失っていた。全身が冷たくなり、サーラの呼びかけにも答えない。
「これはどういうこと!? 罠!?」
サーラがノーラに鋭く問いかける。
「ごめんなさい、ごめんなさい! 今、回復させますから……!」
ノーラがきゅっとカイの手を握る。
サーラが何か言おうとした。だが、ニコラスが首を横に振って制する。
「あ……」
ノーラの手からカイの手に、何かが流れ込んでいる。
ピクリ、とカイのまぶたが動き、開いた。
「ああ……オレ、どうしたんだ?」
「カイ様!」
サーラがカイに駆け寄る。
「カイ様、どこもおかしくなっていませんか?」
「あ、うん、たぶん大丈夫」
「どうしてわたしをかばったりなさったんですか!」
「だって……サーラは大事な仲間だから」
サーラの顔が、カッと赤くなった。照れなのか怒りなのか、それはわからない。
「さて、それも大事だけど……」
カイはゆっくり立ち上がる。
「死霊術師ノーラ、助けてくれてありがとう」
「そんな、助けるだなんて……私はただ、師が仕掛けた罠を見破れなかった責任がありますから」
ノーラはうつむいた。両手が震えている。
「な、ノーラ。君はお師匠をどうしたいと思ってる?」
「どうしたい……とは?」
「言葉通りさ。黒疫鬼の研究をし、人々の脅威となって逃げ続ける彼を、さ」
カイの質問は、真剣さを帯びていた。
「……止めたい」
ノーラは短くそう答えた。
「私は、お師匠様を止めたいです。黒疫鬼の研究なんてやめて、普通の術師に……!」
「決まり。じゃあ……」
カイは笑った。愛嬌のある笑みだった。
「これからは、オレたちに力を貸してくれ」
ノーラは深くうなずいた。
初出:2016年丙申12月31日