四人の戦士
聖なる白の世界アルブムは、黒疫鬼と呼ばれるモンスターによって、苦しめられていた。
黒疫鬼は、瘴気を吐き出すモンスターである。
その瘴気に当てられた者は、全身の激しい痛みに襲われ、やがて筋肉が石化して死に至る。そして皮膚が、漆黒に染まるという恐ろしい病であった。
人々は黒疫鬼の吐き出す病を、〈黒石病〉と呼んで恐れおののいた。
しかし黒疫鬼と黒石病に対して、人間も手をこまねいていたわけではない。彼らには神の加護というべきものがあった。〈水晶人〉と呼ばれる、生来の体質を持った人間の出現である。彼らは黒石病を引き起こす瘴気に耐性があり、黒疫鬼と対等に戦える能力の持ち主であった。
白銀暦五百十八年、春。
カヴァデイル王国の西部で、黒石病が蔓延しているとの情報が入った。
国王はただちに、水晶人で構成された黒疫鬼討伐隊〈クリスタルズ〉を派遣した。
西部の街は、すでに人型の黒疫鬼で占拠されていた。街のあちこちで、黒疫鬼の啼く声と、人々の苦しむ声がする。
「グウオオオオオッ!」
「雷神トニトルスよ、我が血に応えたまえ!」
カイが双剣を抜き放つ。
金緑色の光が、空間を切り裂く。雷だ。
雷電の直撃を受けた黒疫鬼が、〈核〉ごと霧散する。
黒疫鬼には、必ずこの核が存在する。破壊すれば、黒疫鬼は霧散し、黒石病も治る。
〈クリスタルズ〉の戦士たちは、次々と敵を倒していく。
「出でよ、魔槍!」
ジェラルドが左耳のイヤリングを取った。
刹那、銀の煌めきとともに、長槍が彼の手に収まる。
「ハァッ!」
槍が、黒疫鬼の胸元を貫く。
刃先に、黒疫鬼の核が揺れる。核は破裂し、霧散した。
「殿下、こちらにも!」
ニコラスが別の黒疫鬼を大剣で斬り伏せる。黒疫鬼の巨躯を蹴り倒し、核を踏み抜く。
ざぁっと漆黒の巨躯が塵になる。
「カイ様!」
「――!」
カイに向かって、黒疫鬼が両腕を振りかぶる。
その腕を、サーラが跳躍して剣で斬り落とす。鮮やかに着地を決めて、再び剣を繰り出す。
「ガ……グェ……!」
彼女の剣もまた、黒疫鬼の核を切り裂いていた。青い長髪をなびかせ、塵となった黒疫鬼には目もくれず、次の敵に向かっていく。
「わ、私たちも戦います!」
その時、四人のうしろから声がかかった。
街の衛兵だった。手に剣や槍を持ち、黒疫鬼に向かっていく。
「出てきてはなりません!」
サーラが衛兵たちを制す。
しかし遅かった。黒疫鬼の口から瘴気が放たれる。
「あ……何だ……?」
「い、痛い! 痛い、痛い!」
瘴気を浴びた衛兵の皮膚が、黒ずむ。同時に彼らは痛みを訴え、剣や槍を取り落とす。
サーラが顔をしかめる。
「出てくるなって言ったのに!」
「仕方がない、命令系統の混乱が生じている」
街に入ったときには、すでに黒石病が広がり、領主にも会えない様子だった。
街を守る衛兵たちをまとめる暇もなく、四人は戦闘に入ったのだ。
「ともかく! 親玉を探し出してケリをつけるよ!」
「御意!」
カイに応えて、サーラが剣を天に向かって振り上げる。
「水の神アクアリアよ、我が血に応え、護りたまえ!」
サーラの青い目が、よりいっそう深い輝きを増す。
何もない空間から、水柱が上がる。水柱は水流となって、黒疫鬼の足を払う。街路にあふれていた群れごと、地に倒れ伏す。
倒れた群れの隙間を縫って、その中心を目指す。
「オオオオオ……」
ひときわ大きな体の黒疫鬼が咆吼を上げていた。その背がボコボコと泡立つと、そこから新しい黒疫鬼が生まれてくる。
間違いない。この街に悲劇をもたらしている根源だ。
「あいつか!」
「ガアッ!」
四人に気付いた黒疫鬼は、瘴気を吐き出す。黒い煙のようだ。
「水晶人に、瘴気は効かない!」
瘴気の中を、走る足をゆるめず突撃する。
「ニコラス、ジェラルド、奴を足止めしろ!」
「御意!」
「サーラ、瘴気を止めろ!」
「かしこまりました!」
ニコラスとジェラルドが前に出る。
「おおりゃあッ!」
ニコラスが大剣を振るう。
黒疫鬼の左脚が、膝から千切れ飛んでいた。
バランスを崩した黒疫鬼の腕に、槍が突き立つ。ジェラルドの槍だ。
「ギアアアアアッ!」
脚と腕を封じられた黒疫鬼は、耳障りな叫びを上げる。
「水の神アクアリアよ、青き氷をもって、貫きたまえ!」
空間に、氷塊が浮かぶ。槍のように先端が尖ったそれは、黒疫鬼の口を貫いた。
黒疫鬼の牙が折れ飛ぶ。悲鳴を上げることも出来ず、黒疫鬼は顔をがむしゃらに掻いた。
「一発、デカイのを行くぜ!」
カイがニッと笑って、双剣を構える。
「雷神トニトルスよ、我が血に応え、魔を切り裂きたまえ!」
カイの瞳が、金緑色に輝く。
双剣に雷が宿る。
「――ハァッ!」
一閃、黒疫鬼の体は十文字に斬り裂かれていた。
黒疫鬼の親玉は、塵と消えた。
やがてほかの黒疫鬼が苦しみ出す。その体が煙のように散じていく。
街にあふれていた悪夢が、覚めていく。
「ふうー」
カイは息をついた。
パリパリと刀身に雷電が走っている。鞘に剣を収めると、静まった。
「みんな、ご苦労! オレたちの勝利だ!」
カイはニッと笑った。
「殿下、黒石病も治まり始めているようです」
「よし、街の様子を見に行くか」
四人は街中へときびすを返した。
春の陽が昇りきった空は、やけに青かった。
初出:2016年丙申04月09日