6.ある日の誤算 前半
この国の交通手段は馬車を使う。遠方に出る際には一般庶民は乗り合い馬車を使うが、上流の者は家が所有するそれに乗って目的地まで行くのは常識だ。通りを抜け一台の馬車が止まった。端から見てもお金持ちだと分かってしまう装飾が施されているそれから恭しく御者に傅かれ降りたのは現場監督官エドモンドだった。
「ふむ…この辺りで間違いないのか?」
「はっ――」
彼の様子だとそうなのだろうが、ちょっとこれは…と辺りをきょろきょろと見て思う。これは100年くらい前の住宅郡だろうか…??あまりに込み入った道のために馬車を横付け出来ずに歩いてすぐだが当の目的地までやって来た、が”あまりのオンボロさ”を目にし止まっていた。
壁を覆うように生える蔦から見える壁は色が禿げもはや元が何の色だったか分からない。敷地内を覗くと中庭の草がぼうぼうと生えている様子を見てつい言ってしまった。
「これではまるで幽霊屋敷のよう――」
「っさいわねっ…何なのよあんたは!!」
言い終える前に後ろから甲高い声で怒鳴られ振り返ると、そこには気の強そうな少女が立っていた。短い紫髪に少しのウェーブかかかるシャープな顔立ちの美人。ずんずんとこちらに腹立ちそうに近づいて来るのを御者のジェフリーが遮る。
「どきなさいよ」
「嫌でございます」
負けず劣らず火花を散らしあう2人。エドモンドは先ほどの失言を後悔した。どうやらこの少女の住まいだったようで悪意はなかったのだが不愉快にさせてしまったらしい。
未だ睨み合う状態が続いている…解決法を探るが感情が高ぶっている彼女が聞くかどうか。
「その。悪意はなかったのだが…すまない。別に本当に貴女の家を馬鹿にしたわけでは―」
「ふんっ、どうだか。表にすごい馬車が止まってたから何事かと思って慌てて来ただけ。でもね、あんなのでこの辺りに来るなんて騒ぎになってるから止めてよね」
「うう…」
考えが更に及ばなかったと俯いた。カッコつけて行こうと思ったが向うに住む人の気持ちを考えてはいなかった。しかしその様子をみていた彼女は
「…何よ…調子狂うわね…」そうぼそっと彼女が呟くのが聞こえた。
瞬間――彼女の表情が一瞬変わる。驚き、そして一点を警戒しているようだった。その視線の先に居た彼は手を胸にし頭を下げていた。
「――落ち度は理解しました、今後こちらへ来る際には目立つ行為を避けるようにしますのでご容赦頂けますか?」
「――いいわ。次からは気をつけてよね。」
そういうと足早く古びたマンションへと消えてしまった。
何だ何だと騒ぎすぎてしまったらしい。あちこちから野次馬が見ていることに漸く(ようやく)気が付いたエドモンドは「最悪だ…」と頭を抑えて言った。疲れたのもあったし、またあの少女に会うのも嫌だったからさっさと馬車に乗って帰っていった。
・・・
どさっと自室の椅子に腰掛けコーヒーを飲んで落ち着いた頃、彼はふと気になっていた事を控えているジェフリーに聞いた。
「あの時。あの少女が一瞬驚いた顔をしていたが何かしたのか?」
ああ――と思い出したかの様に
「そうですね、彼女が強そうだったのでちょっと試してみたのです」
「意地の悪いことを、いくら気が強いと言っても相手は女性だぞ。」
子供のいたずらじゃないだからと呆れた。彼はただの御者ではない。彼の身を守るボディーガードも兼ねている戦闘訓練を受けているのだ。
「ええ、ただの女性ではないですね」
「…随分意味深だな」
彼はにこりと微笑んだ。長年の付き合いだ、面白いものを見つけたかの様に上機嫌な彼を見て相手の少女が少々気の毒に思った。