大切な過去
わたし、水野時葉がPGに初めてきたのは中学2年生のころだった。
最初に目が覚めた場所は神岡君が起きたところと同じところ。
一面知らない文字で埋め尽くされた石版を見て心細くなり泣きそうになったのをおぼえている。
どうしようもないのでそこら辺も歩いていると一人の女性にであった。
凛として美しく、その立ち姿はかっこよくもあった。
「君は、初心者かい?」
それが、わたしと彼女の出会いだった。
わたしはその人と行動をいっしょにとった。そうする以外に、わたしには選択肢がなかったからだ。
その人、結城由麻さんはとても優しい人だった。
PGでの常識、生きていく方法から、現実世界での悩みまでいろいろなことを聞いてくれたし、修行にも付き合ってくれた。
そして会話をするうちに、いろいろなことがわかった。
由麻さんはわたしより3歳年上の高校1年生でPGはわたしと同じく中学2年生から。修行をつけてくれたのは由麻さんもつけてもらったからで、また、困っている人を見たらほっとけない性格だかららしい。
わたしたちはその後数ヶ月、何事もなく旅をしていた。
そんなある日、プレイヤー狩りに襲われた。
相手は4人。
相手は強かった。しかし、由麻さんのほうが圧倒的だった。由麻さんはひとりで3人を相手してくれたので、わたしは1人相手するだけですんだ。
相手は殺さなかった。そして持っていたものをいただき(そりゃ、おそってきたんだから当然です)そのまま旅を続けた。
その後も何回かプレイヤー狩りに襲われたが、ほとんどを由麻さんが片付けてくれた。
いつも守ってもらってばかりで申し訳なかった。
旅を一緒にすることはとても楽しかったが、同時にある疑問も生まれた。
なぜ、一緒にいるのか。
神の叶える願いはきっとひとつだろう。
わたしは強くなく、足手まとい。
ある日、この疑問をぶつけてみた。
回答は簡単なものだった。
「ひとりはさびしいし、楽しくないでしょ。未来がどうなるかわからなくても、今はこの世界を少しでも楽しみたいんだよ」
そして、願いも語ってくれた。
「わたしの願いは誰も悲しまない世界、平等である世界をつくること。なんでかっていうとね、わたしは世界にすごく絶望しているんだよ。いじめ、貧困、飢餓、災害、障害、虐待……。もっと世界の闇がある。それを無くしたい。
……わたしも、いじめられて、虐待されて。何度も死にたいと思った」
なぜ、自分だけが幸せになるという願いじゃないのか、と質問すると、
「いじめを受けていたのはわたしだけじゃなくて、もうひとりいたの。そんな人が身近にいるんだから、こういう悩みはきっと世界でたくさんいる。そう思ったからなの」
このとき、わたしはすごいと思った。
自分だけじゃなくて、世界の人についても考えている。
もし、2人で神のもとへ行って、願いが1つしか叶えられなかったら、由麻さんに譲ろう。
わたしはそう思った。
その幸せも長くは続かなかった。
ある日、森にいた。
天気は雨。それも台風のような激しさだった。
視界が悪く、周りの音も聞こえづらかった。
ザザザザザザーーーーーーーー
時々、雷が落ちる。
ザザザザザザーーーーーーーー
こんな天気なので、その日は進むのを諦めて、木陰で休んでいた。
「暇ですね~、由麻さん」
「そうだね、時葉ちゃん」
「何もないって、幸せですね~」
「そんなおばあちゃんみたいなこといってると、幸せ逃げてくよ~」
「は~い、気をつけます」
他愛のない会話。
その直後、シュンともたれかかっていた木が斬られた。
しかし、それは刀ではなく、手。
つまり、手刀によって斬られていた。
ふたりとも座っていたで、斬られたのは頭の上にある部分。
もし立っていたら確実に死んでいた。
普段なら油断はしない。
しかし、今日の天気がこうであるため、完璧に油断していた。
すぐに距離をとり、由麻さんが相手に聞く。
「誰だ!」
見ると、敵はふたり。男女1人ずつ。歳は同じくらい。質問に対する答えはすぐにこず、居心地の悪い間だけがあった。
「……結城由麻はどちらですか」
「私だけど」
隣で答えた。
すると、目の前にいるふたりは何か話し始めて、一段落したのち、もう一度こちらに向き直った。
「私たちの目的は、結城由麻、あなたを殺すことです。もちろん、同意されるとは思ってないから、力ずくだけど。……もうひとりの方は逃げてもらっていいですよ」
ふざけるな。大切な人を置いて逃げるわけないじゃないか。
「由麻さん、一人ずつ相手でいいですか?」
「……時葉ちゃん。相手、かなりできるけど大丈夫?」
「はい、それに私だけ逃げて由麻さんが2人倒せる確率と、ひとりずつ戦って、私が時間稼ぐ確率、どっちが高いかなんか明白ですよね」
「そう、だね。私が男とやるよ」
「お願いします」
正直、緊張で心臓バクバクです。
「話はまとまったか」
今度は男のほうが話しかけてきた。
4人全員が臨戦態勢に入っている。
由麻さんと私が別々の相手と戦うためには、こちらの先制が必須である。
だから、
「はぁぁぁぁぁ!」
一気に加速して間合いを詰め、全力の右ストレートを入れる。
手で防がれたが、心力で20mほどぶっ飛ばした。
その後、飛ばした相手のところへ全力で向かった。
走りながら、相手を分断できたことに安心していた。
とばされた女をみると、傷はほとんどなく、平然と立っていた。
「あなた、名前は?」
「宮間梨香。よろしく~」
だいぶ軽い挨拶だな……。
「わたしは水野時葉。単刀直入に聞くけど、なぜ由麻さんをわざわざねらったんですか」
「そういう依頼だからだよ」
「……依頼?」
「あなたたち、特に結城由麻はよくプレイヤー狩りをこらしめているそうじゃない。その強すぎる力で。また、殺さず逃がしている。そうでしょう?」
「あってますけど。……依頼って、まさかその人たちからってことですか」
「その通り」
にっこり笑う。不気味だ。
「つまり、あなたたちは由麻さんを殺すつもりなんですね」
「えぇ。もちろん。その邪魔をするならあなたも殺しはしないけど、行動不能くらいにはするよ」
「こちらだって、そんな簡単にやられませんよ」
そう言って、最初のように全力で突っ込む。
「はぁぁぁ!」
今度はさっきのようには吹き飛ばすことができなかった。
きれいに防がれたからだ。
次は向こうからの打撃。こちらと同じく右ストレートできたということは武器なしの素手での格闘ということだ。
なんとか受け止める。
力の強さとしてはほぼ互角か……。いや、わずかに私のほうが負けている。
と、したら鍵になるのは心の強さ。向こうはこっちを殺すつもりで来ている。
それに対抗するためにはどうすればいい。
何を考えればいい。
こちらが殺すつもりで戦っても勝てないだろう。
どうすればいい!
そうやっていろいろなことを考えながら、戦っていたが、わずかな差がどんどん蓄積し、被ダメージが大きくなっていた。
同時に、すこしずつ戦っている場所が由麻さんのいるところに近づいていた。
気がついたときにはすぐ近くで由麻さんたちが戦っていた。
「由麻さん、大丈夫ですか」
背中を合わせて、問いかける。
「ピンチだね。強いよ、彼。けれど、負けないから心配しないで」
「はい!」
由麻さんとの会話によって心がすこし楽になった。
戦いは十数分ほど続き、4人全員が息をきらしていた。
勝負は一瞬の隙を見せたほうが負けであるほどの紙一重の状態だった。
宮間梨香に突っ込む。
だが疲労がピークに達していたため、わずかにスピードが遅くなった。
その一瞬を宮間梨香は見逃さなかった。
腹、顔面に、速く重い打撃を打ち込んでくる。
そして3発目が心臓に向かってきた。
やられる……
そう思って、反射的に目を閉じた。
……人の体が人の手で貫かれる奇妙な音がした。
しかし、痛みはなかった。
目を開けると、さっき私がいた場所に由麻さんがいて、……心臓を手が貫いていた。
「なん……で」
ゴフッ、と血を吐き出し、最後の力を振り絞って言う。
「ご、めん、ね」
もうしゃべれないのか、口だけ動かして、何かを伝えてきた。
いや、私にははっきり聞こえてきた。
“やられ、ちゃっ、たよ。ほんと、に、ごめ、ん、ね。ショックだ、け、ど、私の、夢、かなえ、て。お願い。せか、い、の、ため、に。まだまだ、いっしょに、いたかった。時葉ちゃん、かわ、いいし。守って、あげたかった。ホントに、ごめん、ね。げほげほ。…………また、ね。いつかまた、会えるから、またね」
笑って、そのまま光の粒子になり、消えた。
私はそのあと男に、一撃もらい、そのまま気絶した。
気絶する瞬間、男が名前を言ったのが聞こえた。
坂西誠、と。
目が覚めると、私は土の上で仰向けになっていた。
雨が上から強く降ってきている。
私は、泣いた。声を上げて泣いた。
悲しかった。
大切なひとりの友を失ったことが。
辛かった。
あの人の、壮大な夢を叶えられなかったことが。
嘆いた。
あの人と一緒に戦えるほどの力がなかったことに。己の未熟さに。
だから私は自分に誓った。
あの2人、坂西誠と宮間梨香に復讐すると。
そのために『殺す』以上の心の強さを見つけること。
それが今の私に必要なこと。
そして、次こそは勝つ、と。
* * *