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しらゆり  作者: 佐倉アヤキ
その4 きづくまで
18/19

act.16 ハイネントの館

更新滞りまして申し訳ありません。

 アルカナは寝不足だった。朝からピアキィの寝顔を間近で拝むという心臓に悪い思いを久々にしたアルカナは、うつらうつらしながら白いワンピースと厚手の深緑のカーディガンに袖を通して、香水に手を伸ばしたところでようやくバチリと目が覚めた。香水の瓶を持った手をピアキィにつかまれたのだ。

「な、なんですか?」

「その香水はやめろ」

ドクリと心臓が鳴った。アルカナは恐る恐る尋ねた。

「お嫌いでしたか?」

「…べつに」

口を尖らせてピアキィはそっぽ向いた。このところアルカナが習得していたピアキィの表情録によると、これは恥ずかしがっているときの彼の挙動だったはずだが、どうして彼が恥じらう必要があるのかまるで分からずにアルカナは首を傾げた。思い当たる節といえば、昨晩のアンノとのやりとりくらいである。

 …もしかして、私の香水が変わったことに気づけなかったからって、拗ねてるのかしら。

 まさかねえ、アルカナは自分の予想を打ち消して、これまでと同じ香水を手に取った。今度はピアキィも文句はないようだった。



 ハイネント家は、ファナティライスト神殿から随分離れているため、寝不足のアルカナはひいこら言いながらピアキィのあとをついていった。もともと引きこもりのアルカナには、坂道の多いファナティライストの街を歩くのも一苦労である。容赦なくアルカナを置いていこうとするピアキィに「待ってください」とへろへろ叫んだ回数が三回に上ろうかという頃、ようやくピアキィは呆れたように振り返った。

「お前、そんな運動不足でよく神殿まで来られたな」

「お輿入れのときは馬車だったし、家から神殿に向かう道は下り坂なので…」

ピアキィはため息をついた。彼の長い脚は疲れ知らずらしい。考えても見れば彼は毎日のように神殿からあの宿屋まで行き来していたのだ。まったく尊敬する。

 肩で息をするアルカナに、ピアキィは目を眇めて、それから不意にアルカナの手を取った。ぎゅっと握られる。エファイン本家の時よりも温かい手だった。するりと指を絡められて、アルカナは思わずピアキィを見上げた。彼はぐいぐいアルカナの手を引っ張って歩き出した。彼の歩幅は広くて、アルカナは少し小走りにならなければいけなかったが、すっかり仰天してしまって疲れも吹っ飛んでいた。

 ご機嫌のアルカナに気づいているのかいないのか、ピアキィはさっさと歩を進めていく。貴族街は人通りもなく静かなものだが、時折通りがかる小貴族然とした青年が、物珍しげな目でチラリと見るので、アルカナはうつむいた。ピアキィ・ケルト・エファインという男は、同性の目から見ても格好いいのかしら。アルカナと並んでいる姿が不釣合いだと思われたら悲しいものだ。

「ほら」

物思いにふけっていると、ピアキィが空いた左手で指差した。「あれだろ」


 望郷の思いとは大体こんなものだろうか。不思議な心地でアルカナは我が家を見つめた。随分長いこと帰っていなかったはずだが、家の外観は記憶と何一つ食い違いもなく、精々庭先の樹が実を付けたくらいで、妙な違和感とともにアルカナはほうと息をついた。変わっていないことが奇妙に思えるというのもまた奇妙な話だ。一年も離れていなかったのに。思ったところでピアキィがぽつりと言った。

「五か月ぶり?」

「そんなところです」

屋敷の向かいの宿屋がざわめいている。いつもピアキィが立っていたのはちょうどこのあたりだろうか。カランとベルを鳴らして開いた扉から、箒を持った宿の従業員が顔を出す。手をつないだままのピアキィとアルカナに気づいて、一瞬おやと目を見開いたものの、すぐににこやかに会釈して掃除をはじめた。いたたまれなくなって手を離そうとしたが、直後ピアキィから強く引っ張られてアルカナはたたらを踏んだ。

「わっ」

「さっさと行くぞ」

ピアキィについて早足になりながら振り返ると、ぱちりと従業員と目が合った。まだ若いその青年はお茶目にウインクして、「ご武運を」とでも言いたげに一礼してみせた。


 小さな門を越えると申し訳程度にささやかな庭があり、その先に両開きの扉が鎮座している。ピアキィはためらいもなくノッカーを鳴らした。アルカナは訳もなくどぎまぎした。しばらくの沈黙のあと、軋んだ音を立てて扉が開いた。ひょっこりとあどけない顔が突き出す。

「はいー、どちら様ですか?…ひゃあ」

トリノはピアキィの顔を見るなりパカリと口を開いた。ピアキィの輝くオーラに当てられたらしい。

 アルカナはため息をついた。

「トリノ、ただいま」

「わ、お帰りなさいませ、アルカナお嬢様!ピピッ、ピアキィ様もようこそおいで下さいました!」

勢いよく両開きの扉を開くと、その勢いそのままにトリノは絨毯にかかとを取られてすっ転んだ。アルカナには使用人とは思えないほど生意気なくせに、ピアキィを目にした途端これだ。アルカナは気まずい緊張を打開するために言った。

「…うちの使用人のトリノです」

「知ってる。お前が一度寄越した奴だろ」

それからピアキィは愛想笑いを浮かべて、トリノに近寄っていった。初めてアルカナと面会したときもこんな顔をしていたが、今見れば彼の外行きの顔だとすぐに分かった。

「大丈夫か?」

「あ、あわわ、大丈夫ですゥ…」

トリノがピアキィの手を取ろうとしたことに、ピアキィの眉がぴくりと動いたので、アルカナは思わず口出ししていた。

「ピアキィ様、どうぞお気になさらないでください。トリノ、ピアキィ様のお手を煩わせてはいけないわ」

トリノがはっとして手を引っ込めたので、アルカナはぐいと彼の腕を引っ張って立たせた。いつの間にピアキィ様と手を放したのかしら。トリノの腕を掴んでいる左腕をじっと見てアルカナは目を瞬いた。

「もう、ちゃんとしなさいよ。まだそんなにドジなのね」

「まだお嬢様が家を出られてから半年じゃないですか」

相変わらずアルカナにはふてぶてしい使用人だ。しかし、アルカナとのやりとりの間に冷静さを取り戻したらしいトリノは、ようやく彼の本分を思い出したらしかった。

「旦那様を呼んできます!」

 そうしてわたわたと走り去っていったトリノを見送ってから、アルカナはピアキィを振り返った。

「客間に参りましょう。すみません、うちの使用人の躾がなっていなくて」

本来なら客人を部屋に通してから主人を呼ぶのが筋だろうに。アルカナは苦笑した。トリノは変わらずそそっかしいようだ。ピアキィはあまり気にしていないという風に肩をすくめた。


 「まったく失礼いたしました」

しかしアルカナが弁解するより先に、階段を下りる音にあわせて青年の声が朗々と響いた。二人して見上げると、鳶色の髪をなでつけながら、おっとりとした薄目の男が微笑んでいた。

「ピアキィ・ケルト・エファイン閣下なんて雲の上のお方が我が家に来たものだから、彼も緊張しているのでしょう。…申し遅れました。ツヴァルク・ハイネントと申します。この家の婿で、アルカナの義兄でございます。アルカナがお世話になっております」

「…どうも」

ピアキィはまた愛想笑いを浮かべた。「雲の上」という言い方が気に食わなかったらしい。アルカナは慌てて言った。

「ピアキィ様、この家にいる間は、どうぞここを我が家と思ってくつろいでくださいね。この家の者も家族として接してくださっていいんですからね」

「アルカナ、そんな失礼な…」

アルカナはツヴァルクの足を踏んづけた。彼は鈍感だから、アルカナがどうやってピアキィを誘ったかなんて気づきもしないだろう。ピアキィはようやく表情を和らげた。アルカナの襟元に手を伸ばしてリボンを弄ってくる。アルカナはにっこり笑った。

「うちの父などは身分に頓着しない人ですから、ご無礼があるかもしれませんが、どうぞお許しくださいね」

ピアキィは答えなかったが、気を悪くしてはいないらしい。アルカナはツヴァルクを見上げた。

「客間に参りましょう」



 案の定と言うべきか、アルカナの父、トロット・ハイネントは、かの世界王の甥にもまったく気負うことなくにこやかに迎えた。

「ご無沙汰しております、ピアキィ閣下。アルカナはいい子でやっていますか?」

「ええ、アルカナはとても気立てがよくて頼りになります」

にこやかに答えたピアキィに、どうだか、とアルカナは心の中だけでつぶやいた。普段のピアキィに慣れてしまったからか、こうして猫をかぶった彼はなんだか奇異に見えた。

 トロットはうんうんうなずいた。

「そうでしょうそうでしょう。うちの子は家事ならなんでもできますからお役に立てることもあるでしょう」

「あなた!その失礼な口を閉じてくださいな!」

母のミリアナが真っ青になってわめいた。相変わらずの我が家である。アルカナはちらりとピアキィを伺い見た。すると彼はなにやらくすくすと笑っている。おなじみの嘲笑や繕った笑みではない、紛うことなくピアキィの笑みだ。アルカナはびっくりした。

「なんですか?」

「おまえって母親似だろ」

ピアキィの台詞にアルカナはきょとんとした。

「皆は父似だと言いますけど」

「さっきの母親の台詞、おまえにそっくりだった」

ひそひそ内緒話をするみたいに囁かれ、アルカナはあたふたした。苦し紛れに「や、やだ、そんなことありません」と言うのが精一杯だ。

 アルカナとピアキィ夫婦を見ていたツヴァルクが笑った。

「何はともあれ、元気そうでなによりだ、アルカナ。君ときたら、僕のいない間に閣下との顔合わせを済ませてしまって、僕が直接お祝いを言う暇もくれないんだから」

「急な話でしたから仕方ありませんわ」

姉のハノンがさらりと言う。アルカナは曖昧に笑った。


 輿入れが決まったとき、このツヴァルクは父の代わりに大陸のほうへ使いに出ていたのだ。そんなに長い出張ではなかったが、戻ってきたのはアルカナとピアキィの顔合わせより後のことだったから、アルカナは男性と会うことが許されておらず、ツヴァルクからの祝いも姉伝に聞いたのだ。

 ハノンとツヴァルクは相変わらず夫のほうが妻にたじたじらしい。アルカナは家族を見回した。

「お父様がたはお元気でしたか?」

「何事もなかったわ。まったくあなたは、手紙のひとつも寄越さないんだから…」

「まあまあ、ミリアナ。便りがないのは元気な証だよ」

父が母をなだめた。そういえば父からもらった万年筆をなくしたことを言うべきかしら、アルカナがぼんやり考えながら、紅茶にジャムを入れてかき混ぜていると、またもピアキィが囁いてきた。

「夫婦って本当に違うんだな」

「はい?」

「リズ兄さんとナシャ姉さんとちがう」

「そりゃあ、リズセム様とナシャ様は…いろいろ規格外ですよ」

妻にべたべたしていたリズセムの姿は強烈だった。新婚だってあの二人には敵うまい。少なくともアルカナとピアキィでは天地がひっくり返っても彼らのようにはなれないだろう。ただ、彼が少年時代世話になっていたアズラーノ夫妻も仲むつまじいと聞いているし、ピアキィにとっての夫婦の理想とはそういう仲のよいものなのかもしれない。

 結婚してから突然ピアキィが丸くなったのもそういうことかしら?アルカナは紅茶を飲みながら考えた。うちの使用人よりもピアキィ様のほうが紅茶の淹れ方がうまいわね、関係のない話だけど。


 そもそも、自分とピアキィは、半年も結婚生活を続けてきたのに、お互い夫婦という意識がいまいち薄い、そんな気がする。アルカナにとってピアキィは、夫ではあるけれどそれ以前に憧れの青年であり、向こうも妻であるアルカナにきっと気を許してくれているのだろうが、それが伴侶に対する気安さかと問われれば、どこか違う気がした。友達では決してないし、家族というにはどこか一線を引いていて、恋人ではありえない。言葉では表しがたい不思議な関係だ。同じ部屋に住む他人、そんなあたりが一番近いだろうか。

 ピアキィはアルカナとの関係をいったいどんな風にしたいのだろう、アルカナは知りたいけれど知りたくない心地で、紡ごうとした言葉を紅茶で押し流した。ピアキィが自分との夫婦仲を、リズセムやナシャのようにする気がほんのちょっとでもあればよいのだが。


 会話が途切れたところで、ハノンがアルカナに声をかけた。

「それにしても、アルカナ。あなたいつの間に髪を染めたの?」

「え?」

アルカナは眉をひそめた。「なんのこと?」

隣のピアキィがクッキーを取ろうとしてやめたのを横目に聞き返すと、当惑したようにハノンは首を傾げた。

「気のせいかしら…あなたの髪、ちょっと緑がかっているような、そんな気がして」



 そんな馬鹿な。私は髪なんて染めませんよ。その場では一笑したが、その晩ふと気になってアルカナは自室の鏡を覗き込んだ。言われてみれば、自分の平凡な茶髪に、うっすら緑が混ざっているような気がしなくもない。けれど、元からこんな色だったような木もするし、少し違和感を覚えるものの、アルカナは首をひねるばかりだった。髪の色が変わるなんて、そんなことは成長とともにままあることだし、気にすることでもないだろう。アルカナは納得した。

「それにしても緑なんて、まるでエファインの血族みたいね」

自分で言いつつ噴出した。ありえない。実は遠い先祖がエファインの一族だったりして。冗談にもならないくだらないことを考えながら、アルカナは久々に自分の部屋を眺め回した。懐かしい部屋だ。嫁入りに必要最低限のものしか持っていかなかったから、箪笥の中の地味な衣装も、机の中の小物もそのまま。アルカナは引き出しを開けた。顔合わせのあと、ピアキィからもらった野花の数々が、ポプリや押し花になって入っている。


 そういえば、連日見かけたピアキィのお相手たちはどうしているのだろう。リーゼルの様子を見るに、ピアキィが結婚にともない片っ端から女性を切るなんて殊勝なまねをしているとはとても思えない。そのうち私、後ろから刺されるんじゃないかしら。それこそ冗談ではない。

 花の入った箱と、その下にあった日記帳を取り出すと、アルカナはそれを持って窓際の定位置についた。向かいの宿は、まだ入り口にライトがついていて、夜はことさら繁盛しているらしかった。

 アルカナは机の小さな明かりをつけて、ぱらりと日記帳を開いた。日記をつけるのは苦手だ。続いたところで二日に一行書けばいいほうだし、この日記帳も最後まで使い切らずにあきらめてしまった。最後のほうは、ピアキィの連日のお相手について一言添えるだけになっている。ピアキィに淡い恋心を抱いたあの雨の日から、日記帳を開くのが億劫になってしまったから。不思議なものだ。彼の妻となって、かつての自分の日記を読むなんて。


 なんだか開いてはいけない過去を垣間見てしまった気がして、アルカナが日記帳を閉じたところで、部屋の扉がノックされた。アルカナは呆けた。部屋にやってくる人といえばハノンかトリノくらいのものだが、二人のノックの音とは違う気がしたから。

「はい」

そそくさと箱の蓋を閉めて日記帳をその下へ追いやると、返事もなしに扉が開かれた。ひょっこりと金髪が覗く。夜の中でも彼の髪は輝いているのだから不思議だ。

「ピアキィ様!どうされたのですか、こんな夜分に」

夫婦とはいえ、妻の実家だ。実家帰りしている中で夫婦が共に一夜を過ごすのは、あまりいい顔をされないし、部屋を訪ねるのもまた然りだった。アルカナはぎょっとして立ち上がったが、ピアキィはさして気にするでもなく部屋に乗り込んできた。

「へえ」

ぐるりと部屋を見回して、ピアキィは声を上げた。

「ここがアルカナの部屋か」

「そうですけど…あの、あまり見ないでください」

夫に独身の頃の部屋を見られるなんて恥ずかしい。そういう気持ちを言外に込めてみたのだが、ピアキィはひとつくすりと笑っただけだった。ずんずん窓際のアルカナの元まで歩み寄ると、目を丸くするアルカナに構いもしないで、彼はアルカナを囲うように窓枠に手をかけた。身をかがめて顔を寄せてくる。

「ピアキィ様!?」

熱に浮かされた様子のピアキィにアルカナは混乱した。酔っているのだろうか?日々の様子を見るに、彼は酒好きというわけでもないが弱くはないはずだし、夕食でもほんのたしなむ程度ワインに口を付けるくらいだった。

 しかしアルカナの予想は幸か不幸か外れた。彼は額をこつりとアルカナのそれとあわせると、覗き込むようにアルカナの瞳をじっと見つめた。彼のみかん色の瞳に、アルカナは落ち着かなかった。

「あ、あの?」

ピアキィはそして悠然と微笑んだ。艶やかな笑みだ。どこか満足そうな色さえ感じてアルカナは戸惑った。一体全体、彼は何をしたいのだろう?

「アルカナ」

そしてピアキィはアルカナの名を呼んだ。

「お前という奴は、本当に俺の期待を裏切らないね」

「はい?」アルカナは目を瞬いた。


 ピアキィは、両手でアルカナの頭を抱えて、くしゃりと髪の毛をゆるく握った。そういえば、部屋に入ったときに結っていた髪を下ろしたのだ。夫の前だというのに…アルカナは途端に気恥ずかしくなって視線をさまよわせた。

「私、ピアキィ様になにかしましたか?」

「さあ?」

くすくす笑ってピアキィはアルカナの髪を弄った。

「ハイネント卿に釘を刺されたよ」

「お父様に?」

「俺に娘は差し上げたから、俺がお前をどう扱おうと何も言うわけにはいかないが、できれば幸せにしてやってくれると嬉しいってさ」

「父がそんなことを?」

能天気な父だと思っていたが、たまには父親らしいことも言うではないか。アルカナは眉尻を下げた。娘としては嬉しい言葉だけれど、父もまた肝の据わったことをする。本来なら、世界王の甥だなんて身分違いもいいところ、アルカナがどう扱われようと文句のひとつも言う術などないというのに。


 幸せねえ、アルカナは首を傾げた。自分はピアキィの元に嫁いで、幸せになれるのだろうか。存外穏やかな日々を送っていたから忘れそうになるけれど、ピアキィがアルカナを幸せにしてくれる人間だとは思えなかった。ピアキィのことは好きだが、そう、もちろん恋しているが、それは危険なものに身を焦がしてしまうような、ある意味抜け出せない火遊びにも似ている。どうあがいてもいい結果にはならないくせに、それでも抗いきれずに首を突っ込んでしまうのだ。


 アルカナの心中などお見通しだとでも言うように、ピアキィはくすりと笑うとアルカナの髪に口付けた。彼の麗しいみかん色の瞳が、上目遣いにいたずらっぽくアルカナを射抜く。彼の瞳にはなにか魔術でもかかっているのではなかろうか。アルカナは怯えすら感じながら思った。まるでいとしいものでも見るようにうっとりとアルカナに流し目を送るものだから、勘違いしてしまいそうだ。

「お前は俺のものだよ、アルカナ。この髪の毛一本でさえもね」

甘い甘い蜜を注ぐみたいに、ピアキィはアルカナの耳元でささやいた。恥ずかしすぎてピアキィの言葉などまるで意味を成していなかった。


 やっぱりこの男は危険だ。

 アルカナは目の前の夫に魅せられながら思った。このお綺麗な姿の内側には、どす黒い何かが潜んでいるのだ。彼の両親のことも、不老不死のこともその一端なのだろう。このピアキィ・ケルト・エファインという男は、まだまだアルカナには計り知れないなにかを隠し持っているに違いない。


 くらくらしているアルカナに追い討ちをかけるように、ピアキィはアルカナの口を自分のそれでふさいだ。しかしアルカナがぎくりとして抵抗するより先に、あっと言う間すら与えられずに彼はくちびるを離すと、ちらりと箱の下から覗いている日記帳を見て去っていった。先ほどまでの艶めいた表情などどこへやら、去り際は涼やかな夫を唖然として見送って、アルカナは椅子に崩れ落ちた。

「な、なんなのよお」

アルカナは情けない声を上げて机に突っ伏した。とにかく分かるのは…もともと彼には尋常でないなにかがあるけれど…それを差し引いても、最近の彼はどこかおかしいということだ。

この世界では一年間は365日ですが10ヶ月しかありません(一ヶ月が40日くらい)。ので、アルカナが結婚してから大体半年ぐらい経ってます。

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