六話 精密兵器(ジャルグーン)
「…暗…」
ティヤは文句を呟いた。
なんと、施設には鍵がかかっておらず、簡単に入れたのだ。
ただ、照明が機能していない。〝ラダル〟を頼りに通路を把握して進むも、すり足で動く二人の足音すら聞こえそうな静寂は気味が悪かった。
スラとティヤは〝ブリッツ〟散弾式を起動させ、互いの背中を守りながら下に繋がる経路をたどる。
「ティヤ、大丈夫?怖くない?」
「からかってんの?別に怖くないし。暗いから暗いって言っただけ」
ティヤは子供のように不貞腐れた言い方をする。
そんな彼に、スラは「あれ?」と曖昧な記憶を彼に確認した。
「暗いのが怖いんだっけ?暗いと幽霊が出そうだから怖いんだっけ?」
「は?どっちも怖くないし記憶違いなんじゃない」
ティヤは早口で否定する。
スラは「心配してあげてるだけなのに…」と呆れた。
スラはなにかを感じて立ち止った。
「待って。ティヤ。なにかいる」
「は?まじでやめろ。ほんとに」
ティヤも立ち止り、きつくスラに言い含める。少し声が泣きそうである。
そんなティヤの背中をスラが叱るように肘でつつく。
「違うって。からかってない。ほんとになにかいるの」
「い、いないよ。だって〝ラダル〟に引っかからないだろ?」
「や、なんか…〝ラダル〟じゃなくて、普通に耳で。私たちが動くとなんか軽いものが動いてない?」
「わかりません」
ティヤは怖すぎて口調が丁寧になった。
ぽんこつになったティヤに代わり、スラは耳を澄ます。
スラの正面は来た道。ティヤの正面が先に進む道。
(どっちだ?)
スラは肘でティヤをつつき、少し進んでみてくれと合図する。
ティヤは渋々少しずつ動き、スラも彼から離れないよう動いた。
(…こっちだ)
スラが感じた違和感は彼女の正面。
スラはティヤにこっちに散弾式を向けて警戒しろ、とティヤの腕を軽く引っ張って誘導する。
ティヤは大人しく従い、二人は暗がりのなにかに銃口を向ける。
二人は少しだけ驚いた。
反応のなかった照明がゆっくりと通路を照らし始めたからだ。
〝ラダル〟がなくとももう前が見える。
飾り気も窓もないクリーム色の通路が現れる。
二人から数m先、何かがポツンと置かれていた。
大人の両掌にすっぽり収まるくらいの、金属球体だ。
まるで誰かがそこにそっと置いたかのような突然の出現だった。
「ロボット…にも見えなくないけど…ん?なんか見たことが…」
ティヤは呟きながら、ロボットならば、と探り方を変えることにする。
「〝ラダル〟の優先順位を信号にしてみる。敵感知のままだと引っかからないくらい微弱なのかも」
ティヤがそう提案したので、スラは頷く。彼女は敵感知のまま起動させ、警戒を続けた。
ティヤが信号感知に切り替えた瞬間――
金属球体から赤茶色の液体が溢れ出した。
その液体はどんどん人の体を形成していき、金属球体は水銀のように揺らぐと人の頭部に似た形に変わった。
完成したその身体は一八〇㎝ほど。重力に逆らって体を形成する液体の動きはまるで炎のように揺らいでいる。
「ティヤ‼撃って‼」
敵感知に引っかかったとスラが叫び、ティヤとスラは一斉に散弾式をその未確認物体に放った。
眩い光の散弾がババババ‼と一斉に飛び、未確認物体の体中に被弾する。
赤茶色の液体の体は幾分か弾け散った。しかし水銀の頭部が光の散弾を弾き返した。
天井、壁、床に着弾し火花が飛んで一部停電する。
更に弾け散ったはずの液体が、磁石のように頭の元へ引き寄せられ戻っていた。
(一瞬で消し飛ばさないとだめだ‼)
相手が再生することを確認した二人は役割を即座に分担した。
スラが牽制射撃を続けて行い、ティヤが散弾式から砲弾式に変更した。
未確認物体はスラに撃たれ続けながら、二人の方へ走り出してきた。一歩の距離が人間離れしている俊足に二人は戦慄する。
「〝ミエ〟‼」
スラは咄嗟に機能を変更し、長剣式を振るう。
未確認物体の腕は渦となり、長剣式とぶつかった。
回転する激流の刃と長剣式は拮抗し、未確認物体とスラを照らすほど激しい火花が飛び散った。
(色的に分かるけどただの液体じゃない‼)
液体とキヴォトスの素材がなにかは知らないが、まるで金属同士のぶつかり合いである。
(―――だめだ‼)
〝ミエ〟の刃が負けることは無かったが、〝カーボナイト〟まで起動できなかったスラの両腕は徐々に押し負けていた。
今ここで〝カーボナイト〟を起動してこの一撃を防いでも、〝カーボナイト〟の起動中は初速が遅れるという瑕がある。追撃は確実に食らうことになる。
攻撃を受けた後では〝エスタ〟を起動しても効果は発揮されない。
あとだしの手は詰んでいた。
後ろの相棒を信じて、スラは長剣式を握る手を緩めた。
カァン‼と呆気なくスラの両手から長剣式が天井へと吹き飛んだ。
瞬間、スラは落ちるように床へ身を伏せた。
ドン―————————ッッ‼
ティヤの砲撃がスラの頭があった場所を通過し、未確認物体の胸あたりを貫いた。
未確認物体の水銀のような頭が床に向かって落下…する前に、下半身を形成していた液体が頭部を求めるように動いた。
頭部はその下半身の液体と合流すると、むくむくと液体の量が増えていく。
瞬く間に体が再生していく様を見て、二人は舌打ちし、ティヤが「しょうがない‼先に行こう!」とスラに声をかけた。未確認物体のいる方向がもと来た道だ。進むほかない。
スラもすぐに立ち上がり、二人は駆け出した。
「あいつ追ってくるんじゃない⁉」
スラは走りながら、後々の危険を示唆した。
ティヤは「分かってるけど」と考えを巡らせていると、「ああ!」と声を上げた。
「思い出した!人類兵器の歴史の本で見たやつだ!」
「え⁉あった⁉」
「Fageで最も強いロボットだったはず。人類兵器は全く歯が立たないって言われてて、なんでかっていうと…」
「今説明しなくていいからね⁉--で!このままエレベーターで下に行く⁉」
「いや、階段で行く。施設自体にセキュリティがないって断言するのは早計だ。途中で止められる可能性があるかもしれない」
他のセキュリティがどう動くか分からない以上、電気回路のある道は避けるべきだとティヤは考えた。
「階段を使ってたらあいつに追い付かれるかも。昇降路を落ちて一気に下まで行こうよ」
スラがそう言うと、ティヤは少しの間黙った後、「なるほど」と笑みを浮かべた。
「〝グラビティ〟は足場に近づくほど浮力が高まるから転落死はしない。丁度、海底六階が最下階だ。やってみよう」
階段はこのまま正面の突き当り右にあるが、ティヤは左手にあった通路を曲がった。
二人はエレベーター前までやってきた。
ちょうどこの階で止まっている。ティヤはエレベーターの扉をタップして開き、一度中に入って最上階を設定する。エレベーターに乗らない以上、そのかごは邪魔だ。扉が閉まる前に出てきて、スラと向き合った。
「作戦会議。見るからに、あの水銀の頭が急所だと思う」
「同感。でも散弾式じゃ弾かれたね。砲弾式も一番強い式でないと壊せないかも」
「砲弾式は出力が高い式ほど次弾装填は遅いし正確な照準を決めるには動きも止めなくちゃいけない。…だから、タイミングをズラして迎え撃とう」
ニヤリと音が聞こえてきそうな笑みを浮かべるティヤに、スラも同じように笑って頷く。
――――――――――――ー
警備ロボットというものは存在していた。
しかし、故障や損傷を補填する資源が足りず、Fageが始まって間もなく、その数は激減してしまった。
代わりに開発されたのは、植物の性質を取り込んだ機械兵器だった。
光エネルギーと微生物がいれば自然と大きくなり、核が効率的にそれらをコントロールする。コストパフォーマンスが高く、最小限の資源で作成できる核が調達できれば量産も可能である。
電子戦をも兼ね備えた、Fageにて最強の兵器。
〝精密兵器〟。
精密兵器は〝MSS〟が人を殺してでも守るべきだと判断された価値を守る騎士である。
砲弾式によって削られた体を再生した未確認物体――精密兵器は左右、上下に水銀のような頭を揺らしている。
罪人の生体信号を捉え、精密兵器は床を滑るように走り出す。
エレベーター前までやってくると、エレベーターの扉が自動で開いた。
精密兵器は空気の通るその筒状のエレベーターの中を覗き込み、--静かに落下した。
落ちながら、人の腕を真似していたそれを激流の渦に変形させ振りかぶる。
その下にいたのは。
〝ミエ〟槍式を構えたティヤだった。
ティヤは戦意を見せて精密兵器を引きつけ、〝ブースト〟で素早くその場を離れた。
精密兵器は壁沿いに液体の体を這わせる。
流れ落ちる滝のような姿となって一番下まで降りてきた。
人型に戻るため液体がぐるぐると循環しながら体を作り直した――が、
すでに、スラによって砲弾式から大きな光弾が放たれていた。
光の大玉が精密兵器へ―――ゴオオッッ‼と直撃する。
そのまま壁と光の大玉に挟まれ、熾烈な熱量にガガガ‼と砕け散った。
それだけに収まらず、ジャベリンの衝撃によりエレベーターのロープが壊れ、最上階からかごが精密兵器の頭上へ真っ直ぐに落ちた。
耳を塞ぎたくなるような騒音が次々と響く。
二人は〝エスタ〟を展開させ、風圧と破片から身を守り、精密兵器に不意打ちを突かれないよう警戒する。
塵や埃が舞って視界が悪かったが、次第に前が開けていく。
〝ラダル〟が精密兵器の沈黙を明確に伝達してきた。
ティヤとスラはほっと胸を撫でおろす。
ジャベリンで外してしまった場合、相棒の守備が必須となる。
ジャベリンが外してしまった場合は、ティヤが高出力と速度に優れた槍式で時間を稼ぎ、スラがもう一度ジャベリンを撃つ算段であった。
二人は潰れたエレベーターに近づく。
赤茶色の液体が散乱し、頭部だった金属が液状になって広がっている。その中、金属の液体にまみれてなにか虹色に光る破片があった。
ティヤは槍式の槍先でその粉々になっている破片をつついた。
「核があるって確か書いてあったような…これがそうか?」
「なんで最初に〝ラダル〟は反応してくれなかったのかな。めっちゃ脅威だったよ…」
「俺が信号感知を優先した途端だったよな。確かこいつはエンドレスシーに接続できるんだよ。俺達の様子を観察していたら、俺が信号で探りを入れてきた…その行為自体がこいつにとっては敵っていう合図なのかも」
「難しいなぁ…」
「まあ今はいいよ。後で説明してやる。…さて」
スラが丁重に断る前に、ティヤは振り返った。
海底六階のエントランス。
見上げるほど大きな扉の先には、浄水虫の飼育室になっている。
この大きな扉にも施錠はなく、人間を感知すれば開く仕様になっている。
しかし、ティヤとスラは立ち尽くしたままだ。
「…ねぇ、やばくない?この臭い」
耐えきれず、手で鼻を抑えたスラがティヤに訴える。
ティヤもまた鼻をつまみながら同意した。
浄水虫とは、人間が生活するために出た汚物を浄化するキメラのことだ。見た目は成人男性の前腕くらいの大きさをしたクマムシに似ている。
Fageでは人間の汚物以外にも工業廃水用、不燃ごみ、資源ごみに分けて浄水虫の飼育施設が大陸に配備されていた。
ナグルファルに配備された施設は双子のいるここのみ。人間の汚物用の施設だ。
汚物を大釜で煮込んだような悪臭に、双子は先に進めずにいた。
ティヤはスラに向き合い、ふごふごと鼻を鳴らしながら提案する。
「とりあえず一匹だけ見繕おう。それで体捌いて見れば、多少なにか情報が得られるはず」
結局入るのか…と絶望するスラの腕を引っ張り、ティヤは扉に近づいた。
ず、と扉が重たそうに床に収納されていく。
悪臭が増すかと思われたが、案外臭いのひどさは変わらなかった。
床から天井にまで及ぶ巨大な水槽が六つ分けられ、浄水虫たちは特殊な養液の中をのろい動きで動いている。
一つの水槽に数千匹くらいだろうか、下から上までまんべんなくいる。
浄水虫の表皮から気まぐれに細い触手が伸びていて、それが汚物と見られる物体に触れるとふわ~と体をくっつけて食している。
「水槽の液体が水色だからかな?あんまりど汚く見えないね。良かった」
汚物と見られるものも、その液体によって石のような塊になって漂っている。色も青みがかった鼠色だから、嫌悪感は少ない。
大分臭いに慣れて余裕が生まれ、スラが水族館の水槽を見るように顔を近づける。
水槽には他に大人三人ほど入れそうな太い管と、一人が入れそうな細めの管がある。その細めの管に、水槽の床を這っている平べったい手の平サイズのロボットが出入りしていた。
ティヤも隅々まで観察すると、んん、と唸った。
「あの平べったいロボットは…糞や粘膜を採集しているのか…。上の階に行けばそれは見つかるかもだけど」
「欲しいのは目の前の浄水虫だもんね」
「ああ。…それに」
二人のキヴォトスから銀糸が弾け飛び、〝ブリッツ〟散弾式が編まれた。
二人の視線は降下していたエレベーター。
精密兵器共々残骸となったそこに、コロコロ、コロコロ、と複数の金属球体が壁を転がって床に集まって来ていた。
ティヤがはぁ、と面倒くさそうにため息をついた。
「そりゃあ、Fageの資源物だって言われてる浄水虫を、精密兵器が一騎だけで守ってるワケないよな」
次々と人型になる精密兵器に、スラはいっそ感心したようにほくそ笑んだ。
「施設のセキュリティがほとんどないのってさ、もしかして精密兵器がいるからだったり?」
「だったら最悪だな」
ティヤも同じ顔で笑みを作る。
精密兵器の総数は一〇機。
Nage最強の武器とFage最強の兵器の戦闘が始まった。