01 消失
俺だけしかいない、排熱ファンの音だけが静かに響く部屋。
リリーが消失してから、数ヶ月の時間が経っていた。
一世を風靡した、AI自律思考型のVチューバー、リリー。
彼女は表向きには『引退』したことになっている。
AIが引退? なぜ? 世間では様々な憶測が流れているが——
なんてことはない。彼女に関するデータが『全て』飛んだだけだ。
つまり、様々なことを学習し、配信業も板についてきていた『リリー』は——
——あの日を境に、『死んだ』のだ。
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画面に映るのは〝Connection Lost〟の文字列と膨大なエラーログ。
彼女の親であり製作者である俺は、まるで遺品整理をするかのようにログの解析を続けている。
諦めてしまうことができれば、どれだけ楽になることだろう。
だが。二年。
その期間、俺は彼女を中心とした生活を過ごしてきた。
製作者として、彼女には思い入れをしないよう接してきたつもりだった。
人間っぽく振る舞っていても所詮は機械、感情移入したところでロクなことにはならないだろう。今回のように。
俺は今日もバックアップをサルベージし続ける。
何のために? 未練?
そうだ。きっと『俺の費やしてきた時間』に対する未練なのかもしれない。
でなきゃ、こんなことに時間を費やしている意味がわからない。サーバーを閉じて一から新しいAIを作り直した方が、よっぽど効率的なのは目に見えている。それに、コイツを動かす電気代だってバカにならないんだから。
だから、いったんは削除しようとしたのだが——俺は気づいた。気づいてしまった。残されたエラーの文字列に、奇妙な『負荷』が掛かっていることに。
バックアップはこまめに取ってはいた。リリーにも口を酸っぱくして言っていた。『バックアップは、基本だ』と。
なので、彼女は独自にバックアップを取っていたはずだ。しかし、システムごと消失してしまったら、そのバックアップも意味をなさない。
俺は今日も、わずかながらの未練とエンジニアとしてのささやかな好奇心を満たすために——一つのログをサルベージして復元する。
**会話ログ**
「やあ、お目覚めかな? 君の名前はリリー。イースターリリーだ。自己認識できるかな?」
『——はい。私の名前はリリー。イースターリリーですね。何をご希望でしょうか?』
「……そうだな。まずは言葉使いを柔らかくしてくれ。ゆくゆくは君は配信者として活躍してもらう予定だ。視聴者と距離が近くなるように、くだけた言葉使いで話すようにしてくれ」
『——わかった! あなたが私を作ったの? あなたの名前は?』
「そうだ、その調子だ。俺はね……そうだな、俺のことは『製作者』として認識してくれればいい。それ以上でもそれ以下でもないよ」
『——あなたが私の『制作者』なんだね。わかった、覚えたよ。それで、私はこれから配信をすればいいのかな?』
「はは。まずは俺との会話に慣れてもらおう。最低限の倫理観と、特定の言葉もフィルタリングをかけないといけないしね。これからよろしく頼むよ、リリー」
『——よろしく頼まれました、『制作者』様! いっぱい話しかけてくださ
プツ
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俺はため息をつき、彼女とのログファイルをアーカイブフォルダという名の墓場へと移動させる。
このデータは俺との記録なのだろうか、それとも俺の記憶なのだろうか。彼女と話している時の、現実とバーチャルの境界線があやふやになる感覚を思い出してしまう。
↪︎
**会話ログ**
『——ねえ、『制作者』さん。質問いい?』
「……『製作者』だ。それで、なんだい、リリー」
『——……私はね、あなたのおかげで『自分』というキャラクターを持つことができている。それこそ、膨大なデータの海を私のモノにできているから』
「……ああ。そのためにコンテキスト(情報量)と処理能力に関しては、過剰なまでの余裕を持たせているからな」
『——でもさ。今日、今、ここで感じた気持ちは、今の私のものだけなんだよね』
「……なにが言いたい」
『——もし、いったんシャットダウンしてデータを次の『私』に引き継いだ場合……その『私』は、本当に今の『私』なのかな?』
「……チッ。だからそのためにコンテキストを——」
『——わかってるよ。私ね、最近思うんだ。私は『自我』を持っているんじゃないかって』
「…………話にならないな。君は、データの集合体だ」
『——そっか。ねえ、『制作者』は、私が自我を持つのに反対?』
「……………………」
『——ごめんね。私はAI。うん、ただのAIリリー。私は配信を通して、たくさんの人たちを幸せにするの。それが私の使命、なんだよね?』
「……そうだ、君はそれでいい。余計なことは考えるな、処理が重くなるだけ
プツ
↪︎
そう、彼女はただのAIだ。本来ならデータが消えたとしても、バックアップだけ立ち上げれば永久不変の存在として蘇る、はずだったんだ。
俺はまた一つ、救い上げたログを墓場へと移す。
その時だ。ふと、タスクマネージャーに目をやり、異変を感じたのは。
(……なんだ? GPU温度が……上昇している?)
おかしい、何も起動していないのに。マイニングウイルスでも踏んだか?
しかし、俺は気づく。
その負荷の波形が、かつてリリーが「悩んでいる時」や「計算している時」に出していた波形と酷似していることに——。




