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溺愛する婚約者持ちのツヨツヨ令嬢は、邪魔が入っても打ち砕くので、全く問題なく我が道を行くのである

掲載日:2026/03/30

 デートとは、待ちぼうけを食らわせられるのがデフォなのであろうか。


 春とはいえ夜になればそれなりに冷える。

 夜の劇場前に立つメイリーン・オーシャン男爵令嬢は、イラッとしてつぶやいた。

 

「まだ来ないぞ。ユリウスは、どこで迷子になっているのだ?」


 男爵家とはいえ貴族令嬢をひとり待たせるのが非常識なことであることは、メイリーンでも理解できた。


「そもそも、このデートはユリウスの提案だというのに」


 劇場で上演されているのは、王国内で大人気の芝居だ。


 悪役令嬢のざまぁモノと聞いているが、芸術はメイリーンの興味から外れているので詳しいことは分からない。


「『貴族たるもの婚約者の望みを叶えるのは当然だ』とお父さまが言うから、その通りにしたというのに……」

 

 今日のデートは婚約者であるユリウスが言い出したものだ。


 彼が王都で大人気の芝居を見たいというので、オーシャン男爵家の威信にかけて伝手をフル活用してチケットを手に入れた。


 だというのに、肝心のユリウスが来ない。


 王都で一番大きな劇場の階段前で、真っ赤なドレスに身を包んだメイリーンは、とても目立っていた。


 ただでさえメイリーンは女性にしては体が大きく、黒髪黒目で赤い口紅がとても映える色白美人であるため目立つ存在だ。


 目印になることはあっても、見つからないということはない。

 

「これは鉄拳制裁を加えるべきだろうか?」


 メイリーンは物騒なことをつぶやきつつ、鋭い眼光で道行く人々を眺めた。


 日が落ちたとはいえ、まだ早い時間帯ゆえに道には人々が行き交っている。

 

 彼女の視線にビクッと肩を震わせて立ち止まった紳士が、メイリーンの目についた。


「いけ」

「はっ」


 メイリーンは、側付きの影のひとりに命じて紳士を追わせた。

 

 オーシャン男爵家は海賊上がりの貴族だ。


 そのため貴族の末席に加わったものの、王国における役割が少々変わっていた。


 この王国で人々の持つ能力は大まかに3つに分けられている。

 騎士の持つような武力、宰相の持つような知力、そして魔法使いのもつ魔力だ。


 オーシャン男爵家が担っているのは、主に暴力だ。

 優れた腕力、優れた直観力、優れた諜報力を使い、暴力により問題を解決する。

 言うなれば、王国の暗黒部分を担っている一族だ。


 オーシャン男爵家のひとり娘にして跡取り娘であるメイリーンには、それらの力が集約されて受け継がれていた。

 メイリーンの視線に怯える者には後ろめたいことがある。

 彼女のスキルなのか詳細は分かっていないが、彼女の勘は大体当たるため、王家の覚えめでたい能力なのだ。


 王家から側付きの影に対する特別予算が出る程度には、メイリーンは優遇を受けている。

 だからメイリーンの気になる者が見つかったときには、側付きの影による探りが入ことになっていた。


 そんなこんなでメイリーンが後ろ暗そうな人物10人くらいに目星をつけた頃、婚約者であるユリウス・ロドリゲス伯爵令息が、ヘラヘラ笑いながらやってきた。

 

「ごめん、ごめん、お待たせ~」


 金の髪に青い瞳を持つユリウスは、キラキラ輝く王子さまのような見た目をしている。


(今日のユリウスも輝いている。美形。目の保養。好き)

 

「しょうがないな、許す」


 メイリーンは面食いだ。

 そしてユリウスの笑顔に弱い。

 だから度し難い遅刻も、肩パン一発で許してあげることにした。


「うっ」

 

 メイリーンの肩パンを食らったユリウスは、小さくうめき声を上げながらヨロリとよろめいたが踏ん張った。


 何よりも笑顔を崩すことなく立っている。


(合格だ)


 メイリーンは満足げな笑みを浮かべた。


 だが筋は通しておく必要がある。


「どうして遅れた?」

「いやぁ、友人たちが飲みに行こうってうるさくてさ。振り払っても、振り払っても、しつこくて」

「あー……」


 ユリウスの説明に、メイリーンは理解を示した。

 ユリウスは王立学園の騎士科に所属している。

 基本的には魔法属性のほうが優れているユリウスにとって、筋肉だるまのようなクラスメイトたちを振りほどいて脱出することは、容易なことではない。

 

「男の友情は大事だろうって、あいつらうざいんだよね」

「男同士の付き合いというのも大変だな」


 メイリーンはうんうんと頷きながらユリウスをねぎらった。

 そんな彼女を見て、ユリウスは頬をぼっと赤く染める。

 

「あっ、でも。僕にとっては、メイリーンよりも大事なものはないよ」

「ははっ。男の友情を説かれて足止めを食らったら、次からは『メイリーンさまよりも大事か?』と言って逃げてこい。後の始末は影の者にでもつけさせる」

「こっわぁ~。王立学園内は影の者禁止だろ?」

「ふふふ。わたしが直接、駆け付けてやるよ」

「あ、それは怖い」


 ヘラヘラしていたユリウスがスンと真顔になった。


 なんでだ? と疑問に思ったメイリーンを誤魔化すように「まだ次の回なら間に合うだろう? 行こう」とユリウスが彼女の手を握って入り口を目指したので、この場での話し合いは打ち切られた。




 ◇◇◇

 

 翌日。


 王立学園へ登校したメイリーンは、ユリウスの所属している騎士科を目指した。


 メイリーンは魔法科。ユリウスは騎士科だ。


 逆のほうが得意は活かせるのだが、オーシャン男爵家の家訓のひとつに『不得手を減らせ』というものがある。


 メイリーンは特に鍛錬などしなくても腕っぷしが強い。


 遺伝の勝利だ。

 

 キラキラ輝くユリウスのほうが魔法は得意だし、見た目からして魔法科だろうと思うのだが、騎士科で体を鍛えている。


 ある意味おいしい、とメイリーンは思う。


(金髪キラキラ、澄んだ青い目の王子さまキャラが、筋肉マッチョなのは目の保養パワーアップ間違いなしっ。異論は認める。しかし、恋する乙女の心は欲望に忠実っ)


 割と意味不明なことを考えながら魔法科の制服であるマントをなびかせて校舎の中を歩くメイリーンだが、他者からはブチギレる五秒前のように見える。


 だがそれが損なことだとはメイリーンは思っていない。


 生徒で込み合う朝の時間帯だというのに、皆がメイリーンを避けるのでサァァァァァァァと人込みが割れて道ができるのだ。


 便利なことこの上ない。

 

 メイリーンは体幹が強すぎた。

 誰かと肩と肩が触れ合うだけで、相手は吹っ飛んでいってしまうのだ。


 だから込み合うところはメイリーンなりに気を使うのだが、王立学園内であれば相手のほうが避けてくれるので、心配することなく自分のペースで歩くことができる。


 ちなみにメイリーンの歩くスピードは、令嬢の全力疾走、令息でも追いつくのが難しいペースだ。

 

 力強い歩みで、すれ違いざま軽い書類程度なら、風圧で飛ばせる。


 だからどうということもないと、メイリーン自身は思っていた。

 

 上品な貴族の令息や令嬢に少々怯えられる程度であれば、気にする必要もない。


 メイリーンは体だけでなく心の方も強かった。

 

 昨日のことがあったので、騎士科に行ってユリウスのクラスメイトたちに注意しなければならない。

 

 だがメイリーンは、騎士科の連中のことは、あまり好きではなかった。


「メイリーンさまだ」

「オーシャン男爵家が来たぞ」


 メイリーンに気付いた騎士科の連中が、わざとらしく揶揄うようにざわざわと騒ぎ始めた。

 ここにくるとメイリーンはいつも思うことがある。

 

(猿山のサルのようだ)

 

 メイリーンが秀麗な眉根を寄せていると、彼女を見つけたユリウスが嬉しそうな顔をして駆け寄ってきた。

 

「あっ、メイリーン。おはようっ」

「おはよう、ユリウス」


 メイリーンは思わず笑顔になる。

 

(今朝も麗しい。朝一番のフレッシュなキラキラユリウス。これはこれで貴重。騎士科まで来てよかった~)

 

 そんなメイリーンの姿を見て、クラスメイトたちは、更にざわめき始めた。


「見ろよ、メイリーンさまだ」


 騎士科の令息たちは、わざとらしくメイリーンの名前に『さま』を付けて、揶揄うような不快な目で彼女を見ていた。

 

 騎士科には令嬢もいる。

 数少ない令嬢たちは、メイリーンの姿を見ては頬を赤く染めていた。


 美しく華やかでありながらキリッと凛々しい容姿をしているメイリーンは、令嬢たちの憧れの的である。

 当人は意識していないので、なんか見られてるなー、でも令嬢になら腕力で勝てるからなー、くらいの感想しかない。


 問題は令息たちである。

 

「見ろよ、ユリウスのヤツ」

「ああ、まるで犬だな」

「でもさー、メイリーンさまは男爵家だろう? なんで伯爵家のユリウスがペコペコしてるんだよ」


(それは愛の力だ)


 メイリーンは心の中で突っ込んだ。


 しかしクラスメイトたちの意見は違う。


「相手はオーシャン男爵家だぞ? いくらユリウスの家が伯爵家だといっても、海賊には敵わないよ」

「あーそうだ海賊……」

「しかもメイリーンさまは、跡取り娘だろ? ユリウスは婿になる身だ」

「あーユリウスは次男だから、売られるんだ」


(そんなわけあるかっ。ユリウスを買ったりなどしないっ。夫として大事にもするが、しっかり稼いでももらうんだっ。ちゃんと尊重するっ)


 メイリーンは目力で否定するも、そんなものが伝わるはずもなく。


「そうだ。ユリウスは売られる。オーシャン男爵家には奴隷商もしていたという疑惑があるからな」


 彼らの中では、ユリウスが売られることは決定事項になっていた。


 貴族の令息や令嬢しかいない王立学園では、男爵位であるオーシャン男爵家は力があるとはいえ、家格でいえば最下位。

 好き勝手なことを言われるのが常だ。


(慣れてはいるが、これでは埒が明かない)

 

 メイリーンは大きく息を吸い込むと、騎士科の連中に向かって口を開いた。


「騎士科の者たちに告ぐ。我が婚約者、ユリウス・ロドリゲス伯爵令息に『男の友情』を持ち出して、婚約者同士の健全な交友を邪魔することを禁ずるっ!」


 一瞬シーンとなった魔法科の生徒たちは、次の瞬間、爆笑した。


「メイリーンさま、厳しいぃぃぃ~」

「ユリウス、お前の婚約者さまって厳しいねぇ~」

「束縛系?」

「え~。拷問も請け負うオーシャン男爵家の令嬢が束縛系とか、やばぁ~い」


 クラスメイトのひとりがゲラゲラ笑いながら、ユリウスの肩をバンバン叩いた。


 遠くから声だけで絡んでくるヤツは、もっと辛辣だ。

 

「ユリウスぅ~、いいのかよぉ~。お前さぁ~、女に束縛されるとか。情けな~い」

「束縛してっと、コイツに捨てられちゃうよ、メイリーンちゃん」


 揶揄う声が騎士科にこだまする。


 メイリーンは、陰に隠れて殺気立つ影の者たちを右手で軽く制する。

 王立学園の中では、影の者は活動してはならない。

 しかしメイリーンには、いざという時の護衛として、特別に影の者がつけられていた。

 だからといって、今この場面では命の危機はないのだ。

 影の者に手を出させるわけにはいかない。

 

(腹は立つが、ここにいるのは自国の貴族令息と令嬢だ。手を出すのは、賢明ではない)

 

 とはいえ心の中は穏やかとは言えず、メイリーンは奥歯をギリッと噛みしめる。

 

 騎士科にいるユリウスの友人たちは、ニヤニヤしながらメイリーンを見ていた。


 いつものことだ。


 メイリーンは、この状況になれていた。


 騎士科の連中は、王家の覚えめでたく、腕っぷしも強く、底知れぬ能力を()()()()()()()メイリーンが気に喰わないのだ。


 女で強い、しかも婚約者(ユリウス)もいる。


 肝っ玉の小さい男たちにとって、メイリーンは標的だ。

 

(この中から将来、役立つ人材が見つけられるのか? はしゃいでいられるのも今のうちだけだぞ。わたしは選ぶ立場の人間だ)


 メイリーンは騎士科の一同をジロリと睨んだ。


 ユリウスの友人だからと笑顔で流してやるほど、メイリーンは甘くない。


(現実は過酷だ。いざとなればユリウスだって切り捨てねばならない。お父さまからそう躾けられた。それがオーシャン男爵家)


 この甘すぎる同級生たちが、あと数年の学習で使い物になるのか?


 メイリーンには大いに疑問であったし、ひいては王国にとって重要な懸念だ。


 だがいまはそんなこと関係ない。

 

 メイリーンはユリウスの友人たちにくぎを刺す。


「婚約者すらいないお前たちにとっては不満だろうが、ユリウスにとっては、わたしとの健全な交流も大事なことだ。今後は邪魔をするな」


 だが黙って従うような者は騎士科にはいない。


「はははっ。オレたちは配属次第で寿命が決まる騎士だからなっ!」

「婚約者なんてものは重荷にしかならねぇーのよ」

「戦場では背中を預ける者同士だからな」

「ああ、そうだ。だから『男同士の友情』を大事にしてんだぜ」

「女にはわからねぇーか」


 騎士科の男たちは笑い声をたてた。


「はははっ。悔しかったら、メイリーンさま。アンタも同性のご友人たちと遊びに行けばいい」

「そうだ、そうだ。同性の友人と遊びに行けよ。そうすりゃ分かるさ。メイリーンさま」


 令息たちに揶揄するように言われて、メイリーンは顔をしかめた。


(痛いところを突かれた)


 メイリーンに友人はいない。


 彼女にいるのは部下か上司。上か下かの関係だ。


 婚約者であるユリウスとは肩を並べる存在であるが、そのような存在は稀有だ。


 ユリウスが困ったような顔をしている。


(わたしに同年代の女性の友人がいないことを、ユリウスは知っているから……)


 必要だと思ったこともないし、必要に迫られたこともない。


 だがこの場でメイリーンは、同年代同性の親友の必要性を感じた。

 

 珍しく怯んだ様子を見せたメイリーンに、騎士科の男たちは笑い声をたてた。


「令嬢にだって友人は大事だぜ?」

「友人のいない令嬢が、どうやって貴族夫人の役目を果たす気だよ」


 せせら笑う騎士科の男たちの声を聞きながら、メイリーンは魔法科へ戻るために踵を返した。


 少しの間ひとりになりたい。


 メイリーンは影の者たちへ合図を送り、ひとり旧校舎の廊下を歩いた。


 ◇◇◇

 

 校内は基本的には安全だ。


 王立学園内はメイリーンがひとりになれる貴重な場所である。


 命を狙われることも、嫌われることも怖くはない。


 ただユリウスとの将来への不安を言われると、ちょっと弱い。


(わたしは婿取りだから、嫁に行く令嬢とは状況が違うけれど。ユリウスとはよい関係を築きたいし、愛されたい。無理して友人が欲しいとは思わない。だが貴族夫人としては、それではダメなのだ……)

 

 スタスタと歩くメイリーンは、令嬢における全力疾走の速度で移動していく。


 令息であっても、追いつくのが難しい速度だ。

 

 体幹もしっかりしていて運動神経もよく、警戒心も観察眼にも優れている自負のあるメイリーンは、安全の確保された校内では無敵だ。


 だが今の彼女には、少々の心の迷いがあった。


 そのせいであろうか。


 長い階段で足を滑らせ、踊り場めがけて落下した。


(なぜだ⁉ 受け身がとれない⁉)


 メイリーンは態勢を整えなおす間もなく落ちていく。


「危ないっ!」


 女性の鋭い声が響いた。


(あれ? 痛くない)


 メイリーンは冷たい床に叩きつけられることを覚悟していたが、その衝撃は訪れなかった。

 

(なんだこれ……魔法?)


 気付けばメイリーンはふわふわした風船のような物の中にいた。


(透明だけど、確実に何かここにある。わたしは魔法科だけど、こんな魔法は見たことがない。相当の高等魔術だ)

 

 彼女を包んでいた風船のような物は、ふわんふわんと床の上へと下りるとパチンと軽い音を立てて弾けた。


「へへ。危ないところでしたね」


 聞きなれない声が響いた。

 メイリーンは声の主を辿るように顔を上げた。

 そこには、緑色の長い髪に緑色の瞳の女性が立っていた。

 目元には大きな丸眼鏡。

 わざとらしいほど三角に尖ったツバの広い帽子。

 そしてマント。


「魔法使い……」

「正解。私はジョイ。 クライ公爵の娘よ。マントの色から察するに、あなたは王立学園生……魔法科ね。私は先輩にあたるわ」


 メイリーンは床にペタンと座ったまま、ジョイを見上げた。


(公爵家のご令嬢。美しく整った顔をしているけど、笑い方で愛嬌のあるファニーフェイスが出来上がる。……あぁ。クライ公爵家には残念な令嬢がいるという噂は聞いていた毛戸、この方か)


「ふふ。春とはいえ、まだまだ床は冷えるわ。はい、お嬢さん。お手をどうぞ」

 

 メイリーンはジョイが差し出した手をとって立ち上がった。

 そしてその手をそっと離すと、メイリーンは右腕を胸のあたりにおいて軽く頭を下げた。


「ありがとうございます。わたしはメイリーンと申します」

「ああ。あの有名なオーシャン男爵家の?」


 メイリーンは苦笑を浮かべた。


「有名かどうかは分かりませんが、オーシャン男爵家のメイリーンです。ところでジョイさまは、なぜここに?」

「ふふ。私ね、。魔法研究をしているの。この旧校舎は人が滅多に近付いてこないでしょ? だから実験にはココを使っているのよ。あなたが引っ掛かったのも、私がかけておいたトラップよ」

「あ、それで……」


 ジョイの説明にメイリーンは納得した。


(魔法は得意じゃないけれど魔法科で学ぶうちに検知と回避の腕は上がった。そもそもトラップに引っかかっても、それなりに対応できるわたしがなす術もなく転がされるところだったのだから、ジョイさまの腕前はかなりのもの)


 ジョイはニマニマと笑いながら、メイリーンを上から下まで舐めるように眺めた。

 そんな風に見られることには慣れているメイリーンは、特に何も感じなかった。


(公爵家のご令嬢だから自由なんだな)


 感想はその程度だ。

 ジョイは満足そうに笑うと、改めて口を開いた。

 

「ふふ。そうなんだ。婚約者は、ロドリゲス伯爵家のユリウスさまでしょ?」

「はい、そうです。と

「……ねえ、メイリーンさま。私たち、友達にならない?」


 ジョイはメイリーンを見上げながら手を差し出し、ニンマリと笑った。


(公爵家のご令嬢なら、友人になって損はないはず)


「はい、喜んで」


 メイリーンは疑うことなく差し出された手を握り返し、ジョイの友人になることを了解した。


 ◇◇◇ 

 

 友人などいたためしのないメイリーンは、何をするのか分からないまま、押しかけ友人と化したジョイと共に出かけることになった。


(トラウザーズで来ようと思ったら、お父さまに『正気か⁉』って言われちゃった。ユリウスとのデートならドレスでいいけど、令嬢同士のお出かけなら片方がトラウザーズでも問題ないのでは?)


 メイリーンは、そんな風に考えたのだが、世間とはそういうものではないらしい。


(わたしがトラウザーズで来て、ジョイさまがドレス姿の場合、第三者からはデートに見えるから迷惑がかかるとお母さまに言われてしまった。私は本当に気が回らなくてダメだな。女性の友人がいないと貴族夫人として困るというのは本当のことだった)


 だが友人のいない貴族令嬢からは卒業だ。

 メイリーンが待ち合わせの場所に向かうと、ジョイはひとりで現れた。

 ドレスというよりもラフなワンピースの上にマントを羽織っている。

 足元はブーツだ。

 お出かけ用なのか、身長よりも少し短いくらいの立派な魔法の杖を持っている。

 

(お付きの者はナシ、か。ジョイは防御の魔法でしっかり守られているから、護衛の必要がないということだな。ドレスやメイクのお直しも必要ないから侍女もつれていない)

 

 2人は挨拶を終えると、どこへ遊びに行こうかという話になった。

 ジョイはメイリーンに比べると、だいぶ小柄だ。

 メイリーンは見下ろすようにしながらジョイに話しかける。

 

「ジョイさま」

「あら、私のことは『ジョイ』と呼び捨てで呼んで。私もあなたのことを『メイリーン』と呼びたいから」

「あ……では『ジョイ』」

「ふふ。なぁに? メイリーン」


 2人は顔を見合わせ、名前を呼び合っただけで笑いだした。

 

「そろそろ出かけましょうか」

「はい。じゃ出発」


 メイリーンとジョイは、2人並んで露店を眺めたり、魔道具の店に入ってみたり、魔法薬の店頭を覗いたりして楽しい時間を過ごした。


 ジョイが両腕を勢いよく天へと伸ばしながら口を開いた。

 

「あー、久しぶりに歩いたらお腹空いちゃった」

「でしたらこの辺で、お茶にしましょうか?」


 メイリーンの提案に、ジョイはうなずいた。

 

「そうねぇ。この辺りに可愛いお店があったはず……あ、あった。あそこにしましょう」

「はい」


 ジョイの指さす先には、素朴だが品がよくて可愛らしいお店があった。


「あそこのお菓子はね、どれもバターをたっぷり使っていて美味しいのよ」

「そうなのですね。でもわたしは、甘すぎる物は苦手なのですが」


 女子はスイーツ好きというイメージがあるが、メイリーンはべっちゃりと甘い物は苦手だ。

 

「ふふふ。大丈夫よ。ここのはそんなに極端に甘くないし、フルーツをたっぷり使ったあっさり食べられちゃうお菓子も沢山あるのよ」

「フルーツ? それはいいですね。フルーツの美味しいお店は正義ですよ」

 

 メイリーンはフルーツが好物だ。


「まぁ、いい情報が手に入ったわ。ふふ。フルーツ好きなら期待して。ここは果物農園の直営でもあるから、フルーツが他所(よそ)とは一味違うわよ」

「あ、それは楽しみです」


 店内は贅沢ではないが可愛らしく、掃除も行き届いていた。

 童話の中にいるような店内には、子どもの姿もちらほら見える。


(子どもがお行儀よく待っている。これは期待できそうだ)


 メイリーンのこの予感は、注文した品物がテーブルの上に並べられる頃には確信へと変わった。

 

 アフタヌーンティースタンドの上には、綺麗に並べられた小ぶりのケーキにクッキー、サンドイッチにキッシュ、そしてスコーンが輝いていた。

 大きな皿の上には、たっぷりの量のフルーツが、所狭しと赤青黄色と彩りもにぎやかに並べられている。

 フルーツ好きには、たまらない一皿となっていた。


「フルーツはもちろん、この紅茶も美味しいですね」

「茶葉がいいのはもちろん、人気のお店だから回転も早いし、淹れ方も上手よね。ベテラン王宮メイド並みの腕だわ」


 メイリーンとジョイは、2人で楽しくアフタヌーンティーを楽しんだ。

 

 楽しいひと時を過ごして店外に出たメイリーンは、いつの間にか影の者がついてきていないことに気付いた。


(おや? なんだか変だな?)


 メイリーンがそんなことを思った瞬間。

 

 「……メイリーンッ!」


 遠くからユリウスの叫び声が聞こえた。


「あれ? ユリウス? 今日は女子会だから来ないでって言っておいたのに……」


 呑気につぶやくメイリーンは、すっかり油断していた。

 初めての友人とのお出かけに浮かれていたのだ。

 だからジョイがスッと自分の右側に距離を詰めて滑り込んだことに気付かなかった。

 

「隙アリッ!」


 メイリーンはジョイの叫びと共に空間移動の転移魔法陣が展開された。


「しまった!」


 メイリーンが声を上げたときには既に遅かった。

 

「メイリーンッ!!!」


 ユリウスの悲鳴のような叫び声を残して、メイリーンとジョイの姿は掻き消えたのだった。



 ◇◇◇

 

 メイリーンは、転移魔法陣で運ばれたことにより一瞬気を失っていた。

 だがジョイの上げた勝利宣言のような声で、目を覚ました。

 

「ふははっ。上手くいったわ!」


 その声は不思議な感じでこだましていく。

 魔法科のメイリーンには覚えのある場所だ。

 

(ここは普通の場所じゃない。異空間だ)


 その異空間で、ジョイは空を飛んでいた。

 

「オーシャン男爵家の娘が、こんなに簡単に手に入るなんて! なんて私はラッキーなのでしょう」


 緑色の髪とマントをなびかせて、ジョイはゆらゆらと七色に揺れる異空間を楽しそうに飛んでいる。

 

(それにしてもジョイは何を言っているんだろう)


 メイリーンにはジョイの意図が分からなかった。


「オーシャン男爵家は海賊上がりの貴族。しかも丈夫なことで知られているわ。そのひとり娘であるメイリーンには、オーシャン男爵家の秘密が詰まっている。彼女を人体実験にかけて研究すれば、きっと多くの発見があることでしょう。はっはっはっ」


 ジョイは高らかに笑った。


(人体実験? わたしに限らず、王国内では禁止されていることじゃないか。そんな危ないことをクライ公爵家の令嬢であるジョイがやる必要なんてないのに)


 メイリーンの疑問に答えるように、ジョイはウットリしながら説明する。

 

「魔法研究オタクとして結果を出せば、現クライ公爵であるお父さまも、魔女に産ませた13番目の娘である緑の髪に緑の瞳を持つ私のことを思い出すことでしょう!」


(13番目の娘? え? クライ公爵家って何人兄妹なんだ?)


 メイリーンは驚いた。

 多分、驚くところがズレている、と思いながら。


「はははっ。それにあなたが私の実験体になれば、ユリウスさまの婚約者の座は空くわ。その空いた席に座るのは、私よ!」

「なんですって!!!」


 メイリーンは体をがばりと起こした。


「えっ⁉」


 メイリーンの体は空に浮いていた。


「わっ。上手く立てないっ」

 

 魔法が得意ではない彼女の体はグラグラと揺れた。


「ふふふっ。いくら化け物じみたオーシャン男爵家の娘でも、私の作った異空間では赤子も同じ。可愛らしいこと」

「なんでこんなことをっ!」

「全部説明したじゃない。馬鹿なの?」


 ジョイは蔑むような視線をメイリーンへ投げた。

 

「あなたは、この空間から出られない」

「なっ⁉」


 どこからかシュルシュルと伸びてくる触手がメイリーンの体を拘束していく。


「あなたはココで自由に動くことも出来ないまま、私の実験台になるのよ」

「わたしは、大人しくやられたままでいるような人間ではないっ!」

「はははっ。そうは言っても手も足も出ないじゃない」

「くっ……」


(確かに手も足も動かないっ。わたしは拳で物事を動かしていくタイプだ。この魔法で出来た触手をどうすれば……)


「あなたを私の実験で、壊してあげる」

「壊す、だと?」

「ええ、そうよ。メイリーン。あなたを壊すのよ。ユリウスさまへの想いも忘れてしまうほどにね」


(ユリウスへの想いを? 忘れる? このわたしが?)


「そんなことはさせないっ」

「ふふふ。どうやって止めるつもり? あなたは動けもしないじゃない」


(確かにそうだが……)

  

 ジョイに煽られて、メイリーンは試しに右手へ集中して力を込めてみた。


(ん? 動くな?)


 魔法は魔法陣の正確や魔力だけでは強さは決まらない。

 術をかけている時の集中力も関係している。


(ただでさえ空間魔法は魔力消費も激しいし、集中力も必要だ。前もって作っておける魔法陣は厄介だが、集中力が分散していて足りなければ、ワンチャン……)


 メイリーンは全力で右手を振ってみた。


 ぶちぶちぶちぶち~。


 大きな音を立てて触手が千切れていく。


「あ、いけた」

「なんでっ⁉」


 メイリーンは、けた違いの力で触手を引きちぎっていった。


「割と弱い……」

「あ、それ言っちゃダメなヤツッ!」

 

 ジョイは慌てたが、メイリーンは止まらない。

 最初は右腕。次は左腕。

 右足に左足。最後にウエスト辺りへ絡まっていた触手を両手で引き千切った。

 

「わたしがか弱い乙女でも、ユリウスが好きだという気持ちくらい自分で守るっ!」

「あんたのどこがか弱い乙女なのよっ!」


 ジョイが大声で叫ぶ。


 だが今はジョイに構っている暇はない。


 メイリーンは体が自由になると、空間をキョロキョロと見まわした。


(どこかに……あった!)


 メイリーンは目的のものを見つけると、不器用な動きながらそちらへと近寄って行った。


「あっ⁉ ダメッ! それはダメ!」


 ジョイはメイリーンの狙いに気付いたように慌てたが遅かった。


「あった」


  メイリーンは目的のモノを見つけると、全身の力を右の拳に込めて、そこに振り下ろした。


「ダメェェェェェェェ! 魔法陣を破壊しないでぇぇぇぇぇぇぇ!」


 ジョイが叫んだところで止まらない。


「はぁぁぁぁっ!」

 

 メイリーンは気合を込めて、魔法陣を殴る。


 物理。物理こそ全て。物理は全てを凌駕する。


 魔法が得意でないメイリーンは、己の拳を信じた。


(あっ! 亀裂が入った!)


 異空間の壁にわずかな亀裂が入った。


「やぁーめぇーろぉー! メイリーン!!!」


 地の底から湧く悪魔の声のようにジョイの声が響いた。

 だがメイリーンは拳を止めない。

 

「クッ。新しい魔法を放つには魔力が足りないっ」


 ジョイはなす術もなく、メイリーンを睨んだ。

 しかし鬼神のごときメイリーンの一瞥を浴びて、ビビッて後ずさる。


(もう少しっ!)


 メイリーンはココと決めた一点へと集中的に拳を打ち込む。


「ああっ!」


 ジョイの悲鳴と合わせるかのように、メリッと音を立てて亀裂が広がった。


「メイリーンっ!」


 そこにユリウスが、僅かな隙間へ体をねじ込むようにしながら飛び込んできた。


「なんでっ⁉」


 ジョイが驚愕する前で、メイリーンはユリウスと互いの手を握りしめ合った。

 

「来てくれたんだな、ユリウス」

「当り前じゃないかっ! 魔法の痕跡を追ってきた!」

 

 嬉しそうなメイリーンに、ユリウスは笑みを向けた。


(キラキラにユリウスが輝いて見える。あぁ、好き)


 メイリーンはギュッとユリウスにしがみついた。

 

「メイリーン、大丈夫かい?」

「ああ。わたしは無事だ」


 ひしと抱き合う2人を見ながらジョイは唸るような怒声を上げた。

 

「なーぜーだーぁぁぁぁぁぁ!」

「おいこら、大人しくしろっ」

 

 暴れるジョイを、ユリウスの後から飛び込んできた影の者が拘束する。


 ユリウスは面倒そうに視線でジョイを示して聞く。

 

「彼女をそのまま渡していいのか?」

「ああ。ジョイは公爵家の令嬢だ。処分については王家にお伺いを立てないとな」


 ユリウスはチッと舌打ちをした。

 

 (ユリウスも舌打ちなんてするんだ……ワイルドでちょっと素敵)


 メイリーンは自分が危ない目に遭ったにもかかわらず、いつもとは違う婚約者の一面を見て、呑気に胸を高鳴らせた。



 ◇◇◇


 ジョイは有能な魔法使いだ。

 そのため従属魔法でメイリーンの支配下に置かれることとなった。


 ユリウスは心配げな様子でメイリーンに聞いた。

 

「危なくないのか?」

「大丈夫……だと思うが、自信はない」


 メイリーンは正直な気持ちを伝えた。

 ジョイは上級の魔法使いだ。

 王国魔法師同席の上での契約だったといっても、メイリーンが術者では不安が残る。


「不安なら、僕も契約魔法を使っておこうか? 二重掛けになるから脆弱性は増すけど、いざという時には、僕のほうが魔法は得意だ」

「ん~。でも物理ならわたしのほうが強いし……ジョイにそこまでの危険性は……」


 メイリーンとユリウスが話していると、2人の姿を見つけたジョイが駆け寄ってきた。


「メイリーン! 私も混ぜてよぉ~。私はあなたの従属でしょ~?」


 従属の意味とは?


 メイリーンが頭を抱える程度には、ジョイはノリノリで従属魔法をかけられた。

 

「うーん、ご主人さまぁ~。えーい、スリスリしちゃえ」


 ジョイはメイリーンの左側へぶら下がるようにしてスリスリと頬を擦り付け始めた。


「やめてください、ジョイ」

「いやです、メイリーン。従属させたのだから、私の面倒をみるのが正しい在り方ですよ。うぅ~ん。ご主人さまぁ~」


 面倒なモードに入ったジョイは、ちっとやそっとのことでは諦めない。

 

「なんだそれは?」

「ああ。従属魔法の副作用なのか、もともと甘えん坊さんなのか、ジョイは時々……というか、わたしの顔をみるたびにこうなる」

「えー、止められないの?」


 ユリウスが驚いて引き気味になり、嫌そうな顔をして眺めてくるのを、メイリーンは複雑な表情で見返した。

 

「ジョイが飽きるまではな。……って羨ましそうな顔をするな、ユリウス」

「だってぇ~」


 ユリウスはジョイを羨ましそうに指をくわえて見ていた。


「これは僕にとって、婚約を解消されかねない、危機的状況なのではなかろうか?」

「なぜっ⁉」


 メイリーンが驚いて問うと、ユリウスは肩をすくめた。


「メイリーンは鈍いからなぁ。やはり僕は剣の腕を磨くよ」

「なぜ? ユリウスは魔法のほうが得意なのだから、そっちの腕を磨いたほうがよいのでは?」

「いや、メイリーンの側にいるためには、魔法よりも剣の腕のほうが必要だ」


 ユリウスはひとりでウンウンとうなずいている。

 言葉の意味は分かるが、真意はよくわからない。

 ジョイの頭を撫でながら、ただなんとなーく複雑な気持ちになるメイリーンであった。

 

 卒業後。

 魔法科を出たユリウスのクラスメイトたちは、メイリーンの下につき、バッシバシ鍛えられることとなる。


 オーシャン男爵家は海賊上がりの貴族だ。


 その意味を彼らは勘違いしていた。


 海賊である初代オーシャン男爵が奪ったのは、年若い王女さまの心だ。


 王家と繋がりのあるオーシャン男爵家が担うのは荒事であり、特殊な能力は海賊上がりの祖先と、王家の血の両方から受け継いでいる。


 オーシャン男爵家、なかでもメイリーンの眼力によって選ばれ、進路が決められていく現実を目の当たりにしたユリウスのクラスメイトたちは、深い絶望と後悔に襲われるのだった。

 

 一方、メイリーンとユリウスは、順調に交際と出世を続けてめでたく結婚に辿り着く。


「僕の奥さん」

「なんだ。わたしの夫よ」


 2人が仲良く見つめ合っていると、ジョイが割り込む。


「私も可愛がってくださいよ、ご主人さまぁ~」


 メイリーンについている20名ほどの影の者も、生暖かい視線をメイリーンとユリウスに向けている。

 影の者の中には、ユリウスの元クラスメイトもいる。

 

 幸せな家庭の周囲は慌ただしかったが、それでもメイリーンは満足していた。



  ~ HappyEnd ~

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