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第十三席 なぁに、そのうち気持ちよくなる

 フミニアと利康の住む平屋。

 棒に支えられて開かれたその窓からは、シャカシャカと軽快な音が漏れる。

 その土間から一段高い板間に、正座で座るのは三人。

 茶を点てる利康と、アイアノとフミニアの姉妹が。

 碗の中で泡立つ薄茶に集中し、それ以外の何物をも意識していない風の利康。

 対してエルフとハーフエルフの姉妹は、たびたび身じろぎして藁織の座布団に正座する足を揺らす。

 さらに二人は揃って眉をゆがめて、長くとがった耳も悶えさせている。

「お疲れさまです。これが飲みきれたら足を崩していいですよ」

 そんな姉妹の様子に利康は苦笑しながら、素朴な碗にできあがった茶を差し出す。

「お先に」

 しびれた足に顔を強張らせながら、アイアノは受け取った碗をフミニアとの間に置き、一礼。

 同じく足のしびれに苦しみながら姉に返礼するフミニア。

「お点前、頂戴します」

 そして利康に深く一礼。薄茶の碗を両手で抱くように持ち上げる。

 続いてフミニアも同じく利康に頭を下げて、もう一杯の青い碗を押し抱く。

 姉妹は揃って碗の正面を避けて、薄茶に口を付ける。

 一口。

 二口。

 最後に三口目で音を立ててすすり切る。

 先に飲み始めたアイアノの方が随分と早くに飲み終えて、碗を置く。

「はぁああ……ひどくしびれたぁああ……」

 そしてようやく足を崩すのを許された機に届いたことで、深々と息を吐く。

 茶を飲んだ時以上に深く安堵の息を吐きながら、足を解すエルフ。

 美しく整っているその顔が、足の痺れとそれが抜けて行く快感に大きく緩む。

 その様に利康は苦笑を浮かべる。

「本当にお疲れさまでした。お服具合はいかがでしたか?」

「いやー足が痛くてそれどころじゃないってのよ。美味しかったんだろーけど、味を確かめてる余裕がないってゆーの?」

 苦笑のまま茶の具合を尋ねる利康に、アイアノは足を解しながら「それどころじゃなかった」と頭を振る。

 そして姉よりは味わおうと努めて茶を飲んでいたフミニアも、碗を置いて右手を上げる。

「正直なところ……私もです。ごめんなさい」

 痺れた足で正座を維持したまま、申し訳なさそうに顔を伏せて縮こまるフミニア。

 そんな恐縮しきりといった様子のフミニアに、利康は笑みを深めて首を横に振る。

「いえ。馴染みが無ければ正座はなかなか辛い座り方ですから、痛みに気が散っても仕方ありませんよ」

 二人と違い、座布団なしで板間に直と言う形ながら、まるで歪まぬ笑み。

「茶道の手ほどきと言う形で無ければ、味を楽しんでもらうために足の形は自由にしてもらうんですけれどね」

 そう言って利康は茶を立てるのに使った道具を清めていく。

 利康が言うとおり、今回の茶はアイアノとフミニアの姉妹に手ほどきするためのものである。

 そこでまず基礎の基礎として、二人を正座に慣らすことから始めたのである。

 土間と板間に分かれたフミニアの家のつくり。

 そして椅子を使わず低いテーブルを食卓とすること。

 これらからも分かるように、この世界のエルフの文化では床に直に座るのが一般的なことである。が、やはり正座と言う座り方は無いのだと。

 だからこそ利康は客側の作法を仕込むに合わせて、第一に正座という座り方に慣らすことを選んだのだ。

「アタシとしては点てかた、だっけ? そっちを重点的に教わりたいんだけどなぁ。都の友達にも広めたいし」

「あははは。熱心なのは嬉しいですけど、ならなおさら正座からですよ」

「えー……なんでよー」

 足をほぐし続けながら、もてなす側の作法を習いたいというアイアノの言葉。

 それに、利康がやんわりとまだ早いと制止。すると案の定。アイアノはしびれを取る手は休ませず、不満げにほほをふくらます。

「もう、姉さん?」

「いやまあ、それは僕も覚えがありますから、わかりますよ」

 百六十歳を越えるアイアノの、あまりにも幼げな不満の主張。

 それをフミニアが苦笑まじりに諌める。が、利康はそれを微笑で流す。

「だったら……」

「でも、点てる側が途中で足をしびれさせていたら、不恰好ですよね?」

「うぼぁッ!?」

 しかし、示した理解にまえのめりになったアイアノを、利康は一刀両断。

 胸を抑えて、バッサリやられた風に倒れたアイアノ。その隣では利康の言う様子を想像したのか、フミニアが何度も首を縦に。

「しびれに気をとられていては、どんな失敗をするかわかりませんよね? 万が一、湯の沸いた釜や炭をひっくり返したりなんてしたら大惨事ですよ」

「ふぐぅ」

 そして利康はうずくまるアイアノへ付け加えてもう一言。

 さらに重ねて襲う言葉の太刀に、アイアノは高く尻を上げたまま、びくりとその身を震わせる。

「わかった、じゅーぶんにわかったからトッシー師範。もー勘弁して……」

 そのまま降参を宣言するアイアノ。

 肉付きは薄い。が、形の良い尻を持ち上げたその姿勢に、利康はたまらず顔をそらして咳払い。

「……ンン! そういうわけですから、ちゃんと座ってくださいアイアノさん」

「……うーい」

 するとアイアノはだらりとした調子ながら、素直に上体を起こして座りなおす。

 とは言っても、まだ脚はしびれているので、膝から下を腿と尻の両わきに逃がした形であるが。

 それに利康は小さく安堵の息を吐く。が、伏せた目を上げたところで、その顔は強ばることになる。

 ほほをふくらませているフミニアと目があってしまったからである。

 利康の目がどこに注いでいたのか。それを見切っているのだと音も無く語るジト目。

 声の無い罵倒にさらされているような感覚に、利康はたまらず己の瞳を避難させた。

「どしたの?」

 そんな二人の様子に、アイアノは首かしげ。

「いや、その……」

「なんでもない」

 言葉に詰まる利康と、短く言い放ってそっぽを向くフミニア。

 アイアノはそんな二人の様子に、状況が見えず、逆方向に首を倒す。

「ま、まあ……というわけで、今の教えは基礎も基礎の、そう言う段階ですので」

 そんな空気の中、利康は流れを元に戻すべく話を切り出す。

「トッシー師範の考えは分かったし、そう言われたら納得するしかないか」

「根を張ってる段階ってこと、ですよね」

 強引なかじ取りではあった。それにフミニアの目からも、怒気の色が消えて失せた訳ではない。

 だがそれでも話は無事に元の流れに戻った。

 利康はその事にそっと息をつきながらうなづく。

「はい。まさにフミニアさんの言うとおりです。ただ、実は点てかたの作法もすでに教え始めてはいるんですよ?」

「え、ウソ!? どのあたりで!?」

「そちらももう始まっているんですか!?」

 いたずらめかして言う利康に、姉妹は揃って目を瞬かせる。

「ええ。もちろんです。ホントですよ」

「どこ? どのあたりで教えてくれてるのトッシー師範!?」

「さて、どのあたりでしょうか?」

「えー……」

「そんなぁ」

 もったいつけた利康に、がっくりと肩を落とすイァドの姉妹。

「足のしびれが気にならなくなる頃には、きっと分かるようになると思いますよ」

 それに利康は笑みを浮かべつつ、答えは明らかにせずにおく。

「ちぇー……トッシー師範のケチぃ」

「まあまあ姉さん。そのうちに分かるってことだし」

 それにアイアノは唇をとがらせ、フミニアはそんな姉を苦笑まじりになだめる。

 利康はそんなアイアノとフミニアの姿に、懐かしさから笑みを深める。

 自分も幼いころは師に茶を点てさせてもらえず、ただひたすらに正座と礼だけをさせられて、同じように不満を抱いていたのだ。

 やるからには、地味な基礎より楽しい部分に触れたい。スポーツであれば体力作りや筋トレよりも試合、ゲームをやりたいと思うようなところか。

 しかもその基礎固めがどのように大切か説明もされず、大事なことだから黙って続けろと強制されればなおのことだ。

 今となっては、利康も自分で気づいて得ること。それは何よりも得がたく、かけがえのないことだと知っている。

 だから必要ない部分までは説明したりはしない。

 だが、見て盗むべき手本の存在を匂わせるくらいは、やるべきだとも思っている。

「ところで、なんですかトッシー師範って?」

 しかしそれはそれとして、利康としても引っかかっていたところへ突っ込みを入れる。

「ん? だってお茶の師匠だし?」

 どこに変なところが?

 アイアノはそう言わんばかりに首を傾げる。

「いやまあそうですけど、なんでまたあだ名風味に……」

 利康としては、茶人としても道半ば以前の自分が師と呼ばれるのもおそれ多いしむずがゆい。が、それはこの世界、この森に茶の湯を持ち込んだものとして受け入れられる。

 確かにアイアノにとって、利康はずいぶん年下であるし、軽く接せられるのも分からないでは無い。無いのだがしかし、利康自身には師を友だち風味に呼べる感覚が無いのでどうしても戸惑いは覚える。

「まあお姉ちゃんから親しみも込めてってことで」

 ウインクまじりに告げられた予想どおりの答え。

「まあ、いいです。好きに呼んでください」

 違和感はある。が、利康は未熟者の自分にはかえって似合うかと思い直して、アイアノからの呼び名をしぶしぶと受け入れる。

 ため息まじりに眉を八の字にして、不本意ながらとうなづいて見せる利康。

「えー、なになに? ずいぶん不満っぽいじゃないの? せっかくお姉ちゃんが歩み寄ってるのにぃ」

「ええ、ええ。ありがとうございます。あとお姉ちゃんっていうのもなんでですか? ミッテウルさんの養子に入った覚えはありませんけれど」

「むん? 時間の問題だと思ってたんだけど、ねえフミ?」

「ぅえ!? ね、ねねね姉さんッ!? なに言ってるのッ!?」

 急に水を向けられた形になったフミニアは、目を白黒。

 それまで顔一面に浮かんでいた、姉と利康にそっちのけにされていたことの不満。それも一瞬で消し飛んで、とがった耳の先まで真っ赤に染めてうろたえる。

「あっれぇ? お姉ちゃんなにかおかしなこと言ってた?」

 そんな妹の様子に、アイアノはニマニマと唇を緩めて耳をリズミカルに上下させる。

「うぅ……うー!!」

 対するフミニアは上手い切り返しが思い付かないのか、耳まで赤くしたまま、形の良い唇を歪ませている。

「んんッ……姉妹仲がいいのは結構ですけれど、からかうのはほどほどにしてあげてくださいよ」

 その反応に利康も照れ臭さに頬を染めながら、咳払いをして割って入る。

「はいはぁい。別にフミに意地悪したいわけじゃないもんね」

 利康がかばいに入ったことで、アイアノは平手を顔の横に挙げて降参と示してみせる。

 それに利康とフミニアは軽く安堵の息をつく。

「あ、そーそー。ところでトッシー師範や、相談したいことがあるんだけど」

「はい、なんでしょう?」

 そうして空気が落ち着いたところで、アイアノが左手を下げて相談事があると切り出した。

今回もありがとうございました。

次回は2月22日0時に更新いたします。

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