従卒サーラ
春の陽が傾き始める頃。
王都の、貴族たちの館が集まる一角。
カイたちは、アルフォード邸の門が見える物陰にいた。
アルフォード邸は異様な雰囲気だった。門番の数が多すぎる。
屋敷の門はガッチリと閉じられ、まるで訪問者を拒むかのようだった。
「どうします、カイ様?」
サーラが尋ねる。
「皆はどう思う?」
「ここはもう、身分を明かして入り込むというのはいかがでしょう?」
ニコラスが提案する。
「何もなければ素直に協力するはずですよ。痛くもない腹を探られるのは、いかに貴族とて嫌でしょうからね」
「だ、大丈夫かなぁ」
四人の冒険者風の出で立ちは変わっていない。門前払いを食らったりしないだろうか。
「大丈夫でしょう。私たちにはこれがありますから」
サーラが腰に下げた短剣を示した。
彼らは自分の得物のほかに、この短剣をいつも身につけている。その柄には、雷神の横顔の意匠が刻まれている。王家の紋章だった。
「この剣を持つ者は、王命を拝する者。逆らうことはできません」
「もし逆らってきたら?」
「押し通るまで」
ジェラルドが左耳のイヤリングを揺らす。
「なるべく穏便にね、ジェラルド……」
「……努力します」
先ほどまでの酒場でのことが響いているのか。ジェラルドは素直にうなずいた。
「よーし、行くか!」
カイは物陰から足を踏み出した。
「こら、何者だ! 冒険者風情がうろちょろしていい場所ではないぞ!」
門番の反応は当然のものだった。
カイはフードを取り、王家の短剣を示した。
「我らは黒疫鬼討伐隊クリスタルズ! ゆえあって、アルフォード卿にお目にかかりたい!」
大声でカイは名乗った。
門番たちの中には、カイの顔を知っている者もいるようだ。一瞬ひるんだのち、言葉を選びながら断ろうとしてくる。
「ほ、本日は誰も取り次ぐな、との仰せです。残念ですが……」
「それ、明日も明後日も取り次ぐな、って言われて終わるんじゃないかな?」
ニコラスが前に出る。
「な、何を……」
「門番じゃ話にならないって言ってるんだ! さっさとアルフォード卿に取り次ぐんだな!」
「……ええい、面倒だ! この者たちを捕らえよ!」
十数人の門番たちが、一斉にカイたちを取り囲む。
「この人数ならば負けるまい!」
即座にジェラルドが反応した。左耳のイヤリングを槍に変化させる。
「主への忠義立てご苦労! だが、我が主君に逆らうことは許さぬ!」
「ジェラルド、殺すなよ! あとが面倒だ!」
「わかっている!」
ジェラルドとニコラスが門番と乱戦に入る。
「カイ様、こちらへ!」
その隙を突いて、サーラが壁際へ寄った。
「水の神アクアリアよ、我が血に応えたまえ!」
するとカイとサーラの足下から、太い水柱が上がる。それを足場にして、二人は壁をやすやすと乗り越えた。
「相変わらず、サーラの術はすごいな」
「そ、それほどでもありませんが……」
サーラが頬を赤くして照れる。
「ジェラルド殿たちは大丈夫でしょうか?」
「大丈夫、負けないよ。行くぞ!」
噴水のある広い前庭を抜け、屋敷の玄関まで来る。
「だ、誰か、誰かぁ!」
突然、玄関の扉が開いた。
使用人が転ぶように外に出てくる。
「どうした!?」
「ひっ」
使用人はおびえたようにカイたちを見た。
「おびえなくていい。我々はクリスタルズ。ゆえあってアルフォード卿に……」
「クリスタルズ……? ああ! ご主人様を! ご主人様をお救いください!」
使用人はカイたちにすがりついた。
サーラがなだめる。
「お、落ち着いてください。何があったのです?」
「ご主人様が……黒石病に!」
「何だって!?」
使用人に案内をさせ、カイたちはアルフォード卿のいる場所に向かった。
そこは、地下のワイン蔵だった。ひんやりと冷たい空気が流れている。
「アルフォード卿……か?」
「あ……ぐ……」
誰だったか判別も難しいほど、アルフォード卿の皮膚は黒く変色していた。苦悶の表情を浮かべ、全身の痛みに悶絶している。
「これじゃ、話を聞くどころじゃないな」
カイは首を横に振る。
案内してくれた使用人に、アルフォード卿を安全な場所に移すよう言う。
「で、ですが……」
「大丈夫、黒石病は患者を触ってうつるような病じゃない」
使用人をなんとか説得し、アルフォード卿を運び出させた。
ふ、とサーラが何かに気付く。
「カイ様、このワイン蔵、まだ奧があるようです」
彼女の青い髪が、一本二本、ワイン蔵の奧に向かって揺らぐ。
「なーるほど、隠し通路か何かあるな。行ってみよう」
ワイン蔵の奧には、小さな扉があった。開け放たれ、そこから風が吹き込んでくる。どこか外部と繋がっているようだ。
「緊急用の脱出路のようですね、わたしが先に行きます」
「すまない、サーラ」
「わたしは従卒ですから」
サーラは誇らしげに言って、ワイン蔵に置かれていた灯りを取った。
脱出路は石畳で作られていた。二人分の足音が反響する。
「あっ!」
わずかな灯りの先に、黒い人影が映る。
人影は二人に気付いている。足早に逃げようとする。
「逃がさない!」
サーラが短剣を抜いた。人影の足下に向かって、鋭く投げる。
短剣は、人影がまとっていたマントを貫き、地面に縫い付ける。人影の動きが一瞬止まる。
「ライオネル・シーグローヴ、観念しろ!」
カイが飛びつき、抵抗する人影を押さえつける。
だが違和感があった。大人の男にしては小柄で細い。黒いマントを剥ぎ取ると、そこには少女の姿があった。サーラより一つ二つ年下の、金髪の少女だった。
「お、男じゃない!?」
「は、離して!」
「すみませんが、それはできかねます」
サーラが短剣を床から抜いて、金髪の少女の首筋に当てる。
「お答えなさい。ライオネルはどこ?」
「……」
「拷問の類はわたしも好きません。早くお答えなさい」
わざと声を低くして、サーラは尋問する。
「……が、来る」
「え?」
「黒疫鬼が来る!」
今来た道から、おぞましい気配が漂ってくる。闇の中に、ドロドロとした小山が姿を現す。スライム状の黒疫鬼だった。
「カイ様、相手はわたしがします! カイ様はその娘を!」
「大丈夫か!?」
「水の神アクアリアの力、ご覧あれ!」
サーラが短剣をかざす。
「ガァッ!」
黒疫鬼が瘴気を吐き出す。
「水の神アクアリアよ、我が血に応え、護りたまえ!」
サーラの声とともに、水の壁が現れる。瘴気が阻まれる。
「そのまま、押し流して!」
サーラが短剣を前へ突き出すと、水壁は激流となって黒疫鬼に襲いかかる。
水流によって、黒疫鬼の体がどんどん削れていく。そして、核があらわになった。
「たあっ!」
サーラはその核に向かって、短剣を投擲した。銀の線を描き、短剣は核を貫く。
「やった!」
カイが勝利を確信する。
その通りだ。黒疫鬼の体は霧散して、あとには脱出路の闇だけが残った。
「よくやった、サーラ!」
「いえ、これもアクアリアのご加護です」
サーラにも、神の加護がついている。水神アクアリアの血統とされる彼女の家には、まれに青い髪と青い目をした女児が生まれる。その娘こそ、水の魔法を使いこなす者。
当代ではサーラがそうであった。
「それはそうとして……アルフォード卿と、その娘はいかがいたしましょう?」
サーラが短剣を拾って鞘に収める。
カイは、自分が取り押さえている娘を見る。サーラが水の壁を作ってくれたおかげで、先ほどの瘴気には触れていないようだった。
「そうか、えーと……オレたち、クリスタルズなんだけど、知ってるよね?」
「……はい」
「オレはカイ、こっちはサーラ。君の名前は?」
「……ノーラ、です」
少女――ノーラは観念したのか、がっくりとうなだれた。
初出:2016年丙申12月01日