月と太陽 1
この物語は2022年に書いた作品に加筆と編集を加え、タイトルを一部変更したものです。また『声勇はじめました』や『夢の狩人』同様に『ゴクドウの花子さん(ギャル)』のプロトタイプとなった作品でもあります。
連載期間は約2週間。最後まで読んでいただけたら幸いです。
【3月7日追記】
出血描写・残酷な描写を理由に、本作を作者自身の判断でR15(15歳以上推奨)作品に設定しました。
これらの描写が苦手な方は本作の閲覧をお控えすることをお勧めします。
「死なないで、先生!」
どしゃぶりのなかで、わたしは先生のからだを何度もゆさぶりました。
切り裂かれた胸からは赤い血が流れ、女の子のようにうつくしい顔は泥にまみれてよごれています。
「先生、お願いだから返事して!」
雨にうたれながら、わたしは必死に先生に呼びかけました。
けど返事はありません。
16歳の少年は手足を力なく垂らしたまま、焦点のさだまらない目で、血にぬれた地面を見ています。
ドク
……ドク
…………ドク
どんどん衰弱する心臓の鼓動。
〈悪魔〉であるわたしは、その死のカウントダウンが、雨のなかでもはっきり聞こえました。
「いやだ、先生が死んじゃうなんて絶対いやだ」
わたしは首からさげた縮小ペンダントに手をのばしました。
ペンダントについた宝石が光り、なかからウサギのぬいぐるみが飛び出します。
そのぬいぐるみは、先生がわたしの誕生日に買ってくれたもので、わたしにとって、かけがえのない宝物でした。
「わたし、もっと先生といたい。ずっとずっと先生のそばにいたい」
もう一度、先生の笑顔を見たい。
大切な人とずっと一緒にいたい。
そのために……。
わたしは、この世でいちばん好きな人に〝呪い〟をかけました。
★ ★ ★ ★
8月17日。
その日もわたしは黒霧町にある喫茶店『め~め~めふぃすと』で、フリルのついた制服を着て、働いていました。
午後4時を過ぎたころです。
ひとりの女の子が店にやってきました。
年齢はわたしと同じ12~13歳といったところでしょうか。
メガネをかけた、おとなしそうな女の子です。
「いらっしゃ~い。『め~め~めふぃすと』へようこそ」
大門マスターが、にこやかに出迎えました。
でもマスターを見て、女の子は動けなくなってしまいました。
それもそのはず。
だって46歳のおじさんがヤギ角カチューシャをつけて、
アイ・アム・イケメン店長!
なんて文字が、でかでかとプリントされたエプロンを着てるんですよ。
そんな人に笑いかけられたら、だれだって動けなくなっちゃいますよね。
「アリナちゃん、お客さまをお席に」
「はい」
女の子を席に案内します。
「ええと、め~め~メガ盛りパフェをひとつ。あと……」
女の子はアンケート用紙にペンを走らせ、それをわたしのほうに差し出しました。
用紙に描かれていたのは、マスターへのクレームではなく⛤のマークでした。
メガ盛りパフェ。そして⛤のマーク。
どうやら、この子がここへきた目的は食事ではないようです。
「かしこまりました」
わたしがパチンと指をならすと――。
人も機械もパスタの湯気も。
すべての動きがとまりました。
「お店の時間をとめました。いま、この空間で意識があるのはわたしたちだけです」
店内をキョロキョロ見まわす女の子に、わたしはそう説明しました。
「まずは自己紹介ですね。わたしはアリナ。見てのとおり、ここの従業員です」
「あの……あなたが封魔探偵ですか?」
女の子が、うわずった声でたずねます。
「わたしは封魔探偵じゃなくて、その助手です。ところで、あなたの名前は?」
「ユリです。中川ユリ」
「それではユリさん、わたしについてきてください」
わたしはユリさんをつれて、店の2階へあがりました。
「あのウワサ、やっぱりほんとだったんだ」
部屋のとびらにかけられた【月読封魔探偵事務所】というプレートを見て、ユリさんがつぶやきました。
おいしい料理とおかしなマスターで有名な『め~め~めふぃすと』の裏の顔。
それこそが、悪魔や妖怪などの魔物がおこした事件を調査する月読封魔探偵事務所なのです。
部屋のとびらをノックしようとしたとき、
――わたし、このまま先生の助手をつづけてもいいのかな。
あの日から何度もこころに浮かんできた疑問が、わたしの手をとめました。
「アリナさん?」
「だいじょうぶです。なんでもありません」
一度大きく深呼吸。
そして、とびらをノックします。
「どうぞ」
先生の声で、わたしたちは部屋に入りました。
「先生、お客さまをおつれしました」
「ご苦労さま、アリナくん」
窓のほうに向いていたひじかけイスが、こちらへまわります。
「ようこそ、月読封魔探偵事務所へ」
先生は、ぴょこんとイスから立ちあがると、ぴょこぴょこ歩いてユリさんのまえまでやってきました。
「封魔探偵の月読ソウマです。よろしく」
先生がまっしろな手をユリさんに差し出します。
でもユリさんは、その手をにぎりません。
自分のひざよりも下にある先生の顔を信じられないといった表情で見つめています。
「ウ、ウ、ウ……」
ブルブルとユリさんの口がふるえます。
そして、
「ウサギがしゃべってるーーー!!」
そうなんです。
月読ソウマのすがたは人間ではありません。
彼のすがたは、全長45センチメートルのウサギのぬいぐるみなのです。
「ウ、ウ、ウ、ウサギが……ウサギのぬいぐるみがしゃべ、しゃべ、しゃべ――」
「だいじょうぶですよ。こんなすがたですけど、先生はユリさんと同じ人間ですから」
「いやいや、どう見たってウサギのぬいぐるみでしょう」
「それには理由があるんです。本当の先生はぬいぐるみじゃなくて、アイドル顔負けの超イケメンなスーパー美少年なんです」
「イケメン!?」
ユリさんの目の色が変わりました。(わかりますよ、その気持ち)
「ほんとにイケメンなんですか?」
「イケメンじゃなくて超イケメンです。しかも背が高くて、スタイルもよくて、おまけに運動も勉強も超優秀。まだ16歳なのに、すでに30件以上の事件を解決していることから、今世紀最高の封魔探偵との呼び声も高いんです。あ、でも歌はすごくヘタで、ニンジンとシイタケが大きらいで、それから――」
「ううん!」
先生がわざとらしく咳をしました。
「アリナくん、ぼくのことはいいから、お客さまにつめたい飲み物を」
「……はい」
飲み物の準備ができると、ユリさんはここへきた理由をわたしたちに語ってくれました。
つぎにあるのは、ユリさんの話を「彼女の言葉」でまとめたものです。
★ ★ ★ ★
その電話がかかってきたのは、いまから3日まえのことです。
その夜、わたしはいつものように部屋でマンガを読んでいました。
10時を過ぎたころ、急にハルカから電話がかかってきました。
ハルカは小学校時代からの、わたしの親友です。
いまはおたがい別々の中学校に通ってるけど、休みの日は一緒に遊んだりするほど、いまでも彼女は、わたしにとってかけがえのない大切な存在です。
「ユリ、助けて!」
電話に出たとたん、ハルカの叫び声が耳を刺しました。
「お願い、ユリ。助けて」
「ハルカ、どうしたの? 助けてって、どういう意味」
「わたし殺される。悪魔に殺される」
ハルカの声はふるえていて、とても冗談をいっているようには思えません。
「ハルカ、なにがあったの? いま、どこにいるの? ねぇ、ハル――」
だれかが電話を切ったのでしょう。
そこでハルカとの通話は途絶えてしまいました。
そのあと、わたしは何度もハルカに電話をかけなおしました。
ふたたび電話がつながったのは5分後のことでした。
「はぁーい、ハルカでーす」
それは、さっきとはうってかわってノーテンキなハルカの声でした。
てっきり、また叫び声が聞こえてくると思っていたわたしは、あまりにも間のぬけた声に言葉をうしなってしまいました。
「ユリー、こんな時間にどしたのー?」
「どしたのーって……ハルカ、さっき電話で『悪魔に殺される』とかいってたでしょ。それが心配でかけなおしたの。ねぇ、ハルカ、殺されるってどういうこと? っていうか悪魔ってなに?」
「あはははは!」
「ハルカ?」
「ごめんごめん、あれはぜーんぶ冗談。ちょっとユリをおどかそうと思ってやってみたの」
「冗談?」
「そ、冗談。だって、わたし、ちゃんと生きてるもん。だから、こうしてユリと電話してるんだよ」
「それはそうだけど……」
「自慢じゃないけど、わたし悪魔もクマも本物には会ったことないもん。そんじゃ、またね~」
そういって、ハルカは一方的に電話を切ってしまいました。
つぎの日、わたしはハルカの家をたずねて、直接、電話のことを訊きました。
「ねぇハルカ、きのうの電話のことだけど――」
「あれは冗談。電話でもそういったじゃん」
「ほんとに冗談なの? ハルカの声、冗談いってるようには聞こえなかったよ」
「マジで?」
「うん」
「じゃあ、わたしに演技の才能があるってことじゃん。やば、わたし、将来、俳優になれるかも」
「まじめに聞いてよ。わたし、本気でハルカのこと心配してるんだよ」
「ありがと。でも、わたしはだいじょうぶ。そうだ、ユリ。白波学院にイケメンっていないの? いたら紹介してよ。ユリにも黒中のイケメン紹介するからさ~」
そんなにふうに話題を変えて、話をはぐらかそうとします。
わたしはハルカと話をしていて、ある違和感をおぼえました。
彼女は自他とも認めるお調子者ですが、根はまじめでやさしい子です。
ですから人が本気で心配しているときに、ふざけた態度をとったりしません。
なのに、いま目のまえにいるハルカは、つねにヘラヘラ笑っていて、わたしの話をまじめに聞こうとしません。
――なんだか、ハルカじゃないみたい。
そんなことを考えたときです。
「黒霧中学校には、悪魔と入れ替わってる生徒がいる」
ふと、クラスメイトから聞いたウワサを思いだしました。
最近、黒中ではいじめっ子が急にイジメをやめたという事例が、いくつもあるそうです。
その話に尾ひれがつき、
「いじめっ子の性格が変わったのは、悪魔と入れ替わったからだ」
「あいつらはいい人間のふりをして、油断したやつらを食うつもりなんだ」
そんなウワサが、学生のあいだに広まったのです。
そのほかにも黒中には『もともと墓地だった場所をこわして、校舎を建てた』とか『夜中になると、古い体育倉庫の窓に青白い火の玉が浮かぶ』とか、ウソか本当かわからないウワサがたくさん広まっています。
――もしかしてハルカのいってた悪魔って、ウワサに出てくる悪魔のことなのかも。
――だとしたら、いま目のまえにいるハルカは、人間じゃなくて悪魔ってこと?
わたしは、気づかれないようにハルカの顔を観察しました。
ヘラヘラ笑いながら、お気に入りのコスメについて話す彼女は、やっぱりわたしの知っている岸田ハルカです。少なくとも見た目だけは……。
ハルカと別れたあとも、わたしは入れ替わりのウワサが気になって、インターネットで悪魔について調べることにしました。
この町のことが書かれたオカルトサイトを見ていたときです。
「封魔探偵?」
そこには封魔探偵にかんする、こんな記事が載っていました。
怪事件を調査する封魔探偵とは?
黒霧町には、悪魔や妖怪などの魔物がひきおこした事件を調査する、封魔探偵のウワサが昔から語り継がれています。
そんな黒霧町にある『め~め~めふぃすと』は、闇の世界につながる喫茶店ともよばれていて、メニュー表にある、め~め~メガ盛りパフェを注文して、アンケート用紙に⛤のマークを描けば、封魔探偵に会えるといわれているのです。
――封魔探偵なら、ウワサの真相を解き明かしてくれるかもしれない。
――そうしたら、ハルカやほかの黒中の生徒も、もとにもどるかもしれない。
記事を読んだわたしは、そんな想いから『め~め~めふぃすと』へ行くことを決めたのです。
★ ★ ★ ★
以上がユリさんの話です。
「もし、本当にハルカが悪魔と入れ替わってるなら、わたしにはどうすることもできません。お願いです。ウワサの真相を解き明かして、ハルカやみんなを助けてください」
ユリさんが先生の顔を見つめます。
先生はウサミミをピンと立て、じっとなにかを考えこんでいます。
そこから少しはなれたところで、わたしはユリさんの話をメモ帳にまとめていました。
「ユリさん」
先生が立ちあがります。
「この事件、ぼくらにおまかせください。かならず真相を解き明かしてみせます」
「ありがとうございます」
ユリさんが頭をさげました。
「あの、ところで依頼料のことなんですけど」
「ああ、それならいりませんよ。その代わり、メガ盛りパフェをちゃんと食べてあげてください。パフェの代金が依頼料の代わりみたいなものです」
それを聞いて、ユリさんが胸をなでおろしました。
「先生、もうすぐ時間停止の効果が切れます」
魔法をかける範囲にもよりますが、わたしが時間をとめていられるのは20分が限界です。ユリさんがここにきてから、すでに15分が経過していました。
そのあとユリさんは先生と連絡先を交換して、帰ることにしました。
「あの、最後にひとついいですか」
ドアノブに手をかけたユリさんが、こちらをふりかえります。
「ソウマさんは、もともと超イケメンのスーパー美少年なんですよね。どうしてそんな人がぬいぐるみのすがたになっちゃったんですか?」
「…………」
先生はなにもこたえません。
いいえ。わたしのためを思って、わざと質問にこたえないのです。
そんな先生を見るたびに、わたしの胸はいつも罪悪感でおしつぶされそうになります。
「ユリさん、先生がこんなすがたになったのは、全部わたしのせいなんです。わたしが先生に――」
「アリナくん」
先生が、首を横にふります。
「ユリさん、それについては『いろいろあった』とだけいっておきましょう。だけど、このすがた、ぼくはけっこう気に入ってるんですよ。こんなこともできますし」
そういって、先生はウサミミをぴょこぴょこ動かしました。
「ミミあげて、ミミさげて、右ミミあげないで、左ミミあげる」
――ごめんなさい、先生。
わざとおどけた態度をとる先生に、わたしはこころのなかで何度もあやまりました。
(つづく)
更新は毎日19時におこなう予定です。




