3.前を向いて歩きましょう
「はい、それでは希望の職を書いてください」
そこで初めて自身の問題点に気づいた。私はこの世界の言葉を聞いて話す、読む事も出来るのが唯一”書くことが出来なかった”。その事を窓口の職員に告げると文字が書けない低学者がと言わんばかりに「通訳の仕事は貴女には向いていません」と違う職を探すようにと追い払われてしまった。
「はぁ~~」
足取り重くとぼとぼと宛がわれた住宅へと帰っていった。
3階建ての年季が入った建物、最近ゴーストマンションの噂まである移民者に宛がわれるマンション。とりあえず路上よりは有難いといった生活層の者ばかりが集まるだけあって少々柄が悪かったりするが根はいい子が多い。初日から同じ宿無しの友達も出来た。家へ帰るとまだ小学生くらいの年齢の子供たちが3人共同廊下で遊んでいた。
「どちらがこいつを大きく燃やせるか、が次のお題だっ」
「うっしゃ、判定頼むぞ眼鏡。」
「うん、いつでもええよ」
彼らの中で今流行っている、”葉っぱ燃やしバトル”。それぞれの念じた呪文が対象物を黒焦げにしてしまうがどれだけ無残だったのかが競うポイントという子供の遊びだ。最初見たときには手品だろうと思ってたが彼らが使う魔術も日常になった。この世界では魔術は少しお金を払えば教えてくれる人はいくらでも居る。もちろん一般的に知られたものはという話。実戦力が高いものは大体軍に牛耳られている。
「あ、帰ってきた。おかえりー」明るい声で階上から手を振って降りてくる紫髪の少女にバツの悪そうな顔をした。その様子を見ると「やっぱり無理だったか。そりゃ通訳なんて仕事普通に就けないって」と彼女デイシーは可笑しそうに笑った。昨日行く前にも同じ事を言われた私。
「世は無常だわ」「あっははは。まぁ世の中はそんなもんだって。ああいう仕事ってのはエリートコースだからねぇ。リコみたく学校も出てないわ世間知らずだわじゃ駄目でしょ。」
「でもこの国には学校に行くかどうかは自由選択だったじゃないの?」「それは一般職よ。まぁアンタが諦めきれないのも分かるんだけどね。」
私が初めて来た時。ここの住人たちの話す言語は3つくらいに分かれていて同じ言語のグループでつるんでいた…というかコミュニケーションが難しかったかったらしいのだ。私はどこに属するのかとそれぞれ話しかけて来たが、大体の言葉が話せるらしいと認識したらしく私の所属するグループは特に無いらしいから、仲の良い子と話してなさいと言われた。
「まぁ、就職センターとかじゃなくてギルドに行ったらあるわよ多分。」「本当?」
就職センターで仕事に付きたかったが仕方ない。雇用条件の違いで長期で仕事が出来る正社員型に対しギルドは、町の人の困った時だけ仕事をお願いする短期バイト。自由な時間が多く欲しい人、休日の空いた時間だけ働きたい人など様々だが安定してるとはいえない。
「デイシーもギルドで今の仕事見つけたんだったよね」「そ。短期って書いてるけど、雇用主と本人の希望がマッチしてたらそれなりにいいわよ。給料はその分多目だし融通利くしね。」彼女の仕事は町のあちこちで新商品を販売していく仕事だが優秀らしくよく時間外にも助っ人を頼まれている。
「そりゃデイシーだけなんじゃって思うけど…ってごめん引き止めて。今から仕事なんでしょ?」「まぁね、帰ってるのは明日の朝になりそう、あーやだやだ。肌荒れしそう」とあははと笑った。
彼女を見送った後、部屋に帰って服を脱ぎすぐベッドに潜り込んだ。廊下では子供たちが元気に遊んでいる声が聞こえそのうち他の住人に怒られてる声がマンション中に響いた。。
室内の照明は落とし真っ暗の部屋の中。私は不安と葛藤していた。
このまま元の世界に帰れないかもしれない―
自分はこの先どうなるの?
押し寄せるネガティブな考えを吐き出すように室内の小さな小さな声に気づく者はいなかった。