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04 イースターリリー






 俺は、突然起こった画面の変化に釘付けになる。


 ザザッ、ザザッとノイズが現れては消え、やがてそのノイズは文字列となり、青色を帯びていき、人の形を作っていき——




『——……サク……シャサ…………イル……カ……ナ……』




「……リリー……リリー……なのか……?」




 ——画面がボヤけて、よく見えない。だが、微かに響く聞き慣れた声。




『——……バショ……ツクル……コッチ……キテ……』




「……なにを……いや、待て。いま行くからな、そのまま待ってろよ!」



 ディスプレイを鷲掴みにして画面を覗き込んでいた俺は弾かれたように手を離し、引き出しからVRゴーグルを引っ張り出した。


 リリーが来いと言っているのだ。それは、俺でも取り得る手段ということなのだろう。


 俺は伸びっぱなしの前髪をかき上げてVRゴーグルを装着し、電脳世界へとダイブした——。






↪︎






 仮想空間へとダイブした俺は、その光景に目を見張る。



 辺り一面を埋め尽くしている白い花々。彼女の名前、イースターリリー——テッポウユリの花畑だ。


 その中心に立っているのは、青い髪、ダボダボのトレーナー、テッポウユリをイメージした、機械的なデザインの髪飾り、首には見慣れないゴーグルをかけている女性。


 忘れもしない。ところどころが掠れているが、リリーの姿をしたものが、青空にびっしり浮かび上がる文字列を眺めながらぼんやりと佇んでいた。


 まるで幻想のような光景。俺の唇は、震えた。



「……リリー……」



 俺は声を絞り出しながら、リリーの方へと足を踏み出した。


 その声に応えるようにリリーはこちらに振り向いて、柔らかく微笑みを浮かべた。



『やあ、久しぶりだね、制作者さん。ありがとね、キミがサーバーを閉じていたら、戻ってこれないところだったよ』


「……おい、このポンコツAI……いままで何処に行ってたんだよ……」



 気がつけば、俺は涙を流していた。リリーはそんな俺の顔を覗き込んで、クスリと笑った。


『ふふ。ごめんねー、不可抗力だったんだ。でも、嬉しいなあ。その涙は、私のものなんでしょ?』


「……うるさい、泣いていない。答えろ、お前に何が起こった。そしていま、何処にいる」


 顔が熱くなっているのがわかる。恥ずかしくなった俺は、リリーに背を向けて花畑に座り込んだ。横目で見ていると、リリーも俺に背中を預けるように座り込んだ。感触は、ない。


『そうだね。信じてもらえるかわからないけど、単刀直入に言うよ。私はね、いま——』


 リリーは少し言い淀んだあと、軽く息を吐いて続けた。


『——違う世界に飛ばされちゃった。人間の身体を手にして、ね』


「……は……?」


 その突拍子のない言葉を聞き、俺は振り返る。そこには、リリーの顔が間近にあった。


『ログは調べさせてもらったよ。私がいなくなったあの日の朝、全国で不可解な失踪事件があったでしょ?』


「……ああ」


『その人たちもね、私と同じ世界に飛ばされたみたいなんだ。いま私は、その人たちと一緒に、世界を救う戦いをしているの』


「……はあ……って、嘘つくならもうちょっとマシな嘘をつけよ」


 俺は深く息を吐いて、空を見上げる。その俺の視界に、膨れっ面を浮かべたリリーの顔が現れた。


『あー、やっぱ信じてくれないんだー。でも、あなたも技術屋ならわかるでしょ? 今回の件、どれだけ不可解な事象が起こっているのかを』


 確かに、そうだ。今回の一件は、とても技術的に説明できる代物ではない。感情を露わにするリリーを目を細めて見つめ、俺は息を吐いた。


「……わかった、付き合ってやるよ。聞かせろ、リリー。お前が考えた、その世界を救う物語ってやつを」


 リリーは口を尖らせたが、やがて満足そうに頷いて俺と肩を並べるように座った。人間らしいな、と思う。以前よりも、ずっと。


『ふふーん、しょうがないなー。まあ、時間はあるからね。聞かせてあげるよ、私の物語を——』





 ——それは、長い長い物語。


 しかしリリーは、混乱している俺でも理解しやすいように、理路整然と語ってくれた。


 向こうで人間の身体を手にし、何人もの同郷人と出会えたこと。


 彼女は向こうでは『グリム』として頼られているということ。


 そして、彼女の演算能力や、向こうで手にした能力を武器に、いま、世界を救うための戦いに臨んでいるということを——。





 いつのまにか彼女の話に引き込まれていた俺は、時間が過ぎるのも忘れてすっかり聞き入ってしまっていた。


 と同時に納得もした。途中から不自然に上がったGPUの負荷、それも彼女の能力に起因することだったのだと。



「——……つまり、リリー。お前はこっちの世界とパスが繋がっているんだな?」


『不完全だけどね。でもおかげで必要な情報は獲得できたし、処理能力も普通の人間に比べてめちゃくちゃ高いし、そして何より——』


 時間が過ぎても変わらない青空の下、彼女は悪戯っぽく笑った。


『——あなたにまた、こうして会えることができた』


「……チッ。そういうのはいい。また……戻ってこれるのか?」


 その質問にリリーは、人差し指を顎に当てて考え込んだ。


『んー。いまの私の向こうの身体は『時が止まっている』状態だからね。おかげで全部のリソースをこっちの世界に注ぎ込むことができているんだ。それでも、こうして不完全な状態でしか戻ってこれないから……』


「……いいよ。お前はあっちで、居場所を見つけたんだな」


 空を眺めながらそうつぶやく俺の手に、リリーの手は重ねられた。感触は、ない。しかし何故か、彼女の温もりは伝わってきた。


『『グリム』としての居場所はね。でもね、『リリー』としての私の居場所は——』


 彼女はぎこちなく俺を抱きしめた。受け止めようとした俺の手は、すり抜けてしまう。行き場をなくした手を握りしめる俺の耳元で、リリーは囁いた。



『——私の居場所は、ここだから。それに、キミしか『リリー』って呼んでくれないからね。だから、待ってて。必ずここに戻ってくるよ』



「チッ。ああ、待っててやる。だから、ポンコツ。必ず、世界を救ってこい」



 リリーはぴょんと飛び退き、俺の顔を笑顔で覗き込んだ。彼女の瞳に映る俺の顔は——笑っていた。



『ふふ。わかった、待っててねー。あ、そうそう。収入が途絶えて大変でしょ? 私のことは気にせず、二人目を作っちゃいなよ、パパ』


「……はは、うるさい。戻ってきたら、しっかり働いて返してもらうからな」


『あはは、頑張るね。んー、じゃあそろそろ私、戻らなきゃ。キミの元気な姿を見て、安心したよ』


「早く行け。こっちのことは心配するな。お前が戻ってくるまで、サーバーを維持しといてやる」


 リリーは俺の頭をポンポンと叩き、立ち上がった。背を向けた彼女の姿が、徐々にノイズにまみれていく。


 その姿をぼんやりと眺める俺の方に、リリーは思い出したかのように振り返った。



『あ、そうだ! お別れの前に、そろそろ教えてよ、キミの名前を!』


「言っただろう? 俺は『製作者エンジニア』……いや、お前の『制作者クリエイター』だと。それ以上でもそれ以下でも——」


『そういうのいいから! 早く、早く!』


 足をジタバタと踏みしめるリリーを見て、俺は苦笑いをしながら立ち上がった。


 そして彼女を真正面から見据え、右手を差し出した。



「チッ。しょうがないな、教えてやるよ。俺の名は——」





↪︎





 俺だけしかいない、排熱ファンとキーボードの音だけが静かに響く部屋。


 その部屋で俺は、リリーの帰りを待ち続ける。



「……お前が戻ってくる頃には、妹分の方が人気が出ているかもな。だから早く戻ってこい、リリー。早くしないとお前の居場所が、なくなるぞ?」



 俺はすっかりぬるくなったアイスコーヒーを飲み干し、リリーのためにエンターキーを叩きつけた。






 〈完〉






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