八話 囮
二人は武器庫から水路の上に武器・銃弾などを運んだ。
折り畳みのボートに乗せられるだけ乗せていく。
作業していると、ティヤは「それにしても…」と落ち込んだ声を出した。
「スラが浄水虫の施設で使ったあの青い光のやつ、結局どうやるのか分かんなかったなぁ」
二回戦目となる前に、二人は演習場で四苦八苦していた。
マニュアルにはない強力なキヴォトスの仕様をもう一度、と色々試したが、既存のそれ以上はなかった。
「ほんと、あれどうやってできたの?」
ティヤはもう一〇回くらいは訊いた質問をまたスラに尋ねる。
スラは辟易した顔をした後、彼に気づかれないようニヤ、と口角を上げた。
「だからぁ、なにか操作したワケじゃないんだって。フッ。‥‥————————せぇええいッッ‼」
「うわ⁉」
「…って気合が入ったらできたんだ」
スラが前触れもなく叫んだので、ティヤも思わず叫んだ。
ティヤは心臓をバクバクさせながら、にやにやしている彼女を睨む。
同じことを聞かれて飽きていた彼女は良いリアクションをくれた片割れに満足する。しかし改めてスラは「さっきも言ったけどさ」と続ける。
「〝フラム〟が起動した気がしたんだけどね。それは最初の一瞬で、あとは使いやすいようにキヴォトスが応えてくれた感覚だったんだ」
〝フラム〟とはキヴォトスに搭載されている機能の一つだ。
演習の時間で使いようのない機能だと結論づいていたので、ティヤは理解できない顔で自分のキヴォトスに視線を落とした。
「【攻撃機能が通常状態となるよう使用者と繋がる】ことが〝フラム〟の機能だ。スキルエリアと使用者との橋渡しでもなく、ランダム選択でもないのならどういう…、…うーん。分かんない」
「ティヤが分かんないなら私も分かんないや」
「いや、お前が使えたんだからお前に分かって欲しいところだよ」
盛大な呆れを込めてティヤは相棒に突っ込む。更に「そもそも〝フラム〟は使うなって言っただろ」とティヤが叱るとスラが「いつ言ったっけ?でも使おうと思って使ったんじゃないよ!」と抗議する。
とはいえ、とティヤはキヴォトスの異常ぶりを怪訝に思った。
「キヴォトスって変な武器だよな。エネルギー源とかどうなってるんだろう」
「あ!確かに。〝ブリッツ〟とか熱量のあるものも出せるのに、充電というか、補給というか、そういう手間とか必要ないもんね?」
「ホントはキヴォトスについても調べたいんだけど、俺達の身の上を考えると後回しだな。ひとまず今日の戦闘を乗り切ることに集中しよう」
今日は出動の要請が指示書から出ている。
自分たちの推測が正しければ、無視するわけにはいかないのだから。
二回戦が始まる。
ボートが海面を滑走し、沖へ出て行く。
あらかじめ燃料を減らしておき、ボートのエンジンは途中で切れ、沖で漂った。
数分だったろうが、長い静寂に感じた。
二人は顔を見合わせる。
怪物の気配を〝ラダル〟で感じ取った。
水路の上からでは恐ろしいほど静かな海面だが、怪物が深い海の底から猛烈な速さでボートに向かっていた。
ボートごと海面を突き上げた水柱が、ゴッ‼と唸って立ち上がる。
二頭のアスタロトが囮に食いついたのだ。
すかさず、ティヤとスラが〝ブリッツ〟照準式で狙撃した。
パァン‼パァン‼と何発も繰り返される。
狙撃が苦手なスラだが、弾数の多さに慌てたアスタロトならばティヤが当てられる。
何発かアスタロトの胴体に命中した。二頭のアスタロトは永遠と撃たれる狙撃に体が耐え兼ね、海面に浮かぶことになった。
「増援だ」
更に海底から動きを感じ取り、二人は狙撃の構えを取り直す。
しかし、増援の敵は海中で旋回して中々上がってこない。
すると海面に浮かんでいた一頭のアスタロトの死骸が不自然にゆっくりと沈んだ。
「増援のアスタロトが海中に持っていったのか?」
ティヤがその不自然さに呟くと、スラが「引っ張られた感じだったね」と怪訝に返す。
二人は思わず呼吸を忘れた。
仲間の死骸を咥え、海中に引きずり込んだアスタロトはその紐状の体を捻らせる。
捩じる力が限界まで絞られ――
―――仲間の死骸を、海中からナグルファルに向けて投げ放った。
「………―――ティヤ‼撃たないと‼アレが船に落ちる前に‼」
アスタロトが空へ高々と上がった光景につい見入っていたティヤは、スラの叫びで我に返った。二人は上空に向けて狙撃を始める。
アスタロトの体長はおよそ二〇~三〇m、体重は約一〇〇t。
それがあの高さから落ちるなら、その衝撃は最悪、船底まで穴が開く可能性すらある。
加えて、ナグルファルの発電は海水燃料スタック、波力発電、風力発電、太陽光発電など電力の供給を細分化していて、至る所に熱量が配備されているのだ。
一つの破壊が大爆発に繋がるのは目に見えていた。
二人は上空に舞うアスタロトを狙うも、風が軌道をずらして弾が中々当たらない。その間、沖にくすぶっていた増援のアスタロトが二頭姿を現し、ナグルファルに猛進してきた。
ティヤは舌打ちする。
「あいつらこっちにも向かってくる!」
ナグルファルにいれば安全――そんな無意識が覆されそうな危機感を覚えた。
「スラ‼駄目だ‼ナグルファルから離れよう‼」
上空のアスタロトを撃ち砕いた肉破片も一秒ごとに距離を殺してくる。狙撃が間に合わなければ爆発に巻き込まれてしまう。
爆発に巻き込まれるのが先か、前方に迫るアスタロトの到達が先か。
スラは唇を噛みしめ、「そうだね‼賛成‼」と狙撃を中断する。
水路から飛び降り、二人は〝ブースト〟の出力を上げてナグルファルから早急に離れた。
黒い死骸はついに船へ落ちた。
低い轟音と高い破裂音が何度も海を角立たせる。伝わる衝撃だけで圧し潰されそうだ。
海から確認できるほどの高いビルが崩れ落ちていく。発電機の爆発によって横殴りに吹き飛ばされる建物もあった。
沖に出た二人に届く風圧は暴力的で熱く、煙臭いものだった。
しかしそんな風に気を取られている暇はない。
二頭の襲来はすぐそこまで来ている。
ティヤは右手に〝ブリッツ〟散弾式を、左手に〝ミエ〟刀剣式を装備した。
「スラ!二手に分かれて戦おう!一対一なら勝てる!増援が来たらすぐに合流!」
「分かった!あまり沖に出過ぎないようにね!」
「そっちこそ‼」
沖に出れば出る程アスタロトに有利な戦場になる。かつ一時撤退も憚られる状況になってしまった。
二人は街の爆発に巻き込まれない距離を取りながら、ナグルファルに近い所で二手に分かれた。
――――――
一頭のアスタロトが大口を開いて鋭い触手をティヤに突き出した。それを〝エスタ〟で防ぐが、予想以上の勢いに〝エスタ〟の光の帯ごと後ろへ飛ばされる。
(〝エスタ〟は基本正面の攻撃のカウンター。触手に対して乱発してると――‼)
海面で転倒しないよう着地をする。
一息吸う暇もなく、アスタロトから突き出された触手を散弾式で弾いていく。
ティヤは触手を全て弾こうとはせず、〝ラダル〟で感知しながら躱し、少しずつナグルファルの方へ引きつけた。
(陸で戦わせてやる)
ティヤは一回戦目でスラが貫いた水路まで来ると、海上から上がってナグルファルに入った。
アスタロトは躊躇なく船床に這いあがり、どろりとした粘膜がナグルファルの床に広がる。
うねりながらティヤを追いかけ、凶悪な筋力で蛇のように頭を突き出す。
目の前の獲物を飲み込んだ瞬間、アスタロトの体側に〝ミエ〟槍式が深く打ち込まれた。
ナグルファルに入ってすぐ、ティヤは〝イリュジオン〟で囮の一体を作っていた。
致命傷となる一撃ではないものの、かなり深く入った。アスタロトはギャアアアアア‼と喚き散らかし、のたうちまわった。
「〝ブリッツ〟‼」
ティヤはキヴォトスに指示を出す。銀糸が発射式を彼の肩に編んだ。
海での戦闘と違い、陸に上がったアスタロトは刃の尾まで見切れる。その強靭な尾は陸ではそうそう使えない。暴れていようがただの的と成り下がった獲物に、ティヤはトドメを刺そうとした。
…まるで、怪物は人間の慢心を引き出そうとしているようだった。
その表情も分からない顔が一瞬、嗤っているようにティヤは見えた。
知性で負けているようなそぶりで暴れていたくせに、アスタロトは刃の尾を横殴りに振り払った。
豪風がティヤの白髪を乱れさせるも、それは彼を狙っていなかった。手短に形の残っている水路を破壊して、その瓦礫を海の方へ飛ばしたのだ。
「―――――スラ‼」
その狙いは海で他のアスタロトと戦う彼女だ。
スラに気を逸らされたティヤはたったの一秒、遅れた。
槍式を刺されたアスタロトが口の中の触手を全てティヤに放っていた。
少し沖寄りでスラは一頭のアスタロトと交戦していた。
〝ミエ〟長剣式を両手に構え、接近戦をすることで刃の尾を封じる。
(尻尾の攻撃は振りかぶる必要がある、中距離攻撃みたいなもんだ!近ければ使えない‼)
リーチを必要とするその一手を封じると、代わりに怪物の口からかえしのついた牙の触手が放たれる。
しかし長剣式が得意なスラは触手を軽やかに切断していく。アスタロトの懐に入っては長剣式を胴体に刺しこみ、また触手と応戦しては刺しこみを馬鹿みたいに繰り返す。
槍式ほど深く入らなくとも、こうもしつこく繰り返されるとアスタロトも痛いようだ。ガアァ‼ガアァ‼と痛みと苛立ちに吠え始めた。
アスタロトはついにスラから顔を背けて海に潜ろうとした。
「絶っっっ対逃がさないよ‼」
太く凄みのある声でそう言い切ると、なんと背を向けたアスタロトの背中に飛び乗り、頭部に近い所まで走った。粘液で滑りながらも、長剣式から変更して刀剣式をアスタロトに刺して支えにする。
頭部に近い所まで上れた。刀剣式を深く差し込み、ぬめりで滑り落ちないよう足場にした。
脳天からかち割ってやろうと、大斧式を編む。
思い切り、上から振り下ろした。
ドッシュ‼と斬りこむ。
(もうちょい‼)
粘膜が切れ込みを抑えている。致命傷には惜しかった。
もう一度振り上げた時。
「わっ!わっ!―――やばっっ‼」
アスタロトは激しく頭部を揺さぶり、その勢いに投げ出されてしまった。
驚きながらもスラは上手く海面に着地してアスタロトから離れる。アスタロトはスラが離れたことにまだ気が付かず、大斧式が刺さったまま頭を振り続けている。
まさに好機だ。発射式で王手を決めようと、キヴォトスに指示を出そうとした時。
〝ラダル〟が違う脅威に反応した。
スラはその気配の方を向いた。
反射的に〝エスタ〟を起動させて殺意を込められた瓦礫の投擲を防ぐ。
鋭い風に顔をしかめながら、スラの瞳にある事実が映った。
(ティヤが―――いない――――‼)
投擲された場所は――激しい戦闘の後だけが残されたナグルファルの水路付近だった。
彼が戦っていたのだろう。
「〝ラダル〟‼」
交戦していたアスタロトはまだ頭を振りかぶっている。
その間にその場から離れ、味方の感知を優先させて相棒を探した。
(見つけた‼)
彼の動きを捉えた。スラは急いでそこへ向かう。
「ティヤ‼」
彼は沖に連れ出されたようで、ばしゃばしゃと溺れそうになっていた。
〝グラビティ〟が起動できていれば溺れるなんてことないが、もしかしたら負傷してしまったのかもしれないと、スラは彼の前に回り込んで手を差しだした。
「ティヤ‼こっちだよ‼ティ――…」
嘔吐する寸前のような苦しさが、彼女の目の前を真っ暗にした。
ティヤは息絶えている。
でも溺れているように体が動いていた。
スラは瞳を揺らしながら、彼の身体を見ていく。
彼の首、肩や手首に巻き付く、アスタロトの触手。
かなり深い所からアスタロトが触手を伸ばし、海面でティヤの死体を操り人形のように動かしていた。
まるで、生きていたらこうするんだろう?とでも言っているかのように、ティヤの手をスラへ差し出した。
スラは逃げることなく、無造作に差し出されたティヤの手を握る。
触手がスラの腕にも巻きつく。その力に引っ張られて、彼女はぺたんと海面に座り込だ。
そのまま、スラはティヤの額に自分の額を合わせる。
「大丈夫だよね?シミュレーション世界なら…死んだり、しないよね?これでもう、起きるかな…」
はたはたと落ちる彼女の涙が、片割れの顔に落ちる。
青い光を放ったあの技を、なぜか今は使えない。キヴォトスも、なにも応えない。
下から黒い影がどんどん黒くなる。双子はその穴のような口に消えた。