狂気
ライオネル・シーグローヴは孤独だった。
転生者の記憶が彼に〈変わり者〉の称号を授け、進んだ道は死霊術師という暗い道だった。
孤独だった。
それを埋めたのが、彼の妻だった。出会いは、行き倒れの巡礼だった女をライオネルが介抱したのが始まりだった。彼女はライオネルの妻になることを望んだ。冷たかったはずの彼の道に、一筋の光が差したようであった。
妻は献身的に、ライオネルを支えた。
だが幸せは長くは続かなかった。
黒石病の蔓延――街に黒疫鬼が現れ、ライオネルの妻も病に倒れた。
水晶人であるライオネルは、弱っていく妻を見守るしかなかった。何もできなかった。
妻はその時、臨月だった。
ライオネルは、一度に二人の家族を失った。
彼は狂気に震えた。死霊術師としての知識が、彼に狂気をもたらしたのだ。
ライオネルは、死んだ妻の腹を裂き、胎児を取り出した。
彼の持てる全技術を持って、この子を生き延びさせる――。
「それが、ノーラだ」
「……!?」
カイたちは一斉にノーラを見つめる。
ノーラは青ざめ、ふらり、と一歩踏み出した。
「お師匠様……そんな……私は、天涯孤独の孤児だと聞かされて……」
「嘘をついたのは悪かった。その方が幸せになる道もあるかと思っていた……が」
ライオネルはぎらりと赤い目を光らせた。
「お前たちも転生者といったな……どうせ日記を読んでここへ来たのであろうが、我が成果は誰の手も届かぬところにある!」
突如、ライオネルの瞳がすべて黒く染まった。それは全身に広がり、体も大きくなる。
「黒疫鬼だ!」
ライオネルは自身を黒疫鬼と変化させ、一行に襲いかかった。
カイが素早く前に出て、双剣を抜く。黒疫鬼と化したライオネルの爪を防ぎ、叫ぶ。
「なぜだ! なぜ黒石病を憎むべき立場のアンタが――」
「わからぬか。私は死霊術師、妻の霊を呼び出したのよ!」
ギイン! と剣と爪が弾かれ離れる。
「妻は私に語った! 死者は生者を憎んでいるとな!」
「それが黒疫鬼になった理由か!」
「殿下、お早く! 騒ぎが大きくなる前に!」
「ああ! 雷神トニトルスよ、我が血に応えたまえ!」
カイが、雷撃を見舞う。
「ギイエエエエッ!」
雷撃は威力を抑えてあった。ライオネルの向こうで倒れているサーラに当たる可能性があったからだ。
それでもライオネルは耳障りな悲鳴を上げた。黒疫鬼の体が縮み、もとの人間の姿に戻る。
「お師匠様!」
「ふ、ふ、フクク……これでいい。これで、すべては死に……」
ライオネルの体がゆらゆらと回廊の端へと寄っていく。そのまま一階へと落下した。
「お師匠様ぁっ!」
ノーラの悲痛な声が響き渡った。
カイたちが、回廊から一階を見る。しかしすぐに目を背け、たがいに首を横に振った。
「ノーラ……」
「あ、あ……」
ノーラの赤い瞳から、涙があふれる。
「ああああああッ!」
カイはノーラに寄り添った。
ジェラルドとニコラスは一階へ下りた。ニコラスはライオネルのもとへ、ジェラルドは神官たちを集め、サーラの手当を要請した。
やがてサーラは神官の介抱で目覚めた。
「カイ様……」
ノーラに寄り添うカイを見つめて、サーラはふと寂しそうな目をした。
一方、ニコラスはライオネルの亡骸を検めていた。外套の中から、何かを探り当てる。
「これは……」
日本語で書かれたメモだった。
初出:2017年丁酉05月28日