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第五席 埋めるべきピースは?

「回りを軽く掘って……っと」

 森の中に開けた木々の間隙。

 そこに群れをなして繁る丸いつぼみ状の若芽。

 利康は膝立ちになってその周囲を浅く掘り、白く太い根を露わにする。

 そして掘り起こした地下茎を掴み、引き抜く。

 根もろともきれいに収穫できた山菜。タンジョと言う名のそれを眺めて、利康は満足げにうなづく。

 そうして利康は採れたタンジョを傍らの荷籠に入れる。すでにその中には種類豊かな山菜で満たされている。

 一方でフミニアもまた別の群生の中心で山菜を掘り起こして採取している。

「ふぅ……」

 フミニアは手に取ったタンジョの白根に付いた土を払い落として、顔を濡らす汗を腕で拭う。

 すると汗をふくんで泥に変わった土がエルフ耳の少女の顔に筋を作る。

 それに利康は小さく吹き出す。

 フミニアはその笑い声に不思議そうに目を丸めて首を傾げる。

 そんな愛らしくきょとんとした少女に、利康はなんでもないと言うように手をあおがせる。

 それにフミニアは傾げた首を逆に倒しながらも、山菜を背中の籠へ。

 そして籠の重みを確かめるように背負い直して立ち上がる。

「それじゃあイイ感じに集まりましたし、そろそろ戻りましょうか」

「はい、そうしましょう」

 村へ戻ろうと言うフミニア。利康はそれに素直に従って膝を伸ばし、ズボンの汚れをはたき落とす。

 そして山菜を積んだ籠を持ち上げ背負うと、重みを増して食い込む麻縄に眉をしかめる。

「平気ですか?」

「はは、これくらい大丈夫大丈夫」

 利康は肩にかかる痛みを笑い飛ばして、心配するフミニアに答える。

 しかしフミニアは困ったように眉を下げるも、長いまつげを伏せて目を閉じうなづく。

「わかりました。私はいつも荷物のある帰りは休み休みなので、無理せず行きましょう」

 利康の意思をむやみに退けることなく、フミニアは家路へ爪先を向ける。

「はい!」

 そうして木々の間へ踏み出したフミニアにうなづいて、利康も後に続く。

 森の中をゆっくりと進むフミニア。

 なにかを探すように見回しながらの歩みは、行きとは違って実にじっくりとしたもの。

 利康に合わせたペースを掴んでか、それとも探し物のためにか。おかげで利康も無理なく三歩ほどあとについていくことが出来ている。もっとも、重みを増した荷が苦しいのは間違いないのだが。

 しかしそんな負担の増えた足でも無理なくついていけるペースであれば、多少の余裕も生まれる。

「なにを探してるんですか?」

 なのでしきりに辺りを見回す先導者に、探し物はなにかと尋ねることもできた。

「あ、はい。森ノ都に連絡したので、そのうちお客さまがあるんですよ。そこでなにか出せる物がないかと思って」

 フミニアはそうはにかみながら言い、再び探し物のために目を働かせる。

「ふむ……お客さまのおもてなしに出すものを、ですか」

 そう聞いて利康も真似る形で視線を彷徨わせる。

「お? あれは?」

 そこで利康が目を留めたのは一輪の白い花。

 百合に似た漏斗形の花弁。

 花弁の先に縁取るように淡黄色を帯びたそれは、暗くなるほどに濃い緑の中で輝くように咲き誇っている。

「あの花って近づいたりしても平気です?」

 そんな花を指差して、利康は前を進むフミニアへ尋ねる。

 それにフミニアは「どれですか?」と言いながら利康の指先を辿る。

「あれですか? ああ、ミューリの花ですね。危険なところのない無害な花ですよ」

 安全だと言うフミニアの太鼓判を受けて、利康は花の近くへ歩み寄り、手を添える。

「うん。凄いな……野の中にあってまったく花びらが損なわれてない。色もきれいに出てる」

 顔を近づけてじっくりと花の形の良さを確かめる。

 同時に花からの漂う芳香が利康の嗅覚に滑り込む。

「匂いも確かに香るけれど、決して強すぎなくて、本当にいい花だ」

「お花、好きだったんですか?」

 虫食いも何もない見事なミューリの花。

 それを満足げに目で楽しむ利康に、フミニアは後ろから近づき首を傾げて尋ねる。

「意外ですか? きれいな花は見ていて気持ちがいいじゃないですか。それに茶の湯では花を飾りもしますから、けっこう馴染みはあるんですよ」

 利康は後ろのフミニアに振り返り、微笑み答える。そして再びミューリの花へ顔を向け、その見事な花を引き続き楽しむ。

「茶の湯……そうよ!」

 そこでフミニアは小さくつぶやくのに続いて、両手を胸の前で合わせる。

「トシヤスさん、お客さまのおもてなしをお願いしますよ!」

「おもてなしって、茶の湯で、ですか?」

「はい! 昨夜私にやって見せてくれたみたいに、お願いです!」

 問い返す利康に、フミニアは閃きに輝いた目を注ぎながら、客のために茶席を設けてほしいと願う。

「昨夜ので茶を気に入っていただけたのなら嬉しいですし、また茶を点てて、練ってと言われれば喜んで、なんですが……」

 フミニアからの依頼は、利康にとっては二つ返事で引き受けたいものである。

 が、利康としては昨夜そのままの質でのもてなしを、と言うのは受け入れがたい。

 まず第一に敷物を挟んでいても、ほぼ地べたに座らざるを得ない状態であること。

 第二に湯を沸かす燃料がまきであるため煙が多く、茶の香りが隠されること。

 欠けたモノだらけではあるがひとまずの。どうしても解決しておきたい不足はその二つ。

 利康はそれを思うと、なぜ転移してしまったときに畳の一枚でも、炭を一箱でも背負っていなかったのかと悔まれてならない。

 むしろ転移させられることがあらかじめ分かっていたなら、持ち運び可能な簡易茶室を作って持ってきたかったとさえ思っているのだ。

「……「ですが」って、だめ、ですか?」

 利康がそんなことを考えていると、本心では渋っているのだと考えてか、フミニアが不安げに首を傾げる。

「ああ……いえ、そんなわけでは……」

 そんなフミニアの不安を利康は首を横に振って振り払う。

「ところで、そのお客さまがいらっしゃるのはいつです?」

「あちらの都合もありますので、返事が届かないとはっきりとは……でも、都と私たちの村までは六日ほど歩かないといけませんし、精霊の力を借りても三日はかかります」

「早ければ三日後には、ですか」

 来客までの猶予を聞いて、利康はあごを引いてうなづく。

「わかりました。用意しておきたいものがありますので、時間内に出来る限りの準備をさせてもらいます」

 そして不足を嘆くのではなく、自分の手で必要な物を整えるという決意をもって顔を上げる。

「やって、くれるんですか?」

 大きな緑色の目を見開いて言うフミニア。

 心底意外といった風情の顔に、利康は眉を下げて鼻を鳴らす。

「恩人の頼みを無下にできるほどの恩知らずだと思ってたんですか?」

「あ、いえッ!? そう言うわけではなくてですねッ!?」

 心外だと顔を歪める利康に、フミニアは慌て言い繕う。

「だって私のお客のもてなしを、同じ客人のトシヤスさんにやってもらうなんて、厚かましいんじゃないかとお願いしたあとで思ってですね!?」

「そんな遠慮しないでくださいよ。居候の身分であんまり丁重に扱われたら小心者の僕は縮みあがっちゃいますよ」

 理由を連ねて重ねるフミニア。それに利康は苦笑まじりに肩を上下させる。

「さて、おもてなしの席を設けるとなれば……あまり時間はありませんが、必要な物を一つでも多く揃えなくてはいけませんね」

 そして腕を組み、低く唸りながらこれから自分のするべきことを改めて口に出す。

「私も出来る限りお手伝いさせてもらいますね!」

「はい、よろしくお願いします」

 そこで手伝いに名乗り出るフミニア。それに利康も微笑み、その申し出を受け入れる。

 やることの固まった二人は、家路を進む足を再び動かしはじめる。

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