その9
ヘキサ・イエロー国王との距離がつまるにつれ
その途方もない大きさが実感できるようになった。
テトラ・グリーン国王もかなりの巨体だが
ヘキサ・イエロー国王はその倍以上の直径を有する。
近くに聳える5メートルの国境壁も、その高さでは彼に劣っている。
ちなみに311-111の現形態「斜方切頂二十・十二面体」は
テトラ・グリーン国王の2/3ほどの直径である。
311-111が追いついた時には、両国王は向かい合って何か話していた。
ヘキサ・イエロー国王:「お主も来ていたか。
こうしてあいまみえるのは建国の年以来か」
あの頃の記憶が蘇ってくる」
テトラ・グリーン国王:「国を分かつ先の大戦でも着かなかったけりを
つける時が来たようだ」
ヘキサ・イエロー国王:「この戦いを制した者が
この世界全てを手中に収めることとなる訳だ。実に面白い」
両国王は311-111のことなど全く眼中にないようだ。
国王級の者が発する圧倒的存在感が衝突し合い
場の空気が微かに震えるように思えた。
それは、4つの国ができる前のこと。
この世界には、さまざまな多角形や立体たちが混在して暮らしていた。
だがある日、齢127歳を迎えた1体の六角形が驚異的な変貌を遂げた。
多数の六角形が壁のように密集し
とてつもなく大きな体の生命体となったのだ。
その生命体の力は他の立体を圧倒し、周囲を震撼させた。
だが、その生命体の命は長くは持たなかった。
これまでの立体の法則を捻じ曲げる存在のためか
巨体の端のほうから劣化し、崩れ落ちてしまうのだ。
壁状の形に変化し、崩壊していった者がこれで3体目になろうという時
六角形の学者が、ある実験を成功させた。
壁形態の外枠を機械で補強し、劣化を食い止めることに成功したのだ。
こうして劣化を克服した六角形の壁形態が誕生し
圧倒的な力で、世界を支配せんとした。
六角形たちを自分の部下として集め、他の立体は容赦なく破壊して回った。
六角形以外の立体たちも、黙ってはいなかった。
劣化防止技術を模倣し、三角形と四角形の壁形態を完成させて対抗した。
そして世界は、壁形態を中心とする3つの勢力と
壁形態なしでもそこそこの戦力を誇る五角形の勢力の
計4勢力に分けられた。
それに属さない七角形や八角形などは、ことごとく破壊され
地上から姿を消した。
戦争は長引き、泥沼化した。
格勢力の指導者たちは、支配する土地の境界に大掛かりな壁を築き
敵対勢力を防いだ。
世界の中央にある「誕生の泉」の周辺には、4つのアームを配置し
湧き出る三角形、四角形、五角形、六角形を
それぞれの国に引き入れた。
条件を満たさない図形は4勢力から見捨てられ
誕生直後にアームで引き裂かれるという悲惨な運命を辿った。
このようにして世界は4つに分けられ、現在に至る。
対峙する両国王がいきなり動いた。
互いの針と板状の体が激しくぶつかり合い、火花を散らす。
両国王は全身で押し合い、細部がミシミシと音を立てている。
黄色い六角形の王が体を回転させ、緑の四角い王を弾き飛ばした。
四角い王:「概ね予想通りだ。単純な力ではそちらが上のようだな」
「だが速さではどうかな?」
四角い王は、その巨体に似合わぬスピードで六角形の王の後ろに回りこみ
頂点の一角を叩き込んだ。
六角形の王:「ぐむっ」
六角形の王が反撃しようと針を動かすも、その攻撃は空振りに終わった。
四角い王は、六角形の王の周りをぐるぐると飛び回り
隙を見て何度も打撃を加えた。
六角形の王:「ぐっ、ごほっ」
四角い王:「どうした?ヘキサ・イエローを束ねる君主の実力はこんなものか?」
「それとも機械部分への負荷を恐れて、満足な力が出せないのか?」
「まあどちらでも良い。私が勝つことに変わりはないのだから」
「次で止めだ」
四角い王は六角形の王の核めがけて加速した。
しかし六角形の王が、今までに見せたことのない機敏さで動いた。
四角い王を遥かに上回る速度だ。
四角い王は物凄い速度で弾き飛ばされ
遠方にあるトリ・レッドの建造物に激突した。
建造物は王を受け止めた衝撃に耐え切れず、倒壊した。
勝負あった。
四角い王は、核を含む全身にヒビが入り
完全に破壊されている。
一方、六角形の王は
体の先端である金属枠に一箇所、亀裂が入っていた。
六角形の王:「これだから本気を出したくなかったのだ」
「わしを補強する機械が速度についてこれんからな」
「さて」
六角形の王は311-111の方を向いた。
六角形の王:「機械の損傷で、わしの命はもう長くないが
その時間で最後の悪あがきをしようかの」
「ヘキサ・イエローにとって邪魔のお主も道連れにしてくれるわ」
テトラ・グリーン国王をいとも簡単に破ったこの化け物に敵う術はない。
トリ・レッドのビル群に紛れることができれば
なんとか振り切れるかもしれない。
そこまで辿り着くことができればの話だが。
311-111はトリ・レッドのビル群に向かってスピードを上げた。
六角形の王:「遅い!」
六角形の王は瞬く間に追いつき、四角い王を葬ったあの一撃を繰り出そうとした。
311-111:(ん?あれは・・・)
???:「発射!!」
311-111は小さな三角形に変化し、進行方向から飛んできた無数のビームと
六角形の王の攻撃を間一髪のところで避けた。
ビームの雨は六角形の王に降り注いだ。
そのうちの一本が、機械部分の亀裂に入り込み
小さな爆発を起こした。
六角形の王:「ぐおおお!」
六角形の王はその場に停止した。
体の縁を覆う機械全体に火花が走り、亀裂からは煙が昇っている。
その巨大な体を構成する六角形のうち、最も外側の列が茶色く変色した。
体の劣化が始まったのだ。
六角形の王:「構成面が100を下回っては、壁形態を維持することも叶わぬ」
「無念だ、無念」
茶色くなった外側の六角形は、機能停止した機械部分とともに崩れ落ちた。
王の六角形が91枚に減った瞬間、王の体は急激に縮み
たった1枚の六角形となり、それもすぐに崩れて砂となった。
311-111:「三国の国王の最期か」
311-111は体を斜方切頂二十・十二面体に戻した。
ビームが飛んできた方向を見ると
そこには80名ほどの二十面体達が集まっていた。
二十面体F:「どうやら外敵の排除に成功したようだな」
二十面体E:「言われたとおり、代わりの指導者を決めておいたぞ」
311-111:「おかげで助かったよ。ありがとう」
二十面体F:「私が仮の指導者になったからには
国の脅威には立ち向かわねばなるまい」
「二十面体一同を引き連れて、侵入者を撃退するのは当然のこと」
「決してあんたを助けにきた訳ではないぞ」
二十面体A:「国王殺しがまだ生き残ってて残念なくらいだ」
二十面体D:「それより、これからがまた大変だよ」
311-111:「おお、そうだな。やるべきことが山積みだ」
国王を失ったトリ・レッド、テトラ・グリーン、ヘキサ・イエローは
合併し新たな国となった。
三国分の兵力に敵わないと悟ったからなのか
ペンタ・ブルーも戦わずして降伏、吸収合併され
こうして四つの国は再び一つとなった。
国境を隔てていた壁は、長い時間をかけて徐々に解体され
「誕生の泉」を取り囲む、罪深いアームも撤去された。
元トリ・レッドの地下通路では、何かを捜し求めて
1体の二十面体がさまよっていた。
二十面体は1枚の三角形を見つけると、すぐそばまで近づいた。
三角形は二十面体に気づいた。
三角形:「311-111の旦那じゃないか。あんたよく無事だったな」
「てことは、あんたに加勢した仲間も」
311-111と呼ばれた二十面体は頷いた。
311-111:「全員無事さ」
311-111は四角形、五角形、六角形の順に形状をめまぐるしく変化させた後
二十面体に戻った。
ジャンク組のうち、51名が311-111と一体化し
「斜方切頂二十・十二面体」を形成するに至ったのだ。
311-111:「これからはジャンク組、ガベジ組、アシッド組
その他大勢の地下住人は大手を振って地上で行動できる」
「新国家『ディスク』では、どんな多角形だろうと
迫害されることはないのだから」
三角形:「もちろん知ってるぜ。
これで思う存分光を浴びれるなあ。ありがてえことだ」
311-111:「もし君たちが望むなら、地上での住居を持つこともできる」
三角形:「そいつはすげえ。でも俺はこの地下を気に入ってるから
地下暮らしを続けるさ」
311-111:「まあ、それもいいだろう」
「他のジャンク組に、今いったことを伝えておいてくれ」
「俺は他の組を回ってくる」
三角形:「わかった。じゃあまたいつか会おうぜ、旦那」
311-111:「うむ」
三角形と311-111は別れ、別々の通路に入った。
光の全くない、真っ暗闇の地下通路だが
311-111は明るい光に満ちた地上にいるような気分だった。