その3
針道道場は、師匠が復帰するまでの間、閉鎖されることとなった。
代わりとなる道場の位置を自宅の大型画面で検索する。
どこも自宅から遠い位置にあり、毎日通うには辛いものがある。
仕方ない。道場はしばらく諦め
その間、国内を探索するとしよう。
今のところ、教育施設と針道道場しか見ていないのだ。
いろいろ見て回れば、今後に役立つ発見があるかもしれない。
とりあえず王宮付近に行くことにする。
あの巨大な建物を近くで眺めてみたいというのもある。
家を出て、細長いピラミッドの住宅地をジグザグに進んでいく。
まもなく、開けた場所に、巨大なピラミッドが構えている場所に着いた。
トリ・レッドの王宮だ。
入り口と思われる箇所に、1体の二十面体が浮いている。
道場での事件を思い出し、怒りが湧いてきた。
国王護衛隊は、皆あいつのように傲慢な者たちなのだろうか?
そうではないと思いたい。
入り口を守護する兵士と目(核)が合った。
まずい。そういえば王宮は一般国民の立ち入りはできないのだった。
急いで今来た道を戻り、建物の間にある路地に逃げ込む。
路地の奥のほうの地面に、薄っぺらい灰色の三角形がゆっくりと
倒れるのが見えた。
あれは?
追っ手が来ていないことを確認し、その三角形に近づく。
住民である赤い三角形とは別物の、ただの金属板のようだ。
なぜこんなものが動いていたのかと考えながら、板の端を持ち上げてみる。
板の下の地面には、三角形状の大きい穴が斜めに開いていた。
5メートルほど先で、穴は地面と水平に折れ曲がっているようだ。
今持ち上げている板は、穴を隠すための蓋だったのだ。
この穴にむかって、微かに風が流れている。
一体どこに続いているのだろう?
311-111は蓋を更に持ち上げ、穴に飛び込んだ。
斜めの穴を下っていくうち、上方の蓋が閉まり
辺りは真っ暗闇となった。
これでは中をろくに調べることもできない。
ビームを放って明るくしようか?
だが一回のエネルギー消費があまりにも激しすぎる。
核に力を集中させたまま、方向を意識せず踏みとどまる。
すると、核が淡い光に包まれ、辺りをうっすらと照らしだした。
エネルギー消費は、全体の0.1%にも満たないようだ。
この星の住民は、一番近くの恒星から降り注ぐ光を
エネルギー源としているため、光の当たるところでは
無茶な使い方をしない限り、エネルギー切れを起こさない。
だが、光の全く当たらない場所に居続けると
すぐにエネルギー切れで倒れてしまう。
定期的なフラッシュで消費するエネルギーも含めて考えると、
活動できる時間は、せいぜい1時間といったところか。
よって、30分以内に引き返したほうが良いことになる。
斜面が終わり、水平な道が続く。
遠くの通路がぼうっと光っているように見える。
もしかして、エネルギー補充用の光源が
所々に用意されているのではないか?
だとすると、この探検はかなり楽になる。
微かに光っている場所まで行くと、そこには
赤い三角形型、緑の四角形型、青い五角形型が1体ずついた。
天井にぶら下がるライトから狭い範囲に光が降り注ぎ、
3体はその位置を奪い合いながら、光を貪っている。
四角形:「ん?おめえは・・・」
こちらに気づいたようだ。
五角形:「この辺じゃ見ない識別番号だな」
3体は針を伸ばし、戦闘態勢に入る。
311-111:「ちょっと待ってくれ、あんたたちを攻撃する気はない」
三角形:「通報もしないか?」
311-111:「もちろんだとも」
3体は、まだ針を出したまま、こちらを睨んでいる。
四角形:「なんの用だ?」
311-111: 「ちょっとそこを通りたいだけさ。ついでに光も少しだけ
分けてもらえるとありがたいんだが」
五角形:「通すのはかまわんが、光は駄目だ。
この光源は俺たちジャンク組だけのもんだ」
311-111:「ジャンク組?」
五角形:「いいか、トリ・レッドの地下通路はな、
ジャンク組、ガベジ組、アシッド組の縄張りに分かれてるんだ」
五角形:「そのなかで、もっとも強くて勢いがあるのが俺らジャンク組よ」
三角形:「光がほしけりゃ、俺たちから力ずくで奪い取るんだな」
3体がバカ笑いする。
結局光は諦め、光源の場所を後にする。
しかし、トリ・レッドに三角形以外の者がいたとは驚きだ。
地上では、三角形以外の者は見つかり次第連行され、処刑される。
地下は、その管轄外なのだろうか?
その後、いくつもの分かれ道を適当に選びながら
当てもなく進んでいくと、行き止まりに出くわした。
天井には光源があり、その下には誰もいない。
311-111は、そこで床に体を寝かせて光を浴びた。
一時間後、エネルギーを満タンにして、その行き止まりを去る。
先ほどの分かれ道まで戻ってきた。
まだ通ってない道を選び、進む。
少し行くと、そこそこ広い部屋に出た。
壁には、簡素な壁画が描かれていた。
棒型、三角形型、四角形型、五角形型、六角形型、七角形型、八角形型
が並んでたくさん描かれている。
そして、そのかなり上の一箇所に
マル、円柱、円錐、円柱と円錐を合わせたような形が
環状に1種類ずつ描かれている。
それらの図形には、すべて核らしき小さなマルが付属して描かれている。
おそらく、想像上の生命体と実在の住民を
一緒くたにして描いた壁画だろう。
なぜなら、七角形、八角形と、上方のマル、円錐、円柱などは
この星の4つの国、すなわち世界中のどこにも存在しないからだ。
壁画を見終え、先に進む通路がないか部屋を見回すと、
部屋の隅に、何かが置かれていることに気づいた。
近づいてよく見ると、それはなんと水色の七角形型だった。
七角形型は、実在したのだ!
エネルギーを切らしているのか、全く動く気配がない。
311-111は七角形型を持ち上げ、光源のあった行き止まりまで
引き返した。
七角形型を復活させれば
なにか貴重な情報を得られるかもしれない。
七角形型を光源の下に置いて放置する。
数分後、七角形型は起動し、その面を地面と垂直になるよう起こした。
七角形:「君は・・・」
311-111: 「俺は識別番号311-111。君が倒れているのを見つけて
光源まで運んだんだ」
七角形:「そうだったのか、ありがとう」
「私の名はレイン。どこにでもいる七角形さ」
311-111: 「名?識別番号のことか。変わった番号だな」
レイン:「君の名こそ、私にとってはヘンテコに思えるよ」
311-111: 「なぜこんなところで倒れていたんだ?」
2体はお互いに情報交換した。
この七角形は、世界が4つの国に分かれる前の
混沌とした時代に生まれたらしい。
地下通路で土砂崩れが起き、壁画の部屋に閉じ込められたまま
エネルギーが切れたのだ。
レイン:「すると、今地上に出たら、私は処刑されてしまうのか」
311-111: 「非常に残念だがね。トリ・レッドでは、三角形以外の権利は
全く無いんだ」
レイン:「そうか・・・でも、私が三角形型になれば、
地上を自由に進むことができるね」
311-111:「そんなことができるのか?」
レイン:「君の協力を得られればね」
レインの提案は、奇抜なものだった。
311-111:「合体?」
レイン:「そうすれば、自由に三角形にも七角形にもなれるよ」
311-111:「そうなると、俺の性格や記憶はどうなるんだ?」
レイン:「性格は、私と足して2で割ったようなものになるだろうね」
「記憶はどちらも全て引き継がれるよ」
「頼む!君だけが頼りなんだ」
「地上に住む自由を、再び手にしたいんだ」
悩んだ末、合体を了承することにした。
そして合体の儀式を行う。
両者、互いの面を向かい合わせ、お互いの核を30センチまで近づけた。
そのまま、核を中心に面を同じ方向に回転させる。
だんだん回転速度が上がっていき、視界が一瞬ぼやける。
気がつくと、311-111は1体でその場に浮いていた。
レインの膨大な記憶も、自分のものとなっていた。
311-111:「これが・・・新しい体」
七角形の状態と比べると、性能が半分以下に落ちている感じがする。
たくさんの情報を一度に吸収したせいか、どうにも落ち着かない。
ひとまず家に戻って、じっくり休憩をとるとしよう。
いくつもの分かれ道を通り、遠くのほうに、
地下通路で最初に見つけた光源の光がぼんやりと見えた。
ふっと、誰かの気配を感じ、移動を止める。
さっきから、誰かに後をつけられているような気がする。
光源のそばまで来た。
その下には、まだジャンク組の3体がたむろしていた。
3体は、こちらに気づき、核を向けた。
311-111:「やあ、また合ったな。
用事が済んだので、そこを通らせてもらうよ」
3体は固まっている。
五角形:「う、後ろ・・・」
背後に注意を向けると、いつのまにか緑色の立方体が
すぐ後ろに浮いていた。
八つの角から針を全て伸ばし、穏やかではない雰囲気だ。
五角形:「プレインキラーだ!」
三角形:「後ろは地上への出口だし・・・逃げられないぞ!」
立方体:「ゲヘヘへ。
1匹の後をつけてきたら追加で3匹。」
「今日はついてるぜ」
「まずはお前からだ!」
立方体が斬りかかってきた。
とっさに針で受け止める。
立方体:「この俺様に抵抗しようってかあ?無駄なことよ」
「俺様はこの針で、99匹もの平面型を切り刻んできたんだからな!」
立方体の斬撃が次々飛んでくる。
なんとか3回まで耐えたが、
4倍以上の性能差がある相手に
これ以上持ちこたえられると思えない。
ハッとあることを思い出し、動きを止める。
立方体:「観念したか?まず1匹目!」
立方体の核が、特定の位置にまできたその時、
311-111はすかさず三角形から七角形に変身した。
その七角形の針の一つは、ちょうど立方体の核を貫いていた。
立方体:「バ・・・カ・・・な・・・ブワッ」
立方体は爆発を起こし、粉々に砕け散った。
五角形:「プレインキラーを・・・倒しやがった」
四角形:「これで奴に怯えながら暮らさなくて住むぞ!」
三角形:「あんたは俺らの・・・いや、ジャンク組全員の恩人だ!」
話によると、地下通路の住民は
プレインキラーと呼ばれる殺戮者の襲撃に悩まされていたようだ。
奴は、地下だけでなく、時々地上に出て
三角形を襲っていたらしい。
この間のニュースの三角形も、プレインキラーの犠牲者のようだ。
四角形:「なあ、あんたぜひジャンク組に入ってくれねえか?」
「俺らの光源も使い放題だぜ?」
311-111:「考えておくよ。では俺はそろそろこの辺で」
三角形:「また来てくれよな」
ジャンク組の3体と別れ
三角形型に変身してから地下通路を出る。
頭上に輝く恒星の光が一段とまぶしく感じる。
トリ・レッドの地上は、どれもピラミッドのような建物ばかりだ。
レインの時代には、もっと多種多様な形の建造物があったというのに。
考えを巡らせながら、自宅に向かった。