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第四席 ファンタジー世界に来ただけで魔法が使えるという幻想

「トシヤスさーん、こっちですよー」

 木々の並ぶ森の中。籠を背に先を進むフミニアが振り向き、片手を上げる。

「うん、ゴメンよ遅れて」

 手を振るフミニアに頷いて、利康は木綿のズボンにはき替えた足に力を込める。すると背負う籠を直して木の根をまたいで歩を進める。

 エルネストから分けてもらえた着古した木綿の上下。

 利康がおまけの革ブーツを含めたそれに着替えると、フミニアの先導で森に向かうことになった。

 道中で聞けば、普段フミニアは森から木の実や薬草、柴枝などを集める仕事をしているのだという。

 そうして集めた物の一部を農作物などと交換し、日々の糧を得ているのだと。

「今日は前に見つけた、山菜のかたまってた場所まで行きますからね。そんなに遠くは無いですから大丈夫ですよ」

 後に続く利康の姿を振り返り確かめながら、フミニアは森の中を軽々と進んでいく。

 森の民の象徴であるエルフ耳は伊達ではないのか、馴染んだ道を進む軽やかな足取り。

 それに合わせて揺れる長い金髪を追いかけて、利康は息を整えながら足を動かす。

 確かに利康は体力自慢というわけではない。ないが、それでも小柄な少女に一方的に置いていかれるほど貧弱なわけではない。

 しかしやはり便利な日本の町に生まれ育った者と、移動の全てを自身の歩みで賄う森の中の村に暮らす者との差か。見てのとおりの状態が出来あがっていた。

「足は平気ですか? 痛みますか?」

「いや、まだ大丈夫。ちゃんとついてくから……」

 先導するフミニアが心配して声をかけるも、利康は首を左右に振って応える。

 足手まといでも多少はマシにしたい。そんな意地を全面に、利康は伸び放題の草を踏み分ける。

 密度を増していく木々の間を、ただ前へ、前へ。

 その間にたびたび飛び出した木の根につまづき、踏み滑り、バランスを崩す。しかし利康は肩を喘がせながら、意地を杖に立ち上がって森を行く。

 濃密な草木の香。それが粗い息とともに利康の鼻に滑り入る。が、それを楽しむ余裕は今の利康にはない。

 そんな利康を心配してフミニアは再び、三たびと振り返る。が、やはり利康はそのたびに汗の浮かぶ顔で心配無用と強がる。

 それを繰り返す二人は、やがて小さな池に出る。

 森の中にぽつりと現れた泉。

 木々が壁となって風を遮っているため、乱されぬその水面は鏡のよう。

 枝葉のすき間から射す光が、その平らかな表面に跳ねて弾ける。

 変わり映えの無い景色を切り裂いて現れたそれに、利康が感嘆の息を吐く。

 するとその間にフミニアは泉のすぐそばにまで歩み寄って腰を下ろす。

「ここで少し休んでいきましょう」

「え、でも……僕はまだ……」

 背負い籠を下ろしたフミニアからの提案に、利康はまだ歩けると食い下がろうとする。しかしそれにフミニアは困ったように笑いながら首を左右に。

「ここでちょっと、休憩ついでにすませておきたい用事もありますので、座ってください」

「そう、ですか」

 用事ついでと言われては利康もうなづくしかない。素直にフミニアの右となりに腰を下ろす。

 そして疲労ごと吐き出す勢いで深呼吸。

 するとフミニアはそんな利康の様子に、柔らかな笑みを浮かべる。

 素朴な、しかし美しいフミニアの野の花の様な笑み。

 その笑顔に、利康の唇は緩みかけたところで強ばりゆがむ。

 強がっていたことはフミニアにはまるでお見通しで、しかも意地を張っていた自身を休憩させるのに気を使わせてしまった。

 その申し訳なさと気まずさから、利康は顔を湿らせる汗を拭いつつ顔を隠す。

 しかし一方で、当のフミニアは改めて柔らかな吐息を一つ。

「私も別に、一回も休まずに森中を採取して回ってるわけじゃないですからね。小刻みに休憩とってるんですから」

「それは、そう……ですよね」

 苦笑気味なその一言に、利康はうなづきながらも顔を覆う手を外すことが出来ずにいる。

「じゃあ私は用事をすませますね」

「その、用事って?」

 フミニアのその言葉に、利康は汗をぬぐっていた手を下ろして尋ねる。

「ちょっとメッセージを送りたくて」

 フミニアはにこやかにそう言って、座ったまま両手を胸の前で球を抱くように構える。

『お願い、水に宿りし我らの友よ……』

 フミニアの形の良い唇から紡がれる静かな声。

 それは良質な笛の音にも似た美しくささやかなもの。であるがしかし、短く奏でられたその声は波か風のように利康の身をす。

 そして利康の後ろにある木々や草葉も、水面も、フミニアを中心に広がる波紋の如き圧力に波立つ。

 擦れる枝葉と波の音。

 フミニアの声が起こしたさざめきの中、水がより大きく波立ち始める。

 そして先ほどまで鏡のように凪いでいたのとは打って変わって、柱を成すほどに立ち上がった水。

 その水柱はやがて人の形を成していく。

『来てくれてありがとう……水の娘』

 ヒレのある少女の形に完成した水へ、フミニアは座ったまま胸の前に構えていた手を差し出し伸ばす。

 その声はやはり先と同じく圧力を伴ったものであった。

 フミニアの力ある言葉の中、水の娘と呼ばれたモノは差し出された手に合わせて手を伸ばす。

 握手を交わそうとするように手を差し出し合うフミニアと水の娘。

『水脈を通じて森ノもりのみやこに言伝をお願い』

 呼び出した用件に水の娘が一も二もなくうなづき請け負う。

 それを認めて、フミニアは改めて力ある言葉で送るべきメッセージを口にしようと唇を動かす。

『フミニアからミッテウルへ、フミニアからアイアノへ。先日森に起きた乱れについて相談したいことがあります。森外れの村にまで来てください』

 メッセージを締めくくってフミニアは水の娘の指先に手を触れる。

 すると触れ合った指先から、光が水の娘へと伝わる。

 水で出来た体内に移った光は泡に包まれて沈み、腕を伝って肩から胴へ。

 そして光の泡は、水の娘の胸の中に浮かび留まる。

 預かったメッセージを宿した泡を確かめるように水の娘は胸元へ手をかざし、そのままつま先から泉の中へと沈んでいく。

 水の中へ溶けるように消えて行く少女の形。

 それを這うように追いかけて利康は泉の中を覗きこむ。

 しかし女性の形はすでに水の中に溶けていて影も形も無い。唯一の名残である泡らしき光も深くにまで沈んでいた。

「い、今のはいったい?」

 そして利康はフミニアへ振り向いて、驚きに揺れる声で問いかける。

「この泉に宿る精霊に、メッセージを届けるようにお願いしたんですよ」

 しれっとなんでもない事のように解説するフミニア。

 まるでちょっとした料理の隠し味を説明するようなその言葉に、利康はフミニアと精霊を宿したという泉とを交互に見やる。

「それって、魔法……ってやつですか? 精霊、魔法?」

 利康は有名どころしか知らない乏しい知識の中から引き出した言葉を呟く。

「そんな大したものじゃありませんよ。ただ魔力を込めた言葉で伝えて、魔力を支払ってお仕事をお願いしただけです。基本は同じなんですけれどね」

 しかしフミニアはやんわりと、魔法と呼べるほどのものではないと謙遜。

「言葉はそのままで伝わるんですか? その、精霊語とかは必要ないので?」

「はい。魔力を声に乗せることさえできれば、精霊と対話すること自体は出来ますよ」

 フミニアは利康の疑問にうなづいて、新しく特別な言語を覚える必要は無いと答える。

 その言葉には先ほどから、泉の精霊と対話していた時のような不思議な圧力が無い。

 つまりあれが声に魔力を込めていた状態で、あの草木を揺らす圧力はその余波ということなのだろう。

「そもそも私が生まれる前に秩序の神と破壊神の戦争が終わって、このあたりはすっかり平和になりましたので、激しい魔法を使う機会もないんですけれどね」

「へえ……平和な時代なんですね」

「はい。昔にはこの森でも魔獣が出たそうなんですけど、私は噂も聞いたことがありませんから」

 にこやかにそう説明するフミニアに、利康は元の位置に戻って座りなおす。

「ところで、フミニアさんがさっきやってたみたいな、精霊と話すのって僕にも出来るんでしょうか?」

「うーん……できるかも、っていうのが正直なところですね。魔力を使う素養がなければ、声に乗せることもできませんし」

 利康の質問に、フミニアは困ったように首をひねりながらも正直に告げる。

「じゃあ僕にその素質が、魔法使いのがあるかはわかりますか?」

「えーと、ごめんなさい。私には見ただけではそこまでは……」

 乗り出すようにして問いを重ねる利康。それにフミニアはただ眉を八の字にした困り顔で身を引くしかない。

「でもどうしてそんなに気になるんですか? 話してみたいなら私が間に入りますけれど?」

 そして困り顔のまま、逆に問い返す。

 すると利康は、ようやく自身がフミニアに迫るような姿勢になっていることに気づく。そして慌てて乗り出していた上体を引っ込める。

「いや!? その……精霊様との会話とか、僕にとっては夢物語だったので、いざ自分もできるかもしれないと思ったらつい!」

 そして瞳を右往左往とさせながら、早口に、まくし立てるように弁解を重ねる。

 そんな利康のうろたえぶりに、フミニアは溢れるままに笑みを一つ。

「ならコツを教えますから、少し試してみましょうか?」

「え? いいんですか?」

 微笑むフミニアからの申し出に、利康は落ち着かせた目をまたたかせながら確認をとる。

 するとフミニアはエルフ耳を上下させながらうなづき答える。

「はいもちろん。私も父さんや姉さんがやって見せてくれた時にはわくわくしましたし、気持ちはわかりますから」

「ありがとうございますフミニアさん!」

 快く了解してくれたフミニアに、利康はかぶせ気味に礼を言う。

 そんな楽しみでたまらないというような利康の反応。その勢いにフミニアは一瞬目を見開くが、すぐにその碧眼は微笑ましげな笑みに細まる。

「じゃあまずは、トシヤスさんが自分の内にある魔力を認識するところからですね」

 そして胸の前で両手を柔らかく合わせると、精霊との対話のための指導を始める。

「えっと、どうすれば?」

「とりあえず、意識を静めて下さい。姿勢を正して深呼吸です」

 フミニアの言葉に素直に従って、正座の形に座り直す利康。

 背筋を伸ばし、深い呼吸を繰り返すその姿に、フミニアは感嘆の息をつく。

「私が声に乗せていた力は感じられていましたよね? あのようなものを内側に探し出して感じ取れたら、それを集めて胸に、吐く息と一緒に溜めてください」

 イメージの話なのだろうか、探り出すべきものとそれを溜める場所についての漠然とした教え。

 しかし感覚的なものである以上仕方ないものとして、利康は呼吸を整えつつ、フミニアの教えに従って自分の内の『力』を探す。

 はっきりとした確信は無い。しかしなんとなく、おぼろげながらそれらしいものを感じ取れたのか、利康の表情が引き締まる。

 利康はそのまま姿勢を崩さず、練り上げるように呼吸を重ねる。

「掴めましたか? そうしたら気持ちの入りやすい言葉に、声にして出してみて下さい」

 そのフミニアのアドバイスを受けて、利康はまぶたを結んで一際強く息を吸い込む。

「僕の名は利康! 精霊よ、僕の声に答えてくれぇえッ!?」

 しかしなにも起こらなかった。

 利康の放った声に風は動くこともなく。枝葉も水面も波立たない。

 ただ一匹のカエルが泉の対岸で跳ね、波紋を起こすだけであった。

 異世界という舞台。

 幻想的な異能の可能性。

 そしてそれらに高められた、少年ゆえの夢想。

 その空振りに、利康は力を込めて声を放った姿勢のまま、固まる。

「えっと、その……私の説明のしかたが感覚的すぎただけだと思いますから!」

「ふぉ、フォローありがとうございます」

 慌ててフミニアがフォローに入る。

 だがしかし利康は、いたたまれなさに真っ赤に染まった顔を両手で覆い隠す。

次回は1月21日木曜日午前0時に更新いたします。

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