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恋だったのかもしれない

作者: ろしあぱん

なくなってから気が付くモノってありますよね。そんな話を目指しました。

俺、青木。17歳。


年齢=彼女いない歴だが、それは好きなタイプの女が身近にいないからだと言い張っている。決して負け惜しみではない。


身長だけは自慢で180センチオーバーだ。そのくせ、体重は70キロない。

筋肉が付きにくいのが俺が今深刻に思う悩みだ。






今日もいつものように部活を終え、だるい体を引きずるようにして、19:50発のバスに乗り込む。俺はこれに乗り遅れると、軽く一時間は待つことを知っている。


ただでさえ本数がないバス。同じ時間に乗り続けて二年目となれば、乗っている人の顔だけじゃなく、おりる場所さえだいたいは把握出来る。座る場所さえも定着しているのだ。



…っと、今日は違うらしい。

俺がいつものように、最後尾から三番目の歩道側の座席(ここは座席の窓側半分がタイヤの上にあるから、窓側に荷物を置いて、俺は軽く車内を向いて座る)まで歩いていくと、俺の定位置には黒っぽいスーツを着た女性が足を揃えて座っていた。文庫版の小説を読んでいる。

立ち止まってしまった矢先、引き返すのもなんだかめんどくさく感じて、とりあえず、通りを挟んで隣の席に座った。




バスのエンジン音と振動だけが、この空間で唯一、時間を感じさせるものだと俺は思っていた。


一人二人と減っていく乗客。

依然として隣の女性は体勢をかえずに本を読み続けている。

時折大きな瞳をぱちくりさせながら、文字を追う。


この日、彼女の細い指が本をめくる音が、やけに耳に響いた。



結局、彼女は俺がおりる一つ前のバス停に姿を消した。






その日から元俺の定位置は、彼女の定位置となった。

いつの日か、バスのエンジン音と振動、彼女がページをめくる音が、馴染みの音になっていた。


いつでも彼女は本を読んでいた。


そして気が付く。

いつも同じ本の、同じページで、彼女の大きな瞳に涙がたまっていくのを。

そのページから先を、彼女が読まないことを。


俺は彼女が読んでいる本を知らない。

なぜいつも、同じページまでしか読まないのかを知らない。

それどころか、名前すらも知らない。

彼女がどのような人間であるかさえ。


俺が知っているのは、彼女が19:50発のバスに乗っていること。

俺の元定位置に座ること。

俺の一つ前のバス停でおりること。

いつも同じ本を読んでいることだけなんだ。







そんな彼女にもある日、変化がおとずれた。

彼女があの本を、微笑みを浮かべて読んでいた。

俺が知る内でははじめてのことだった。

彼女の密かな笑みに、心が暖まる反面、いつもと違うということに何故か不安を感じている俺がいた。



その翌日からだろうか。

彼女はあのバスに乗らなくなった。

はじめて彼女を見掛けたあの日から、半年が経っていた。


俺はいつものバスに乗る。

彼女がいない車内の音は、何か物足りない気がした。


今もまだ、彼女の定位置はぽっかりと空いている。

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