第五十六席 ドワーフに連れられた先には
分厚い雲が立ち込め、月や星々の明かりがその切れ間から細々と降る夜。
明かりに乏しい夜道を、松明の炎を揺らして進むものたちが。
「こっちだ」
低く太い声で言うのは先導するシュラム。
灯火を掲げた刺青ヒゲのドワーフの背に、利康は続く。
ドワーフ。よりエルフらしく言えばタタラとも呼ばれる彼らは、現代地球日本で認知されている幻想的な種族からそう大きく外れたものではない。
背が低くてずんぐり。
ひげもじゃで力強い鉱山と鍛冶の民。
そこはこのレナンジェイス大陸のある世界でも変わりない。
しかし彫り浅の顔はどことなく、異世界におけるモンゴロイド系統に連なるような印象がある。
その辺りについては水辺暮らしのカワロという前例もあり、似通った体型のことも相まって、両種族には何らかの関係があるのではないかとも思える。
河童と山童という分類もあるので、そういうこともまったく無いとは言えないだろう。
ただこのシュラムは顎一面の刺青に取って代わられているのだが、この世界でもドワーフには豊かなヒゲが付き物。であるので、その辺りはカワロとまるで違うのであるが。
ちなみにドワーフ女性のヒゲはヒトの女性と同程度。うぶ毛程度である。
そしてまたもうひとつ異なる特色としては、目である。
刺青ヒゲの男は、革を土台に小さな陶板を重ねた眼帯をしている。
その下の左眼に視力は無い。
この世界、少なくともこの大陸のドワーフ種族は、生まれついて片方の目に光が無いのである。
そのような特徴があるため、古の時代の優れた鍛冶師であり、勇猛な戦士でもあったある者は、隻眼闘鬼とあだ名されていたのだとか。
そんな種族の特徴である光無い目に被せる眼帯は、着けるもの自身が完成させるという習わしがある。
そしてシュラムの眼帯には、先にも述べたように金属ではなく陶板が。
これはシュラムの生業が鍛冶ではなく、陶工であることを示している。
少なくとも彼自身は自分は陶工であると主張しているのである。
利康は先に見たシュラムの繊細な手つきから、あの手が焼き上げる茶碗に思いを馳せる。
漆器椀とはまた違った、素晴らしい逸品の数々が生まれるであろうことは間違いない。
その期待に利康の胸は風船のように膨らんで、地面から足が離れてしまいそうですらある。
「おい? どうした若いの」
「あ、いえ……大丈夫です。すいません」
振り向きかけられた声。それに我に返った利康は、荷物を持ち直しつつ慌てて返事を。
するとシュラムは右の眉を上下させて再び正面へ。
緩めていた足を速めたその背中を追いかけながら、利康は浮き足立っていた自分自身に頭を振る。
焼き物の器を手に入れる前に、まずシュラムの連れていく先で上手くやらなくてはならないのだ。
胸を温め膨らました期待などまさに皮算用もいいところ。今からその程度で浮わついていては何もかもがご破算だ。
そもそも利康がシュラムの案内で夜道を歩いているのはどうした訳か。
事はウテアが偶然に合流したシュラムの請け負っている頼み事を聞いたことから。
シュラムから内容を聞いたウテアは、利康も着いていってその頼み事を手伝うように、と。
しかも手伝いに同行するのは利康ひとりで。
自分に出来ることなのか。と、もちろん利康は内容を問うた。
しかしウテアは問題ないからと言うばかりで、詳しい内容は教えてくれなかった。
ならばと当事者であるシュラムに、何をやるかも分からない者を連れて行っても平気なのか、と。
しかしシュラムもまた、ご隠居様の推薦だからと取り合ってもくれない。時と場所が整えば分かる。ただその一辺倒。
詳しいところはふせるようにとも言われているのか、まるで明かしてはくれない。
そんな有り様では、当然フミニアは利康を心配して行かせるのを渋る。加えてアイアノも同感だと妹を後押し。
しかしウテアは姪姉妹の反対にもただ困ったように苦笑をひとつ。
だがそこから困り笑いのまま放った一言が、利康の腹を決めた。
シュラムがこの依頼を果たせないと、本職の陶芸に戻れない。
陶工。陶芸職人として紹介してもらえるはずの人物が、その仕事に戻れない。
この本末転倒と言っていい事態を聞けば、利康としてはやるしかない。
ウテアの遊びのために、待ち受けるは五里霧中もいいところ。
だがこうなった以上、それは利康にとって退く理由にはならない。
その先に欲し望むものがあるのならばただ進むのみである。
「ここだ。着いたぞ、お若いの」
「あ、ハイ」
そのように利康が欲望を燃料にひとり燃えているところへ、シュラムからの低く落ち着いた声が。
土を被せるかのような声を受けて、利康は慌てて返事を。
しかし着いたとは言うが、辺りには何もない。
ただ虫の鳴く野原が広がるばかりである。
「あの、ここでいったい何をすれば……?」
手伝うにしても何をするのか。
何一つ、まるで見当もつかない状況に問いかける。
が、その質問に対するシュラムの返事は、口元を押さえた黙るようにというジェスチャー。
松明の明かりの中にも鋭い右一つの眼光。それに利康も急いで平手で口をふさいで従う。
シュラムはその様子にうなづくと、黙れとのメッセージに使った手をかざして、そのままでいるようにと指示。
続いて視線を正面に戻して指をさす。
その先にあったのは、いくつかの小さな光が飛び交う景色。
ホタルであろうか?
異世界の感覚では時季には早い。
だが、ふよふよと夜闇に光の舞う光景は、つがいを求めて輝き舞う様を連想させる。
しかしだからこそ逆に腑に落ちない話である。
確かにホタルは美しい映像を生む昆虫である。
利康としてもホタルの群飛する風流な光景を前に野点をするのは実に楽しそうに思う。なので、そこに異論は無い。無いが、だからそれで利康に何をしろというのか。
捕まえろという話ならば、わざわざ手伝いを利康ひとりに指定して人数を絞る意味が分からない。
条件が揃えば分かるという話であったのに、まるで何をするのか見えない状況に、利康は黙って首をひねる。
だが、そこで利康は違和感に眉を顰める。
明滅の間隔が不規則なのだ。
ホタルの発光というのはいわゆる求愛信号である。
そこには種類、性別、地域ごとに個性は存在するものではある。が、あくまで生殖のための発光信号である以上、規則性が存在する。
光モールスであっても「OOSSOSOO……」などと、てんででたらめに発信していては、まるで通じないだろう。
にもかかわらず、利康が目で追っている光の一つは、でたらめな明滅を重ねてはふらふらと空をよろついているのである。
まるで意味不明なうめき声を撒き散らしながらふらつく酔いどれ。
ホタルらしからぬそんな動き。
利康はそれを訝しみ凝視。すると飛び交う光が虫の放つそれでは無いとの確信を。
青白く冷たい光。しかしそれは炎によるもの。自ら宙を舞い、その動きによって揺れる炎であった。
ひとりでに燃えて動く火の玉。冷ややかな彩りそのままに熱の無いその様子。
そこから連想したものに、利康は息をのむ。
確信に近いそれを持って、利康は傍らの刺青ヒゲに向けて手をある形にしてみせる。
腕を緩く前に出し、その手首から先はだらりとぶら下げたそのジェスチャー。
いわゆる故郷で幽霊を表すジェスチャー。
しかしこちらでもゾンビを連想させることから、転じてアンデッドを意味する仕草として通じるものである。
それを受けてシュラムは刺青顎を引いて肯定。
なんということか。
利康が任された手伝いとは、亡霊をどうにかすることであったのだ。
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