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しらゆり  作者: 佐倉アヤキ
その3 こがれるまで
16/19

act.14 朗報となるかは君次第

 アルカナはぐったりとベンチに崩れ落ちた。シェーロラスディが五十代なんて嘘だ。あれから散々連れまわされたアルカナは、小一時間ほど経って、彼を「シェロ」と呼ぶことを条件にようやっと解放された。国主のくせに奔放な人である。きっとアルカナに渾名で呼ばせるために仕組んだのだろう。

 もともと引きこもりで、体力に乏しいアルカナは、ようやくひと心地ついて溜息をもらした。ああ、でもいけない。ここはまだ外なのだから、気を抜くわけにはいかない。シェーロラスディはピアキィを探すと言ってふらふらと消えてしまったし、その間だらけた姿を晒しているわけにもいくまい。アルカナは背筋を伸ばした。

 本来ならば自分がピアキィを探さなければならないのに。悶々としていると、ふと頭上に影が落ちた。真っ赤なハイヒールが目に入る。見上げると、一人の女性が、その豊満な胸を見せ付けるように腕を組み、優雅に、しかしじろじろとアルカナを見据えていた。


 苛烈な人だ。アルカナは一目見ただけでそう思った。

 赤銅色の髪ではあるものの、その瞳は鮮やかな緑で、彼女もまたエファインの血筋であることが伺える。黒いマーメイドラインのドレスは彼女の身体の線を緩やかに強調し、開いた胸元には下品にならないようエメラルドをあしらった細いネックレスがおりている。ショートヘアーには金のリボンが編みこんであり、セクシーさと可愛らしさが相まって、同性のアルカナから見ても妙な色香を感じた。つんと香る柑橘系の香り。香水の趣味も悪くない。

 女性は紅を引いた唇を引き上げた。

「お久しぶりね。こうしてお会いするのは二度目かしら」

彼女の言葉にアルカナは首をかしげた。どこかで会っただろうか。記憶を探っていると、女性は嘲るように吐き捨てた。

「あなたとピアキィ閣下の顔合わせの時にお伺いしたと思うのだけれど」

「え?」

じっと女性を見て、アルカナはようやく合点がいった。

「もしかして、お茶を淹れてくださった」

「ええ、そうよ。覚えていてくださって光栄ね」

アルカナには指摘する度胸などなかったが、ファナティライスト神殿の女官が、仕えるべき立場のアルカナにこうも見下すような目線を投げかけるのは許されるのだろうか。あのミュウでさえ、最初は敬語だったのに。アルカナは立ち上がって、スカートの裾を軽く上げた。

「あ、あの…アルカナです」

「そう、アルカナ・"ハイネント"」

含み笑いを浮かべて女性は言った。どうもアルカナは嫌われているらしい。呼ばれた名前には修正せずに、アルカナは愛想笑いを浮かべた。

「エファイン家の方なのですね。ピアキィ様とは、ご親戚でいらっしゃるのですか?」

「さあ?」

女性はアルカナの代わりにベンチのど真ん中に座ると、あでやかな笑みのまま首をかしげた。

「私はリーゼル。あなたにはお世話になってるから、一度ご挨拶をしておかなきゃって思ってたの」

「お世話、ですか?」

 なんだか嫌な感じだ。女性はアルカナを下から見下している。上目遣いなのに、見下されている。この先を聞きたくはないが、アルカナは眉をひそめたままその場に立ち尽くした。袖の裾を握り締めているのに気づいたのか、リーゼルと名乗った女性は実に愉快そうだった。

「私のためにピアキィ様と結婚してくださったのだもの。お礼のひとつくらいは、ねえ?」

「…どういうこと?」

顔を強張らせるアルカナを見て、リーゼルは満足げだ。アルカナを手招きしてくる。怪訝に思い顔を寄せると、アルカナの耳元でリーゼルがささやいた。

「だって、私とピアキィ様は愛し合っているのですもの」



 いつまでそうして呆けていたのだろう、ベンチに一人座り込んでいたアルカナは、頭上から声をかけられてようやく我に返った。

「アルカナ」

金髪にみかん色の瞳の青年は、いつもどおり涼やかな表情でこちらを見ていた。数拍置いてアルカナは、そういえばシェーロラスディが迎えに行ったのだと思い出した。

「ああ」

アルカナは呆然としたまま立ち上がった。

「シェーロラスディ様は?」

「入り口で待ってる。行こう」

当たり前のように腕を差し出してきたピアキィに、アルカナは途方に暮れた。その腕を取ってもいいものか不安になったのだ。

 じっと腕を見つめたまま動かないアルカナにしびれを切らしたのか、ピアキィは不機嫌に眉を寄せると、ぐいと腰をつかんで、アルカナを引きずるように歩き出した。たたらを踏んで、アルカナは思わずピアキィのコートにしがみついた。彼の肩に耳をぶつけると、ふと爽やかな柑橘類の香りが鼻をかすめた。

「……どちらに、いらしていたんですか?」

「ん?」

チラリと視線を向けられて、アルカナはたちまち意気消沈してうつむいた。

「いえ…」


 ピアキィはまた何を考えているのか分からない表情で、しばらく辺りに視線をさまよわせていたが、ふと意地悪な微笑を浮かべるなり、立ち止まってアルカナの頬に空いた片手を滑らせた。

「なに、さびしかった?」

「そっ、そ、そんなことは!」

真っ赤になって思わず抗議しようとするが、不意に先ほどの胸糞悪い女を思い出し、アルカナはむっとしたままピアキィから視線を逸らすと、頭についた白い花弁を指先で弄った。

「…そうです、寂しいというか、…心細いというか」

ぼそぼそとアルカナは白状した。

「私にとってここは初めて来る場所で、それに私、あんまり良く思われてないみたいだし…ピ、ピアキィ様がいてくれなきゃ、私…」

みなまで言うのも恥ずかしい。尻すぼみになってごにょごにょと声にならない声を上げていると、やがてピアキィがくすくすと笑い出した。するりとアルカナの首に腕を回すと、アルカナのこめかみに額を寄せてくる。嫌になるくらい自然な動きだった。

「"私"、なに?」

「……」

「言ってよ」

「…もうっ、からかわないでください!」

無理矢理彼を引っぺがすが、ピアキィはすっかり上機嫌でアルカナの手を握ると、スタスタ歩き出した。またもアルカナは引きずられる形になったが、先を行くピアキィの金髪と、繋がれた手を何度か見比べて、なんだか笑い出したい気持ちになると、ピアキィに小走りで追いついた。




 正直に言おう。リーゼル・エファインはアルカナにとって、激しく気に食わない女だった。

 アルカナだって誰にでも愛想良く穏やかに、万人を嫌わずにいられる聖女様なんてものではないのだ。ミュウに対して柔らかな物腰でいられたのは、単純に彼女を敵に回せば生活に支障をきたすと思ったからだ。今でこそ彼女とうまくやっているからいいものの、ピアキィの制裁がなければ間違いなくもっと冷え冷えとした関係になっていただろう。

 リーゼルは戸惑うアルカナにこう言った。

「私とピアキィ様はどんなに愛し合っても一緒にはなれないの。私は貴族だけど、エファインの人間からすれば、平民の子であるピアキィ様と一緒になるなんて無理なんですもの。私とピアキィ様に接点があるってことも、お父様には論外ってわけ。とはいえ、ピアキィ様の立場は難しいでしょう?結婚しないわけにはいかなかったんですもの。じゃあ、隠れ蓑を立てるしかないじゃない?」

「…隠れ蓑、というのが私、ですか」

「ええそうよ。あなたはたいした身分でもないし、ピアキィ様の興味にも合いそうにない。だから私が推薦したの。あなたなら、ピアキィ様を取られる心配もないでしょ?」


 アルカナは閉口した。言い返せないというよりも、むしろ不老不死というのはこうまで非常識なのかと感心さえしていた。まじまじとリーゼルを見ていると、彼女はくすくす笑った。せっかくの美女なのに、悪役じみた笑顔が勿体無い。

 しかし、リーゼルがそう思う気持ちを分からないでもない。アルカナは別段なんの取り得もない平凡な女だし、対してピアキィが婚前連れていた女性といえば、いつも目を瞠るような美女ばかりだった。確かにピアキィの好みから、アルカナは大きく外れているだろう。…自分で認めるのは癪な話だが。

 アルカナは腸が煮えくり返る思いでにこりと笑った。

「それはそうでしょうね」

「あら、案外物分りがいいのね」

「ピアキィ様が私のことをどうとも思っていらっしゃらないのは確かですもの」

これをこんな女の目の前で吐露しなければならないなんて屈辱だ。拳を握り締めながら、温和な振りをしてリーゼルを迎え撃つ。リーゼルは悠然と佇んでいた。

「そう。ならいいのよ。隠れ蓑は隠れ蓑らしくおとなしくしていれば。それだけは言っておこうと思って。それじゃあね」

気分が晴れた様子で立ち去ろうとするリーゼルの背中に、アルカナは穏やかに声をかけた。

「リーゼルさん」

「なあに?」

「私とピアキィ様の顔合わせから輿入れまでの間に、ピアキィ様とお会いになられました?」

「…いいえ。だってピアキィ様はお忙しい方ですもの」

「そうですか」

アルカナは笑みを濃くした。少なくとも、この女に一泡吹かせてやることはできそうだ。案の定、アルカナの意味深な台詞に、リーゼルは怪訝そうに振り返った。

「なんだっていうの?」

「いえ…ピアキィ様とそんなに深い仲でいらっしゃるのなら、私がわざわざ申し上げる必要などないのでしょうが…」

リーゼルが苛々している。アルカナは内心でほくそ笑んでやった。

「毎日私の見えるところでピアキィ様が堂々と浮気していらっしゃるのを見ておりましたけど、その割にあなたをお見かけしなかったなと思いまして」

今度はリーゼルが真っ赤になる番だった。憤然と去っていったリーゼルの背中を今度こそ見送って、アルカナはぼんやりと思考にふけった。


 分かってはいたことだが、窓越しの世界と直接対面するのでは、随分と違うものだな。アルカナはまずそう思った。分かっている。ピアキィにはアルカナなどいなくても、いくらでも素敵なお相手は選べるし、そしてきっと彼に恋焦がれる女性など、掃いて捨てるほどいるのだと。

 リーゼルだって、彼女がどう考えているかは知らないが、ピアキィにとっては取るに足らない女性のひとりに過ぎないのだろう。「使い捨て」。そう、そんな感じ。

 アルカナだって同じだ。これまでの生活で、アルカナとピアキィはそれなりに親密になったとは思うが、けれど、それだけだ。アルカナが今ここでピアキィに離縁を申し出たところで、彼はたいした感慨もなくアルカナを手放すのだろう。妻に選ばれたのは、ただ、自分がピアキィにとって都合がよかっただけだ、自惚れるな。アルカナは自身に言い聞かせた。

(だけど)

アルカナはぽつりと考えた。

(私は、そもそも…ピアキィ様に、好きになってもらいたいのかしら)


 今まで考えたこともなかった。ピアキィはまるで雲の上の人だったし、結婚してからも、夢の中でまどろんでいるようで。目まぐるしく日々が過ぎていくばかりで、ピアキィとの関係を、少しでもマシな夫婦になりたいとは思っていたけれど、でも。

(私は、ピアキィ様と、"恋愛"がしたいのかしら)

人は不相応だと笑うかもしれないが。考え出せば止まらなかった。


 あのみかん色の瞳でじっとこちらを見つめてほしい。あの金髪に指を通したい。彼に抱きしめられたい。一緒にどこかへ行ってみたいし、目が覚めたとき隣にいてほしい。他愛もない話をたくさんしたい。…あのくちびるから、私を好きだと言うことばがほしい。

 いつの間にこんなに欲深くなってしまったのだろう。アルカナは口元を押さえた。ほんの淡い憧れだったはずだ。一時期は彼を最低だと思ったはずだ。なのに、どうしてこんなにも、彼に焦がれているのだろう。何があったわけでもないのに。


 アルカナは自分の途方もない願い事に愕然とした。こんな平凡で、貴族らしくもない、ただの小娘が、あのピアキィの唯一になれるわけもないのに。ピアキィに声をかけられるまで、アルカナはそうやって、呆然とその場に佇むしか術がなかった。

やっとまともなライバルが出てきました。

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