参謀ニコラス
翌日。クリスタルズの詰め所に、四人は集っていた。
「そもそも、ライオネルとは何者だ?」
「死霊術師です。魔道士の界隈では有名人のようですね」
カイの質問に答えたのは、ニコラスだった。
「死霊術……なんて何に使うんだろう?」
「死霊術というとアレですがね、今は降霊術が主流のようです。死者の魂を呼び寄せて、話をするんです」
この世ならざる者と話がしたい。甘く暗い誘惑を含んだ生者の欲望だ。
降霊の儀式は、秘密裏に行われる。もちろん公には出来ないが、貴族の社交界にもこうした術を楽しむために集まるグループがあるという。
「ライオネルは、どうやって牢から逃げ出したんだ?」
「脱出の手引きをしたのは、十中八九、貴族の連中でしょうがね……」
ライオネルは、城の中にある石牢に閉じ込められていたという。
もちろん番人がいたはずだ。しかし彼らはライオネルの信望者に買収され、ライオネルの身柄を解き放ったのだろう。
「その証拠に、番人たちも姿が見えないそうですよ」
「手引きした貴族がわかればいいんだな?」
「そうなりますね」
「どうやって特定すればいいんだろう?」
「ま、色々と考えられますが……まずは街へ出て、情報を集めましょう」
ニコラスは四人分のマントを用意し始めた。
やってきたのは、街の酒場だった。
商人や冒険者がにぎやかに話をしている。
四人は冒険者風の出で立ちで、ここに来ていた。いくら王命とはいえ、貴族風の格好で来るには場違いすぎる。おまけにカイは「顔が知られすぎている」という理由で、フードさえ取らせてもらえなかった。
「んじゃ、お三方はここで待っててください。俺は、情報屋に話を聞いてきます」
情報屋――あらゆる噂話から裏社会の事情にまで精通する者のことだ。ニコラスはそういった方面に顔が広い。
「大丈夫かな、ニコラス……」
「相手が女じゃなければ、大丈夫でしょう」
ジェラルドが真面目な顔で答えたので、カイもサーラも思わず笑った。
「で、待つって言っても、どうしてたらいい?」
「昼食を取るふりをして、聞こえてくる話に耳を傾けましょう」
ジェラルドは給仕を呼び寄せると、慣れた様子で注文をする。
「なんか、手慣れてるね」
「ニコラスとは、ここでよく呑みますから」
「あら、てっきりニコラス殿はもっと妙なお店に行かれるのかと」
サーラが皮肉っぽく言うと、ジェラルドは苦笑した。
「よう、儲かってるか?」
ニコラスはさっそく、目的の男を見つけたようだった。
貧乏な行商人に似た格好の、どこかみすぼらしい男だ。
「アンタはよく儲かってるようだな、うらやましいねぇ」
「ふっふ、ま、一杯やってくれ」
ニコラスは給仕に麦酒を持ってこさせる。
男は機嫌良く飲み干すと、わずかに目元を光らせる。
「で、何の情報が欲しいんだい?」
「死霊術師ライオネルの行方」
「おお嫌だ、黒疫鬼に関することかよ」
さすがに情報が早い。
男がわざとらしく身震いする。
ニコラスはフッと笑う。
「お前は握ってる情報をパラパラッと落としてくれりゃいいんだ」
「んあ。と言っても、まだ噂話の域を出ないぜ?」
「十分だ」
「貴族のアルフォード卿を知ってるか?」
「ああ、王宮のサロンで何度か見かけたな」
ニコラスは記憶を辿る。
会話をしたことはないが、どこか陰気な様子だったのを覚えている。
「奴さんは、貴族の中でも特に降霊術に興味を持っていた。屋敷で度々儀式も開いていたようだしなぁ。当然、ライオネルとの面識もある」
「なるほど」
「それと、最近アルフォード卿の家に見慣れぬ様子の男たちが入ったってぇ話だ」
「ふむ……」
おそらくは、アルフォードに買収され姿を消したという、牢の番人たちだろうか。
「調査してみる価値は、ありそうだな」
ニコラスは顎をなでる。
「なぁ、ニコラス」
情報屋の男は顔を寄せ、声を小さくした。
「冒険者には戻らねーのかい。アンタが宮廷勤めなんざ、似合ってねぇぜ」
「うるせぇよ。こっちの方が、女にゃモテるんだ」
「ハッ、違ぇねえ」
そう、ニコラスは貴族の出身ではない。
親もわからぬ孤児として、物心つく頃には冒険者の真似事で生きてきた。やがて、自分の体質が水晶人だと分かると、クリスタルズの一員として働くことになった。
クリスタルズが結成されて二年。冒険者だった頃に培ったノウハウや人脈が、クリスタルズの助けになったことは一度や二度ではない。
「ありがとう、こいつは謝礼だ」
「へっへ、毎度どうも」
情報屋の男に金を払うと、ニコラスはジェラルドたちの席に戻ろうとする。
その時、派手な音が酒場中に響いた。
初出:2016年丙申04月30日