夏の残像
久しぶりに夏祭りにきた。
高校に進学してから、こういうイベントから足が遠のいてしまった。高校は勉強も部活もいそがしい。文化祭や体育祭の時期なんか特にそうだ。学校のことで充実してるから、わざわざ自分から足をむけようと思わなくなってしまった。
でも、たまにはこういうのに参加するのも新鮮でいいかもしれない。小さい頃はこういうのには必ずといっていいほど参加して遊び回っていたからなんだか懐かしいのだ。夏祭りをやると聞いて一人でもいいから行きたくなったのはそんな気持ちがあったのも一つの理由かもしれない。
いってみると人でにぎわっていた。声を張り上げて宣伝してる屋台のおっさん、友達同士さわいでる子供、手をつないでる親子。卓也も昔、友達とここに来てははしゃいで遊び回ったものだ。母さんからもらったおこずかいを限界まで使って夜まで遊んで帰るのが遅いっておこられて…中学に入ってから行かなくなったから余計に懐かしく感じるのかもしれない。あのときは友達ときてたけどこうやって一人でゆっくりみるのもいいかもしれないな。そうひとりごちると、とりあえず腹ごしらえをするために目の前の焼きそば屋へ向かった。
夕飯はここで食べるつもりだったからいろいろ買った。焼きそば、たこ焼き、ラムネにわた菓子。久々にきたせいか、見るもの見るもの欲しくなってしまって、結局一人で食べるには多いくらいにかってしまった。買った食べ物で手は埋まってしまっている。どこかで落ち着きたいと思った卓也は神社の境内に足を踏み入れた。
境内は静かだった。遠くで屋台のにぎわいがきこえる。ここなら少し落ち着けそうだと思った卓也は階段に腰をおろした。しかしこうやって一人で買ったものを食べるのはちょっと寂しい。誰かよべば良かったかなと思っていたころだった。
「うぇ…ひっく…」
近くで泣き声が聞こえた。驚いて周りを見渡すと浴衣の女の子がしゃがんで泣いている。年は7、8歳くらいだろうか。お母さんにゆってもらったのだろう赤い髪飾りが、同じ赤い浴衣によく似合っていた。
見つけてしまったからには放っておけない。迷子かもしれないし。軽くため息をついてたちあがり、
「どうした、こんなところで」
声をかけるとびっくりしたのか方がびくっと震えておそるそる顔がこちらを向いた。
「………!」
よく大声をあげなかったと自分をほめてあげたい。大声を上げたら女の子がびっくりしておびえてしまう。なんとか平常心を取り戻した卓也は、泣いて赤くはれた目をむけている女の子の隣にしゃがんだ。
「お母さんとはぐれちゃったのか」
「………」
短い沈黙のあと、女の子はふるふると首を横にふった。
「え、迷子じゃないのか」
「違うの」
「じゃあどうしてこんなとこで泣いてる?」
「見つからないの」
「見つからない?探し物かなんかか?神社で落としたのか?」
「見つけないと帰れないの」
「帰れないって…鍵かなんか落としたのか?」
「違う」
「じゃあ何落としたんだ?」
「……」
「黙ってたらわからないよ?俺も一緒に探してあげるよ」
「……」
女の子はずっとだまったままで何を探してるのかも言おうとしない。らちがあかないと思った卓也は立ち上がり
「鍵とか、今すぐ探さないとやばいものじゃないなら明日またここに来た方がいいよ。今は暗いし、こんな中探しても」
見つからない。そう続けようと思ったがその言葉は続かなかった。女の子が急に泣き出したからだ。
「うぅ…でも…でもでも!探さないといけないんだもん!帰っちゃだめなの!!」
「わ、わかったわかった!落ち着け!落ち着けって!な?」
卓也は懸命に慰めるがなかなか泣き止まない。どうすればいいかわからず、途方にくれてしまった。
「あーそうだ、あっちにたこ焼きあるから一緒に食べないか?とりあえずなんかたべような?」
なんか気を紛らわせられないか、そう思ってだめ元でいってみたら、その言葉は泣き止むには十分だったようだ。
「え…?たこ焼き…?」
泪をふきながらしゃくりあげないように言葉をつぐもうとする。たこ焼きがよほど好きなのか、目はきらきらしていた。そんなに好きなのか、たこ焼き。てか、この子単純だな。知らない人とかにほいほいついていきそうだな…。自分もそのカテゴリーに入ってることはあえて考えないことにする。安心させるように笑顔をうかべて、さっきまで自分が座っていた階段まで女の子をつれていった。
「おいしい!」
「そりゃ、よかったな」
神社の階段に二人で座り、女の子はたこ焼きをほおばっている。さっきまで泣いていたのがうそのようににこにこしながら食べていた。卓也はその姿をみて、とりあえずは大丈夫そうだとほっとした。それにしても、
(やっぱり、にてるんだよな…)
そんなことを思う。でも、あそこの家に兄弟がいたなんて聞いたことはない。他人のそら似か…?でもにてるのは容姿だけじゃない、そう、たこ焼きに目がないところも、こうやって好きなものがあると一心にたべるところも…。
「ごちそうさまでした!」
「!あ、ああ、全部食べたんだ」
「うん!ありがとう!えっと…お名前…」
「俺?卓也っていうんだ」
「卓也お兄ちゃん!私はね、彩夏っていうんだよ」
「え…?彩夏…?」
「うん!いろどりになつって書くんだって!お母さんがいってた!」
名前を聞いて卓也は固まった。まさか、名前までも一緒だとは。どんな偶然だ。まるで、自分の知っている幼い彩夏が今、卓也の目の前にいるような気持ちにさせられる。でもそんなことはあり得ないのだ。だってあいつは、
「お兄ちゃん!卓也お兄ちゃん!」
「…!な、なに」
「なんで怖い顔してるの」
「怖い顔なんてしてないよ。なんでもない」
「うそ、なんでもなくないの」
子供って妙なところでするどいよな、なんでだよ。と心の中で悪態をうつ。
「彩夏が聞いてあげる!人にいえば楽になれるって先生いってたの!」
「なんか難しいことおしえてるな先生」
「だから卓也お兄ちゃんも彩夏にはなすの」
「いや、話すことなんてないから」
「彩夏なにか悪いことしたの?たこ焼きいっぱい食べたのよくなかった?」
「え、いや、全然そんなことないよ。どうしてそう思ったの」
「だって彩夏が名前いったら怖い顔したんだもん…」
彩夏は下をむいて肩をふるわせている。泣いてるわけではないが、このままだと泣きそうだ。まずい、そう思った卓也は話すことにした。また泣かれても困るし。
「彩夏ちゃんが悪いわけじゃないよ」
「じゃあなんで?」
「…彩夏ちゃんが俺の知ってる人に似てて、名前も一緒だったからびっくりしてただけだって」
「彩夏と同じ名前?」
「うん、で、同じ漢字」
「そうなんだ!すごいね!どんな人なの?」
「……いないよ」
「お兄ちゃん?」
「いないんだ、もう。死んじゃったんだよ。夏祭りの三日前だったかな、交通事故でね」
彩夏は小、中と同じ学校の同級生だった。同じクラスになることも多く、よく一緒に遊んでた。変に飾ってなくさばさばした性格で、女子と話すのがなんとなく恥ずかしくなっていた小5、6くらいの時でも彩夏とは普段通りにはなせたし遊ぶことができた。
友情が恋に変わったのはいつからだったんだろう。はっきり自覚したのは中2のときだ。その時は戸惑ったし、どう接すればいいかわからなくてさけるようなこともしてしまったけど、中3になってからはふっきれたのかまたはなせるようになった。内心は全然違ったけど。
そんな気持ちを抱えながら迎えた夏、中学に入ってからいろいろと忙しくなって行かなくなっていた夏祭りに、俺は彩夏と二人で行きたいと誘った。緊張でガチガチになっててどう誘ったかは覚えてない。ただ、彩夏が笑顔でうなずいてくれたことは覚えてる。ほんとはあの時に告白して、それで二人でいきたかったんだけど、勇気のない俺は夏祭りに話すっていって先延ばしにしたんだ。夏祭りの日に告白するつもりだった。なのに…
「好きだって言えなかったんだ。伝えたかったのに臆病な俺は先延ばしにして、そしたらもう絶対に伝えられないところにあいつはいっちゃったんだ」
「……」
「前は彩夏が死んだことが単純に悲しかったし淋しかった。でも時間がすぎてくうちに、あの時気持ちが伝えられなかったことの後悔が大きくなった」
「…それが夏祭りにいいたかったことなの…?」
「…ごめん、ごめんな。自分のことしか考えられないひどいやつなんだよ俺。でも、好きだった。好きだったんだ…あんな風にいなくなるなんて思わなかった…彩夏…!」
「おにいちゃん」
その声がきこえて、それまで周りのことを気にせず自分の気持ちを吐露し続けていた卓也ははっと我に返った。そうだ、自分の隣には子供がいたじゃないか。何してるんだ俺。慌てて彩夏に向き合うと、その子は子供とは思えない大人びた目で卓也を見つめていた。
「卓也お兄ちゃんは”彩夏”が大好きだったの?」
いきなりの質問に卓也は面を食らった。質問そのものは小さい子のような無邪気なもののように感じたが、その子の表情がその無邪気さを打ち消している。この質問にふざけて答えてはいけないと感じた。
「…そうだね、好きだった。いや、今でも好き、かな」
そう答えた卓也は、自分の中でもやもやしたものがすとんと落ちついたことを感じた。そうか、自分はこれを誰かに聞いてほしかったのかもしれない。今、自分は彩夏のことを昇華できたように感じた。それは、もしかしたら目の前にいる”彩夏”に聞いてもらったことが大きかったのかもしれない。
「すてきだね!」
彩夏は目をきらきらさせていた。そこにはさっきの大人っぽさは感じない。それにしても5歳くらいだと思っていたが、そういうことにはもう興味を示すのか。最近の子はませてるなと卓也は少し思う。でも、そんな風に素直にすてきだといってくれたことがうれしかった。こんな風にしか思えない自分のことも少し認めて前に進めるような気がした。
「ありがとうな」
卓也は彩夏の頭を軽くなでた。彩夏はうれしそうに笑う。その笑顔がまた小さい頃の彩夏と少しかぶったが、さきほどのような凍り付く思いはもうなかった。
「お兄ちゃん元気になった?」
「うん。彩夏ちゃんのおかげで」
「よかった!」
にっこり笑っていうと、彩夏はおもむろにたって階段をおりる。
「彩夏ちゃん?」
「お兄ちゃんありがとう!彩夏もういくね」
「え?いやまって。こんな遅い時間だし送っていくよ。親御さんも心配だろ」
「大丈夫だよ!そんな遅い時間じゃないもん、一人で帰れるよ」
急にそんなことを言い出して一人で帰ろうとする彩夏に卓也はなぜか焦る。このことはもう会えない気がした。
「いやそういうことじゃなくって。そうだ、探し物は?どうしたんだよ」
なんとかひきとめたくってそんなことを言い出す。今は暗いし、きっと見つからないだろうから面倒なことになる。忘れてくれてちょうどよかったはずなのに気づけばそんなことを言っていた。
「みつかったよ」
彩夏から予想外の返事をもらって卓也は目を丸くした。
「みつかったって…だって探してないじゃないか」
「彩夏がいいっていってるからいいの。卓也、おにいちゃん、ほんとにありがとうね」
そういって笑った彩夏の顔が5歳児とは思えないようなきれいな顔で卓也は思わずみとれた。その間に彩夏は背を向けて鳥居のほうに走り去ってしまった。
「え?おい…!」
慌ててその後を追うも、もう姿が見えない。5歳児が、しかも浴衣をきた女の子が高校生男子が追いつけないような速度で走れるわけがない。でも彩夏は見つからなかった。まるで消えてしまったようだった。しばらく卓也は鳥居のあたりでたたずんでいた。
今、卓也は彩夏の墓の前に立っている。辺りは静かで、風が心地よい。しばらくそこにたたずんでいたが、やがてぽつりとこぼした。
「なあ、やっぱりあの子ってお前だったのか?」
ここにきて、こうやって穏やかな気持ちで彩夏と向き合えるようになったことが、卓也にとっては重要なことだった。彩夏のことを昇華できたと感じた。だいたい、返事がきても怖いしな。そんなことを思いながら彩夏の墓を見つめる。
「五歳の子に元気付けられたんだ。ちょっとなさけないよな。でも、これで前にいける気がする。…ありがとうな」
少し風が強く吹いた気がする。彩夏に背中を押された気がした。
「じゃあ、またな」
そういって卓也は背を向けて帰り始める。気温も少し下がってきたのだろうか、涼しい。夏がもう少しで終わろうとしていた。