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第七席 炭火サイコー

「わぁ……この焼け具合すごいよぉ。さすがトシヤスさん手作りのスミ」

 赤々とおこる炭火。

 夕陽の差し込む中、遠火に炙られた魚の皮が、パリパリと焦げ割れる。

 魚の身から滴る脂が炭に触れてパチパチと弾ける。その様を見てフミニアがその大きな緑の目を輝かせる。

 初めて扱う燃料の具合に感動するエルフ耳の娘。

 家の土間で魚を焼くその背中を見ながら、利康は眉を下げて頬を掻く。

 いま竃でおこる炭火にフミニアは感激の嵐といった風であるが、焼いた利康としては納得のできる出来ではなかった。

 と言うより、炭窯での試作品はまだ出来あがってすらいないのだ。

 炭を焼き始めてから、記憶にある煙の変化を求めて火の番を続けていた利康であった。が、炭材の量も少なく小さな窯であるにもかかわらず、煙の変化は月が昇っても訪れなかった。

 結局朝日が昇るまで、夜を徹して火の番を続ける羽目になってしまった。

 どうにか炭窯は、火を消して中の炭材を熟成させる段階には届いたものの、しかし来客の当日に間に合うかも分からない。

 そこで急きょ、別に焚き火を燃え上がらせて、多量の薪と土とで空気を遮断。消火。そうして短時間で仕上げる簡易のものを用意したのである。

 いまフミニアがおこしている炭火はその短時間で仕上げた木炭から必要と確保した分以外の余りである。

「いやでも、僕が最初に作ろうとしてたのよりずっと簡単なものだから、煙も多いですし」

 そう利康は炭の出来を謙遜する。だがそれにフミニアは振り返り、首を左右に振る。

「そんな、普通に薪を使うよりもずっと少なくていいですよ」

「そこまで気に入ってもらえたなら、いいんですけど……」

 柔らかな笑顔で炭を褒めるフミニアに、利康は照れ笑いを浮かべながら後ろ頭をかく。

 利康としては、簡易仕上げの炭がいまきちんと火をおこせているだけでも胸をなで下ろすところだ。

 ちゃんと燃えてフミニアにも好評な分、一緒に分けたエルネストの家でもよく受けているだろう。

 それはさておき利康が驚いたのは、フミニアの火のつけ方である。

 炭の内に宿った火の精霊の力を解放。黒く凝縮された炭から熱い赤光を引きだしたのだ。

 おかげで普通に火を付けるよりも簡単であったと、フミニアは喜んでいた。

 精霊魔法の使い手限定の手段ではあるが、この世界ならではの薪に対する優位性には利康も驚くばかりであった。

「さあ、焼けましたよトシヤスさん」

 利康がそんなことを考えていると、焼き上がった魚を乗せた皿を手に、フミニアが土間から上がる。

「ありがとうございます」

 フミニアの差し出した魚の皿に利康は礼を一つ。受け取って低いテーブルに乗せる。

 こんがりと焼けた細長い魚。

 森の中、村にほど近い川で捕れたものだという淡水魚の塩焼き。

 元の世界の鮎に似たものの焼き魚と、麦を野菜と一緒に柔らかく煮炊いた粥。

 その夕食を挟んだ向かい側。対面に座ったフミニアを正面に、利康は手を合わせて浅く一礼する。

「いただきます」

「はい。大地と森のめぐみに感謝を」

 二人はそれぞれに目の前の糧への感謝と祈りの言葉を捧げて、フミニアの用意した食事に手を付ける。

 焼き魚を貫いた串を掴み、利康は湯気を立てる魚に食いつく。

 ほんのりと舌に感じる塩の味。続いて香草に似たほのかな香気が口から鼻に抜ける。

「これもうまい!」

 クセが無く旨みのかたまりとも言える焼き魚に、利康は目を見開く。

「ふふふ。それはよかったです」

 舌つづみを打つ利康に笑みを浮かべて、フミニアもまた魚の身を小さく噛みちぎる。

「うん。煙の臭いも薄くていつもよりもおいしい」

 そして自分の焼いた魚の具合に笑みを深めてうなづく。

 続けて二人はそろって二度、三度と魚の身に食いついて、麦粥を木匙ですくう。

 根菜や葉野菜と合わせたそれは厳密には雑炊と言うべきなのだろうか。

 味の基本は柔らかな麦に乗った塩干しの木の実。

 そこから出た酸味と塩味。そしてとろりと絡む野菜のうまみ。それらを噛みしめて、また二口、三口と口に運ぶ。

 そうして食事を続けていると、ふと利康は正面の光景にひっかかりを覚える。

「どうしたんですか? トシヤスさん」

 おぼろげに浮かんだ疑問に利康は首を傾げ、じっとフミニアを見つめる。

 探るようなその視線に、フミニアもまた小首を傾げる。

「ああ、いや……ちょっとひっかかるものが……」

「魚の骨です?」

「いえそっちではなく。これの骨は噛めば折れるような柔らかさですし」

 見当違いなフミニアの予想を利康は苦笑い交じりに否定する。

 ふとそこで探しあてたように目を見開く。

「ああ、そうそう。フミニアさん魚食べれるんですね」

 胸にひっかかっていたものが取れたように、晴れやかに疑問を口にする利康。

 エルフ耳のフミニア。

 野菜や果物が主食、と言うより肉などの生臭ものを嫌うイメージのあるエルフの血を引く彼女が、塩焼きの魚を躊躇なく齧っていたことが利康にはひっかかっていたのだ。

「ええ、まあ……私は平気ですよ」

 しかしすっきりとした調子の利康に対し、フミニアは伏し目がちにうなづく。

「あ、いやその!? それのなにが悪いってわけでは無くて!? 気にさわったのならごめんなさい!」

 そんな暗く沈んだ調子のフミニアに、利康は慌てて首を横に振る。

 しかしその否定と謝罪にも、フミニアは「分かってます」とばかりに小さくうなづいたものの、その沈んだ表情は晴れない。

 対する利康は、なにが地雷だったのか分からないながら、重くなった空気を切り替えるべく別の話題を探す。

 右へ左へと落ち着かぬ黒い目。

「そ、それにしても、今日もおいしいですよ。いい塩加減で」

 そう言って魚へかぶりつく利康。で、あるがしかし、さまよう目はフミニアの反応を恐々と探っていてせわしない。

「はい、ありがとうございます。でも、無理しなくてもいいんですよ?」

「いやそんな!? 気まずくなったからみたいなですけど、ウソなんかじゃ!?」

「ふふ、冗談ですよ」

 沈んだままの返事に、あわてて言葉を重ねる利康。

 その様子にフミニアの顔が微笑みにほぐれる。

 フミニアの表情にあわせて上向きになった空気に、利康は苦笑まじりに息をひとつ。そして背中に流れた汗の冷たさもそのまま口を開く。

「塩加減といえば、このあたりは森ばかりなのに、塩は貴重じゃないんですか?」

 舌から浮かんだあらたな疑問。

 それにフミニアは笑みのままにうなづく。

「それは心配ないですよ。村じたいで作ってるわけではないですけれど、ここは森の端あたりで、森を出て一日ほど歩けば海がありますから。そんなに苦労せず手に入るんですよ」

 フミニアが続けるには、村の者がたびたび海沿いの集落と物々交換で塩を手に入れてくるのだとか。

 そして塩漬け作り用と保存する分とを蔵に分けて、残りを家々の人数に応じて分配しているのだという。

 無償ではないが安価で、しかもそれほど遠出せずに手に入るため、塩だけが極端に貴重ということはないらしい。少なくとも各家庭で普段から塩漬けに頼らず、調味料として使える程度には気安い品なのだと。

「はあ……ずいぶん豊かな条件の土地なんですね」

 森がもたらす豊かな食料。その上で塩にも困らない。村を取りまく環境を聞いた利康はただ感心するばかりであった。

「それでも、それはここ数十年の平和があってこそみたいなんですけれど」

 しかしフミニアが言うとおり、時代によっては成り立たない条件である。

 事実、百年以上前の破壊神とその眷族たる魔物のはびこる時代では、この周辺はエルフと魔物との戦の最前線であったのだ。

 どう猛な怪物がうろつく森では当然気安く歩き回ることなどできない。さらに魔物や野盗のたぐいが出るようでは、村同士を行き来するのさえ命がけとなるのだ。

「なるほど……治安が悪かったら立地条件も活かしようがないってことですね」

「そう言うことですね。とは言っても、私も平和な時代しか知らないので、実感はないんですけれど」

 説明を受けて納得する利康に、苦笑気味にうなづくフミニア。

 そして二人は揃って麦粥に手を付ける。

 利康はさらさらと流しこみながら、鮎似の焼き魚へちらりと目を落とす。

 見た目のみならず風味もよく似たそれは、シンプルな塩焼きが最高である。

 余計な物の無いさっぱりとした仕上がりは、利康としては文句のつけようがないものだ。

 しかしそれだけに日本が思い起こされて、醤油の味も釣られて思い出される。

 だが、大豆の存在はそのもどきを含めて不明瞭。

 今日の夕食である鮎のような魚を見る限りある可能性は高い。が、確かではないのだ。

 作れるかどうかも定かではない調味料である以上、現状は無い物ねだりに過ぎない。が、それでも一度思い出してしまうと、ほんの数日ながらひどく恋しくなるものである。

「どうかしたんですか?」

 それを見つけてか、フミニアが心配そうに利康の顔を覗きこむ。

 対して利康は郷愁からくる寂しさを笑みで隠す。

「ああいや……故郷の調味料の事を思い出しまして。作れないものかなって、ちょっと……」

「ああ、いいですねえ! 新しい調味料があったら味にもっと幅が出せますし!」

 その利康の言葉に、フミニアは胸の前で手を合わせて明るい声音で賛成する。

 そこで不意に窓から風が一筋。

 家中に滑り込んできたそれはゆるゆると渦巻き形を成していく。

 小さなつむじ風はやがて透き通った少女の姿に完成する。

『アイアノからフミニアへ。明日の昼過ぎにはそっちに着くからね。おみやげ楽しみにしててよ』

 その透き通った風の少女の唇から伝えられる言葉。

 アイアノと名乗る人からのものらしいメッセージを伝えて、少女の姿を取った風は再びほどけて窓から出ていく。

 フミニアが水を介して伝言を届けた相手からの言葉に、利康とフミニアは顔を見合わせる。

「いよいよ。明日のお昼ですか」

「はい。私もお手伝いしますから、お願いしますね」

「ええ、任せてください。今できる最高の一席にして見せますよ」

 明日たずねてくるというフミニアの客。その客を迎える一席に、利康は思いを馳せてうなづく。

読んで下さりありがとうございます。

次回は2月1日午前0時に更新予定です。

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