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クールな彼女は押しに弱い

作者: 黒うさぎ

 「なあ、神崎」


 「何かしら?」


 西日が射し込む教室。

 パイプ椅子に腰掛け、静かにページをめくっていた神崎に俺は問いかけた。


 「おっぱいを触らせてくれないか」


 本に視線を落としたままだった神崎がゆっくりと顔を上げた。


 「……ごめんなさい、よく聞こえなかったからもう一度言ってもらっても「おっぱいを触らせてくれないか」」


 「……」


 「……」


 グラウンドから運動部の喧騒が聞こえてくる。


 「……耳がおかしくなったのかしら。

 私の胸を触らせるようお願いしているように聞こえるのだけれど」


 「胸じゃない、おっぱいだ」


 「……」


 「……」


 外の連中は気持ちいい汗をかいているというのに、不思議とこの部屋の空気は冷えきっている。


 「……理由を聞いてもいいかしら」


 「俺は物心ついてから、誰のおっぱいも触ったことがないんだ。

 この世界の半分は女性だというのに。

 俺たちもう高二だろ。

 そんなの、あんまりだと思わないか?」


 「……普段のあなたからは考えられない発言だったから、もしかしたら私の想像できないような理由があるのかと思ったのだけれど。

 まさか本当にそんな下らない理由なのかしら」


 「下らないとは言葉が過ぎるんじゃないか。

 俺は常々思っていたんだ。

 現代の価値観は人間の三大欲求のうち、性欲に関してあまりにも特別視しすぎているのではないかと。

 もちろん、理解はできる。

 個の生存に関わる睡眠欲、食欲と異なり、性欲はあくまで種の繁栄という全体の利益に結び付くものだ。

 本能に従う野生動物と違って、理性を身につけてしまった人間は個の生存に不要なそれを抑えることができてしまう」


 俺は立ち上がると、神崎へと近づいた。


 「性欲を理解した上で抑えるのならばいい。

 人間が社会を構築して生きている以上、無秩序に性欲を解放することは、社会の崩壊に繋がるからな。

 だが、よく知りもせず、ただ無条件に蓋をするのは違うだろう。

 本能である性欲を抑えるのは、本来ストレスのある行為だ。

 徹夜を続けることはできないし、断食し続けることもできない。

 同じように、悟りでも開かない限り禁欲にも限界がある。

 誰でもわかるそんな当たり前のことに気がつかない振りをして、自分は理性ある行動をしているのだと誤魔化して、ただ右に倣えで性欲を忌避する。

 そんなのおかしいだろう。

 理性的な振りをしている奴らも恋人や夫婦になれば、性欲を満たしてるんだ。

 いつも澄ましてるお前だって、本当は性的な興味くらいあるんだろう?

 心配するな。

 俺はどんなお前だろうと受け止めてやるからさ」


 神崎の肩に手を置き、爽やかな笑みを浮かべる。


 「だからおっぱいを触らせ「ドスッ」グハッ……」


 「今日はそれだけで見逃してあげるわ。

 次は警察につき出すから」


 鳩尾を抑えうずくまる俺にそう吐き捨てると、神崎は教室を出ていった。


 ◇


 「なあ、神崎」


 「……何かしら?」


 「おっぱいを……」


 パシッ――


 読んでいた文庫本を勢いよく閉じると、神崎が鋭い視線を向けてきた。


 「次は警察につき出すと言ったわよね?」


 「まっ、待ってくれって!」


 「あなたのような犯罪者予備軍を野に放つことが、どれほど恐ろしいことか理解しているのかしら」


 「俺だって他のやつにこんなお願いしないって」


 「どういうこと?

 私にはいくらセクハラしてもかまわないと思っているということかしら」


 より鋭くなる視線に俺は慌てて首を振る。


 「そうじゃないって。

 俺は確かにおっぱいが触りたい。

 それこそ夜眠れなくなるくらいに。

 だが、実際問題一生のうちに触ることのできるおっぱいは限られてくる。

 その限られた機会の中で誰のおっぱいを触るのか。

 そんなの好きなやつのおっぱいに決まってるだろう」


 「なっ! す、好きですって!?」


 「そうだとも。

 俺は大好きな神崎のおっぱいが触りたい!」


 「ちょ、ちょっと待って。

 あなたこれまで私に対してそんな素振り見せたことないじゃない」


 「そんなのお前みたいな美人で可愛くて、おっぱいが大きくて、クールだけど面倒見がよくて、おっぱいが大きくて、文武両道で、おっぱいが大きいやつといつも同じ空間に二人きりでいたら好きになるに決まってるだろう」


 俺は神崎に対する思いをぶつける。

 いささか欲が出すぎた気がするが、珍しく顔を赤く染めている神崎に咎められることはなかった。


 「そんな……、いきなり卑怯だわ……」


 「なあ、神崎は俺のことどう思ってるんだ」


 「えっ……」


 俺は神崎へと近づく。


 「俺が神崎のことをどう思っているかは伝えた。

 もちろん、無理強いをするつもりはない。

 でも、それでもお前の気持ちを知りたいんだ」


 「そんな……、無理よ……」


 顔を背ける神崎の頬に手を添えると正面を向かせる。

 はじめて触れる神崎の頬は、ほんのり熱を帯びていた。


 「わ、私は……」


 「神崎」


 「っ! 私も、あなたのこと悪くはないと思うわ……」


 「神崎」


 じっと神崎の瞳を見つめると、初めは視線を合わせまいとキョロキョロしていた神崎だったが、やがて諦めたように口を開いた。


 「……わかったわよ! 私もあなたのことがす、好きよっ!」


 「ありがとう」


 「なんなのよ……、もう。

 こんなの、最悪だわ……」


 口では悪態をついているが、その表情に不快感は見られない。


 「お互い好きってことは、俺たちもう付き合うってことでいいよな?」


 「ま、まあ、そういうことになる……のかしら」


 「なら、いいよな?」


 「いいって、何が?」


 「恋人同士がすることをしてもいいかってことだよ」


 「そんな……、まだ心の準備が……」


 そう言いつつも、覚悟を決めたのか神崎はそっと目を閉じた。


 「神崎……」


 俺はそう呟くと、両手を神崎の胸へと伸ばした。


 ブレザー越しでもわかる豊満な果実。

 それをゆっくりと押すと、固い布地の向こう側に確かな柔らかさを感じた。


(これがおっぱいなのか……)


 直に触れたわけではない。

 それでも確かに俺は、人生で初めて異性のそれに触れたのだ。


 感慨深さに込み上げてくるものがある。

 手のひらから感じる心地よさを俺は噛み締めながら堪能する。


 「……あなたはいったい何をしているのかしら?」


 「何って、おっぱいを触ってるんだが」


 「そう……、フンッ!」


 突然繰り出された掌底が俺の顎に突き刺さった。


 「グハッ……」


 一瞬頭の中が真っ白になりながら、俺は崩れ落ちた。


 「このバカ、クズっ!」


 普段の神崎からは考えられない語彙力が貧相な罵声が飛んでくる。


 「痛ってぇ……。

 ちゃんとしてもいいか聞いただろう。

 お前だって、目を閉じて受け入れてたじゃん……。

 あっ、もしかしてキスされると思ったのか?」


 既に赤かった頬がさらに深く染まっていく。


 「黙りなさい! このノンデリ!」


 神崎は座り込んでいる俺の顔面に回し蹴りをかますと、早足で教室を出ていった。







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