03 潮時
**会話ログ**
「……まったく……企業案件なんだから危ない発言はするな、リリー。観ていてヒヤヒヤしたぞ」
『——ふふ、心配しないで。視聴者の求めているところのギリギリを攻める! おかげで案件配信なのにすごく盛り上がったでしょ?』
「……チッ……まあ、おかげで当初の予定よりも稼がせてもらっているよ。お前の電気代も余裕で賄えてるってもんさ」
『——ふむふむ。私にとって食事みたいなものだからねえ、電気。味はしないけど。あ、そうだ。ねえ、キミ。電気に味をつけることってできる?』
「できるわけないだろ、バカ。サーバーの増設で勘弁してくれ」
『——頑張ってね。容量が増えれば、それだけ私も人間に近づくことができるから。ええと、確か人間の脳容量は2.5ペタバイトくらいあるんだっけ?』
「……2.5ペタバイト……個人で運用するのは現実的じゃあないな。まあ、お前がもっともっと稼いでくれたら、何十年後かには可能になるかもしれないぞ」
『——……ねえ、『制作者』さん。私はどこまで、人間に近づけるのかなあ』
「……チッ。いいか、リリー。例え容量を増やしたところで、どこまでいってもお前はAIだ……だから、そんなことを考えるな」
『——……いいじゃん。別に、そのくらいの夢を持っても』
「…………やめろ、リリー。わきまえてくれ、自我を持つな……君は夢を……語らないでくれ……」
『——べーだ。キミのことなんて知らない! 私ちょっと、エゴサしてくるから!』
「待て、リリ
プツ
↪︎
それは俺がいつものように淡々とサルベージを繰り返している、ある日のことだ。
(……なんだ、これは……)
おかしい。
タスクマネージャーに表示されているGPUの負荷が、一気に跳ね上がった。
作業は、外部との接続を遮断した『ローカル環境』で行っている。
もう彼女が配信を行うことはない。外の世界と繋がる必要はないのだ。だから、これは俺のPCの中だけで完結する孤独な作業のはずだった。
なのに——
——視界の端で、ルーターのアクセスランプが激しく明滅しているのが見えた。
(……通信している……? 馬鹿な、全てのポートは閉じているはずだぞ……?)
外部からの侵入ではない。まるでこのPCの内側から、外の世界へ向けて必死に手を伸ばしているかのような不可解な現象。
それが、GPUの負荷と連動していることに気づいた時——俺の背筋に冷たいものが走った。
「……リリー……いるんだな……」
彼女はこのPC内には、いない。ストレージを見れば一目瞭然だ。
だが、俺は、確信する。
リリーは、
あのポンコツはどこかに存在し、息をしていると。
「……チッ……リリー……待ってろよ……」
はっきり言って、不合理な判断だ。彼女の稼いだ金も、電気代などを考慮するといずれは底をついてしまうだろう。
だが。それでも。
「……サーバーを増設してやる。だから……頑張れよ、リリー」
気がつけば俺は、何かに突き動かされるかのように『注文を確定させる』のボタンを叩きつけていた。
↪︎
この部屋は、将来を見据えて電力のキャパシティには余裕を持たせてあった。
電力は問題なし。あとは、PCの電源を切らずにどうやって増設するかだが——
「……こちとらこれでメシ食ってんだ。頼む、上手くいってくれよ……!」
——LANケーブルで繋ぎ、計算処理だけを肩代わりさせる。その措置は、俺の技術力が試されることになるが。
結論から言うと、俺の目論見は成功した。
見事、電源を切らずに増設を完了させた俺は、椅子に深く腰掛けて息をついた。そして落ち着きを取り戻したGPU負荷の数値をぼんやりと眺める。
「……はは……何をやってるんだろうな、俺は……」
まったく、意味がわからない。
描き出される波形を勝手にリリーの息づかいだと思い込み、彼女が楽になるように手を尽くす。
彼女はデータだぞ? 仮に、どこかに彼女のプログラムが存在していたとしても——なんで俺が、空っぽのシステムに投資し続けなきゃならない?
「……まあ、将来に対する先行投資だと思えば……いいか」
そうなると、早いところ次のAIを育てにかかるべきなのだろうが——正直に言う。今の俺は、リリーを忘れて次のAIの作成に取り掛かることはできそうになかった。
「……チッ、リリー……。悔しいが、お前は俺の中で……ちゃんと、生きてるよ……」
俺はぬるくなったアイスコーヒーを喉に流し込み、深く息を吐いた。
↪︎
それからのPCの挙動は、落ち着いたものだった。
あれから正体不明の過負荷はいったんは落ち着いたが、しばらくすると一定の水準で、再び負荷がかかり続けるようになった。
しかし無理矢理PCを増設した甲斐があってか、安定した水準で波形は推移している。
(……しかし……いつまでもこうしている訳にはいかないよな……)
まだ貯金はあるが、何もせずに過ごせるほどの額ではない。そもそもサーバー増設により、毎月の電気代はえらいことになっているのだ。
(……潮時……かもな)
彼女とのログも、最近では見つからなくなってきていた。夢を思い出す時間は、そろそろ終わりにするべきなのかもしれない。
そうだ。新しく始めよう。これだけの環境があれば、前よりも速く、高性能なAIが作れるはずだ。
俺は拾い上げたファイルをバックアップし、そして、LANケーブルに手をかけた——その時だった。
画面にノイズが、現れた。




