儲かる投資ができるようになったので、もう経済的援助はいらないからと婚約破棄されました。元婚約者のことは知ったことではないですが、その投資には関心があります
「オリヴィア・アリンガムッ! 俺は貴様との婚約を破棄して、このエルシィ・フラウドと婚約するっ!」
カタカタカタカタ
我が婚約者ニール・ハリスンはあらん限りの声を張り上げたが、この部屋にいる人間全員にスルーされた。
ここは恋愛物語に出てくる貴族学校の卒業パーティー会場ではない。帝国新魔法術式開発局なのだ。それなりに優秀な人間が集まって、新魔法技術を開発するという大人の仕事場である。
「かっこよさそうで女の子にモテそう」という理由でコネを使って無理やり入局してきたおおよそ仕事というものをしない「元」婚約者殿にかまっている暇はないのだ。
私オリヴィア・アリンガムも例外ではない。今担当している案件の納期まで余裕があるとは言い難い状況なのだ。目の前の魔法ディスプレイ上の魔法術式を一刻も早く完成させなければならない。
部屋内部全員スルーという現実に少しよろめいた「元」婚約者殿だったが、気を取り直し(取り直さなくてもいいのに)、つかつかと私のところに歩み寄ってきた。
そして、どんと私の机を叩く。
「おいオリヴィア。この俺が婚約破棄すると言っているんだ。何とか言ったらどうだ?」
私は魔法ディスプレイから目を離さないまま答えた。
「承知しました。今までお世話になりました」
「『今までお世話になりました』じゃねえだろうがっ! ふんっ! まあいい。どうせ鳥の巣頭でっかちの貴様のことだ。本当に婚約破棄したら、俺の実家は貴様の実家から経済的援助が受けられなくなる。ハッタリだと思っているだろうが」
(いえ、こちらもハッタリではなく、本当の婚約破棄の方がありがたいのですが)
私はそう思いながらも、口には出さず、魔法ディスプレイから目を離さず、魔法術式入力を続ける。
「本当は貴様のような鳥の巣頭の不細工に見せてやる義理もないんだが、特別に見せてやる。ありがたく思えっ!」
そう言うと「元」婚約者殿は私の目の前に一枚の紙を突き出した。ちょっとやめて。魔法ディスプレイが見えないじゃないって。ん?
「ミッドバードアイランド開発事業投資 莫大なミスリル鉱が眠る絶海の孤島への開発投資 元本保証 年利100%保証 推薦人 バイブリー大学 コーエン教授 キャッスルクーム工科大学 ハンター教授 コロベリー大学ケジック校 パーシヴァル教授」
(…… こいつあ)
「どうだっ!」
ドヤ顔の「元」婚約者殿。
「これはな俺の新しい婚約者、貴様と違って可愛らしいエルシィの実家でやっている事業だ。だからなもう、貴様の実家の経済的援助などいらんのだ」
(はあ)
ため息が出てきそうだが、これは逆にいい機会だ。
「ニール様。なかなか興味深そうな投資案件です。婚約破棄は受けますし、慰謝料の請求もしませんので、このパンフレット、私にも、もらえませんか?」
「おっと」
満面の笑みで私の前からパンフレットを引き上げる「元」婚約者殿。
「誰が貴様のような鳥の巣頭の不細工で、インテリぶった可愛げのない女にこれ以上見せるかい。エルシィ。行くぞ。大儲けの前祝いに飲みに行こう」
「元」婚約者殿がエルシィ嬢と腕を組んで、退出した後、私は大きなため息をついた後、臨席にいる同僚にして、親友のアンナに声をかけた。
「アンナ。ごめん。別の仕事ができちゃった」
アンナは苦笑する。
「これは仕方ないね。私もどこまでできるか分からないけど、オリヴィアの仕事もフォローするようにするよ」
「ありがとう。恩に着るよ」
◇◇◇
別室で一人になった私の鳥の巣頭から一羽の魔法鳥が顔を出した。
「チ」
「スパロー。さっきのパンフレット。魔法ディスプレイに映し出してくれる?」
「チ」
スパローが映し出した画面を見て、私はまた大きなため息をついた。ツッコミどころは満載だ。
①ミッドバードアイランドは一部の民間事業者が発見したと言っているだけで、公的機関は実在を確認していない
②年利100%保証の元本保証なんてありえない
③推薦人の三人の教授は医学・生物学・歴史学の専門家で、鉱物・経営の専門家ではない。おまけに全員が故人
「スパロー」
「チ」
「探りを入れてくれる? あ、ニール様は放っといていいよ。調べるのはエルシィ嬢だけでいい」
「チ」
私のもう一つの仕事。それは帝国特別治安安全部の外部部員。この事実を知っているのは帝国新魔法術式開発局長と親友のアンナの二人だけだ。
それにしてもニール様。なんでこんなんなっちゃったんだろう。小さい頃はやんちゃで元気で憎めないって言われていて。
やっぱ「勉強なんかする奴は陰キャだ」とか「真面目な奴は駄目だ。遊ぶことが大事」とかばっかり言ってきたからなあ。
婚約者と言っても、ある時期から他の女の子と遊んでばかりで、魔法専門学校での勉強が面白くなった私とは全然会わなかったし、形骸化した婚約だったし。
だから、婚約破棄されても全然困らないどころか、むしろ渡りに船。
とか言っている場合じゃないね。私は私で魔法ネットを駆使して、情報収集しないと。
◇◇◇
結論から言うと、エルシィは詐欺グループの幹部。いわゆる仕事師。
男爵令嬢にして、商会の娘と称しているようだけど、もちろんインチキ。恐らく両親としてニール様に会っているのも詐欺グループのメンバー。
私は自分とスパローが集めてきた情報を秘密魔法通信で帝国特別治安安全部に送ると久々に家に帰ることにした。帝国新魔法術式開発局の方の仕事はアンナが仕上げてくれたのだ。詐欺グループ告発の報酬が入ったら、ごちそうしないとね。
家で寝られるの何日ぶりだろう。私の軽かった足取りは不意に止められた。暗がりから手を伸ばしてきた男たちに口をふさがれ、羽交い絞めにされたのだ。くっ、油断した。
「全く余計なことをしてくれたもんだね」
奥から現れたのはエルシィだった。
「おとなしく婚約破棄されて、帝国新魔法術式開発局の仕事だけやってりゃ長生きできたのに」
「悪いね。詐欺グループの調査も仕事のうちなんだ」
「そうか。そういうことなら遠慮なしに人質にさせてもらうよ。だがここまでのことをしてくれたんだ。両目玉を潰すのとアキレス腱を切らせてもらうよ。もちろん逃げられないようにだ」
それはやだなあと思っていたら、私を羽交い絞めにしていた男が倒れた。
「待たせたね。お姫様。白馬の王子の到着だよ」
「遅刻! こうなる前に詐欺グループをパクれ」
颯爽と現れてくれたのは私の帝国特別治安安全部の方の上司イヴァン。それに何人かの仲間たち。
「その女が本命だ。絶対捕まえろっ!」
「おうっ!」
「ふん。捕まってたまるかよ」
エルシィの逃げ足は早かった。他の詐欺グループのメンバーは全員捕まったが、エルシィだけは取り逃がした。
「逃げられたか」
イヴァンは渋い顔。
「この下っ端どもじゃ大したこと知らねえだろうな。くっそう」
◇◇◇
「またこのお姫様が自分の価値ってもんが分かってないからなあ」
ぽんぽんと私の頭を軽くたたくイヴァン。なれなれしいぞ。おいっ!
「もう帝国新魔法術式開発局辞めて、帝国特別治安安全部専従になれよ。オリヴィア」
「やなこった。私は帝国新魔法術式開発局の仕事も大好きなのだ。それに私に帝国新魔法術式開発局を辞めさせるなんて言うと開発局長が黙っていないぞ。イヴァン上司」
「そうか。ならこうしよう」
ぽんと手をたたくイヴァン。
「オリヴィア。私と結婚しよう」
毒気を抜かれる私。
「はあ、何でそうなる?」
「私と一緒に住めば安心だぞ。いつでも私がオリヴィアを守ってやれる」
「それだけの理由で結婚するのか?」
「もちろんそれだけの理由ではない。最大の理由は私がオリヴィアを好きだからだ」
よく恥ずかしげもなくそんなことを言えるもんだ。私はそんなイヴァンに呆れながら悪い気はしなかった。
「オリヴィア。俺と結婚するんだ」
「何でそうなるんですか。ニール様。私たちは婚約破棄になったんでしょう」
「エルシィが年利100%保証の元本保証だって言うもんだから、家の財産を全額投資した上に、周りの人間にも勧めたんだ。そしたらあの女、いきなり行方不明になっちまった。家族からも周りの人間からも金返せって言われているんだ。オリヴィア。俺と結婚するんだ。そして、金を払ってやるんだ」
イヴァン上司に次いでの求婚。これはモテキ到来かとか言っている場合ではないね。これはイヴァン上司の時と違い、全くもって嬉しくない。
「ここにいたのか。ニール・ハリスン」
いきなり後方からニール様の襟をつかみ吊るし上げるイヴァン上司。
「投資詐欺の訴えが複数個所から来ている。調べたら事実だった。よってこれからおまえは債務返済が終わるまで鉱山労働に服することになった」
「待てよ。俺だって被害者なんだぞ」
「お前は人の金を使って『元本保証』と言って投資させた。それを返すんだ」
「馬鹿言うな。あんな大金、一生働いたって返せないぞ」
「安心しろ。おまえが鉱山で死んだら、残債については死亡保険金が被害者に支払われることになっている」
「今の話で、どこをどう安心しろって言うんだ?」
「これ以上は問答無用。おい連れていけ」
ニール様。いやニール服役囚となった「元」婚約者殿は帝国特別治安安全部の皆様方に連行されていった。
そして、私の方を振り返るイヴァン上司。
「だから、私と結婚するのだ。オリヴィア。そうすればもうあんな悪い虫は寄ってこなくなるぞ」
「そういう理由で結婚していいものなんだろうか」
「いいじゃない。イヴァン様はオリヴィアのこと好きだって言っているし、お似合いのカップルだよ」
ぬおっ、アンナ、いつからそこにいた。
「私としては新魔法技術開発の仕事を続けてくれるなら、結婚に反対はしないよ」
開発局長まで。いつ外堀を埋めた? イヴァン上司。恐ろしい子。




