第五十九席 身の丈に合わない評価は誤解と同じ
「それで結局、僕だけでシュラムさんの浄霊の手伝いに行かせたのはなんでだったんですか?」
顔や髪に滴る水をふき取りつつ、利康はウテアに尋ねる。
寝ぼけて妻と絡み始めたところへ、アイアノが精霊を宿した水を目覚ましにとぶつけたのであった。
義姉の目論みどおり。しっかりと目の冴えた利康は、いまだにぼやけたままのところをはっきりさせようとする。
その隣にはまだ顔の赤みの収まらないフミニアが、夫を濡らす目覚めの水をふき取りつつうなづく。
「そうですわね。そろそろ種明かしと参りますわね」
コガ夫妻から揃って説明を求められて、ウテアは形の良い唇の両端をニュッと持ち上げて首を縦に振る。
「……ですが、その役目を果たすのは私ではありませんわ」
しかし了承の返事で応じたにもかかわらず、理由を告げるのは自分ではないと。
続けて銀髪のエルフが視線を流す。
一同の辿り見たその先。
そこには一枚の扉が。
その扉はウテアが促すのに従うように軋み音を上げて開いていく。
「この先はワシ個人の都合ゆえ、ご隠居様ではなくワシから話させてもらおう」
はたして低い声と共に現れたのは、ずんぐりとした体躯に太く長い腕を備えたドワーフ男。陶板眼帯に刺青ヒゲのシュラムであった。
「シュラムさん個人の都合、ですか?」
そのままくり返す形で問い返すフミニア。それに対してシュラムはつるりとした顎を撫でつつ首肯する。
「ワシが芸術神、アトラカリシア様の信徒であることはすでに話したな?」
「ええ。神官としての地位にこそ無いとのことですが、浄霊のためにお力を借りることができるほどに徳の高い信徒であると」
シュラムの確認に、利康は既知の情報の回答を。
アトラカリシア神とは、レナンジェイス大陸のあるこの世界に存在する神格の一柱。
その属性は肩書の通り。絵画、詩歌、陶芸、舞踊、その他あらゆる美術芸術を守護する女神である。
勢力こそ秩序の陣営の大勢力である光輝、戦、豊穣らの教団には及ばないものの、古くからあらゆる芸術家の信仰を集めてきた偉大な一柱である。
「ある時、我が神からワシに啓示が下ったのだ。西の森。エルフの土地に新たなる美がもたらすものが現れた、とな」
「え、まさか……その新しい美など目ざわりだから、興した者ごと始末しろ、と?」
「それこそまさか、というやつだ。我が神はあらゆる美術芸術の守護者であらせられる。共に盛り立てよとのお言葉であった」
不安げにじわりと汗を染み出させる利康。
対してシュラムは杞憂だと苦笑交じりに利康の想像を否定する。
「しかし協力すべき者を見分けるに“全身にて静なる美を表す”という手がかりしかなかったので、な。どう見極めたものかと、そこが悩みどころだったのだ」
「それは、随分とまたぼんやりとした……しかし、神々からの啓示としてはありふれたものなのでしょうか?」
シュラムに下された神託の曖昧さに利康は同情を。
しかし、神と呼ばれる存在からのメッセージなどおおよそはこの程度なのであろうか。
託宣を受けたものが違えば、まったく別の判断をするような言葉を授けられるというのもありふれた話だ。
「いや。これでも今回のは割と明瞭なものだ。以前には難解な詩歌で下されたこともあってな。ワシは詩には疎いから、その時は読み取るまでに随分と多くの手を借りたものだ」
しかしシュラムは、利康の言葉に苦い笑みを深めて頭を振る。
そして刺青あごをさする手を支えるように腕組みし、当時の苦労を懐かしそうに語る。
神と通ずる聞こえし者。
持たざる人からは尊崇を集めるのであろうが、その身にかかる労苦の多いことは想像に難くない。
今聞かされた昔語りも、今回の話も、神に通ずる身にかかる苦労の序の口にもならないのであろう。
利康はその辺りを読み取って、目の前のドワーフと村の友人の身にかかるものを思いため息を。
「その辺りのお話は分かりましたけれど、それでなぜ見極めに浄霊の手伝いに? 聞く限り、全く噛み合っていないと思うんですが?」
利康は理解を示しつつ、話の先をとシュラムを促す。
シュラムの背後関係は分かったものの、肝心の見極めの手段を選んだ理由はまるで語られていないのだ。
「いや。もちろんワシもそれで判断できるようなところが見られるとは思っておらなんだ。だが、啓示の件を相談した御隠居様からの勧めでな……」
待て待てと言うように、シュラムは分厚く大きな掌を前に出して。
そこで語られた結局の原因である御隠居様、ウテアへ一同の注目が。
しかしウテアはまたも舌を出してウインク。
見た目はどうあれ、五百歳越えのやる事ではない。
それに利康は額を抑えて深々とため息を。そうして頭を振って中身を切り替えようというところで、シュラムが口を開く。
「しかし、さすがは御隠居様。その見立てに狂いはなかった。あの慰霊の手腕。あの時に見た美しさにワシは震えた。まさに我が神の御言葉が表す通り……お主こそが、ワシの職人としての業を捧げるべき相手であると確信した」
そしておもむろにその場に胡坐をかくと、大きな拳を膝の脇について頭を下げる。
「頼む。お主の業に惚れた! ヒゲなしのワシごときで構わぬならば、お主とお主の興す美のために腕を振るわせてほしい!」
「ええッ!?」
そして一言挟む間もなく放たれた一言に、利康の体が跳ねる。
「なーに驚いとるんトッシー師範? 願ってもないってゆーか、もともとお誘いにきたんじゃーなーいの」
「いや、それは、そうなんですが……」
あまりの驚きぶりにアイアノが首傾げ。
その疑問に利康の目が右へ左へと泳ぐ。
確かにアイアノの言う通り、職人として協力を仰ぐ目的があったのだから、向こうから申し出てくれたのはまさに渡りに船。
ならば何が問題なのか。
それは利康に向けられた、異様なまでに高い評価である。
確かに利康は茶道でもってさまよう霊魂を供養して、冥界へ誘う手助けをした。
しかしもう一度、また同じことをやれと言われて、できる確信は無い。
それに供養できたのも、もてなしの技たる茶道をいくらか心得ていたからこそ。
霊魂に通じるまでに磨き上げた、地球の先人こそが凄まじいのである。利康はただ伝えられたことを、それしかできないからやっただけ。
それが。ただそれだけの小僧が“全身にて静なる美を体現する者”などと称される。こんな笑い話があるだろうか。身の丈に合わないにも程がある。
身の丈に合わないということは害悪である。
いくらかの域までは、身を伸ばす励みを、またちぐはぐな面白みを生むこともあり、逆に良いということもあるだろう。
しかしそれはあくまでもある域までのこと。逆に言えば、その程度ならば丈に合っている範疇だということ。
だが、その域を越えてしまえばもはや不幸だけだ。
窮屈な衣服は不恰好な上、息苦しい。逆にゆとりが過ぎれば、やたらに引っかけ、ずり落ちて煩わしい。
また小器に大器と同じだけ注げば、受け止めきれないのは言わずもがな。
それは人であっても同じこと。
丈に合わぬ高い評価はまとわりついて足を取り、実とは異なる見込みで注がれる期待は、受けきれずに溢れ出るだけなのだ。
加えて人にとってなお悪いのは、思い上がりを生み、自分の器量を見誤らせることである。
茶の湯を修めても、死霊を祓うことは本来できない。あくまでも茶を用いてもてなすことと、それを受ける作法でしかない。
奇跡的な偶然が生んだ奇跡を基準に高く評価されても、それはただの誤解でしかない。
そのような考えを一気にまくし立て終えて、利康の体が目眩に揺らぐ。
「トシヤスさん!」
「大丈夫。少し寝足りないだけです」
よろめきを慌てて支える妻に、心配無いと笑いかける。
「んーじゃ、もう一発いっとく?」
「いえ、結構です」
続けて「おはようウォーターボール」二発目の準備を始めた義姉には、きっぱりとお断りを。
そうして利康は戻ってきた睡魔に苛まれながら、改めてシュラムを。
「……というわけで、僕がこの大陸に新たな文化を興しているのは間違いありません。ですが、茶の道を歩む未熟者の一人に過ぎません。シュラムさんが思っているような、とんでもない人物とは違うと思います」
いまだに頭を下げたまま、岩のようになっているドワーフ。
利康はその頭に、改めて自己評価を語る。
「……しかし……」
そう前置いた上で、短く言葉を挟んで床に膝をつく。そう。シュラムと向き合って、床に正座した形である。
「そのような不調法者の小僧ではございますが、それでもお力添えをいただけるのでしたら是非にお願いいたします」
そして指をついて深く一礼。
互いに同じ高さ。対等のところから同じく頭を下げあい、乞いあう形となる。
するとシュラムはようやく丸めていた背を伸ばして、眼帯の顔を正面に。
「無論。言ったはずだ、ワシはお主の業に惚れたと。お主自身がどう評そうと、関係ない。お主にワシの作を使わせたい。ただそれだけだ」
そしてムスりとした顔と声で利康の誘いに了承の返事を。
「過分の評、ありがたく」
対する利康は短く感謝を告げて再度頭を下げる。
続いてシュラムもまた無言で礼。
こうして一人の茶人と陶工との間に、共に歩む仲間としての関係が結ばれたのであった。
今回もありがとうございました。
次回の更新もいつになるかは未定です。
またお付き合いいただけましたらうれしく思います。




