私の怖いもの。
ああ、何だってこんなことに……。
私の視界を埋め尽くさんばかりにたむろしている不良どもを見ながら、今日やった行動に思いを馳せ、悠然と原因の追求にあたる。
今朝、兄のプリンを勝手に食べてしまったことがダメだったのだろうか。それとも、校長のかつらを意図的に取ってしまったこと? あぁ、もしかして、クラス1の美女に少し気のあるような態度をとっていた、不良生徒の下駄箱の中に彼女の名前で作った偽装ラブレターもどきを、こっそりと入れたことがばれてしまったのだろうか。まさか、教室に鍵を閉めたあと、その鍵を職員室に戻すのが面倒になり川に投げ捨てたことか? そのあと、教室に忘れ物をしてて窓を割って中に入ったことがばれてしまったのかな?
まだまだいくつかあるが、一番めぼしいのはこれぐらいであろう。
で、目の前に広がっているのは不良ども。あ、これは、3番目の不良生徒の下駄箱に偽装ラブレターを入れたことですね。分かりました。原因解明ですね。お疲れ様でした。
……はぁ、折角、不良に夢を与えたというのに。それに、ちゃんと手紙の内容は『わたし、不良なんて大っ嫌いなんです。目障りなので、近づかないでもらえますか?』で、根に不良を辞めたらいいんじゃない? と、アドバイスをしてあげたというのに。不良から更正させる機会を与えてあげたのだ。それを、恩を仇で返すようなことをするなんて。最低なやつらだな、全く。
「おい、石波秋穂。お前だな? オレらのダチ泣かせたの」
先頭に立っている二人の美形男子生徒のうち、片方が声を掛けてきた。
むむっ、何故私の名前を知っている……? 曲者め!
てか、泣いたのかよ、彼。メンタル弱いな。そんなんでも不良やっている世の中なの? 落ちぶれたものだね、不良も。
そもそも、発言してるお前。友達思いのいいヤツだと、周りの不良どもからの株でもあげてるつもりなのか? そして、美形だからもしかして、喧嘩も強いのか? そんでもって、本当は成績も優秀なんだな。美形の特権ってやつだ。卑怯もの! 羨ましすぎるぞ、この殺ろう! あ、間違った。この野郎!
でもさ、大勢の不良の門前で、友達が一般生徒に泣かされました、なので報復します、なんて。なにこれ? 彼に対する、羞恥プレイ? はたまた、公開処刑? 完全に彼に対する嫌がらせだよね。ぷぷっ、バカみたい。
ん? あれ? 私この顔、見たことある、よう、な? 誰だっけ??
「まさか、オレを知らないとか言わねぇよなぁ?」
「あ、うん。知らない。よくわかったね。誰、あんた」
「はぁぁあああ!? クラスメートだろうがっ!!」
「いや、ごめん。マジ知らない。居たっけ?」
「テメェ! マジふざけんなよ! 席、隣だろうがっ!?」
「えぇー? …………あぁ! いつも席で寝てる不良B君か。何故に教室で寝てるのか甚だ疑問の、不良B君だったんだね。屋上とか、保健室とかで授業サボればいいのに、と見るたびに思わせる不良B君」
「不良B、不良Bうるせぇよ! 名前で呼べ!!」
「名前知らないもの。まぁ知ろうとも思わないけど」
「些末木優夜だ! "優秀"の"優"に"夜"! 覚えとけ!」
「いやいや、だから知ろうとも思わないって言ったでしょう? てか、名前が優夜って。優しい? 不良B君なのに? 名前おかしいんじゃない? しかも、漢字を教えるのに優秀って言葉使ったね。どれだけ、自分に自信在るの? ナルシストって嫌われるよ。名前だけでなく、性格もダメだね、ダメダメ。もう最悪」
「んだとっ!?」
「ふっ、くくっ、あははははっ!!」
先程まで"我関せず"といった風情で傍観していた、美形の残りの片割れが、体を"く"の字に曲げて笑いだした。
え、なにこの人。急に笑いだした、キモい。
「お前、俺等不良に対して、ずいぶん強気だな。俺は遠馬涼だ。"涼しい"って字だな。なぁ、お前。気に入った。俺の女にならないか?」
「は? 何言ってんの? そんな俺様発言が受け入れられるのは乙女ゲームだけなんですけど。現実では誰も求めてないんだよ。なんでもかんでも、自分の思い通りにいくと思ってんなよ、腐れ外道が。マジうざいんですけど。消えてくれない?」
「くくっ、いいな。ますます、気に入った。その怖いもの知らずのとことかな」
え、マゾなの? 罵られて気に入るとか、キモさアップじゃん。
にしても、なるほどねぇ。残りの片割れ君は俺様だったのね。私のこの対応にぐっときちゃったわけだ。今から怯えてもまだ間に合うかな。
「は? 私が怖いもの知らずだって? 私にも怖いものくらいあるよ。私の怖いものは――」
「あぁぁぁきぃぃぃぃちゃぁぁぁぁんんんんっ!!」
「ぐへっ!?」
私の後ろにも不良はいたはずなのに、どうやって来たのか、突如後ろから抱きつかれた。いや、あれは取り押さえられた、だね。こんなことをする人物を、私は一人しか知らない。
「もう、ここにいたの!? 探したんだよ!」
私に体当たりをかましてきた人物で、抱きついたまま私の肩口からひょっこりと顔を出したのは、私の読み通りの美形君、幼馴染みの三人うち一人だった。
「渉!」
「やあ、あきちゃん。逢いたかったぁぁぁ! ……もう離さないよ。ずぅぅーーと、ね」
「!? ぎゃあああああ!! ヤンデレに覚醒してるぅぅぅ!!」
「お前、いつも通りだな」
「ほんと、心配して損した気分ね。まあ、特には心配してないけど」
草影から悠々と出てきたのは、美男美女の二人。これまた私の幼馴染みたちだ。 美男は棚綾朱都。美女は可浜小乃葉だ。
なんか、幼馴染みが全員集まったね。何かあるのかな?
て、そんなことより。
「ちょっと、朱都! あんた、渉の手綱しっかりと握ってなさいよ! 飼い主でしょう!?」
「今回は不良にのこのこ付いていって心配をかけたお前が悪い。それに、邪魔したら俺も殺されるだろ」
「薄情ものぉぉぉ!! くそ! そこの不良二人! 助けなさい!」
「あきちゃん。僕以外に助けを求めるなんて……。お仕置きが必要だね……?」
「今回は何日間監禁かしらね?」
「そうだな、三週間くらいが妥当じゃないか?」
「いぃぃぃぃやぁぁぁぁああああああああ!!」
私と幼馴染みたちが去っていくなか、不良二人は口をポカンと開けそれを見ていた。そして、私が拉致され数分後。各々復活すると、私の怖いものを理解して頷きあっていたらしい。あいつの怖いものはヤンデレの幼馴染みだ、と。