黒疫鬼の脅威
「ニコラス、それは?」
「遺書のようです。ライオネルはこうなることを予見していたのでしょう」
クリスタルズに倒される――その覚悟をしていたということか。
カイはライオネルの遺書を手に取った。
「……まずいな」
「ええ、まずいことになりました」
日本語で書かれたメモにはこうあった。
『次は王都』
カイは振り返った。仲間たちに告げる。
「急いで王都へ戻るぞ! 早馬も用意して連絡を急げ!」
とんぼ返りで、一行は王都へと戻った。
王都が狙われている。
使者を出し、自分たちも急いで戻ったカイたちだったが、王都はいつもの賑わいで満たされていた。人々は笑顔で行き交い、一行を拍子抜けさせた。
「……間に合った?」
黒疫鬼を王都に放つというライオネルの企み――それは防がれたのだろうか。
「いや、考えろ……考えるんだ」
この広大な王都を狙う。
狙う場所があるはずだ。
市場か。神殿か。人の集まる場所に、黒疫鬼を放てば、王都は死の都となる。
「ん?」
路地裏に猫がいた。野良猫だろうか、カイの目を見るとサッと逃げていった。
カイの脳裏に何かが閃いた。
「黒猫! 黒疫鬼だ!」
国王のそばにすり寄っていったあの黒猫が思い出された。
「王宮ですか!?」
「そうだ、急げ!」
カイの放った知らせは、王宮に届いているはずだ。
だがどう対策を取るか――宮廷魔道士でも難しい問題が、この数日で解けるとは思えない。
カイたちは王宮の門へ急いだ。
「――!」
黒い瘴気が、王宮の白い門を覆っていた。
一見、火事の煙にも見える。しかし瘴気は外に漏れ出すことなく、そこに澱んでいた。
「う……ぐ……」
門兵たちが倒れ、痛みに声も出ない様子だ。
「おい、しっかりしろ!」
「ダメだ、元凶を取り除かないと!」
カイは、ノーラの方を振り向いた。
「ノーラ、君はここで待っていてくれ。ここは、水晶人たるオレたちの領分だ」
「で、でも……」
「ライオネルを、止めてくる」
それだけ言って、クリスタルズは王宮の中へと入っていった。
王宮は、瘴気に満たされていた。
あちこちで人が倒れている。だが助けられない。
「はやく元凶を……あの猫を見つけなければ!」
謁見の間に入る。玉座には、兄王エサルレッドの姿があった。
「陛下!」
「カイ……か?」
倒れ伏す貴族たちの中にあって、エサルレッドはまだ意識を保っていた。
「すま、ない……」
短くそう言うと、エサルレッドは玉座から滑り落ちた。
「陛下!」
カイが支える。
エサルレッドの指先は黒く染まっていた。
「ダメだ……」
カイの額に冷や汗が浮かぶ。
(このまま黒疫鬼が見つからなかったら)
そんな絶望的な状況が脳裏をかすめる。
――ナーオ。
その時、黒猫が姿を現した。
初出:2017年丁酉07月20日