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月と太陽 2

 その日の夜。

 時計の針が11時を過ぎると、わたしと先生はパトロールにでかけました。

 夜の町をパトロールして住民の平和をまもることも、ふう探偵たんていの大切な仕事なのです。

 1時間ほどパトロールをしたときです。

大門(だいもん)さんがいっていたカーブミラーというのはあれだね」

 児童公園まえにある、ひび割れたカーブミラーを見て、先生が足をとめました。

 夕食のとき、マスターから、

「ソウマくん、児童公園まえのカーブミラーにヒビが入ってるんだけど、よかったら直しておいてくれないかな?」

 そうお願いされていたのです。

「アリナくん、()(どう)(ひつ)を」

 あたりにだれもいないことを確認して、わたしは()(どう)(ひつ)を先生にわたしました。

 ()(どう)(ひつ)とは、ふう探偵たんていが使用する【()(どう)()】のひとつで、悪魔や魔獣を封印するさいにつかうペンのことです。

(しゅう)(ふく)(じん)・マドカ」

 先生が、白いペンを剣のようにふるって、○の陣形(かたち)(えが)きます。

 すると空中に○が浮かびあがり、割れたミラーに向かって飛んでいきました。

 ○があたると、ミラーのヒビは消えて、カーブミラーは新品のようにキレイな状態になっていました。

「これでよし、と」

 先生が満足そうにうなずきます。

 ()(どう)(ひつ)は封印のためのアイテムですが、(えが)ほうじん陣形(かたち)によって、封印以外にもさまざまな効果を発動することができるのです。

「遊具にもこわれた()(しょ)があるかもしれないね。アリナくん、公園のなかも見てみよう」

「……つづけてもいいのかな」

「アリナくん?」

「え、あ、なんでもありません。ちょっとべつのことを考えていただけです」

「そうか……。少し疲れたね、公園で休もうか」

 公園に向かって歩く先生のあとを、わたしはとぼとぼと追いました。

 ――わたし、このまま先生の助手をつづけてもいいのかな。

 パトロールのあいだ、わたしは先生のちいさな背中を見ながら、ずっと()()()のことを考えていました。

 あの日。それはわたしが先生に呪いをかけた日のことです。


 ★  ★  ★  ★


 1週間まえ、わたしと先生はどしゃぶりの砕石場で、アエーシュマという凶悪な悪魔と戦っていました。

 そして1時間にもおよぶ死闘の末、ついに先生は魔物を封印する☆の陣形(かたち)をアエーシュマにおしつけることに成功したのです。

「やった!」

 勝利を確信したわたしは、気の緩みからその場に立ちつくしてしまいました。

「ギヤァァァ」

 封印される直前、アエーシュマがわたしに向かって、うでをのばしました。

 ――しまった。

 完全に油断していたわたしは、とっさに動くことができません。

 するどいツメが、わたしを切り裂こうとした瞬間、

「あぶない!」

 先生が、わたしをつきとばしました。

 受け身をとってすばやく立ちあがると、すでにアエーシュマは封印されていました。

「先生、おケガは――」

 目のまえに広がる地獄のような、いいえ地獄よりもさんな光景を見て、わたしはひざから崩れ落ちました。

 たおれた先生の胸から大量の血が噴き出し、泥だらけの地面が燃える大河のように赤く染まっています。

「しっかりしてください、先生!」

 でも、どんなに呼びかけても返事はありません。

 ――先生を助けるには呪いをかけるしかない。

 呪いは、悪魔が一生に一度しかかけることのできない強大な魔法です。

 それゆえ一度かければ、魔力が回復するのに数百年はかかるといわれ、そのあいだは2~3種類の魔法しかつかうことができません。

 でも先生を助ける方法は、呪い以外にありません。

「お願い先生、もどってきて」

 わたしは呪いの力で、先生とぬいぐるみを(ゆう)(ごう)させました。

 そうです。

 先生がぬいぐるみのすがたになったのは、全部わたしのせいなんです。

 16歳の少年の青春と未来は、ひとりの悪魔の手によって、すべてうばわれたのです。

 その罪の重さから、わたしはこのまま先生の助手をつづけてもよいのか、わからなくなっていました。


 公園に入ったとき、

「先生、わたしを封印してください」

 先生と目線をあわせるために、わたしはしゃがみました。

「先生がそんなすがたになったのは、全部わたしのせいです。だから、わたしを封印してください。そうすれば呪いは解けて、先生はもとのすがたにもどれます」

ふう探偵たんていには助手が必要だ。それはわかっているはずだよ」

「先生の助手になりたい天使や精霊はたくさんいます。わたしの代わりに、その人たちを助手にしてあげてください」

「それはできない」

「どうしてですか? 先生はわたしをかばって、そのせいで死にかけたんですよ。わたしは役に立たない最低の助手です。そんな助手、いてもしょうがないじゃないですか」

「ぼくはきみのせいで死にかけたんじゃない。きみのおかげで助かったんだ。きみがペンダントのなかにぬいぐるみを入れておいてくれたおかげで、ぼくはいまも生きてるんだよ」

 わたしがつけている縮小ペンダントは()(どう)(ひつ)と同じ()(どう)()のひとつで、生き物以外のものをちいさくして、ひとつだけ宝石のなかに入れておくことができるのです。

「役に立たないどころか、きみは命の恩人じゃないか」

「でも、わたし――」

「アリナくん、きみはぼくが笑ったところを見たことあるかい」

「え?」

「きみと出会って、もう3年になるね。そのあいだ、きみはぼくが笑ったところを見たことあるかい」

「そりゃありますよ」

「どのくらい?」

「どのくらいって……そんなのわかるわけないじゃないですか。数えきれないぐらい見てきたんですから」

「そう。ぼくは数えきれないぐらい、きみのまえで笑ってきた」

 先生は何度目かわからない笑顔でほほ笑むと、夜空を見あげました。

「見てごらん、今夜は満月だ」

 夜空に浮かぶ満月は、無限の暗闇のなかでうつくしく輝いています。

 そのうつくしさが、わたしには、どんなにつらいことがあっても決して弱音を吐かない先生の強さと重なりました。

「月は恒星(こうせい)じゃないから自分で輝くことができない。ああして輝いて見えるのは、太陽の光を反射しているからなんだ」

「そうなんですか?」

「ああ。光をはなつことのできない月が、宇宙の暗闇にのみこまれずにいるのは、太陽の存在があってこそなんだよ」

 先生の視線がわたしに移ります。

「両親と(きょう)(だい)をうしなったぼくが笑顔をわすれずにいられたのはね、アリナくん、きみがずっと、ぼくのそばにいてくれたからなんだ」

 先生のふわふわした手が、わたしの手に触れます。

 ドキドキドキ。

 ぬいぐるみでも、先生に触られると、わたしの胸は高鳴ります。

 だって……たとえ必要のない存在でも、わたしは先生のことが大好きだから。

「どんなにくるしい戦いのときでも、きみがそばにいてくれたおかげで、ぼくは希望をわすれず戦うことができた。それだけじゃない、食事も音楽も、きみと一緒に味わったからこそ、よろこびがふくれあがり、ぼくは笑顔になることができたんだ」

「先生……」

(つく)(よみ)ソウマはひとりじゃ輝けない。アリナくん、きみという太陽がそばにいてくれて、はじめてぼくの人生は光に触れることができるんだ」

 先生はぬいぐるみです。

 ふわふわしたウサギのぬいぐるみです。

 でも、そのとき、わたしの目に映った月読(つくよみ)ソウマはたしかに〝人間〟でした。

 お世辞でも、なぐさめでもなく、先生は自分の本当の気持ちを語ってくれました。

 だからこそ、本当のすがたを見たような気がしたのでしょう。

「わたし、魔法はほとんどつかえませんよ」

「わかってる」

「重いものは300キロまでしか、もてませんよ」

「それだけもてれば(じゅう)(ぶん)

「ニンジンとシイタケのソテーもつくりますよ」

「それはちょっと困るね」

「できることより、できないことのほうが多いですよ。それでもいいんですか?」

「いいよ。それがぼくの太陽だ」

 先生が、ギュッとわたしの手をにぎります。

「だから、きみを封印することなんて絶対できない。わかってくれるね?」

 うれしさで胸がつまって、「はい」ということができません。

 なので、わたしは何度も「うんうん」とうなずきました。

「そしてもうひとつ。きみは太陽であり、ぼくの大切な家族だ」

「はい。わたしは先生のかぞ――えええええ!?」

 おどろきのあまり、わたしはその場にしりもちをついてしまいました。

 家族……いま家族っていいました? いいましたよね!

 男の人が女の人に、家族の話をするのって……。

 それって、それって、


 それって、つまりプロポーズですよね!!


「セ、セ、先生! 先生の気持ちはとっっっってもうれしいですし、先生と家族になることは、わたしの夢です。けど、わたしたちはまだこどもで――」

「こども?」

 先生が首をかしげます。

「こどもか。たしかに年齢的に見れば、ぼくもきみも大門(だいもん)さんのこどもということになるのかな」

大門(だいもん)さん?」

 え? 先生、どうしてわたしたちの結婚の話にマスターが出てくるんですか?

「『め~め~めふぃすと』という帰る場所をつくってくれたのは大門(だいもん)さんだからね、だから、ぼくはあの人のことも家族だと思っている。さすがに『父さん』とは恥ずかしくて呼べないけどね」

「あ、家族ってそういう意味か」

 うう、はずかしい。

 家族って夫婦のことじゃなくて、大切な仲間のことだったんですね。(考えてみれば、先生は『家族になってほしい』とは、ひとこともいってませんでした)

「そういえば、ここにきたのは休憩のためだったね。アリナくん、あそこのベンチで少し休もう。遊具の状態を調べるのはそのあとだ」

「はい、先生」

 ベンチに向かう先生のとなりを、わたしは胸をはって歩きました。

 もうわたしは迷いません。

 わたしは先生のとなりにいてもいい。


 なぜなら、わたしは月読(つくよみ)ソウマの太陽だから。


 そして先生のとなりを歩いて、あらためてわかったことがあります。

 たとえ家族でも、大好きな人と歩くなら、やっぱりうしろより、となりのほうが断然いいですね!


 ★  ★  ★  ★


 追伸(ついしん)

 もうひとりの大切な家族のことも書いておきますね。

 パトロールをおえて部屋にもどると、つくえの上にラップをかけられた2つのオムライスが置かれていました。

 そして、こんな手紙も。


 ソウマくん アリナちゃん

 パトロールご苦労さま。いつも町の平和をまもってくれてありがとう。

 愛と感謝と栄養をこめて  大門(だいもん)ヤスオ


 はい! マスターもわたしの大切な家族です。


(つづく)

更新は毎日おこなう予定です。

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