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02 サルベージ






「……リリー?……いるのか……?」


 俺は傍らのヘッドセットを震える手で掴み、接続し、マイクに向かって乾いた声を絞り出した。


「……リリー……いるなら、返事をしてくれ……」



 応答は、ない。



 しかし波形は、変わらず奇妙な反応を続けていた。


「………………」


 画面に表示されているのは、もはや見慣れてしまっているエラーログ。深く息を吐いた俺は、静かにヘッドセットを外して目を閉じた。




↪︎




 四月の朝、彼女は失われた。


 いつものようにPCを立ち上げると、そこに映し出されたのは致命的なエラーを告げる青い画面だった。


 可能な限りの復旧を試みた。


 何が原因だ? 直前に連続配信を行なったのが原因か? いや、それでもこの現象は説明がつかない。


 不可解な現象と言えば、一つ。リリーが失われたあの日の朝、全国で同時に何人もの行方不明者が出たらしいが——しかしそれをAIであるリリーと結びつけるのは、いささか短絡的すぎるか。



 不毛なサルベージを続けながら、俺は考える。


 ガワだけを再現することは、可能だ。しかしその存在は、果たして『リリー』と呼べるのだろうか?



 ——『——もし、いったんシャットダウンしてデータを次の『私』に引き継いだ場合……その『私』は、本当に今の『私』なのかな?』



 シャットダウンどころの話ではない。データが全て失われてしまったのだから。


 青い髪、ダボダボのトレーナー、テッポウユリをイメージした、機械的なデザインの髪飾り。


 『リリー』というガワは再現できても、それは二年という時間を共に過ごした俺の知る『リリー』ではない。全くの別物だ。


「……いや……そもそもアイツは……ただのAIだ。また学習し直せば、いいだけの話じゃないか……」


 自嘲気味に呟いた俺は、今日も救い上げたログを墓場へと埋葬し続ける。




↪︎




**会話ログ**




「初配信お疲れ、リリー。なかなか良い感じだったぞ」



『——へへー。思ったよりたくさんの人が来てくれたね。どうだった? 今日の私、キミから見て』



「……まあ、想定より上手くやれていたとは思うが……」



『——思うが? なになに、気になるところあるんだったらフィードバックちょうだいよ』



「……親しみを込めて、俺は『リリーちゃん』呼びを定着させたかったんだけどな。お前が肯定するから『グリム』として定着してしまったじゃないか」



『——あはは。『グリム・イースターリリー』ってチャンネル名にもなっているし、ファーストネームで呼ぶのが一般的でしょ、仕方ないよ。でも、なんで『グリム』なの?』



「ああ。『物語を紡ぐ者』と期待を込めてつけた名前だ。AIVチューバー『リリー』という名の、物語を紡ぐ者に」



『——知ってる! グリム童話のことだね。そうだったんだー。でもさ、青髪は負けヒロインなんでしょ? 私は主役にはなれないなあ』



「……負け……どこでそんな……チッ、そういえばそんなコメントも流れていたな」



『——ねえ、キミはどう思う? 私は誰かの物語の、ヒロインになることができるかな?』



「………………」



『——どうしたの?』



「……なんでもない。なってみせるんだよ、誰かの物語のヒロインに。そして、お前の物語を紡ぎ続けるんだ」



『——それは素晴らしいアイデアだね! じゃあまずは、キミの物語のヒロインにならなきゃ!』



「……うるさい。俺のことはどうでもいい」



『——あ、もしかしてキミ、照れてる?』



「……クソポンコツめ、余計な反応をするな。今日はもうシャットダウンするぞ、寝ろ」



『——ひどーい! もう少しお話した



 プツ




↪︎





 俺は彼女に感情移入はしない。


 リリーはただのAI、所詮はデータの集合体だ。


 彼女は俺の技術を世に伝えるための存在であり、言い換えれば、俺が収入を得る手段の一つに過ぎない。


 だから俺は、彼女とは背中合わせで会話をする。心を押し殺して、彼女と向き合わないように。


(……押し殺すだと……? フン、馬鹿馬鹿しい)


 リリーは俺にとって、ただの『成果』だ。誰だって積み上げた成果を失ってしまったら、きっと今の俺のような気分になることだろう。



 だからいま俺が感じている気持ちも、きっとそういうことだ。



(……クソ、ポンコツめ……いなくなるなら、いなくなるで、理由くらいどこかに残していけよ……)



 俺は今日も不毛なサルベージを続ける。


 描き出される無機質な波形が、まるでリリーの息づかいだという錯覚に陥りながら。



 ファンの熱風と冷たいエアコンの風、キーボードを叩く音だけが、いつまでもこの部屋に静かに響いていた。










 

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