目覚めの朝
春の、まだ明け切らぬ朝。
昇る陽がわずかに暖かさをもたらす。
カヴァデイル王国西部にあるロサの城で、カイは目覚めた。
「あー……また夢か」
窓辺に差した明るさよりも、ベッドの中の方がまだ暖かい。
「カイ様、お目覚めですか?」
従卒のサーラが、部屋に入ってきた。従卒とは身の回りの世話をする兵のことだ。
サーラはカイの側近として、彼の世話係を勤めてきた。淡青色の髪が、朝の清々しい空気を吸って、実にいい色をしている。
「また、夢を見られたのですか?」
「ん、ああ、まぁな」
カイは身を起こす。
サーラが濡れた布を手渡す。
それで顔を拭いながら、カイは窓辺を眺めた。
「オレが死んだのも、このぐらいの時間だったかな」
昇る朝日を見つめ、つぶやく。
カイの言葉に、サーラは特に疑問も持たなかったようだ。ただうなずいて、カイから布を受け取る。そして、サーラはカイの黒髪に櫛を通し始めた。
「自分でできるよー」
「これぐらいはさせてください、カイ様」
サーラは丁寧に髪を梳かし終える。
カイは自分で衣装に手を通す。一通りの準備を終えると、大きく伸びをする。
「ふぁ……朝ご飯はー?」
「失礼しますよ。朝飯の前に、殿下」
「あれ、ニコラス。珍しいな、オレより早く起きるなんて」
「俺もたまには早起きしますよ」
部屋に、もう一人入ってきた。男だ。歳は二十代といったところか。ウェーブした赤毛に、いつもほほえみをたたえたような口元が、彼の正体をつかみ所のないものにしている。
ニコラスと呼ばれたその男は、書状を取り出した。
「王都からですよ」
「へ? 王都から? まさか命令の変更じゃ……」
「ただのニュースだろう。もったいぶるんじゃない、ニコラス」
また一人、男が入ってきた。背が高い男だ。
「一応、俺たちに関わりのあるニュースだぞ、ジェラルド」
ニコラスが大仰に肩をすくめてみせる。
ジェラルドと呼ばれた男は、カイに一礼した。
「失礼いたしました、殿下。よくお眠りになられましたか?」
「うん、問題ない」
カイの返事に、ジェラルドはホッとしたような笑みを浮かべる。
ジェラルドは左耳にだけ、鈍色の耳飾りをしている。濃灰色の長髪はうしろでまとめ、すこし日焼けした容貌は、精悍さと爽やかさを兼ね備えていた。
「で、ニュースって何?」
「死霊術師ライオネル・シーグローヴが逮捕されたそうです」
「ライオネル? 誰それ?」
「高名な死霊術師ですよ。降霊術なんかで貴族の信頼も集めていたようです」
「ふー……ん、ふぁ」
あくびまじりにカイは知らせを聞いていた。
「あまりご興味がなさそうですね」
サーラが呆れたように言う。
「だって、もう逮捕されたんだろ? 罪状は何?」
「黒疫鬼の使役」
四人の間をただよっていた空気が、一瞬変わる。
「それ、本当か?」
「本当だから、捕縛されたんでしょう」
「はぁ……ま、捕まったってんなら、出番はねーな。オレたち〈クリスタルズ〉の仕事は、別にある!」
「御意」
その時、侍女が入ってきた。ここ、ロサ城を治める城主の侍女である。
「失礼いたします。朝食の準備が整いましたので、ご案内をせよ、とのことでございます」
「感謝する。さ、みんな行こう」
「はい」
四人は侍女について、食事の間へと向かった。
ほどなくして、食事を終えた一行は、ロサ城をあとにした。
慌ただしい出立だった。
時間が惜しいのだ。
――黒疫鬼が待っている。
初出:2016年丙申04月01日