その4
目前に立ち塞がる壮大な壁。
311-111は、その壁を見つめていた。
そう・・・かつて暮らしていた時代には、こんなものは無かった。
広大な円盤状の大地を、阻むものなく、自由に行き来できたのだ。
それがいまや、大地は国境の壁で4つに分断され
住民も、その色・形状ごとに選別され
対立するようになってしまった。
かつて少数ながらも存在した七角形、八角形は
まるで存在ごと消されたかのように
どこにもその姿を見かけることはない。
この灰色の壁は、高さ5メートルほどあり、
北と西の大地の果てから延々と伸びてきて
この国の南東端で垂直に交わっている。
今向かい合っている壁の向こうには、ヘキサ・イエロー国が
広がっているらしい。
昔とどのように変化したのか、ひと目見ておきたいものだ。
問題は、この壁の高さだ。
宙に浮いて向こうを窺おうにも、三角形の性能上
最大1.9メートルしか浮かび上がることはできない。
七角形に変化しても、2.3メートルが限界だし、
壁に等間隔に取り付けられた監視カメラの前で変化すれば
たちまち警備隊に捕らえられてしまうだろう。
壁の終端まで行ってみたらどうだろう?
ここからひたすら西に進めば、壁の終端にたどり着けるだろう。
実際にヘキサ・イエローに進入するのは難しいが
壁の終端から様子を窺うくらいはできそうだ。
壁から少し離れて、建物に紛れながら西に進むこと24時間。
建造物がまばらになってきた。
世界の端まであと少しといった感じか。
ポツンと建っている小さめの建物から先には
何も建っていない。
そして誰もいない。
少し辺りを見渡し、誰にも見られていないことを確認すると
最後の建物から更に先の大地へ飛び出した。
何もない、灰色の世界が少し続いたあと、
大地が断ち切られたかのように突然と終わっているのが見えた。
世界の端だ。
近づいてみると、地面がある地点から90°垂直に折れ曲がり
まるで崖の上にいるような感じだ。
肝心の壁のほうを見ると、世界の端にぴったりくっついて
終わっている。
崖から斜めに飛び出して、空中で方向転換し、
向こうに着地すればなんとかなりそうだ。
この過疎地域で
向こうの国にだけ警備隊が待ち構えているとは思えない。
覚悟を決めて、崖から飛び出す。
景色がグラッと傾き、体が予想外の方向へ持っていかれる。
次の瞬間、311-111は崖の側面を下にして浮いていた。
辺りを見ると、後ろには、壁がくっついた崖が下方向に延々と続いている。
事態を完全に飲み込めてはいないが、とりあえず助かったようだ。
あとは同じような手順で向こう側の国に行けるはずだ。
???:「侵入者」
円形が十体ほどいきなり周囲に出現し、取り囲まれた。
彼らは灰色の核とガラスのように透き通った体を持っている。
大きさは、三角形である311-111と同じか
それより少し小さい程度だ。
円形:「ここは我らが住まうことを許された領域。直ちに去れ」
311-111:「あの、帰りにもう一度だけお邪魔してもいいですか?」
円形:「ならぬ。今すぐ去れ」
つまり、ヘキサ・イエローに進入したら
このルートでは帰れないということだ。
円形の数は、今や何倍にも増え、それぞれがバラバラな高さで浮きながら
こちらを睨んでいる。
非常にまずい雰囲気だ。
311-111:「あなた方の領地に無断で踏み込んでしまい
申し訳ありませんでした。今すぐ引き返します」
トリ・レッド方面に立ち塞がっていた円形達が消え、道ができた。
急いで崖の端まで行き、飛び込む。
トリ・レッドの地面に着いた瞬間
何本ものビームが、謎の爆発音と共に
崖の下から真上方向に飛んでいった。
相手方の我慢は限界だったようだ。
壁から十分に距離をとったあと、トリ・レッドの建物群に向けて出発する。
かつて習った通り、世界の端は進入不可なのだと
身に染みて理解したのだった。
場所は変わって、トリ・レッドの王宮内。
三角形が百枚、平面状に連結した巨大三角形の元に、二十面体が歩み出た。
二十面体:「報告に参りました。先ほど、西方の国境付近で、
3本のビームが観測されました。恐らく、何者かが
国外に出ようとしたと思われます」
国王:「貴様、そんな下らんことをわざわざ報告して
我が手を煩わすか」
二十面体:「大変失礼致しました!何卒お許し下さいませ!」
国王:「もうよい、下がれ」
二十面体:「ハッ」
国王:「我が支配下から逃れようとは、無駄なことを」
「地上での守りは完璧、一部の隙もないわ」
「そして、攻めも完璧にせねばな」
国王の低い笑い声が、ひときわ巨大な室内に響いた。