最終回
終わりです。泉さんに振られてしまい、けれども3月31日迄続くアルバイト・・・。そうして最後の日・・・本当にこれで終わり、そう思うと何だか気持ちは落ち着かない。何とかしたい・・・そうもがくのだが・・・。
3月31日、明日は愈々4月1日。各々それぞれが新しいスタートを切る瞬間だ。けれども僕は何だかまだ割り切れない気持ちを抱えたままで、この朝を迎えた………。最終日、皆で朝迄バイトの打上げも兼ねて呑む事になった。夕方過ぎにはもう、皆そわそわしている。そりゃそうだ、皆呑む、騒ぐ、語る、が大好きな人達だ。同じアルバイトの大学生は勿論、それを纏める課長さん、僕達が顧客から原稿をアップして来たモノを編集する編集さん達、皆呑んで騒いで語ってグダグダになるのが大好きな人達ばかりだった。僕らアルバイトは皆文学が好きだったが、編集さん(主に女性)は皆演劇が好きだった。各々がその打上げを楽しみにしているのは最早明白、けれども僕は何だか楽しもう、という気持ちには全くなれずにいる。それは泉さんとの事がずっと引き摺ったままだからだ………。そうして終業時間を迎えた。もう春だ。夕方6時半だが今迄と比べると陽はまだ少しだけ残っている。段々暖かくなって来るのが日を追う毎に判って来た。愈々………春だ。春を迎えたら、僕は大学生になる。これからの4年間、このアルバイトの皆さんが言う通り、楽しいモノになるのだろうか?。僕にはまだ………判らない。
愈々打上げ。それと同時に皆、各々用意したクラッカーを一気に鳴らす。
「パァーン!!。」
誰彼無く、同時に、
「キャァー!!。」
と歓声が挙がる。そうして皆、もう2ヶ月一緒に働いたのだからチームワークもよろしく、手際良く会社内の机・椅子などを整理して予め誂えていたビール・乾き物・ちょっとしたオードブル(何と女性アルバイターさんの手作り)などがセットされていた。
「カンパーイ!!。」
皆で乾杯をして、課長がそれから纏めの話をして、もう場は大盛り上がり。けれども僕は、ちっとも盛り上がれない。酒を呑む度に段々と狂気に似た怒りの感情ばかりが込み上げる。泉さんも何だか戸惑い気味。僕が話し掛けようと何度か試みたが、見事にカワサレテシマイ、僕はその度にビールを呷り、盛り上がる場の中で一人黙り(だんまり)を決め込む。そのままの流れで二次会へ………。
二次会はカラオケ。飯田橋神楽坂のカラオケボックス。そこを借り切って朝迄コースとなった。そうしてその帰り道、駅に皆で向かう道すがら、僕は泉さんに訊ねた。
「もう、俺のコト、嫌いになったんでしょう?。」
飲み会の間、ずっと泉さんは何だか変な表情ばかりで決して僕には寄り付かないようにしていたのだ。そして僕の面倒を見てくれていたお姉さん役の中田さんとばかり何かヒソヒソ話をしてこっちを見ているし時々指差されて僕はどうしたらいいのか、判らなくなって困惑していた。僕はその様子が気になるし、気にしない訳が無く、居た堪れなくなり、煙草を吹かしていた。廻りの人達はそんな様子にはお構いナシに、
「おい、何だ、今日のお前元気ないじゃねぇか。一緒にカラオケ歌うぞ。」
と、けしかけられたりしていたので仕方ナシに盛り上がっていた。お姉さん役の彼氏さん(このアルバイトがきっかけでお付合いをするようになった僕が最も頼りにしていた島田さんで、僕があの殴りかかろうとした時、真っ先に止めに入ったヒトだ。彼にヘルプサインを目で合図すると、流石お兄さん、僕のコトと自分の彼女さんが泉さんとくっついて色々話をしているから何かを感じだのでしょう、或いは泉さんから事前に彼女さんに相談をされていたのかも知れない。だから当然彼氏さんたる島田さんの耳にも入っていたのかとも思えるがそれでも事情を唯一ご存知っぽいのでより、頼りにしてしまったら、ちゃんと暖かく僕に色々と上手い具合に配慮してくれて、僕はとても助かった。更にこの島田さん、並びにお姉さん役をしてくれた中田さんには僕は感謝してもし切れない位に色々と迷惑を掛けているのだ。
それは、前に僕が飯田橋で酔っ払ってぶっ倒れた時、全ての手配を中心となってしてくれたのがこの二人だったのだ。それ以来、僕はこの中田さん、島田さんとみんなのまとめ役、早稲田の小長田さん、東大の豊島さんとやはりこのアルバイトで出会い豊島さんとお付合いを始めた一之瀬さんが僕の兄貴分、姉御分を買って出てくれたのでいつも色々と僕のクダラナイ相談事をちゃんと聞いてくれたし僕は逆に仕事の出来でこの人達に応えようと、懸命に仕事をした。結果、クレームゼロはお前だけだよ、と褒められたのでそれは素直に嬉しかった。
結局………帰り際迄僕はIさんとはこの二人によって引き離されたので飲み会は楽しい雰囲気で終わった。感情の起伏が激しく、アルバイトチームの中でも一番子供であり、本当に暴れだすと何をするか判らないという訳の判らない威圧感はアリアリだったらしい僕は、怒り出したりすると何をやらかすか判らなかった当時の僕の事は皆に知られていたので、多分、特にこの中田さん、島田さんご両人はヒヤヒヤしたんじゃないかな?。今あの時のあの場面を振り返るとそんな気がする。逆の立場だったら、私が島田さんの立場だったらやっぱりそうしただろうし………。ようやく帰り際になり、Iさんの表情も冷静になった事を勘付いた僕は、
「もう、俺のコト嫌いになったん?。」
と、訊ねた。すると、
「そう思うんならばちゃんと最後くらいはいい顔して、みんなの歩く先に歩きなさい。」
と、僕は言われて、僕は黙ったままだった。しかし、
「うん、判った。」
そう言うと、僕らよりも先に歩く皆のまとまりにツカツカと歩き出した。その様子は心配そうにしていた中田・島田さんご両人にはちゃんと見られていた。Mさんは急に明るくなった僕に歩調を合わせて、一緒に歩いてくれた。
僕は………一切後ろを振り向けなかった。
そしてもう一人の別の僕の兄貴分、川瀬さん、この川瀬さんは珍しい体育会系で、アルバイトの最初の頃からよく気が合った人で川瀬さんと僕が騒ぎ出すと本当に煩い集団に全員が見られてしまうような存在だった。この川瀬さんと一緒に騒ぎ出して真夜中のまだ肌寒い神楽坂近辺で、大盛り上がりをしてお別れをした………。僕の心ももう、後ろを振り向けない。振り向いてはいけない、前を向いて歩かないといけない、そう心に言い聞かせながら川瀬さんと一緒に最後の馬鹿をやった………。
………翌々日。
また少し寒くなって来た日曜日。屋根の上の玉葱は少し薄く曇った雲があるにも関らず、遥か遠い太陽からの陽射しを浴びて、ピッカリと光っている。千鳥ヶ淵で何人か暇な人間が集まって花見をする事になった。まだ前日痛飲した残りが皆残っている。けれどもそんな事お構いなしでまた花見と洒落込んで皆で缶ビールを空け、中に一人、明治をこの春卒業したばかりの大野さんが特上のウイスキーを持って来たので皆でまた盛り上がって、川風が強いのにも拘らず、ロックアイスのコクボ、のあのロックアイスを近所のコンビニで誂えて(その使い走りは年少者の僕だった)皆で乾杯をした。楽しい花見。けれどもそこには泉さんはいない。中田・島田ご両人並びに一之瀬・豊島さんご両人は仲睦まじくラブラブモード全開だった。敗れたのは僕一人………。その姿を見る度に僕はやはり怒りが込み上げて、けれどもどうする事も出来ないでいる自分がどうにもこうにも情け無かった。けれどもいつ迄もウジウジともしてはいられない。その花見は大いに楽しかった。そうして楽しみながら僕の心に生まれた一つの虚無、それは自分自身に対する言い知れ様の無い諦めと共に、生み出された絶望、そして僕自身がこれからどう生きればいいのだろう、どんな女性と付き合えばいいのだろうか、きっと僕自身が自分に自信が余り無い輩なのだから、相手もそんなんだろうなぁ、似た者同士が付き合ってズルズル引き摺る話はこの世によくある話だ。きっとそんな感じなのでは無いだろうか、そんな予感がしていた。
そうこうしながら陽は暮れ、場はお開きとなり、誰かが持って来たポラロイドカメラ(当時はまだデジカメなどあったのだろうが、大学生で買えるような代物では無かった)を現像しに、市ヶ谷迄歩いて戻り、その途中で靖国神社へお参りに行き、皆で写真を撮った。これが最後の写真だった。
楽しさの後の静けさ………。その余韻に浸りながら皆、それぞれの場所に戻る名残惜しさを持ちながらも流れて行く時間だけはどうする事も出来ず、結局太陽が落ちた時、お別れとなり、一人一人に別れの世辞を述べて皆、家路に就いた。
それからもう十年。あの時必死だった僕は今、二十代で管理職となり部下に対してあーだこーだと言っている。大人になって、毎日一万円位は使いたいな、と思っていた僕は自分を何時の間にか私、と言い換えるようになっていて、財布を見ると必ず一万円札が何枚かは入るいいご身分になった。またあの頃描いていた大人の理想像とは遥かにかけ離れた自分が確かに居るのだが、それはそれで仕方が無いだろう、そんな大人の考え方も誰彼憚り無く言うようになっては、やっぱり苦笑いをしている。
けれどもあの頃と明らかに違うのはお腹であり、もう随分と太った。十キロは太った。それでも痩せてますよ〜、などと部下の女の子からは言われても相変わらず人の言う事を素直に受け容れられない自分がそこには確かに………居る。ヒネクレ者である事そのものは変らないのだが、若干大人になった。けれども上司の評価は、
「お前は潔癖過ぎるんだ。もっと大人になれ、子供の純潔など捨てちまえ。」
そう言われても頑固に、頑なな迄に自分の、そうしてまた人に対しての『筋』を通そうと必死にもがいている。その姿を自分で見る度に、
「俺はまだ大丈夫だ、大丈夫だ。」
そう再認識をして一人で喜んでいる。それは一体誰の為なのだろうか?。答えは判然としないのだが、それでもあの時感じた純粋な心だけは失いたくない、そう思いながらまた、今日が、明日が、今の全く違う日常がやって来る。それは………苦しい事も当然あるし苦しい事ばかりなのだ。けれども、その度に思い出すのは、鉛色の空に向かって溜息を付いていたあの頃、そう、高校の卒業式当日、あの時に感じた、ドキドキワクワクする、そんな子供の心を思い出して今、私は一人、苦笑いをしながらまた、あの頃と変らない靖国神社の近くを歩いている。
あぁ、今日もいい鉛色の空だ、そう思いながら………。
明日は………どうなるのだろうか。
そうしてまた恋が終わり、大学生になる前に一つ大人の階段を登った。それから10年の月日が経った。けれどもあの必死になった瞬間、その気持ちは今も色褪せない。鉛色の空をいつも見上げては溜息を付く事も変らないけれども、大人になった私はまた「今、この瞬間」・・・を歩いている。