その14(最終話)
今、311-111の目の前にはこの惑星diskで最も完全な存在、球がいる。
この世界では、多くの面を持つ、強力な多面体ほど球形に近づく。
だが、いくら面を増やしても完全な球形に到達することはない。
その限界を突破した究極の立体こそ球だ。
生命の法則を超越した、特別な生命だ。
ちっぽけな下級神に過ぎない311-111は身震いした。
この全ての立体の頂点に立つ神、球を倒せば
ディスクの立体たちは理不尽な殺戮から解放され
平穏な生活を送ることができる。
311-111は針を一本、右に突き出した。
311-111:「神々の長よ、あんたらによって奪われた数多くの命、
その報いを受ける時だ」
311-111は針の届く間合いに一瞬で入った。
針が球の核に届く、あと1ミリの所で
球の核の周囲から針が4本、突如突き出し
311-111を突き飛ばした。
前の戦いで体に入ったヒビが軋む。
311-111:「ぐあっ」
311-111:(こんな所から針が?)
球:「その傷では戦いにくかろう」
311-111と球の間に、1体の円型が出現した。
球:「完全な円型を取り込めば、不完全な円の面を休ませることができよう」
これは罠だろうか?
現れた円型に話を聞く。
円型:「球の力を借りて、この場まで来れたとはいえ
立体たちの希望であるお前を支援したい一心でここに来たのだ。
その気持ちに嘘はない」
球は円型の心までは操ることはできない。
2体の円型は回転し、1体となった。
ヒビのある面を内部に控えさせ、ヒビのない完全な面を新たな体とする。
球:「全力を出せる完全な状態を持ってこそ
誰よりも完全な私と戦うのにふさわしい」
311-111:「随分と余裕じゃないか」
「ディスクの罪なき者達を次々と葬る所業には
微塵の余裕も感じられなかったが」
球:「神々は彼らを凌駕する者が誕生し、その者に命を奪われる事を恐れた。
場当たり的な殺戮は恐怖の表れでもある」
311-111:「そもそも円柱を始めとした神々が地上を攻めなければ
俺が神殺しをすることもなかった!」
球:「それは違う。神々が運命から逃げ、戦いを放棄しても
神を殺す者はいずれ誕生する。
神々が戦う選択をしたことで、神々を倒す役がお前に回っただけのこと」
311-111:「気に入らぬ。全てを見越したようなその態度」
「お前に何が分かるというんだ!」
球:「私は『核』の力を持つ神。尋常ならざる核の情報処理力は
近未来や個々の心情をも完璧に予測する」
未来や心を読む力。全知に近い力だ。
だから先ほど、声に出してない疑問に対して答えがあったのか。
311-111:「ではその近未来、新たな神に倒される運命に従い
ここで滅びてもらおうか」
球:「君には残念な知らせだが、君では絶対に私には勝てない。
私が生き残る運命に決定したのだ」
311-111:「生憎こちらは心も未来も見れないのでね。
お前がホラを吹いてないかどうか確かめさせてもらう」
球:「では身をもって真言を体感するが良い」
311-111は針を数本伸ばして連続攻撃を仕掛けた。
球は攻撃が当たる寸前に、そこにピンポイントで針を出し
攻撃をことごとく受け流した。
311-111は針を追加でどんどん生やし、攻撃を加速させた。
だが球は全く動じていない。
311-111:(奴のスピードは大した事ないが、動きに全く無駄がない)
(全て見切られているのか?)
球:「足りぬ。戦略も、攻撃のキレも、針の数も、なにもかも」
球は核以外の全身から、全方位に針を伸ばした。
311-111は下方向に弾き飛ばされた。
311-111:「ちっ、ではこれならどうだ」
311-111は自ら地面に向かい、超スピードで地面を引っ掻き回した。
瞬く間に膨大な量の粉塵が舞い上がり、球を飲み込んだ。
311-111も、粉塵で何も見えないその中に飛び込んだ。
311-111:(この状態では心を読んでも意味はない。
奴もこちらもお互いの位置が分からないのだから。
やっと同じスタートに立ったわけだ)
球:「手ぬるい」
唐突にすぐ横から球の声がして、鋭い突きの一撃が飛んできた。
その針は311-111の核を貫く直前のところで、ぴたりと止まった。
311-111:「バカな、なぜ俺の位置が的確に分かるんだ」
球:「私の『核』の前には、どんな遮蔽物も意味を成さない。
相手の核の中で飛び交う信号パターンも、ディスクの裏側にいる者たちも
何万光年も離れた惑星に住む生き物も、全て針に取るように分かるのだ」
「もっとも、この不出来なカーテンを
先に取り払ってもしまっても良かったがね」
球は針を4本伸ばし、その場で高速回転した。
暴風が吹き荒れ、粉塵の幕は散り散りに吹き飛ばされた。
大気は澄み渡り、球と311-111の姿がはっきりと確認できるようになった。
311-111:(どうすれば、奴に攻撃を叩き込めるんだ)
球:「お遊びはここまでとしよう」
球の持つ銀色の核が煌いた。
球:「私のビームが的を射なかったことは一度もない」
「ビームエネルギーが私の元を離れた時が、君の最期だ」
311-111はできる限り球から離れた。
ディスクを遥か遠くに置き去りにし、宇宙空間を突っ切る。
進行方向に、球が唐突に姿を現した。逃げ切れなかったのだ。
球:「さらばだ、円型よ」
球からビームが放たれる。
加速しすぎていた311-111に、避ける余裕はなかった。
311-111:(球の絶対的な力の前に、成す術がなかった)
(所詮下級神ごときでは、球にはかなわないのか?)
(いや、スピードや針の強度では球に劣らないではないか)
(違うのは、そうか)
(特殊能力の有無!)
一方、球は状況の変化をいち早く感じ取っていた。
球:(とり得る未来のどれもが一瞬にして塗り変わっただと?
どう転んでも私が敗北するだと?)
鮮明に輝く虹の輪が、311-111の周囲を取り囲んでいた。
内側から順に、マゼンタ、青、シアン、緑、黄色、赤の6色だ。
ビームは311-111の手前、何もない空間で反射し
球のいる方角に向きを変えた。
球:(駄目だ、どの方向に逃げても避けられぬ。奴の得た力は)
311-111:「俺たち円型は『面』の力を持つ神々。
仮初めの面を自由に創造し、ビームを思うがままに反射できる」
「ようやく思い出したよ。
ディスクの文明から切り離されてから
長い時を経て忘れ去られた円型たちの記憶の一片を」
球は全身から針を突き出し、ビームを吸収しようとした。
しかしビームは魚のように針をのらりくらりとかわして
球の核に飛び込んだ。
火花が散り、球の核は焼け焦げた。
球はダメージのあまり硬直したが、すぐに落ち着きを取り戻し
全身の針を静かにその身にしまった。
球:「この私をも倒すとは、恐れ入った」
「私が無に還るとき、君は最高神の力を手にすることだろう」
「それが唯一無二の存在を倒した証なのだ」
「次世代の神よ、ディスクの者たちを頼んだぞ」
球の全身にヒビが入り、次の瞬間には粉々に砕け散っていた。
311-111は安堵した。
ディスクの住民を脅かす者は1体もいなくなった。
これでディスクに、元の平穏な日常が戻ることだろう。
311-111を囲っていた虹の輪がふっと消えた。
311-111:(妙だ。「面」の力が使用できない)
311-111の体が311-111の意思に背いて
斜方切頂二十・十二面体に変化した。
変化はそれだけに留まらず、体の各辺、各頂点から新たな面が出現し
311-111の体を更に巨大なものに膨れ上がらせた。
各面は無理やり体の隙間にねじ込まれ、正多角形とはほど遠い形に歪んでいる。
311-111:(く、苦しい)
面はどんどん増殖し、311-111はもう恒星ほどの大きさにまで膨張していた。
その形状は、今までにないほど球形に近づいていた。
311-111:「ぐああああ!」
超新星の如く、膨大な光が宇宙空間を明るく照らした。
光が遠方に飛び去り、辺りはゆっくりと元の暗闇に戻っていった。
その中央に、ちっぽけな物体がポツンと置かれていた。
直径30センチほどで、無色の球体に銀色の小さな球体が半分埋まったような
風変わりな形をしていた。
311-111が球の体と力を取得した瞬間だった。
球となった311-111は、まず始めに1体の円型と分離した。
円型の1枚は、球に変化する際に消費し、失われてしまったが
控えていたもう1枚は傷も癒え、使役可能になったのだ。
311-111:「手はず通り、よろしく頼む」
円型:「了解!」
311-111は円型と別れ、惑星diskに直行した。
間もなくディスク第五区で円錐を撃破した場所に着いた。
円錐の亡骸である銀色の針が、その場から無くなっていた。
311-111:(やはり生きていたか。「核」の力とは便利なものだ)
311-111:「姿を現せ。隠れているのは分っている」
何もない空中に塵のようなものが1つ見え
それは急激に膨張して太い鉛筆のような形の立体となった。
それは円柱の両面に、円錐がくっついた図形で
円柱の側面には銀色の核が埋まっていた。
???:「これはこれは我らが主神、球様ではないか」
311-111:「傷を負った円柱と円錐が一つとなったその姿、
さしずめ双円錐柱とでも呼ぶべきか」
双円錐柱:「新たな名を提供して頂き、感謝致す。
かの下等立体に破れ、辛うじて生き残った2神が
身を隠して傷を癒し、復讐を果たすために融合したのが我だ」
「ときに球様、あの下級神はどうなったのだ?」
311-111:「奇妙な立体は倒されたしまったが、この私が仇を討った」
311-111は嘘をついた。
双円錐柱は、目の前にいる球が311-111だということに気づいていない。
双円錐柱:「なんと。それでは今、上位の神は
この我と球様の2体だけということになりますな」
311-111:「その通り」
双円錐柱はいきなり巨大化した。
惑星diskよりも遥かに大きく、体を少し動かしただけで
diskを粉砕できるほどに。
双円錐柱:「球よ、そこから動くな」
「もし動けば、diskは木っ端微塵となるぞ」
「おとなしく我に破壊されるのだ。そして我が神々の頂点に立つ!」
ディスクの端のほうからビームが飛んできた。
だが双円錐柱の核や頂点に届く前に、容易く避けられた。
双円錐柱:「同じ手は二度も食わぬ。前回よりも更に巨大化したのもそのためだ」
「さあ、覚悟はよいか?球」
双円錐柱は針の突き出た頂点を311-111のほうに向けた。
311-111:「2つほど言っておこう」
双円錐柱:「なんだ?」
311-111:「俺は以前の球ではない。前の球は俺が破壊した」
双円錐柱:「!!」
「つ、つまり、貴様があの下級神か」
「それがどうした。いずれにせよ我が最高神の座を
手にすることになんら変わりはない」
311-111:「そしてもう1つ」
「先ほどのビームの襲撃に気をとられて、俺が送り込んだ刺客に
お前は気づかなかった。それが命取りだ」
双円錐柱の巨大な核に、ちっぽけな針が刺さった。
前に311-111と分離した円型がやったのだ。
核が傷ついたことで、双円錐柱の各機能が麻痺し始めた。
双円錐柱:「く、くそ!」
双円錐柱は急激に縮み、姿をくらまそうとした。
311-111:「逃がさん」
311-111はすかさずビームを放ち、双円錐柱の核を貫いた。
双円錐柱は核を中心に砕け、細かい破片となって消滅した。
311-111:(今度こそ、終わった)
311-111の元に、刺客の円型が舞い戻った。
311-111:「やあ、ご苦労さん。俺の中にお帰り」
円型:「この事態を見越して分離するとは、流石は最高神だ。
その分身として誇りに思うぜ」
球と円型は再び1つとなった。
311-111:(さて復興開始だ。破壊された建物の修復
第一区長と第五区長の選出、あと
円型の行動制限も解いてやろう。
円型が強化され、最高神の立場が危うくなるが
それが本来の正しいあり方なのだ)
311-111は空高く昇り、ディスクの住民全てに
戦いの終結を音声で伝えた。




