七話 戦利品
〝ブリッツ〟の閃光が激しく飛び散る。
精密兵器から放たれる雫の矢がその閃光とぶつかる。
数ですでに負けている二人だが、一つ有利な点があった。
精密兵器は大切な浄水虫が傷つけられないよう、水槽へ向かった流れ弾を全て防いでいた。
精密兵器の手数や動きを必然的に絞ることができたため、拮抗状態を保てている。
「で⁉どうする⁉」
スラは迫った精密兵器に〝ミエ〟長剣式で対抗しながらティヤに方針を尋ねた。
前衛のスラの援護と守備を〝ブリッツ〟を使い分けて行うティヤは、「まず数を減らそう‼」と拮抗状態から抜け出す意向を伝える。
「〝イリュジオン〟!」
ティヤは自分の幻覚を五体創り出し、全員〝ミエ〟刀剣式を持たせた。
内三体の幻覚を二騎の精密兵器と対峙させる。
他二体の幻覚は、ティヤが後衛を中断する間、スラの盾になりに行かせた。
三体の幻覚に戦闘態勢を見せた二騎の精密兵器に対してティヤは〝ブリッツ〟発射式を水槽に向けて放った。
威力の強さに、その二騎は幻覚との攻防を捨て、砲撃が水槽に当たらないよう自ら盾となった。
虹色の光がガラスの破片のように散っていく。核の破壊に、ティヤは「よし!」と拳を握った。
「スラ!お前は奥の水槽壊して一匹浄水虫捕まえろ!」
他の精密兵器をティヤの幻覚と共に抑えていたスラはぎょっとして「私⁉」と叫ぶ。
「あ、悪臭の元凶を手に取れと⁉私が⁉」
「複数相手にすんなら俺がなるべくひきつける!早く行って!」
戦力の配置に関しては、相棒の方が的確だ。決して臭いものを片割れに押し付けようとしているわけではないとスラも思うが、渋々といった顔で「んもう‼分かったよ!やだなぁ‼」と答えた。
スラの離脱に気づいた二騎が彼女を追う。
残りの六騎はティヤが抑えていることを確認した彼女は、くるりと反転してその二騎を迎え撃つ。
最初に一騎が前に出てきた。
「——————————ぐ、うぅ‼」
強烈な激流の刃を、スラは長剣式で受け止める。
右手の長剣式で拮抗を保ちながら、左手に〝ブリッツ〟散弾式を起動させ、がむしゃらに精密兵器に撃ち込んだ。
至近距離の散弾を全て防ぐ一騎をよそに、二騎目がスラの傍らに躍り出た。
スラは応戦するより回避を優先し、〝ラダル〟で躱しながら〝ブースト〟で速やかにその場を離れた。
(あっっぶな!死ぬかと思ったよ‼)
〝ミエ〟の刃は精密兵器と拮抗できるが、スラの得意な刀剣式と長剣式では精密兵器に勝らない。
仮に槍式と大斧式が打ち勝てたとしても、それらは大振りを得手とする。 機動力の高い敵を相手に使うには、スラの技量が足りない。
後方支援がない状況になると、まんべんなく機能を使いこなすティヤより追い詰められるのが早かった。
ティヤはより多くの敵を引きつけているのに。
スラは無意識に唇を噛んだ。
(‥‥いつもこうだった気がする。いつも、いっつも私は)
彼女の琥珀のような目には、彼女の片割れが戦っている姿が映る。
この感覚は、随分と慣れ親しんだものだ。
頭も要領も悪い自分の存在価値なんて無いのだと。
前が見えなくなるくらい重たくて暗い布を被るような感覚。
でも。
それでも、負けなかったのは。
(役立たずの私を、相棒がずっと守ってくれている。
あとは私が、この身体を全力で動かすだけ‼)
スラのキヴォトスから青い光の糸が溢れていく。
〝フラム〟が〝ミエ〟が起動させた。
青い光の糸が集まり、武器を構成していく。
形は和風の刀剣だ。青く光る刀身は均等に反り、切先に向かうにつれ細くなっていく。そんな刃幅が織り成す姿は本当に美しい太刀だった。
精密兵器がスラの武装に対して動きを止めた。まるで驚いているようだ。
スラはその隙の間に、一騎の精密兵器の頭を一閃する。
光弾を弾くほど硬い頭部は柔らかい素材のように斬られた。
一騎が倒されたデータをすぐさま解析し、二騎目は体を変形させ、樹木のような幾重の鞭をスラに向けた。
核から離れたところでスラを仕留めるつもりだ。
スラは今まで以上に速く伝達される〝ラダル〟を頼りに、自分に届く前にその鞭の軌道先を刃で斬っていった。
猛烈な熱量の斬撃は宙に残り、液体の鞭がその軌道線状に乗った瞬間、ジュアア‼と焼き消えた。
その湯気に火傷しながらも、スラは精密兵器の懐まで踏み込んだ。
精密兵器は体ごと頭部をまっぷたつにされ、赤茶色の液体が水槽や床に焼き付く。
ぜーぜーと肩で息をしながら、スラは一番奥の水槽に向かった。
精密兵器は虚像のティヤの頭を何度も串刺した。
虚像のティヤは銀糸となって解け消える。
〝イリュジオン〟による幻覚を盾にしながら、本物のティヤが〝ブリッツ〟発射式を使って精密兵器や水槽を狙う。
一騎はそれで倒した。しかし攻撃パターンを覚えた五騎の精密兵器は発射式を持つティヤが本物だと認識し、それ以外のティヤを無視し始めた。
(さすがに散らせないと!)
ティヤは砲撃型の設定を変更してから撃った。
大きな光弾の軌道はすでに精密兵器に覚えられたので、全ての精密兵器がその光弾の射線上から離れた。
ティヤは悪戯に口角を上げる。
大きな光弾からバヂィ‼と強烈な破裂音が弾けると、四つの光弾に分かれた。
散弾式に似ているが散弾式よりも威力は強く、精密兵器は水槽を守るため、自らの身体の一部を犠牲にして防いだ。
一騎はティヤを仕留めることを優先し、そのまま突っ込んできた。
ティヤも応戦の準備は考えており、〝レジェクト〟を起動させすぐに発射式から〝ミエ〟槍型に変更した。
精密兵器の一撃は〝レジェクト〟で防ぐ。そして二撃目が来る前に槍型で頭部を貫いた。
虹色の光芒が煌めき、赤茶色の液体が床にばじゃんと勢いよく落ちる。
戦術が上手く運んだものの、体力の消耗にティヤの息は乱れていた。
発射式を四等分した光弾では四騎の精密兵器は倒せない。水槽を守り切った四騎はティヤに雫の矢と樹木の鞭を放つ。
手数の多さにティヤが息を飲んだ瞬間。
ゴバアァッッ‼
と傍らの水槽が破壊され、ドドドド‼と浄水虫ごと液体が流れ出た。
驚きながらも、ティヤは〝グラビティ〟を起動させ足がすくわれるのを防ぐ。
破壊された水槽は三つ。大量の液体が床を覆いつくし、膝を超えるくらいの水位となる。
精密兵器らはティヤへの攻撃を中止し、蠢く浄水虫を傷つけないように拾い始めた。
一時休戦となったティヤは〝イリュジオン〟を四体放って奥の水槽の影に身を転ばせる。
そこにはスラもいて、すでにティヤから怒られる心構えでいた。
「このッッ、馬鹿‼」
案の定ティヤは怒鳴る。
スラはキュッ、と小動物のように首をひっこめた。
「一個だけだよ壊すのは‼なんで一列全部壊した⁉俺に当たったら死んでんだぞ⁉」
「い、いや、なんかめっちゃ強いのが出ちゃったの。ご、ごめんて」
「ごめんで済むか‼そこは制御できるとこだろ⁉〝シメイラ〟とか〝チューニング〟で‼」
「そんなのいじってないよ!勝手に強いのが出ただけ!」
「ちゃんと読まないからこうなるんだよ‼あっ、ほら‼お前が余計に壊したせいで増えた!」
ティヤは〝ラダル〟で感じ取った気配に、水槽から顔を出して敵勢力を確認する。
新たに四騎増えていた。
「振り出しに戻った!どうすんだよ‼」
感情的に怒鳴るティヤに、スラも腹が立ってきた。
「ねえ!全部私のせいにしてない⁉さっきだって私が撃ってなかったらティヤ穴だらけになってたでしょ⁉」
「もっと上手くやれるだろって話しだよ‼」
「指示を出したのはティヤじゃない‼」
「じゃあそっちが考えろよ!」
つい喧嘩に熱中していたが、その間に精密兵器が浄水虫を壁際に寄せ集め、安全の確保が完了してしまっていた。
一時休戦は終わりである。
ティヤとスラはまずいと青ざめた。
「て、撤退しよう」
スラが提案するが、ティヤは承諾できなかった。
「どうやって。だって俺達が来た道から敵が増えてんだぞ。後ろは行き止まりだ。戦うしか…」
ティヤの幻覚はみるみるとやられていく。
振り出しに戻って戦えるほど、二人の体力は残されていない。たとえ逃げに徹したとしても、増援があるということは戻る過程で挟み撃ちに遭う可能性がある。
「あそこ‼」
知らずに俯いていたティヤはスラの大声にはっと顔を上げた。
「ジャベリン出力マックスで上まで上がっちゃおう!」
彼女が指を差している方向は、資源回収していた平べったいロボットが出入りしていた細めの管。
ティヤは短く息を吐き出して「賛成」と頷いた。
眼前に迫った敵を見て、悩む暇などなかった。
二人はそれぞれ五体の〝イリュジオン〟を放ち、増援で数を戻した精密兵器と同数を対峙させる。
この乱戦の中、離れ離れになってしまえば誰が本物か分からなくなる。お互いが分からなくならないよう、二人はなるべくくっついたまま壊した水槽へ走り出した。
天井から伸びる管も途中で焼き切れているところに、スラがジャベリンを放った。
ゴッ‼とけたたましい雷光が管もろとも天井を突き破っていく。
ジャベリンで開けた穴からは遠く、空が覗いている。
ティヤはすぐにスラを背負い、精密兵器が幻覚を突破する前にジャベリンを床に向けて撃った。
〝グラビティ〟で最大まで軽量化した二人の身体は跳ね上がるように上へ吹き飛ぶ。
精密兵器は過剰な熱量から壁の隅に集めた浄水虫を守る盾となる。そのまま二人を追うことはなかった。
――――――――
ジャベリンで撃ち抜いた穴から、二人の身体が水ロケットのように出てきた。
「〝カーボナイト〟‼」
調整した重さを指定し、二人は発射式の方を使って横へずれた。
近くの建物の屋上へ滑りながら減速し、上手く着地する。
外はすっかり晴天で、青空には綿のような雲が浮いている。
そんな空の下、流れ落ちる汗を拭いながら、二人はあるものを屋上の床に置いた。
「…盗ってきたから追われると思ったけど」
うごうごうご…と蠢く浄水虫が二匹。
スラは浄水虫の飼育施設の方を不安気に眺める。
スラの不安はティヤも同感だが、〝ラダル〟が反応を示さないので「大丈夫」と声をかける。
「それより、とっとと捌いてみよう」
ティヤは〝ミエ〟刀剣式を設定し、まず一匹目に切っ先を刺した。
「なんかぶにぶにしてて…上手く開けない」
粘膜が邪魔になっていると思ったスラは、ティヤに動きを止めるよう手で制する。嫌々ながら、浄水虫の粘膜を手で剥いでいった。
スラが粘膜を剥いだのを確認し、ティヤはもう一度刃を入れ込んだ。
柔らかく分厚い切り身のような手応えに変わる。
ぎゅぅぶうう、という鳴き声を上げて、浄水虫は体節ごとに切断された。
「うわわわ…なん、え、これオイル?」
ぬろぅ、とゆっくりとした動きで出てきた液体は劣化したエンジオイルのようだった。
スラはサッ!と手を引っ込めたが、あることに気が付いた。
「臭くない」
臭そうな液体だというのに、体臭ほどの臭いは感じなかった。
ティヤもぶつ切りにされた浄水虫に顔を近づけ、「ほんとだ。スラの手の方が臭い」と思わず言ってしまった。
手を汚して頑張ったスラはイラッと片方の眉毛を上げる。粘膜のついた手をティヤの鎖骨あたりにべとっとつけた。
「あ‼なにすんだ馬鹿‼こいつ‼」
ティヤが彼女の手を払いのけ、そしてスラが負けじと彼の身体に粘膜をつける…そんな応酬が少しだけ続いた。
――――――――
その後、二人は残ったもう一匹を持って兵舎に戻った。
ティヤがあることを検証したいというので武器庫に直行する。
海底一階の武器庫は旧式の武装が丁寧に並んでいる。
拳銃やサブマシンガン、手榴弾などが三、四種類ほど。大した在庫はなく、二人で使うのならば二回戦ほどで消費できるだろう。
「こうして戦利品を並べると、私たち処刑されるだけじゃ足りないくらいの犯罪者だね」
戦利品を見下ろして、スラは言った。
石材の床に鉄製のバケツを置き、その中には浄水虫が入っている。
そして街の商業ビルに展示されていた女性の右足。
その隣にはいくつかの銃弾から取り出した火薬。
浄水虫の水槽から盗った汚物の石。
ティヤは「始める前に」と言いながらしゃがんでバケツに手を置いた。
「スラ。アスタロトは人間の他に食えるものがある。なんだった?」
「え?人間でもなんでも食べるんでしょ?」
「…」
相変わらず大雑把に認識している彼女に、ティヤは目を座らせる。
「間違ってはないんだけど。アスタロトの〝食べる〟っていうのは俺達と同じ。生命維持に必要な栄養摂取として行うんだ」
「一行でね。一行で分かりやすく説明してね」
スラもしゃがみ、ティヤに必死に食い下がる。このまま彼を野放しにすればあれもこれも説明されてしまう。
ティヤは「一行は無理だから」とバケツをぺちぺち叩きながら言う。
「アスタロトは人間の他に、大陸にあった人類兵器をほとんど食い尽くしているんだ。大陸から人間がいなくなった後、今もあの巨体を支えられているのはそのおかげではないかと俺は思ってる」
「分かるような。分からないような」
「もともと浄水虫だって資源ごみを食う生き物だ。人間の汚物も、工業廃水も有害ごみも。こいつらの代謝は恐ろしく効率の良いものなんじゃないかな」
「…えっと、つまり…。昔食べたものを効率よく消化して今も生きているってこと?」
「お!スラにしては飲み込みが早いじゃん!」
素でティヤから褒められたスラは「スラにしては」と部分を綺麗になかったことにしてえへへ、と喜んだ。
「まあ俺が言いたいのはその先。つまり、浄水虫がこの戦利品の中で一番好きなものは、実はアスタロトも好きなのでは?という検証をしていきます」
先生風を吹かして言うティヤに、なんだかのってきたスラは「はーい!」と手を上げて返事をする。
さて始めよう!と意気込んでバケツの中を覗いた二人は、
…浄水虫のいないバケツの底を見て固まる。
「……ッッッッああああああ‼穴‼穴開いてる‼きっっもー‼」
驚きのあまり立ち上がったスラは叫んでバケツを指差す。
ティヤはハッと開いた穴から尾を引く粘液の先を目で追った。
浄水虫はいつの間にか鉄製のバケツを自分の身体が通れるくらいに食い破り、自ら陳列された餌たちに向かっていた。
「ちょ、スラ!うるさい静かにして!」
なお叫んでいるスラに、ティヤは彼女の膝あたりを叩いて黙らせる。
ティヤは浄水虫が先に選ぶものを注視していると…。
浄水虫は迷うことなく火薬を選んでいた。
ティヤは少し考えた後、勿体ないとは思いつつ手榴弾を浄水虫のそばに置いてみる。
浄水虫の触手がぴよぴよと動き、手榴弾に触れると今度はそちらの方に体をぴっとりとくっつけた。
「…汚物の石より火薬を選んでる」
汚物の石を浄水虫にひっつけるが、浄水虫は手榴弾に夢中だ。
「浄水虫の頃から火薬や金属を好むのか。それならこれを海に流せばアスタロトが出て来るんじゃないか?」
「だとしても一口でぺろっと食べられちゃうんじゃない?誘き出してもすぐ海底に帰っちゃうかも」
「分かってる。でも、海面にさえ出てくればいい。だって俺達には」
ティヤはキヴォトスに指示を出して、〝ブリッツ〟照準式を手に取った。
「これで倒せるのなら、わざわざ不利な戦場で戦う必要はないかも」
「それは名案!」
二人はそのまま囮を使った作戦を練り始める。
この時は浄水虫の体臭に慣れてしまった二人だが、翌日、武器庫に戻った際しばらく入れなかったのは別の話しである。