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第三席 異世界に渡ったと思ったら成人認定されていた

 談笑を交わしながらの朝食を、食器の片付けも含めて終えた利康とフミニア。

 身支度も整えた二人は、今フミニアの家とは違う家の前に立っている。

 その家は周りの家よりも二回りは大きい。外を覆う白木の壁はよく手入れされて、風雨を受け止めてきた外面も白い。

 そんな白木壁に目立つ褐色の扉。その脇には、中央から稲妻形に割れた卵を模した板金の印がかけられている。

「おはようございます。朝早くにすみません」

 フミニアはそんな扉をノック。合わせて中の家主に呼びかける。

「はぁーい、いま開けまぁーす」

 すると扉の奥から若い女性の声が返ってくる。

 それから間も無く、扉に掛っていた錠が解かれて押し開かれる。

 そして扉の隙間から顔を出したのは、白い髪を頭を柔らかく包む形で短く整えた若い女性であった。

「あらフミニアさん。おはようございます」

「おはようございます、ポリーヌさん」

 フミニアの顔を見て、穏やかな笑みで迎えるポリーヌ。

 微笑むポリーヌは、小柄で肉付きがよい体を質素な服に包んだ若い女性だ。

 体だけでなく顔も、丸く愛嬌に溢れたもの。

 ただ、その白髪の頭の上から出た折れ耳は豚のそれであった。

「お、おぉ……?」

 その耳に利康はまばたき絶句。

 しかしポリーヌはそんな驚きの目を察しながらも、微笑のまま小さく礼をする。

「はじめまして、ポリーヌと申します。オークを見るのは初めてですか?」 そしてポリーヌはそう穏やかに利康に向けて名乗る。

「あ、と、古賀、利康です。えと、オークというのは……本当に?」

 利康は不躾な好奇と驚きの目を向けてしまっていたことに恥じ入りながら返礼。

 そして頭を上げながら、おずおずと遠慮がちに問いを一つ。

 目の前にいるポリーヌの耳は確かに豚のものだ。豚の獣人なのは間違いなく、おそらくオークとは呼べるのだろう。

 だがポリーヌの顔は人間そのもの。むしろ美少女とさえ言えるほどに整ったそれはオークのイメージとはかけ離れている。

「はい。もちろん」

 しかしにも関わらず、ポリーヌは微笑みのまま断言する。

「いやでも、話程度に聞いたのとはだいぶ……話では頭そのものがって」

 それに逡巡気味に利康が言うとおり、一般的にイメージされるオークは頭が豚そのものの怪物である。

 ポリーヌは躊躇いがちな利康の言葉に苦笑気味にうなづく。

「ああ。そういうのはワイルド種ですね。私みたいな新しい種とは違う古くからの人々です。この村にも何人かいらっしゃるんですよ」

「おぉい、ポリーヌ。玄関でいつまでも何してる? 長話は切り上げて早く上がってもらえ」

 ポリーヌによる自種族の説明を、家の奥からの声が遮る。

「はぁーい、エル様」

 招くのを急かす若い男の声に、ポリーヌは家中へ振り向き答える。

「すみません、夫の言うとおりこんなところで長々と……お二人ともどうぞ」

「おじゃまします」

 そして向き直ったポリーヌに中へと招かれる。すると利康とフミニアは声を揃えて案内に従い上がる。

 背丈はほぼ同じのポリーヌとフミニア。その二人に続いて利康が入ったのは、ちょっとした広間であった。

 椅子を横並びに三脚。奥と手前にと二列。

 来客用と思われるその椅子たちのさらに奥。壁には棚が設えられている。

 しっかりとした造りのその棚の中心には、表にかけられていた者と同じ割れた卵の印が。

 香炉を脇にして祀られた印。孵化を象徴するそれの鎮座する棚は素朴ではあるが祈りを捧げられる祭壇にふさわしい雰囲気を帯びている。

 さらによくよく見れば孵化を模した聖印を囲むように、いくつか異なる聖印も軒を借りるような形ではあるが祀られている。

「よぉ、いらっしゃいフミニアさん」

 そんな合祀祭壇の傍らから上がる声。

 ポリーヌへ二人を早く上げるように促したのと同じ声に、利康は釣られるように視線を移す。

「おはようございます、エルネストさん。早くからすみません」

「構わないって。我が神がいわく『産声は上がる時を選ばない』……朝の来客くらいどうってことは無いって」

 改めて朝早くからの訪問を詫びるフミニアの言葉を、エルネストと呼ばれた男は笑って流す。

 すらりとした長身。それを木綿の上下と革のベストに包んだ赤毛の男エルネスト。

 顔立ちはやや彫り深で整っており、年の頃は利康よりも一つか二つ上くらいだろうと見て取れる。

 だが重要なのはそこでは無い。オークを自称するポリーヌが夫と呼んだその男の耳は、利康と同じ場所、同じ形をしているのだ。

 先に聞いたワイルド種のオークの登場を想像していた利康は、頭どころかどこにも変哲のない純粋な人族に逆に面くらうことになっていた。

「で、この彼が例の? 森ん中でうろついてたのを保護したって言う?」

「は、はい。迷い人の古賀利康です」

 戸惑いながらも名乗り挨拶する利康に、エルネストは祭壇傍から歩み寄ってくる。

「また随分変わったカッコしてるな……こんな様式の衣装は俺も初めて見るな」

 そして顎先に手を添えて、利康の格好を頭の先からつま先まで見回す。

 利康も身長173センチと高校一年生という年齢からみても低い部類ではない。が、間近に並ばれるとエルネストの方が明らかに上背があり、利康が見下ろされる形になる。

「ええ。なんでもニホンと言う人族しかいない国から、気が付いたら森の中に迷い込んでいたという話で」

 エルネストが利康の紋付袴に興味深く観察し続ける横から、フミニアが聞いていた情報を語って聞かせる。

「ニホンねえ……寡聞にして聞いたことのない国だが、馴染みの無い様式の服に名前だ。嘘とは思えないな」

 そう言ってエルネストは改めて利康の彫り浅な日本人顔を見つめる。

 真剣な顔。

 文字どおりに建前など切り裂いて、裏まで見透そうというような顔で睨むエルネスト。

 穴が開いてしまいそうなその視線に利康が身を縮ませると、エルネストは軽く息を吹き出して固く鋭利な睨み顔を崩す。

「はぐれ者の村へようこそ、遠いところからの迷い人。俺はレンボルテオラス神官のエルネスト、この村の冠婚葬祭を任されている。よろしく」

「は、はい。こちらこそ」

 顔が笑み崩れたかと思いきや親しげに差し出された手。利康はそれをまばたきうなづきながら受け取り握手。

 それにエルネストは笑みのままうなづき返す。

「しっかしあんたトシヤス……だっけか? 飛ばされてきたのがここで良かったな。エルフ語が母語の人族だなんてのも変わってるが、エルフ語は他所じゃ使えるヤツを探すので一苦労なんだぜ」

「え、エルフ語ッ!?」

 そんなエルネストの一言に、利康は思わず目を見開く。

 それもそのはず。利康は日本語しか流暢には使えないし、そのつもりで今まで喋っていたのだ。

「え? お上手なエルフ語に聞こえますけれど?」

「そう言えば……見つけた時についエルフ語で話しかけてしまいましたけど、伝わりましたのでそのまま気にせず話してましたね」

 戸惑う利康に対して、首を傾げるポリーヌと、今になって気づいたと胸元で手を合わせるフミニア。

「や、でも、僕はずっと日本語……故郷の言葉で話してるつもりで……」

 一人納得するフミニアに、利康は戸惑うままに首を横に振る。

「んん……でも私たちにはエルフ語に聞こえてる訳ですし」

「じゃあたまたまそのニホン語とエルフ語が同じ言葉だったってことでしょうか」

「かもな」

 困ったように首を捻るフミニアをよそに、ポリーヌの出した推測にエルネストがうなづく。

「ええッ!? そんなまさかッ!?」

 そうして二人だけで納得する異種族夫妻に、利康は勢いよく振り向く。

 種族、世界すら隔てた二つの言語がまさかの偶然の一致。

 あまりにも荒唐無稽な、暴論とさえ言えるその推測に、利康はさすがにすんなりと納得はできなかった。

「まあ文字までは知らないけどな」

 しかしエルネストは、利康の納得など知った事かとばかりに軽く流す。

「まあエルフ語うんぬんはともかく、俺への用件はなんだ? 森での事なら、レンボルテオラス様に頼るよりも奥地の連中に相談する方が先だろ?」

 そしてフミニアへ自分の家を訪ねた理由を聞く。

「はい。あちらにはすぐに。それで、エルネストさんにはですね、利康さんに古い服をいただけないかと」

 古着の無心。

 そんな頼みの本題を、フミニアはおずおずと申し訳なさそうに明らかにする。

「俺の着古し? そりゃ俺は構わないがなんでまた?」

「いやその、もうフミニアさんに一宿一飯の恩もあって、その上お世話になる以上、ただ飯食らいって言うのも辛くて……でも、持ってる服がこの一着だけなので……」

 怪訝な顔をするエルネストに、利康が恥じ入りながらも事情を話す。

「ああ、なるほどな。様式はともかくお貴族様の並みにいい仕立てしてるしな。たしかにその服で村の仕事は出来ないわな」

 それを受けてエルネストは利康の紋付袴をもう一度見回し、合点が行ったと繰り返しうなづく。

「ポリーヌ、適当に二着くらいだしてやってくれ」

「はぁい、ただいまー」

「見栄張って変なの出すなよ? 野良仕事ができる普段着だからな」

「ぶぅ、分かってますよぉ」

 釘を刺す夫に不満げに返して、ポリーヌはドアを開けて奥のプライベートエリアへ。

 エルネストはそんな妻を口の端を持ち上げて見送ると、再び利康とフミニアへ向き直る。

「ところでトシヤス、故郷では何やってたんだ? 顔は幼い感じだが、成人は済んでるんだろ?」

「いやそんな、僕の成人なんてまだまだ先の話で、ただの学生ですから」

「は!? その背丈で(とお)ソコソコっていくらなんでも冗談だろッ!?」

「それは低く見すぎですって。今年十六歳ですから」

「じゃあ成人してるじゃないか」

「え?」

「え?」

 噛み合わぬ話。

 それに利康とエルネストは半ば呆けた顔を見合わせる。

「いやいやいや! 事情がなけりゃ十四、五で成人式やるだろ!? 俺だって二年前に十五歳で済ませたぞ!」

「僕の故郷では二十ですよ! 前後もしませんし!」

「お前の故郷どうなってんだよ!? 遅すぎて意味分かんねえッ!」

「僕からしたらそちらが早すぎなんですって! 僕の感覚じゃ百年以上前の風習ですよ!?」

 互いの感覚の食い違いを遠慮なしに譲らずぶつけ合って、二人は揃って息を吐くと、また示し合わせたように半歩身を引く。

「はぁもぉ……なんなんだよニホン……」

 そして額に手を当てて、ため息交じりに呟くエルネスト。

 利康はそれにこちらのセリフだと言わんばかりのジト目を向ける。

「あの……ところで、ガクセイってなんですか?」

 するとそこへフミニアがおずおずと遠慮がちに手を上げながら口を挟む。

「へ?」

「あぁ、俺も気になるな。なにする役目なんだ?」

 呆ける利康に、エルネストもまた「学生」という言葉の意味を問う。

「え、いや、いくらなんでも……って、そうか翻訳されてるわけじゃないから、エルフの文化に無い言葉は通じないのか……!」

 そこで利康は自身の話す日本語が、この世界のエルフ語と奇妙な一致を見せているに過ぎないらしいということを思い出す。

「学生って言うのは、師について学問を学ぶ者たちの事で……自分なりの研究をする人も含みますけれど、僕は教わる立場で……」

 利康は伝わりそうな言葉を選びながら、自分の元の世界での立場を説明する。

「ああ、賢者のお弟子さんだったんですね」

「なるほど、人族の都くらいでしかお目にかかれないような身分か。噛み合う言葉が無いわけだ」

 その説明をフミニアとエルネストはよく噛みしめるように繰り返しうなづく。

「なんだか……不相応に高く見られている気はしますが、教えを受ける一方の未熟者ってことです」

 妙に感心した風な二人に、利康は後ろ頭をかき撫でながらあくまで未熟者であることを強調する。

「いえいえ。そんなに謙遜しなくても、昨夜見せてくれたあの作法からして、礼儀作法の指導はされていたのでしょう? 礼法を修めた上に賢者を目指して学ばれてるなんてすばらしいです」

「へぇ……? 独特の礼法まで修めていて、この仕立ての服……やはり一角の家柄の出なのか」

「いや、分かってないじゃないですか! ただ家が古風な趣味なだけで、僕自身は平凡な一男子ですから!?」

 しかしフミニアとエルネストの二人から見た利康は、どこかの名族の子息という形で固まってしまっていた。

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