孤独なる者
「見つけた……!」
この瘴気の中でも動ける者は、水晶人か黒疫鬼しかいない。
「フウウウウ――――!」
突如、黒猫の瞳がすべて漆黒に覆われた。
体が膨らみ、うしろ足だけで立つ。鋭い漆黒の爪が出て、王宮に床にひびを入れる。
黒猫――黒疫鬼が前足の爪を振るう。
「殿下、危ない!」
ジェラルドが前に出て、魔槍を繰り出す。火花が散って、黒疫鬼は爪を引いた。
「シギャアアアアアアアッ!」
黒疫鬼は再び爪を繰り出した。
ジェラルドが防ごうとして――。
黒い影が、ジェラルドと黒疫鬼の間に割って入った。
「――!」
ノーラだった。
黒疫鬼の爪が、彼女を斜めに切り裂いていた。
「ノーラ!」
小さな体が崩れ落ちる。
「ノーラ! なぜこんな馬鹿な真似を!」
カイがノーラを抱き起こす。
「お父さん……ごめんなさい」
ノーラの瞳から、涙があふれる。
「どうしても、私の手で止めたかっ……た」
黒疫鬼が動きを止めている。まるでそれを聞いているかのように。
「それでいい……」
黒疫鬼の口から、言葉がこぼれた。
その姿が、人になってゆく。夕闇と死の神ウェスペルの神殿で死んだはずの、ライオネルの姿だった。
「どういうことだ!? なぜ貴様がここに!」
「私は捕らえられた時、すでに黒疫鬼となっていた。黒疫鬼はみずからを分裂させて増殖させられるのだよ」
そして万一の時に備え、人間と猫の姿に分裂しておいたというのだ。
黒い姿で、ライオネルはノーラを見る。
「そしてノーラ。これでいい。我が研究成果……」
「何……!?」
「私も……黒疫鬼ということですか」
ノーラは何かを悟ったようだった。
カイは怒鳴った。
「ライオネル、貴様ッ! どうしても死をばらまきたいのか!?」
「死者の孤独は、こうでしか埋められない。やがてノーラは、この王都を死の都へと変えるだろう」
カイは怒りに震えた。
「サーラ、ノーラの傷を」
「は、はい」
ノーラをサーラに託し、カイは立ち上がる。
「ふざけるな! 雷神トニトルスよ、我が血に応えたまえ!」
双剣を抜き放ち、雷撃を呼ぶ。
雷撃を帯びた双剣は、ライオネルを斬り、消滅させた。
黒い瘴気が、一気に晴れていく。
それでもクリスタルズの表情は曇っていた。
「サーラ、ノーラは?」
「傷が……深すぎて」
サーラは首を横に振った。
ノーラの傷から出る血が、黒くなり始めている。黒石病ではない。黒疫鬼になる兆候だ。
「死者は……生者を恨んだりしません……」
ノーラのか細い声が、全員の心に沈んでいく。
「ノーラ……オレは君に何もしてやれない」
「あります……私を、殺してください、殿下」
誰しもが思っていたこと。それは彼女に死を与えることだ。
「ダメだ! 君に罪はない! なのに……!」
「殺してください、殿下」
「それで、いいのか」
カイの言葉を聞いたノーラの目から、涙があふれた。
「いや……死にたくない。黒疫鬼なんて、なりたくない!」
彼女の本音だった。
「ノーラ……」
「殿下、すぐさま王都から脱出を」
ノーラを連れて、出るべきだ。
ニコラスがそう告げた。
「これしか、ないんだな」
カイはそう言うと、ノーラを抱き上げた。クリスタルズのリーダーとして、彼女を連れて行く義務があった。
「行くぞ、みんな!」
「御意」
クリスタルズは、少女を連れて王宮から脱出した。
初出:2017年丁酉09月26日