光の教室 2
1時間目の授業がおわってすぐのことです。
「あーりん、訊きたいことあるんだけどー」
ポニーテールの女の子がわたしの席にやってきました。
『蜘蛛の糸』をスーパーヒーローの話だといった、あのハルカさんです。
ハルカさんは、つくえに手をつくやいなや、
「あーりんって、どこに住んでるの?」
「あーりんの得意な教科って、なに?」
「あーりんって、マンガとか読むの?」
「あーりんの好きなミーチューバーって、だれ?」
?のマシンガンをダダダダダ。
わたしを質問攻めにしました。
「ハルカさん、あーりんはやめてください。わたしアイドルじゃないんですから」
「え~、いいじゃん。名前聞いたときから、わたし絶対あーりんのこと、あーりんって呼ぼうって決めてたんだもん」
「意味がよくわからないんですけど……」
「おい、ハルカいいかげんにしろよ。アリナが困ってるだろ」
タクミくんがハルカさんを注意しました。
「えー、タクミだって、あーりんに顔近づけてたじゃん。あ、もしかして、すき焼きとどら焼き、どっちが好きか訊いてた?」
「「んなワケあるかい!!」」
アリナとタクミのWツッコミが炸裂。
「んなこと訊くワケねえだろ。なんのシャンプーつかってるのか訊いてただけだよ」
「あ、それわたしも知りたーい。ねえねえ、あーりん、わたしにも教えてよー」
そんなこともあり、わたしのつかってるシャンプーは転校初日にしてハルカさんとタクミくんにばれてしまいました。
でも、そのおかげでいいこともありました。
ハルカさんと仲よくなったわたしは、昼休みに彼女から学校を案内してもらえることになったのです。
これは学校を調査するには、うってつけのチャンスです。
★ ★ ★ ★
そして昼休み。
「あーりんに学校を案内してきまーす」
だれよりもはやく給食を食べおえたハルカさんは、わたしのうでをつかんで教室を飛び出してゆきました。
彼女が最初に案内してくれたのは、1年生の教室や図書室がある西校舎です。
「教室のぞいてもしょうがないから、まずは図書室を案内するね」
図書室は校舎の2階にあり、10名ほどの生徒がしずかに読書をしていました。
「うちの図書室ね、活字ばっかりの難しい本だけじゃなくて、スポーツとか恋愛もののマンガとかも、けっこうそろってるんだよ」
得意げに語るハルカさんの横顔を、わたしはそことなく観察していました。
彼女が悪魔と入れ替わっているなら、その証拠を見つけようと考えていたからです。
え? 悪魔なのに、人間と悪魔の区別がつかないのかって?
はい、残念なことにつきません。
でも、これはわたしに限った話ではなく、悪魔全員に共通していえることです。
悪魔にもいろんなタイプがあって、わたしのように生まれつき人間のすがたをしている悪魔もいれば、変身能力で人間に化けている悪魔もいます。
それらは見ただけでは正体をつきとめることができません。
だから、相手が悪魔かどうかを見極めるには、よく観察して、どんなちいさな証拠でも見つける必要がある……とは先生の言葉です。
「それじゃあ、つぎ行こっか」
図書室のあとに案内されたのは理科室や音楽室などがある東校舎です。
わたしは調査のために教室に入ろうとしましたが、残念なことにカギがかかっていて、なかに入ることはできませんでした。
そのあと、わたしたちは体育館へ行きました。
お昼休みの体育館では、1年1組の生徒が男女混ざって、仲よくバスケットボールをしています。
けど、遊んでいるのは生徒だけではありません。
なんと大土先生まで、みんなに混ざってバスケットボールをしているのです。
「あ、オッチー、きょうも遊んでる」
「きょうも? じゃあ、いつも大土先生は、みんなとバスケしてるんですか?」
「オッチーだけじゃないよ。ほかの先生も昼休みは、ああして生徒と遊んだりするもん」
「ほかの先生もですか?」
「うん。まあ全員が全員じゃないけどね」
そのとき、大土先生がシュートを決めました。
「オッチー、ナイスシュート」
シュートを決めた大土先生に、タクミくんがハイタッチをします。
そのすがたは、教師と生徒というよりも歳のはなれた兄弟のようでした。
「1組って、みんな仲がいいんですね」
「オッチーが家族家族ってうるさいから、みんな本当にクラスメイトのこと家族だと思ってるんだよ」
「ハルカさんもそうなんですか?」
「うん。だって家族がたくさんいたら最高じゃん」
ハルカさんが、キラキラ笑顔でこたえます。
「あ、もうこんな時間。はやくしないと昼休みおわっちゃうね。あーりん、つぎは外に行こ」
うわばきのかかとでキュッとターンすると、ハルカさんは入り口のほうへ歩いていきました。
わたしはもう一度バスケのコートを見ました。
コートでは、シュートを決めたタクミくんが、チームのみんなとハイタッチしています。
生徒も先生も仲よしで、みんながみんなのことを家族だと思っているクラス。
光にあふれすぎて、イジメのイの字も存在しない太陽のようなクラス。
それは、教育現場のひとつの理想のかたちなのかもしれません。
でも……。
わたしは、そのゆがみのないカンペキすぎるかたちに違和感をいだいていました。
――ちょっと仲がよすぎるような……。
12~13歳といえば、からだもこころも成長して、異性のことが気になる年頃です。
それゆえ男女の「友情」の関係も、かたちが変わってきます。
でも1組のみんなを見ていると、そこに「男子」とか「女子」とかの垣根がないような気がするのです。友情のかたちが6歳ぐらいでとまっているように見えるのです。
「あーりん、どうしたのー。つぎ行くよー」
開け放したドアの向こうで、ハルカさんがぴょんぴょんジャンプしています。
「あ、いま行きます」
違和感を胸にかかえたまま、わたしは体育館をあとにしました。
そのあともハルカさんはいろいろな場所を案内してくれました。
西校舎にもどってきたときです。
「さ、これで案内はおわり。教室にもどろ」
流行りの曲を口ずさみながら、教室にもどろうとするハルカさん。
そんなハルカさんに、わたしはいいます。
「あそこには行かないんですか?」
ハルカさんの足がぴたりととまります。
「ほら、あそこに古い体育倉庫がありますよね。あそこには行かないんですか?」
わたしは廊下の窓ごしに、木製の体育倉庫を指さしました。
西校舎の裏庭にあるこの体育倉庫は旧倉庫と呼ばれていて、あたらしい体育倉庫ができてからは、むかしの資料集などの保管庫となっているそうです。
ユリさんの話にでてきた『夜中になると、古い体育倉庫の窓に青白い火の玉が浮かぶ』というウワサが気になり、わたしはここも調査しようと考えていたのです。
「あそこはいいよ」
「どうして?」
「入り口にカギがかかってるし、夏休みのあいだに窓に木の板が打ちつけられて、なかが見えないの。だから行っても意味ないよ」
「でも、ほかのところは行って、あそこだけ行かないのもなんか――」
「行かなくていいの」
ハルカさんがこちらをふりむきます。
その顔を見て、わたしは息をのみました。
つねにニコニコしているハルカさんの顔から表情が消え、血走った目でわたしをにらみつけているのです。
「オッチーもいってたよ。あそこはあぶないから近づくなって」
「ハルカさん……」
「さ、はやく教室にもどろ」
ハルカさんがニコッと笑います。
彼女の顔から表情が消えたのは、ほんの一瞬でした。
でも、その一瞬でこおりついた空気のつめたさは、いつまでもわたしの肌の上を這いずりまわっていました。
(つづく)
更新は毎日おこなう予定です。




