真実の糸 3
それから2時間後。
「おっはよー、あーりん」
ハルカさんがわたしの席にきて、朝のあいさつをしました。
「おはようございます、ハルカさん」
「んもー、ハルカでいいっていってるのに。あれ、タクミまだきてないの?」
あと5分でホームルームがはじまるというのに、まだタクミくんは学校にきていません。
「もしかして、まだ具合悪いのかな?」
ハルカさんの予想はあたりました。
「岩根は体調不良で休むそうだ」
ホームルームのとき、大土先生がそう教えてくれたのです。
その日の1時間目の授業は体育でした。
運動場で準備体操をしていたときのことです。
西校舎のほうで、なにかがぴょこぴょこ動いているのが目のふちに映りました。
――なんだろ、バレーボールかな?
わたしは目を凝らして、バレーボールらしきものを見ました。
まっしろで、ふわふわしたからだ。
おしりについた丸いしっぽ。
そしてピンとのびた、ふたつのウサミミ。
そうです。まちがいなくあれは――。
「先生!」
その声があまりにも大きかったので、みんながこちらをふりむきました。
「日向さん、先生がどうかしたの?」
体育の樺黄ミオ先生が、ふしぎそうにたずねます。
「ええと、あの……」
横目で西校舎を見ると、なんとウサギのぬいぐるみが建物の陰から、わたしを手招きしているではありませんか。
「樺黄先生、わたし、お腹がすごくズネズネします」
「ズネズネ?」
「あと耳もエギエギするし、目の奥もハヌハヌしてます」
「エギエギ? ハヌハヌ?」
「とにかくわたし保健室に行ってきます」
「ちょ、ちょっと日向さん。ズネズネってなんなの。あと、エギエギとハヌハヌも」
混乱する樺黄先生を置き去りにして、わたしは先生のもとへ行きました。
「やあ、アリナくん。びっくりしたかい」
「あたりまえじゃないですか! っていうか先生、こんなところでなにやってるんですか」
「自分自身の目でいろいろ確認したいと思ってね。けど、だれにも見つからずにここまでくるのは、さすがに苦労したよ」
見ると、先生のからだには、たくさんのゴミやほこりがついています。
おそらく人目をさけるために裏路地などのきたない道をとおってきたのでしょう。
「今度くるときは、こっそりきみのカバンに隠れていようかな」
「冗談はよしてください。それで先生、なにかわかったんですか?」
「なにも。というより、さっききたばかりだから、まだ調査していないんだ」
「それなら、わたし先生と一緒に調査します」
「いいのかい?」
「授業よりも調査です。それにわたし、保健室に行くってウソついちゃったし」
「そうか。なら一緒に行こう。きみがいてくれたほうが、ぼくも心強い」
そこでわたしは先生と一緒に旧倉庫へ行くことにしました。
きのう調査することができなかったリベンジです。
「だれもいないみたいだね」
先生が、西校舎の陰からあたりをうかがいます。
授業中ということもあり、旧倉庫の近くに人のすがたはありません。
それでもわたしたちは細心の注意をはらいながら、旧倉庫に向かいました。
旧倉庫はハルカさんのいったとおり、窓に木の板が打ちつけられていて、外からなかの様子をさぐることができません。
そのため調査をするには倉庫のなかに入るしかないのです。
「とびらには、おそらくカギがかかってるだろうね」
「心配しないでください。カギぐらい、わたしがこわしてみせます」
きのうはハルカさんが一緒だったのでやりませんでしたが、悪魔がちょっと力をこめれば、とびらのカギなんて、かんたんにこわせちゃうんです。
「それじゃあいきますよ」
とびらに手をかけた瞬間です。
木製のとびらが急に軽くなったかと思うと、どこからともなく茶色い糸の束がわたしの手首に絡みついてきたのです。
「きゃあっ」
「アリナくん!」
先生はサッと魔導筆をとりだすと、▽の陣形を描きました。
「水撃陣・サミダレ」
魔法陣から飛び出る水のナイフ。
それが、たちまち糸の束を切り裂きます。
「アリナくん、だいじょうぶかい」
「はい、なんとか」
水が糸だけを切ってくれたおかげで、わたしにケガはありません。
けど手首には、糸の残りくずが手錠のように絡みついたままです。
「この糸……」
わたしは残りくずを指につけてみました。
まちがいありません。
色こそちがいますが、手首に絡みついた糸は、きのうのフリースローのときについたものと同じ、クモの糸です。
「なるほど。防犯装置というワケか」
先生が旧倉庫のとびらを見ながら、つぶやきました。
茶色い糸を出していたのは、とびらでした。
いえ、正確にいえば、とびらそのものが糸でできたものだったのです。
切られて地面に垂れた糸がスルスルととびらに吸いこまれ、何事もなかったように、またとびらの一部にもどります。
見た目は木のとびら。でも、その正体は何百万という糸の集合体。
あたりまえですが、人間のつくったものではありません。
「手をかけた瞬間、とびらが糸に変わって侵入者に絡みつくというワケか。これをつくったやつは、そうとうここに人を近づかせたくないみたいだね」
「先生。先生はここになにがあるか、ご存知なんですか」
「いいや。けど、だいたいの検討はついてるよ」
先生が旧倉庫を見あげます。
「アリナくん、ぼくはね、ここにハルカさんやほかの生徒のたましいが閉じこめられていると考えているんだ」
(つづく)
更新は毎日おこなう予定です。




