死に取り憑かれし者
「さてさて、家捜しの続きだけど……」
死霊の影響から完全に回復したカイが、あたりを見回す。
すでに捜索を受け、雑然とした室内から、新たな手がかりが見つかるとは思えなかった。
「もしかしたら……!」
ノーラが、開け放たれた机の引き出しに取りつく。
引き出しを取り出し、机側の天板をひねくり回す。
ゴトッと音がして、何かが彼女の手に収まった。
「よかった……あった」
「これは?」
「お師匠様……ライオネルの研究日誌です」
「これが!?」
巧妙に隠された日誌は、持ち去られずに済んでいたのだ。小さいながらも丁寧に装丁されたそれは、手作りの品のようだった。
「読んだことは?」
ノーラは首を横に振る。
「中に書かれているのは、暗号のような異国の言葉のような……とにかく、私では読めません」
「それってオレたちでも無理ってことじゃない?」
「宮廷魔道士たちに協力を仰いで……」
「待ってください」
ペラ、とページをめくったニコラスが、何かに気付いた。
「……これ、日本語じゃありませんか?」
「へ?」
クリスタルズの四人は一斉に中を読む。確かにそれは、前世で使っていた言語――日本語の文字で綴られていた。
「ライオネルも転生者……?」
「ニホンゴ? テンセイシャ?」
ノーラが訳が分からないといった様子で首をかしげている。
「あああ、いいんだ。気にしなくて。オレたちクリスタルズの能力でさ、こう、ぱぱっと読めちゃいそうだから」
「ええっ!?」
ノーラが目を丸くしている。その間にも、カイたちは日誌を読み進めた。
「……なるほどな」
数時間後、日誌に目を通し終わったカイたちは、まずため息をついた。
「死に取り憑かれるとはこういうことなのでしょうね……」
げっそり、といった体でサーラがつぶやく。
彼の日誌は、それほど陰鬱な代物だったというわけだ。
「まず、彼の研究動機だけど……」
「妻を黒石病で亡くしたことが引き金になったようですね」
比較的冷静に内容を受け止めたニコラスが続ける。
「十六年前、彼の妻は亡くなっています。そこから黒石病、ひいては黒疫鬼の研究が始まったようですね」
「研究は、黒疫鬼の使役という形で結実した」
「そうです。そして、研究中に彼の心はねじ曲がり、この世に黒石病を蔓延させることが目的となった。……妻と同じ苦しみを抱いて、死んでゆけということでしょう」
「…………」
重い沈黙が全員の間に漂った。
「ノーラ、ほかにライオネルが行くような場所は!?」
沈黙を破ったのは、カイだった。
「え、えーと……」
「どこでもいい! 死霊術師の行きそうなところ!」
「死霊術師の集まるところでよければ……。夕闇と死の神ウェスペルの神殿では?」
「夕闇と死の神……場所は?」
「北方の、ウィオラという街にあります」
「そこだな……きっとそこに、ライオネルは向かう」
「ええ。神殿ならば、王国軍も手を出しにくい。潜伏するなら格好の場所でしょう」
ニコラスがうなずくと、クリスタルズの全員が同意するように、たがいの目を合わせる。
「厳しいだろうな」
「ええ、相手は確実に黒疫鬼を使ってくるでしょう」
戦いがどうなるかは、見えている。ライオネルは黒疫鬼を使役し、クリスタルズはそれを止める。「捕縛せよ」との王命達成は、厳しいものになるだろう。
「どうして……」
ノーラが、ふと尋ねる。
「どうしてそこまで、黒疫鬼を止めようとなさるのです?」
「……病は、人生のすべてを奪うからだ。死にゆく者からも、生きている者からも」
黒石病で死んだことがあるからわかる。治しようのない病にもがき苦しむことも、それに悲しむ家族を見ることも、あってはならない。
「黒疫鬼はすべてを奪う。それが許せないだけさ」
カイの一言は、実感の籠もった重いものだった。
「さぁ、行くぞ! ウィオラの街へ!」
「御意!」
全員の声が重なった。
初出:2017年丁酉02月23日




