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第六席 無いなら焼けばいいのだ

「ひとまずはこれでいいかなあ?」

 つぶやき、首を捻る利康。

 その目の前には腰の高さほどの土の山が。

 土山の上はすみの方が細い筒状に伸びており、煙突を思わせる。

 そして煙突部位の真逆。対角線先の底部には少しばかり突き出たより小振りな山がくっついている。

 そんな不格好なかまどを見下ろして、利康はため息と共に捻った首を逆に傾ける。

「まさか炭を使う文化が無いなんてね……」

 先日フミニアから茶席の依頼を受け、不足しているものの補充に動いたところで浮かんだ最大の問題。それが利康の嘆息のとおり、この世界には炭に加工すると言う発想すらなかったことである。

 厳密にいえば地方によっては存在するのかもしれない。が、少なくともこの地方では一般的に使われるほど普及してはいない。事実、フミニアが使ったことがある燃料は薪と油程度しかないようであった。

 そのため炭が欲しければ自分自身の手で作る他なく。こうしてうろ覚えの知識を総動員して炭焼き窯をでっちあげることとなったのだ。

 一見するとただ砂を固めただけに見える利康製の焼き窯。であるが、その実は石で積んで作った枠を砂で覆って密閉性を高めているのだ。

「これでたぶん、大丈夫のはずなんだけどな……」

 自作の炭焼き窯を不安げに眺めながら、利康は一人つぶやくと、目を閉じて合掌。

「空気の精霊様、風の精霊様、窯の中がきちんと空気を絞れてるか教えてください!」

 しかしなにもおこらない。

 精霊へ向けて力を込めた問いかけを試みるも、返答はやはりない。

 魔法への未練丸出しな問いに、利康は苦笑しながら合掌を解除。

「やっぱりだめかぁ……」

「……なにやってんだ、トシヤス」

「おひゃあッ!?」

 そしてひとり言をもらしたところで背を打った問いにとび跳ねる。

「おいおい。そんなに驚かなくてもいいだろ?」

「え、エルネストさん……」

 そんな背筋に氷を当てられたような反応に、カラカラと笑うエルネスト。

 それに振り向きながら、利康はぎこちないごまかし笑いを送る。

「それができあがったやつか?」

 エルネストは利康の固く強ばった笑いをかわして、その陰にある砂山をのぞく。

「これでその、なんだっけか? スミ? だかができるのか?」

「理屈の上では、ってところです。なにぶん実践ははじめてなので」

 積み上がった土砂に向いたエルネストの疑問の目。それに利康は苦笑のまま答える。

「薪って乾かして使うじゃないですか。それと考え方としては通じるんです。より高い温度で、燃料としての不純物をとりのぞくんですよ」

 利康はそう簡単にまとめておおよそのところを説明する。

「でも、火なんか使ったら燃えて灰になるだろ?」

「はい。だから直接に燃やさず、空気をなくして温度だけで焼くんです」

 先にフミニアにしたものと同じく、利康はエルネストに製法を説明する。が、たき火にしても炭は作れる。

 火をつけた木がある程度高い温度になったところで土をかけて消火。そうして冷えたところで掘り出すという簡易的な手法だ。

 炭の製法に興味を持って学んでいた際に、利康もその手法での実践動画を見たことがあるが、あえて簡易的な窯を試作してみたのだ。

「ん? なんで空気を断つんだ? そんなことしたって火は火だろ?」

 そこでエルネストは首を捻りながら、湧いてでた疑問を口に出す。

「炎にとっては空気も重要な燃料を含んでるんですよ。火の勢いを増すのに風を送りますよね? あれは空気中にある燃料を送りこんでるんですよ」

「ほーう。火と風の元素相性の良さと同じ理屈か」

 納得して繰り返しうなづくエルネスト。どうにか伝わったことにほっと息をつきながら、利康は説明を続けるために口を開く。

「ところで、石炭……燃える石ってご存じですか?」

「ああ、聞いたことはあるな。すごくよく燃えるから、もっぱら鍛冶に使われてるとか」

「あれは地に埋まった植物が腐らずに、地面の熱で熱せられて炭になったものなんですよ。で、人の手でそれに近いものを作ろうっていうんです」

「ほーん……そう言うもんなのか。詳しいな」

「いえ、実践していませんし。この理屈も端切れがいいところですから。正直どこまでのものが出来るか……」

 解説に感心しきりなようすのエルネストに、利康は笑って謙遜する。

「トシヤスさーん! タタミの材料はお願いしてきましたよー……って、エルネストさん!?」

「よぉ、こんちはフミニアさん」

 そこへ用事を終えたフミニアが駆け寄ってきたが、思いがけない人物に目を丸く。対するエルネストは軽く手を上げてエルフ耳の少女を迎える。

「で、そのタタミってのは?」

「ああ。トシヤスさんが欲しがってた床材なんですよ」

「板の表面をグラペット……でしたっけ? 草織の敷物で覆ったようなもので、僕の故郷では伝統的な床材なんです。何枚かを組み合わせて使う、持ち運びも簡単なものなんですよ」

 畳の方はすでに簡易的なものをしあげられそうな素材が揃っていたため利康にとってありがたかった。炭の問題を解決するに集中できるからである。

 フミニアの話で問題なく整いそうだということも手伝ってか、解説する声色も軽い。

「へえ……でもそれ、表面が汚れないか?」

「え? ああ! そうですね」

 エルネストの指摘に利康はぼうぜんとまばたき。しかしそれもつかの間、すぐに言わんとするところをさっして手を打ち合わせる。

 そう。そもそもこの地方では土足を禁ずる文化が基本ではないのだ。

 フミニアの家には土間と板間で段差があり、板間に上がるときには履き物を脱いでいる。そのために忘れがちになっていたが、それはこの世界ではエルフ特有の風習らしく、その他の種族にとっての常識ではないのだ。

「畳に上がるときには、先に履き物を脱いで足を洗うように言っておかないといけませんね。ありがとうございますエルネストさん」

 新たな気づきをくれたエルネストに、利康は感謝のままに深々と頭をさげる。

「あ、ああ」

「フミニアさん、お客様はエルフの方で間違いないんですよね」

 そしてあっけにとられるエルネストをよそに、フミニアに顔を向ける。

「はい。来るのはエルフ一人です」

「じゃあ事前に一言付け加えるだけで良さそうですね。でも、足を洗うための水桶も用意しないと。長旅でお疲れになるでしょうから、張るのは温かいお湯がいいですね」

 森ノ都から届いた、誰がたずねてくるのかの返事。それについてフミニアが答え、利康は説明と加えるべきもてなしをまとめる。

「助かりましたよエルネストさん。あやうく不調法をさらすところでした」

 利康は野点とはいえ、客を汚れた畳に座らせるなどという失敗をするところだったおのれを恥じ、それを事前に気づかせてくれたエルネストに改めて感謝の一礼を。

「お、おう。よくわからんが、まあ役にたったならよかったよ」

 それにエルネストはとまどいながらもうなづき答える。

 そして利康は顔を上げると腕を組み、苦く歪めた顔でため息をつく。

「それにしても、どうも故郷での習慣常識を前提に考えがちで、こちらとのすり合わせがすんなりといかないな」

 続いて反省点を口にしながら、ひじから立てた右手で頬をかく。

「まあまあトシヤスさん、それは置いておいて、窯に火を入れませんか?」

「ああ、そうですね。この一回でうまくできるかわかりませんしね」

 しかしフミニアにうながされて利康は頭を切り換えると、砂山の火入れ口にしゃがむ。

 炭焼き窯のそばに用意しておいた枯れ草に柴に薪。それを薪や柴を奥、乾いた草葉を手前にして窯の口へ詰める。

 そうして燃料の準備を整えると、いよいよ火打ち石を手に構える。

 叩き合わせ、固い音色と火花が散る。

 ほんの小さな閃光。

 繰り返し送り込まれた火の種は、手前の枯れ草に乗ってそれを燃やす。

 小さな、しかし確かに赤々と灯った火は、枯れ草を食みながら徐々に育っていく。

 熱を高めて炎へと育ち始めたそれに、利康は柔らかく息を吹きかけて新鮮な酸素を集めるように辺りの空気をかき混ぜる。

 利康の助けを受けて火は見る見るうちに勢いを増し、枯れ草を平らげ灰へと変える。

 息をするように揺れるそこへ利康は残っていた枯れ草をゆっくりと押し入れて加える。

 そうして育て上げられた炎はやがて薪に燃え移り、より食べ応えのある燃料を糧にさらに大きく。

 利康は返ってくる熱気に軽く顔をしかめながらも、安定してきている火の具合に頷いてさらに枯れ草を追加する。

 そうして育った火と空気を絶たぬよう、一気に薪を追加するのではなく、慎重に燃料をくべて炎をじっくりと大きくしていく。

 中の炭材を燃やしつくしてはならないが、そのための突き出した窯口である。

 これが炭材が火に過剰に触れぬ様に距離を取り、窯の内部の酸素を消耗。窯を形作る石と砂をも熱して、内部に高温を閉じ込めるしくみの肝なのだ。

「フミニアさん、どうですか? 火の精霊から中の具合が分かりませんか?」

 しかし、あくまで素人がうろ覚えの理論をもとに作った粗製の炭窯なのは変わりない。

 きちんと目論みどおりに機能しているか、フミニアに精霊の観点からも窯の具合を見てもらう。

「そう、ですね……炎はなんだか息苦しそうです。しきりに投入口に息継ぎに出てきてますよ」

 目を細めて火を眺め、見えたままを告げるフミニア。

「奥の方に美味しそうなのがあるけど息が続かなくて届かなーい……言葉にするとこんな感じですね」

 炎の代弁までするエルフ耳の少女に、利康は潜水時間を競う子どもを連想して小さく吹き出す。

「どうやら今のところは上手くいってるみたいですね」

 そこで利康はふと浮かんだ疑問を持って視線を再びフミニアへ。

「そのうちに消すつもりだって知られたら炎……というか、精霊はやる気を無くしませんか?」

 そのいくらかの不安を込めた問いに、フミニアは首を横に振る。

「そんなことはありませんよ。消火されることが決まっていようがいまいが、火の精霊は炎と共に踊るだけですよ」

「なら、いいんですが……」

 フミニアの言葉を聞いて、利康は安心したように息を一つ。そして顔を上げてまだ煙を吐き出していない煙突の先を見つめる。

「後は煙の具合を見ながら燃料と空気の完全遮断か……上手くいってくれればいいんだけれど」

今回もありがとうございました。

次回は1月28日木曜午前0時に更新いたします。

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