第六十七席 漆黒の冥王像
「出来上がったゼオダイ神の像だ」
コガ邸に上がった甲虫人の夫、グオンゾ・アイヒェサクスは、言いながら手乗りサイズの像をテーブルの上に。
甲虫人の木こり夫婦。区別がつくように夫がグオンゾ、妻がイウミと個別の名を改めて名乗り始めるようになった二人は、村での再会からほどなく婚姻の契りを。
グオンゾはイウミが自分のために里を捨てて旅をしてきたことに、思うところはあるようであった。だが大切に思っていた女が村にまで追いかけてきたことが迷惑であるはずもなく、これは幸いであると故郷では結ばれなかった関係きちんとをつなぐことになった。
並んで胡坐をかいて座る二人の後ろには、むっつりとしたテリオジリオとシュラムとが座っている。
「えっと、ゼオダイ神様でしたか? てっきりレンボルテオラス神様の像を頼んだのかと思ってましたよ」
ともあれ、新調品だという神像である。
木を削り出し、細かな彫刻を施された上に漆塗りをした人型の木像。
漆黒のそれは、肘を張って胸の前に宝玉を抱えた姿勢でテーブルの中央に堂々と。
細身の体躯を覆うのは、長い布を幾重にも体に巻き付けた衣服。
豊かで長く癖の無い髪は、流れるに任せてまっすぐに落ちて。
そんな長い髪に挟まれてある顔は、美しく整った若い男のもの。
その表情には荒々しさはなく落ちついている。
しかし穏やかと言うよりは、それを通り越して冷ややかと評すべき域にある。
そんな冷然と言えるほどに静かな顔は、掟や理に対しての真面目さ、厳正さがうかがえる。
「ああ、レンボルテオラス様はあまり神像で現されることはないんだ。規模のでかい聖堂でも、だいたいはシンボルだけだな」
「それはまたどうしてですか?」
「あのお方、いくつか好む姿はあるけれど、定まった姿は持ってないんだ。男女のどちらでもあるからな」
「なるほど。変幻自在に過ぎてどの姿を表したらいいのか分からない、と」
つまりは彩り定まらぬ髪の少年の姿も、レンボルテオラス神の好んでとる化身の一つに過ぎない。
その利康の示した理解に、エルネストはうなづく。
数少ない神像を用いた例では、いくつかの代表的な化身を表しているのだという。
「それは分かりましたけど、このゼオダイ神というのはいったいどんな神様なんですか?」
「冥府を御支えしている御柱だよ」
「え!? 死を司る神様ッ!?」
冥王ゼオダイ神。
その権能役職を聞いて、利康は驚きをあらわに。
「いやいや。死の神じゃなくて、冥府の支配者な。わざわざ命を奪いに来るようなお方じゃなくて、神々が御許に置きたがるような魂以外のすべてを受け入れて下さるお方なんだ」
権能の印象からくる恐ろしげな誤解に対して、エルネストは慣れた様子でやんわりと訂正を。
死者の魂の安寧を守り、生き死にの流れが正しくあるように保つ神なのであると。
いわく。この世界の神々はそれぞれの領域を持ち、敬虔な信徒など、目をかけた魂を死後にそこへ誘うのだと。
しかし、それは数ある魂のほんの一握り。生前に神の目に敵わない者の方が、圧倒的多数なのである。
その大多数の受け皿としてあるのがゼオダイの冥界なのである。
無事冥界に行けた魂は、そこで世界に溶けて消えるまで安らかに過ごすものと、自身の力で信ずる神の園を目指すもの。そして罪業の重さのあまり、深くにて魂を罰せられる者とに分けられることに。
また現世への干渉の制限もあり、取りこぼしがあるのも事実であるが、さまよえる魂の保護にも積極的である。
そうした死者の安寧を守護する神であるため、霊魂を弄ぶ魔術やその効果で不死者となったものを、生死の理を乱すものとして深く嫌悪している。
そのことから、神像の顔から見て取れる印象に違わず、世界と神々の理や掟に対して非常に真摯で厳正であることが分かる。
「はぁ……真面目な神様なんですね」
「ああ。司る事象の性質上、厳正にならざるを得ないから、ちょいと頑固なくらいにな」
エルネストの解説を聞いた利康の感想に、エルネストは苦笑交じりにうなづく。
「それにしても、お仕えしている神様のことでもないのにお詳しいですね? 今は敵対していないとはいえ、秩序の神様なのでしょう?」
理と規律に忠実であるという、まさに秩序の神といった性質。
そこからレンボルテオラスとは、過去に友好的な勢力でなかったのだろうと利康は予想。
「いや、ゼオダイ神はレンボルテオラス様とは破壊神の時代から友好な間柄だぜ?」
しかしエルネストの答えは完全にその予想に反したものであった。
思いがけない返答に呆ける利康に、エルネストは苦笑のまま説明を続けるべく口を開く。
「死は唯一無二にして絶対の平等。その理を守る者が秩序にも混沌にも加担してはいけないと、断固として公正中立を貫いてきてる……って訳でな」
平等、公正であろうとする姿勢。それに忠実でありすぎるがために、どちらとも争うことなく、公平に一定の距離を保ち続けているということなのだと。
そのため大神たちの中ではただ一柱、レンボルテオラスと争ったことがない。また加えて、死を変化の一つとして肯定的に見なす変革神の教義とは相性が良いこともあり、二柱とその教団は安定してそれなりに友好的な関係にあるのだという。
「なるほど、レンボルテオラス様とも友好的な結びつきがあるから、と」
「そうは言っても、誠実に信者の魂も保護してくれて、相互不可侵の約定を守ってくれてるってことぐらいだが、な。もっとも、俺が敬意を抱いているのはそのお人柄もあるんだが」
エルネストが言うには、そもそも冥王となったのも、神々の中で貧乏くじと扱われていた冥界の管理を自分から引き受けたからであると。
そうした高潔な地位を得るに至る経緯と、公正な性質を買われて、神々の間を取り持つ調停、裁定役にと頼られることもあるという。
ただしその一方で、恋愛には誠実に過ぎて不器用なほどでもある愛らしい一面も。
「なるほど。エルネストさんが仕える仕えないに関係なく敬意を持つのも分かります」
「だろ? 誤解されがちだが、温厚で真面目。公正で公平な立派な神様なんだよ」
冥王という暗黒の首魁のような肩書にそぐわないあり様。
それを聞いた利康がエルネストの抱く敬意に理解を示す。すると赤毛の神官は、にんまりと深い笑みを浮かべてうなづきを返す。
「それにしても、素晴らしい出来のゼオダイ様の像だな」
そして渡された漆黒の神像に改めて目を向け、その出来栄えに繰り返しうなづく。
「彫ったのは私の夫。その表面にテリオジリオが黒く艶のあるのを塗ってくれた」
「全部やってもよかったんだが、木こりの彫刻の腕もなかなかだったからな。塗りに集中させてもらった」
夫であるグオンゾの仕事を自慢げに語るイウミ。それに続いてテリオジリオも口の端をつり上げて、グオンゾの腕前を褒める。
それを受けてグオンゾは照れているのか、甲殻を纏う巨躯を居心地悪そうに縮めて身じろぎする。
「ははは。この出来栄えなら約束した支払いに色をつけさせてもらうからよ」
無言で照れる大男を前に、上機嫌のエルネスト。
「ふん! 根暗の黒いのは仕事の半分を人任せにしておいて偉そうにぬかしおる」
「なに……!?」
しかしそこへ、シュラムのむっつりとした鼻息が。
それにこの場にいるものたちが一斉に眼帯ヒゲなしのドワーフに注目。
特にテリオジリオは眉を跳ね上げ、眉間に皺を刻んで。
「……神官殿、アトラカリシア様の像を寄進したいが構わぬか?」
しかし鋭く青い目をシュラムは真っ向から睨み返すと、これ以上に相手にするつもりはないと言わんばかりにエルネストに話を振る。
「そりゃあ、俺としては願ったりかなったりだが……ウチの聖堂でかくないから、あんまりご立派なのを用意されても扱い切れんのだが」
「このゼオダイ神と同じ程度なら構わんのだろう?」
手加減を願うエルネストに対して、シュラムはぶっきらぼうに了解の返事を。
「さっそく土を調達に行く。茶の匠殿、付き合ってもらうぞ」
そして胡坐を解いて立ち上がると、利康を誘って像の材料調達へと。
「え、今すぐに、ですか?」
「もちろんだとも! 支度が整うくらいは待つが、急いでくれ」
「わ、分かりました」
帳簿付けの仕事もあるのだが、シュラムは有無を言わせてくれそうな雰囲気でない。
なので利康は早々に抵抗を諦めて、了解の返事を。
今回もありがとうございました。
次回の予定はやはり未定です。ですが待っていてくださったら嬉しいです。
どうぞよろしくお願い申し上げます。




