その10
巨大国家「ディスク」の誕生から1年半。
かつての国家を仕切っていた壁や戦いで倒壊した建物の跡地には
風変わりなデザインの建物がぽつぽつと建ち始めていた。
五角錐、六角柱、ドーム、三角屋根つきの直方体。
三角錐だけのトリ・レッドや直方体だけのテトラ・グリーン
などの旧体制では決して見ることができなかった形状だ。
「ディスク」の中央にある誕生の泉付近では
七角形、八角形などの平面型生命も
ごく少数だが見られるようになった。
「ディスク」の住民たちの大多数は
旧国家時代の居住区で引き続き暮らしているが
他の居住区から引越してきた者もいくらか見られるようになった。
体色を自由に染め直せる技術が認可され
染色施設が設置されてからというもの
体色や形状による差別意識を持つ者は殆どいなくなった。
そして、「ディスク」の広大な地下通路では
等間隔に光源を取り付ける工事が着々と進んでいた。
暗闇を好む地下住人に考慮し、一部はそのままの形で残され
光源のない通路に差し掛かる場所には
「エネルギー切れに注意」の標識が義務づけられた。
光源が行き渡り、探検できる場所が増えるにつれ
地下通路の途方もない深さが浮き彫りとなるのだった。
地下通路はどこまでも地中深く伸び
果てしなく続くように思われた。
しかし、地下1000メートルほどの地点で変化があった。
地下1000メートルより下に潜ると、重力方向が逆転し
床が天井に、天井が床に置き換わるのだ。
この星の半分くらいの深さまで到達した
との予測がなされた。
もしこの予測が正しければ、あと1000メートル下れば
未だ誰も見たことがないと思われる
この星の裏側に出られることになる。
光源の取り付け作業は勢いを増し、ついに地下1990メートル地点まで
地下通路が整備された。
311-111は工事の業者と共に地下1990メートルまで来ていた。
あとたった10メートル下れば(上がれば)、新天地に踏み出せるのだ。
その記念すべき日が今日となる。
ディスク国民の代表として、私(311-111)が最初に
裏側の大地をこの目(核)でしっかりと確認せねば。
業者:「ではお気をつけて」
業者と別れ、311-111は単独で暗い地下通路を上がっていった。
斜め上に伸びる通路を何度か選んで進み
311-111は開けた空間に出た。
上を見上げると天井がなく、遥か遠方にちっぽけな光の点が
無数に散らばり、幻想的な景観を生み出していた。
床は黒く平らで、地平線の彼方まで続いている。
フラッシュを使うと、床の本来の色は灰色で
天からの光が十分でないために黒くみえることが分かる。
どうやらここが星の裏側のようだ。
小さなビデオカメラを回し、裏側の風景を映像として
「ディスク」に送信する。
ビデオカメラで地平線を辿っていくうち
地平線付近にある、巨大な塔のような建造物が目についた。
後ろを振り向くと、同じような塔がもう一つあった。
あれは一体?
10メートルほど離れた地点で黒い旋風が起こった。
たくさんの何かが巻き上げられている。
旋風はこちらに近づいてくる。
身の危険を感じ、311-111は二十面体から
斜方切頂二十・十二面体へ変化した。
旋風は近くまでくると、その場に停滞した。
巻き上げられているものの正体が分かった。
核だけの形態と棒状の形態だ。
誕生の泉で生まれるものは皆、始めはポイント
次にラインへと成長し
そしてその次に三角形、更に四角形、五角形へと成長をとげるのだ。
しかしなぜポイントとラインが
この暗い大地に大量に存在するのだろうか。
旋風が声を発した。
旋風:「表世界の使者が、遂にこの裏世界まで辿り着いたか」
「だがもう遅い。表世界の光は全て、裏世界の住民のものとなるのだ」
311-111:「なんの話だ」
旋風:「裏世界では、恒星の光がほとんど届くことはない」
「そのため、住民は大量の光を必要とする三角形以上の形態に
成長することができなかった」
「裏世界の住民は、表世界を妬んだ」
「その妬みは、ある壮大な計画を生み出した」
「地平線の端に、二対の建物が見えるだろう?」
「あれはこの星の自転を変更し
恒星の光が裏世界にだけ注ぐようにするための推進装置だ」
「そして今日が装置を起動させ
世界を逆転させる記念すべき日なのだ」
311-111:「そんなことをすれば、ディスクの国民が!」
旋風:「表世界の住民は皆、エネルギー切れで停止することになるだろう」
「我々の知ったことではないがな」
311-111:「そんなことはディスクの王であるこの私が許さない。
全力を持って阻止する!」
旋風:「やってみるがいい。裏世界の支配者である我輩を倒し
遠方の推進装置二機を停止させるという芸当ができるものならな!」
いきなり支配者同士の対決というわけだ。
ポイントやラインが周囲をぐるぐると回っているため見づらいが
旋風の中央に、本体らしき黒い物体が浮いている。
本体に攻撃を与えるため、311-111は旋風の中に突入した。
すると、旋風に流されていたポイントやラインが一斉に針を突き出し
次々とぶつかってきた。
ポイントやライン達の攻撃を自身の針による攻撃で無効化し続ける。
これでは本体に辿りつけない。
そして、多数とはいえポイントやラインが
斜方切頂二十・十二面体に対抗できるだけの攻撃を
繰り出していることに驚きを隠せなかった。
黒い本体が話しかけてきた。
黒い塊:「動揺しているようだな。なぜ高々ポイント、ラインで
これほど苦戦するのかと思っているのだろう」
「お前のその体も、多数の平面が結合したものだ」
「我輩も同じこと。多数のポイント、ラインが群体となり
個々では到底成しえない性能を獲得しているのだ」
311-111:「そんなことできるはずが」
黒い塊:「できるのだ。我輩は特別だからな」
311-111:「なるほど。ならば」
311-111は針に力を込め、襲い掛かるポイント、ラインを確実に
潰していった。
次第にポイント、ラインの攻撃は弱まり、防御も楽になってきた。
311-111:「お前の性能が格個体の総和なら
個体を破壊していけば性能も下がる」
黒い塊:「気づいたか。だが無駄なことだ」
旋風の外にはいつのまにか、膨大な数のポイントとラインが集まっていた。
裏の支配者に加勢しにきたのだ。
黒い塊:「これら全てが我輩の一部となったらどうなるかな?」
まずい流れだ。大量のポイント、ラインが合流する前に
勝負を決めるしかない。
311-111:「攻撃手段はまだ残ってるさ!」
311-111は黒い塊に向かって、超高エネルギーのビームを放出した。
黒い塊:「くっ!」
周囲を回っていたポイント、ラインが集結し、生命の盾となって
ビームを防いだ。
旋風を構成していたポイント、ラインのほとんどが
ビームを受け、爆砕した。
311-111:「隙あり!」
爆煙に紛れて、311-111は鋭い一撃を黒い塊にお見舞いした。
周囲を回っていたポイント、ラインが停止し
地上から1メートルの高さまで転落した。
黒い塊の中央には、ぽっかりと穴があいていた。
黒い塊は地面に墜落し、穴から体液を滲ませた。
黒い塊:「やってくれる」
「我輩がこの星に不時着してからおよそ100年」
「住民の精神を同期させ、群体を形成できるまでに至ったが」
「もはやこれまでか」
黒い塊の体液が地面に広がった。その命が尽きたようだ。
311-111は二つの巨大な推進装置を交互に見た後
片方の装置めがけて最高速で向かった。
巨大な丸い煙突のような推進装置の根元に着いたとき
もう片方、遥か遠くの推進装置から青白い炎が吹き出るのが見えた。
しまった。
世界が激しく揺れ、体を制御するのが難しくなる。
まだ起動していないほうの加速装置の入り口をみつけ
内部に侵入する。
装置の中央めざして突き進むと、コントロール室を見つけた。
中にはライン3名が画面を見ながら待機していた。
311-111:「いますぐ推進装置二機を止めろ!」
ラインA:「残念だったな。もう星の自転は変更された。
装置を壊しても無駄だ」
311-111:「ならなぜ、こちらは起動していないんだ?」
ラインB:「それは・・・」
ライン達は黙った。何か隠しているようだ。
311-111:「装置を壊しても無駄かどうか、試してみよう」
ラインC:「これを壊されちゃ、計画の半分しか達成できない」
「もう終わりだ。計画を隠す必要もないだろう」
311-111は、ライン達から計画の全貌を聞いた。
311-111:「なるほど、まず向こうの装置で星を半回転させ
恒星が裏世界の真上に来たところで
こちらの装置で回転を止めて
永久にこちらに光が当たるようにしようとしてたのか」
311-111:「こちらの装置の起動を更に半日遅らせれば
今まで通り、表世界にだけ光が当たることになる」
「だが」
311-111は斬撃を繰り出し、コントロール室の機械を破壊した。
ラインC:「何をする!」
311-111:「裏世界に光が全く差さないのは、理不尽というものだ」
「表世界の光の半分を、裏世界に譲ろう」
ラインA:「!」
311-111:「その代わり、裏世界もディスクの国土とし」
「住人たちは表と裏の好きなほうで暮らせるように手配しよう」
ラインB:「悪くない考えだ」
ラインC:「それより早く脱出だ!この推進装置はもはや
制御不能、何が起きるか分からんぞ」
推進装置の作業員と311-111が安全な場所に避難した後
推進装置は炎上し、暗い大地に倒れた。
311-111は会見を開き、ディスクの国民に
今回の事件とその対応について説明した。
表世界の光が半減することについて不満の声もあったが
同時に国土も二倍になったので311-111の対応については
概ね受け入れられた。
壊れていないほうの推進装置も停止され
近々解体されることとなった。
311-111が表世界に引き上げてから半日が経過した。
裏世界の地平線から、まばゆい光を放つ恒星が顔を出した。
裏世界の夜明けだ。




