ちょっと背伸びした僕
『僕』はちょっと背伸びして大学生のコミュニティーに飛び込んだのは良かったのだが・・・。そうしてまた『僕』は恋をしようとしていた・・・。
泉さん、という某アナウンサー、キャスターを沢山輩出する事で有名な著名学部の二年生だった人がいた。文学の話とか、芸術論とか、(当時はイキガッテイッパシの芸術論を叩いたりもよくしていた)色々と気のあう女性だった。しかも誰もが認める美人。スラァー、と細くて、腰のクビレなんてオトコだったらもう!、と叫びたくなるような雰囲気で、しかもいつもアンニュイな表情ばかりしている。黒のスーツが良く似合う白い肌で僕は彼女と一緒に翌週の挨拶回りの行動スケジュール確認をする迄、実は彼女の存在など全く知らなかった。他に楽しい事ばかりだったので、無邪気にアルバイトに専念していたので意識する必要が全く無かったのだ。しかし………このスケジュール確認を一緒にした事、その時たまたま、彼女は仕事明けに新宿で飲み会があり、で………その泉さんに飲み会に誘われた。僕はその前のこの職場での飲み会で一度ドジをやったのだが彼女はそれを知らない。
どんなドジかと言えば飲み過ぎてぶっ倒れたのだ。急性アル中という奴である。初めてでは無いが男の大事な部分に管を挿され、点滴を打たれて、もう大変だったらしい。泉さんはその事を知らなかったのだ。だから僕を誘ったようだった。
その飲み会はTV局のADを勤める泉さんの大学の先輩が泉さんに誘ったらしく、その時に僕の事をこんな面白い奴がいるわよ、とADさん達に紹介したらしい。そうしたら、ADさん達はそんな面白い奴ならば一緒に呑んでみよう、となったらしい。それ以外でもこの職場での誰か、可愛い女の子を紹介してくれ、と泉さんは頼まれたらしい。
要は、今なら判るが、テイのいいダシとして僕は担がれたのだ。そんな事を僕はつゆ知らず、その日もニコニコ顔で泉さんの誘いのままに、人でごった返す金曜夕方のアルタに行った。
一次会は普通の居酒屋で和やかムードで呑んでいた。
二次会はクラブに行って、(今なら、二次会の時間でクラブは無いでしょう、と思うが、また、当時もそう思っていたが大学生やら、ギョーカイの人は忙しいからこんな焦った遊び方をするのかな?、クラブに行くにはマダ早いだろうけれども、まぁ、いいや。そう思っていた。)静かなクラブで、踊り始めた。
適当な踊りならば一応は知っていたし、遊んだ事も前にもあった。が………ここではこの人達に合わせて、一番年下だし、色々とこのADのお兄さん達に教わりましょう、そんな気持ちでまま、適当に身体をくねらせていて、時々踊り疲れて、ソファーのある別室に入ると、泉さんは酔っていた。いきなり泣き上戸になっていた。数時間前のアンニュイな雰囲気とは全く違う、泉さんの本当の姿がそこにはあったのだ。その余りの変化に僕は驚きを隠せなかった。
「どうしたんですか?。」
僕は尋ねた。
「ごめんね、今日は?。」
半泣き状態で答える泉さん。こっちは訳が判らない・・・。
「えっ?、なんでですか?。」
「………。」
「僕、楽しいですしまたこうやって次も呑みたいですよ。」
そう言って手に持っていたウォッカトニックを僕はグビグビとやる。
「………。」
一瞬の沈黙のすぐ後に、泉さんはいきなり抱きついて来た。僕はどうしたらいいのか全く判らずに、混乱してしまった。そしてそのまま、ずぅーと、抱きつかれたままで、僕は何も出来ないでいた。すると酔っ払ったアメリカ人?、が、ニタニタしながら僕に合図をする。キスしろ、キスしろ、と。この時、強引にでもキスしていれば良かった。今の私なら確実にするんじゃないかな?。そんでそのまま二人でソッと抜け出して………。けれどもこの時はそれが出来なかった。出来る訳が無かった。どうしたらいいのか、訳も判らなかったので。
で………結局クラブの一室でずぅーと、僕は腕枕してIさんの泣き止むのを待ったが一向に表情の変わる気配が無く、腕が痺れていたが我慢していた。15分位経ってもう痺れが我慢出来なくなったので、
「水持って来ますから。」
そう言って席を離れた。500円払って水買って、彼女に飲ませた。少しだけ落ち着いたようだったがまた、僕の方に寄り掛かって来た。僕は混乱していたがもう、どうでも良かった。クラブのエキシビジョンからは変な画像、グロテスクな洋ピンが流れる。最初はそれにも驚いたがそれもどうでも良くなっていた。何だか、毒ガスマスクを被った女がホースを自分の・・・に入れていたり、オールレザーの女がペンキに自らダイブしたり、レズビアンって言うのでしょか?、グロテスクな格好でそんな真似事を金髪の女が二人で絡んでいたりと、とにかくヘンチクリンな映像ばかりで僕はそれを見ているだけで吐き気がしそうだった。クラブ遊びは確かにした事もあったが、そんな映像が流れる所には行った事など無かったからであり、そんな映像は僕の趣味じゃない。だからなるべく目を背けていたが大画面で映るので嫌でも入ってくる。しかも右腕にはIさんが寄り掛かるので姿勢を上手く変えられない。相変わらず瓶ビール片手に外国人はニタニタしながら僕を見る。Iさんはどことなく臭いがした。どうやら飲み過ぎて戻したらしい。
僕は本当にどうしたらいいのか、よく判らずにそのまま2時間近くはいたんじゃないかな?。と………言うのは、他にも来ていた一緒に働いていた女性の二人が、
「じゃ、帰るね。電車あるから。」
と、言ってきたからだ。おいおい、俺一人残されるの?、嫌だよ、誰かこのIさん、送り返してくれよ、で、俺も今日は帰るから、そう思った。
でも………今逆の立場だったら私でもそうするでしょう。そんなずっとオトコとオンナが寄り掛かっている姿見たら邪魔しちゃ………そりゃ、野暮ってモンでしょう、そう思うに違いないです。当時の僕はそんな事も理解出来ませんでした。
で………結局朝迄何もしませんでした。っつうか………そのIさん、気が付いたらもう一人の元々のお付合いのある人とどこかに消えました。後に流石に僕はそれからは全てのコトに勘付き、ダシに使われた事も良く理解して、“カチン”と来ました。
ブチキレ状態のままクラブで朝を迎え、一人淋しく新宿から自宅に帰る・・・朝帰り・・・本当はシャワー臭かったらいいのにな、と、ウォークマンでハウスレボリューションを聴きながら都営新宿線から家に帰った。家に近付くに連れて段々虚しさばかりが込み上げる………。それから数日経って、何時の間にか、
「俺は所詮………パンダかいな?。」
と、常に心の中で思うようになっていた。そしてそれがついついこんな言葉で口を付く。
「パンダっすから。」
みんな目を丸くして、理解出来ないような感じでした。僕は再び憂鬱な時間を過ごす羽目になった。
ただ、唯一救いがあるとすればその一件以来、妙にIさんとは仲が良くなり、雰囲気としては付き合う寸前、みたいな雰囲気でしたしお互い満更でも無いような感じであーだこーだと色々あった。イイ事もあり、喧嘩も少しはしたが、とにかくいい雰囲気である事だけは間違いが無かった。まぁ、共通の秘密もある事だし、奴さんに男がいるのかも知れないがその事には本人の前では勿論、他の人にも一切触れないでいたので泉さんは僕に絶大なる信頼を寄せてくれていたのだ。僕はその時、これってもしかして………と淡い期待を寄せるようにいつしかなっていた。カチンと来た事などすっかりと忘れてしまって………。
公の場では二人とも色白で照れ屋なので何か事ある度に顔を真っ赤に染めて、お互いを見てはデレェ〜としていた。また、彼女は仕事も出来る人なのでその意味でもちゃんと信頼出来た。周りの評判も次第にお互い良くなって、妙な信頼関係が生まれたのは事実であり、また二人で過ごす時も意外と多かった。いつもお互いニコニコしていた。そこでは変に甘ったるい時間が二人を包み込んでいた………。更に僕の期待は高まる………。
そんなこんなしているうちに学校の最後の行事、卒業式を迎えた。
卒業式には何も感動も無く、僕は卒業した。当日は今にも雨が降りそうな、そんな天気だった。同級生とは殆ど話す事も無く、卒業旅行にスノボに行った仲間二人とだけ仲が良かったがそれも卒業する迄の事であり、お互い、
「つまんねぇな〜。」
それしか言わなかった。
………その日は丁度、そのアルバイト先での飲み会だった。そっちが僕は嬉しかった。しかし曇り空………。僕は頭痛をこらえながら急ぎ足で上野から新宿に向った………。制服も着替えなおして私服になって………。さようなら………高校時代、こんにちわ、大学生活、とかなり浮き足立っていた。
………皆で新宿で呑みましょう、と誰だったか判らないけれども誘ってくれて、卒業式のお祝いをしてくれたのだった。みんないい人ばかりで酒飲むと馬鹿になる僕をみんなで気遣ってくれた。で、やっぱり酒が入り僕は思いっ切り馬鹿になった。その席にIさんもいたのだった。
「なんで来たん?。」
僕はそう尋ねたが、
「貴方のお祝いでしょ?。それも兼ねているんだからいいじゃない。ホラ、楽しんで呑みましょ。」
との事。これがいけなかった。僕はマスマス有頂天になった。阿呆になった。阿呆になる姿を実は冷たい視線でちゃんとこのIさんは見ていたのだ。アホになりながらもまた他の人から話題を振られた文学論なり何なりを話し始めたりして、みんなで馬鹿笑いをしていたのと、何だか前にIさんに誘われて飲んだ時との雰囲気が全くの別人だったらしく、Iさんは思いっ切り引いていたような雰囲気が滲み出ていた。
………その日以降、暫くの間、泉さんはまともに僕と口を聞いてくれなかった。堪りかねて二人で給湯室に行き、
「俺、何かした?。」
と、聞くと、
「何も。」
と、静かに答えるだけだった。正直、訳が分からなかった。
「じゃあ、なんでだよ、なんでまともに口も聞いてくれないんですか?。」
と、聞くと、
「自分に聞いて頂戴。」
と、煙草を吹かし始める。給湯室のキッチンに腰掛ながら腕を組んで………。
「訳解らねぇよ。」
と、思わずこぼすと、
「訳判らないのはこっちの台詞よ。」
と、泉さんも溢すように呟く。………本当に当時の僕は訳が判らなかったが今ならそれも理解出来る。
要は………僕は役者じゃなかっただけの話だ。泉さん好みの役者になれなかっただけだ。今でも私は思う時があるのだが、女性の離れていく瞬間は、サァーと、波の引くが如くだと思ってしまう事がある。ほんの僅かな、決してオトコとしては悪気の全く無い一言だったり、その時の表情だったり、そんな些細な事で心ごと離れてしまう、そんな事があるのだ。確かにその、新宿での卒業祝いも兼ねた時に、文学論やら何やら背伸びして話したり、また、同好の坂上さん、もたまたまいて、このさんとやりあったりして、この時はどっちが凄い文学論を打てるか、なんて事を飲みの席でも打っていた。そんな姿を泉さんは目ざとく観察して、僕の小さな姿にゲンメツしたのだろう………。
泉さんは私にどんな“幻影”を見たのだろうか?。
因みにこの坂上さんとは喧嘩腰にすらなり、実際にそれで一度、それ以外の理由もあるがこの坂上さんに殴りかかられた事が後にもあった。僕もやり返そうとしたが、周りの人に止められた。
「お前がやると、坂上さん死んでしまう。」
そう言われて渋々止めたが僕のスーツやYシャツはそれでボロボロになった。一応、柔道の黒帯でもあり、腕力にはそれなりの自信もあったので(職場で暇な時に腕相撲とかやったりして打ち負かしたりしていた。大騒ぎする僕らにいつも課長が渋い目で止めて仕事しろ、と言っていたが)3人掛かりで僕は止められたのだ。皆180センチ近くある大男ばかりだった。僕はその事があって以来、人に、無闇に何かするのは止めよう、と思った。
確かに新宿でのその時はIさんはやけに不機嫌だった事を後から思い出した。余程アホな僕に嫌気が差したのだろう。まぁ、今考えると、お互い18と20だから、泉さんがどんなに大人に見えようが若いと言えばソレマデで、若さゆえ、と言えば本当にソレマデなのだ。そんな微妙な心のズレで、心が離れる事もあるでしょうに。一応オトナの今ならば、そんな事は許せるのだが………。多分、それは泉さんも一緒だろう。今やお互い、28と30のいい年こいたオッサンとオネーチャンなのだから。
で………何だか憤懣やるかたなくいつもニコニコしていたそのアルバイトもそんな変な感情を抱くようになり、終了の3月31日を迎えた。
高校生と大学生、そんなに大きな違いなど無いのだがやはりあるのだ。その違いをまざまざと見せ付けられて『僕』は初めてその壁を知った。浮き足立った気分ももうどうでも良くなってしまい、また鉛色の空を見上げて溜息をつく日々が始まろうとしている・・・。