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第十一席 任せていればいつかは専門家になる

「ありがとうございます。アイヒェサクスさん」

 礼の一言と共に深々と頭を下げる利康。

「構わない。そちらのおかげで仕事も増えて、貯えにも余裕が出来そうだからな」

 そう答えるのは利康よりも頭二つ近く大きい、筋骨逞しい巨漢。

 アイヒェサクスと呼ばれたその男は、利康の感謝に首を横に振って、抱えていた藁の包みを利康の足もとに下ろす。

 たっぷりとした墨を大筆で引いたような眉を生えるままに。

 微塵も緩まない角ばった顔は厳つく、岩の様な印象さえ帯びている。

 とくにその印象を強めるのはその額。黒光りに硬質なそこを土台に太い一本角が生えている。

 先端が大きく広がり分かれたその角は、まさに天然の槍である。

 さらにアイヒェサクスの体には角と同じく、陽を跳ね返す漆黒の装甲がそこかしこに。

 前腕はもちろん。肩甲骨や肩、胸板に至るまで。日焼けした精悍な肌に分厚い鎧がもう一層の皮膚として生えているのである。

 この天然の武装はカブトムシに由来するもの。

 つまりこのアイヒェサクスという大男は、甲虫の特徴を備えた亜人種、甲虫人レマハスなのである。

 とは言っても先に述べた通り、目が複眼であったり手足が合計三対生えている訳ではない。

 念押させてもらえば、成人形態になったら一年と生きられずに死ぬ、などと言うことも断じてない。

 あくまでも頑健で屈強な人間が、カブトムシの甲殻と角といった特徴を備えているに過ぎない。

「それでも、僕が作るよりもずっと質のいい炭が手に入る様になって助かりますから」

 利康はそう言って、厳めしく固まったアイヒェサクスに向けて重ねて一礼。足もとに置かれた藁包みを拾う。

 利康が先日に焼いた炭は、結論から言えば失敗であった。

 より正確に言えば、利康の納得のいく仕上がりにはならなかったのだ。

 いざ窯を崩して開けてみれば、そもそもが木材の敷き方の段階から間違っていたのだ。

 炭焼きの工程上、窯の低い位置にある部位はどうしても炭としての質が低くなる。

 そのため底材を敷いて本命の炭材を高い位置に持っていかないといけない。

 だが利康はそれを忘れていたため、窯から出した炭はどれもが上半分ほどしかろくに使えないものになってしまった。

 ともかく利康は失敗は失敗として、次への注意事項に前向きに受け入れることに。

 そして即席窯で作った炭の試作品は、不完全な分を中心にフミニア宅の燃料として引き取り、折り外したいくらかを村人たちにおすそ分けする形で処分を済ませた。

 煙の立たない優れた燃料である炭は、使った村人に大いに受けた。

 そこで村で樵と大工を生業としていたアイヒェサクスが炭に興味を。

 炭を作るために自分だけで火の番をすることは難しい。

 試作でそう痛感していた利康は、完成品の一部を分けてもらうことを条件に、作るための手順を伝える。

 合わせて先の試作段階で露わになったポイント。さらに炭材として選ぶべき木の質と、注意しなくてはならない重大な問題も添えて。

 まず選ぶ木の質については、なるべく堅いものを。

 そしてこれがなによりも重要なことなのだが、炭を作りすぎないこと、である。

 確かに炭は煙も少なく、燃焼時間も長い。さらに品によっては立ち消えしにくく火力も安定させやすい。

 おまけに、作る過程で出る煙を冷やすことで出来る酢液は肥料としても有用なのだ。

 こうして見るといいことずくめのようにも見える。だがしかし、炭焼きは膨大な熱エネルギーを必要とする。

 そのためには炭材に使う材木だけでなく、薪を燃料として必要とする。

 つまりは木炭を作れば作るほど、それだけ大量の木を伐ることになるのだ。

 地球でも木炭を得るための伐採で山が禿げ、森が削られた事例もある。

 たかが燃料のためだけに、自然を滅ぼしては本末転倒。

 それは、醜悪でさえある。

 山菜採りに通る道が整備されていなくて歩きにくい。とは、利康もたびたび思ってはいる。

 しかし、それ以上に自分のいま暮らしている森を美しいと感じている。

 利便性を求めるのは人の常であるし、利康としてもそれは肯定するところだ。

 だがそのあまりに、美しいものを醜く荒廃させるのは利康の美意識には無い。

 だから木を伐る場所はまばらにすること。

 さらにあわせて苗木を植え育てて、森を維持するように願ったのであった。

 もちろん、アイヒェサクスら村の樵たちが少々勢いをあげて木を切ったところで、森はびくともしないだろう。

 しかし森の中、周辺にある村の樵全てが猛然と伐採を始めたとしたら?

 森の維持を気にかけることなく、無差別に木を伐って消耗していってしまったとしたら?

 そうなれば、さすがに広大で生命に溢れた森であろうとも削られ、失われていくだろう。

 なお、伐る場所や植樹に関しては森の原住民たるエルフ側からすでに掟づけられていたことのため、ただの念押しにしかならなかったのだが。

「ところで、アレはどうなってます? 上手くいきそうですか?」

「どうにか、といったところか。手さぐりなぶん手こずってはいるが形にはできそうだ」

 炭束を抱えながらの利康の質問に、アイヒェサクスはやはり厳めしい無表情のままうなづく。

「試作第一号の試運転もそろそろできる予定だ」

「じゃあその時にはぜひ声をかけてください」

「……ああ、もちろんだ」

 構想を利康。実際の製造はアイヒェサクス。

 そうして作っているあるモノの進捗具合を確かめあった二人は、互いに一礼してこの場から離れる。

 アイヒェサクスと別れ、炭を抱えて歩く利康。

「あ、トシヤスさーん!」

「ああ。フミニアさんに、ポリーヌさん」

「どうもー」

 そこで投げかけられたすっかり耳に馴染んだ声。それに振り返れば、片手を上げて歩み寄ってくるフミニアとポリーヌが。

 それに利康が炭束を左脇に抱え、空いた手を上げる。するとハーフエルフの美少女と豚耳の人妻は、にこやかな笑みで利康に迎えられるように合流する。

「どうしたんです、お二人で?」

「そろそろアイヒェサクスさんとのお話も終わるころかと思ったので」

「エル様から指導の時間も近いから、迎えに行くようにと言われましたので」

 首を傾け尋ねる利康。それに二人はそれぞれの理由を並べてそれに答える。

「ああ、それで」

 フミニアに案内役をしてもらったのだろうと察して利康は首を縦に振る。

「それでは荷物は預かりますね」

「え、そんな!? 悪いですよ」

「いいですからいいですから。任せて下さい」

 遠慮する利康が手を伸ばすよりも早く、ポリーヌは藁に包まれた炭束を肩に担ぎ上げてしまう。

「さあ行きましょうか」

 ポリーヌはそう言うと、まるで重みを感じていないかのように軽々とした足どりで進みだす。

 そのまるっこい体のどこにそんな力があるのか。と、利康は鼻歌混じりに歩く豚耳の女性の背中を呆然と眺める。

「どうしたんですか? 置いてかれちゃいますよ?」

 しかしフミニアは見慣れているのか動じた様子もなく、利康の袖を引く。

「あ、はい」

 それに利康は慌ててうなづき、フミニアに促されるままポリーヌの背中を追いかける。

「本当にすみません。呼びに来てくださったのにその上荷物持ちまで」

 先導するように前を行くポリーヌに追いついた利康は、手をかけさせていることを謝る。

「いえいえ、慣れてますから気にしないでください」

 しかし豚耳の人妻は、そんな恐縮しきりといった様子を微笑んで流す。

「ところで、トシヤスさんはアイヒェサクスさんと何を作ってらっしゃるんですか?」

 それよりも。と、ポリーヌは二人の進めているナニモノかへの興味を露にする。

「あ、私も聞きたいです。炭窯と何か関係があるんですか?」

 それにフミニアも乗りかかる形で質問を。

「そうですね、完成までのお楽しみに……」

 そう言いかけて、利康は続きの言葉を飲み込んだ。

 二人からの好奇心に輝いた目に、思わず舌が足踏み。もつれて止まってしまった。

「あー……うぅ……」

 唸るように言い淀みながら、視線を泳がせる利康。しかし好奇の目の正面から逃れようとしても、はさみうちの形にあってはそれも叶わない。

「炭窯に関係ある……っていうのは正解です。これ以上は内緒……ってことで……だめ、ですか」

 そう言って利康は二人の様子をうかがいのぞく。

 ダメもとで聞いてみた風の利康。

 それにフミニアとポリーヌの二人は顔を見合わせると、どちらからともなくその顔を笑みに緩める。

「まあトシヤスさんが作ったものならきっとまた凄いものですよね」

「ええ。ここは言うとおり、出来上がりまでの楽しみと言うことにしましょうか」

 担いだ炭束を軽く叩いて言うポリーヌ。

 それにフミニアもまた頬笑みを深めてうなづく。

 そうして鋭いまでの好奇心を収めてくれた二人に、利康は深く息を吐く。

「はい。そうしてくれると助かります」

 利康はそう苦笑い気味に言って、エルネストの待つ社兼住処へ向かう足を急がせる。

今回もありがとうございました。

次回は2月15日午前0時に更新いたします。

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