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Causal flood Prelude  作者: 山羊原 唱
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四話 暗い道

〝一人ずつ泥を落とした


 石のように沈んで雪のように積もって やがて〝黒い箱〟になったのだ

 そこから出てきた泥の蛇 私たちを食べにやってくる


 ダイヤを集めて剣を編め 頭を斬り落とす


 針を束ねて槍を織れ 胴を貫く


 凍った涙を溶かしたら その眼球を潰す雨になる


 骨を組んで爪を重ねろ  その鱗を引き剥がす


 彼女の歌を結んだら  その旋律が私たちを守る盾になる


 一人ずつ泥を持て


 石のように重く雪のように冷たい


 泥を持て〟



 この歌は一度だけ聴いたことがある。

 大切なことを聞いて、教えてもらった歌だった。

 この怖い歌と、素敵な歌を教えてくれた人がいたはずだ。


 水の中で目を開けるような、ぼんやりとした記憶の中。

 顔も身なりもなにも思い出せないが、声は女性のものだ。


 素敵な歌の方は思い出せないけれど、この怖い歌はこの世界に(・・・・・)合っているから(・・・・・・・)思い出せる。ぼんやりとそんな気がした。



 耳の良いスラは歌っていた人を真似して歌ってみる。

(あのお姉さんとどこで会ったっけ。どんな顔だったかな)


 今日は研修一日目の夜。

 FageからNageまでの歴史を辿った。

「Reference/Library」ではこれから戦う敵、アスタロトについて学んだ。

 戦うための武器キヴォトスの機能を覚え、演習所でその機能を試した。


 敵感知の〝ラダル〟は最弱の設定にあったため二人で変更できないか試してみたものの、変更不可であった。

 ただ、〝ブリッツ〟は銃撃型と砲撃型の他に狙撃型という、砲撃型より飛距離の長い攻撃手段が搭載されていた。一つ瑕なのは、誰でも使えるキヴォトスでも最も技術を要する、というところだ。


 兵舎に戻った後は明日に備えて汗を流し、眠ることだけだ。

 しかし、スラは今日の研修内容のことや明日の戦闘のことなど考えていなかった。

(あのお姉さんとは、この船のどこで会ったんだっけ)

 ティヤはシャワーを浴びている。順番待ちをしている彼女は部屋であの歌から結びつく記憶を辿っていた。

(この船の、どこで)

 この部屋に一つだけある窓の前に立ち、スラは暗闇に反射する自分の顔をじっと強く見つめた。

 琥珀色の瞳と、この顔を。



 シャワー室から出てきたティヤは「次いいよ」と軽い口調でスラに声をかけた。しかし何も応答がなかったので彼はきょとんとした。

「スラ?」

 シャワーを待っているはずの彼女の姿が、忽然と消えていた。

 「指示書」を確認するテーブルに、〝ミエ〟の剣先で「外」と文字を刻んだ跡があった。紙がないから仕方ないとはいえ乱暴な置手〝紙〟だ。

「…外?……。………街に行ったってこと?」



――――――――


 夜空はどっぷりとした暗闇であった。

 スラは兵舎から出て適当な道を選んで歩いていた。

 警戒のために〝ラダル〟を起動させておくが、風すら感じない。

 検問所のような警備室が兵舎の出口にあったものの、警備員は見当たらず、物理的に出入りを規制するシステムもなかった。勝手に出てきた本人すらこんなに簡単に出られていいのかと疑問に思ってしまう。


 人が三人並んで歩けるくらいの歩道は水面に浮いている。

 道の作り方や建造物の浮き方は兵舎と同じだ。

 道には人を感知して二つ先まで灯る街灯が並列している。

 一つの街灯を過ぎれば二、三秒ほどで消える。そして一歩踏み出せば体の向きでその方向に合わせて街灯が先取りする。きっとこの仕様は、人が多ければ多いほど明るくなるものだろう。

 たった一人歩くスラだけでは、街灯二つ分の先しか明るくならない。

「ティヤも誘えばよかったかなぁ。でもシャワー浴びた後で連れ出すのは可哀想だしね」


 辺りの建物には一つも灯りが点いておらず、窓から部屋の中は見えないほど暗い。

 建造物は上部に向かうにしたがって狭まっている。上階より下階の比重を増すことで浮力のバランスを取っているためだ。

 沈没都市の建造物をそのまま引き継いでいるので、Nage(新時代)とはいっても景色はFageと変わらないのだろう。


「海底施設もあるらしいけど、そういう所ってどこから入るのかな。下半身デブみたいなビルばっかり。一軒家とか見かけないなぁ」

 目についたもの一々に一言漏らす彼女は、「お!」と声を上げて立ち止った。というより、止めざるを得なかった。

 スラが進もうとしているその先の街灯が全く反応しなかったからだ。灯りのないその先は、空との境目が分からないくらいに真っ黒であった。スラは前方を強気に睨むが、暗闇に怖気づいてしまう。

「やっぱりティヤも連れてくれば良かった。…ううん。あいつはこういう時一緒に来てくれないもん。暗い所嫌いだから。どうせ変わらなかったよ」

 スラはくるりと「光のないその先」に背を向け、来た道を振り返る。すると来た道の二つ先の街灯までパパッと灯りが点いた。

「んもう!帰れって言ってるみたいだね、街灯が‼」

 頬を膨らませて街灯にそう怒鳴り、スラは速足で来た道を戻っていく。


 頭の片隅に凝りのような疑問が、そこにいる。

 それを解きたくて出てきたけれど何も見つけられなかった。


(…私たち、兵士になる前はどこにいたんだっけ?)



―――――――――


 スラは兵舎に戻ってきた。

 街につながる一本道をも振り返る。もう街灯は一つも点かない。


「スラ!」

 聞き慣れた声に、スラはハッと上を見上げた。兵舎の窓からティヤが顔を出していた。眉間に皺を寄せてかなり怒っている。

「お前、何してるんだよ!勝手なことするなって何回言わせるんだ!怒られても知らないぞ!」

 いつもみたいにスラが言い返してくるとティヤは思ったが、俯いてしまったスラにそれ以上怒鳴ることはしなかった。

 なにかあったのか声をかけようとしたら、スラが顔を上げた。

「‥‥ねえ、ティヤ」


スラは少し大きな声で彼に尋ねた。

誰に(・・)怒られるんだろう?」


 途端、周囲の静けさが冷たく感じた。


「誰?誰って。それは……」

 ティヤは言いながら答えが出てこない自分に驚く。

 ティヤの困惑した顔を見て、スラはしまったと思った。

 いつもみたいに笑って、彼女は首を振った。

「ごめん。何でもない。ちょっと人と話してみたかったの。でもこんな時間だしね。もう皆寝てたみたい。どこの建物も真っ暗だった」

「あ、ああ。街の方は真っ暗だもんな。俺達も寝よう。明日があるんだから」

 これ以上の詮索は余計なことなのだと、口にしなくてもお互い通じた。明日には怪物と戦うために海に出るのだ。

 それよりも大事なことなんて、あるわけがない。

 ティヤは兵舎に入っていく彼女を窓から見送り、次いで真っ暗な空を見上げた。

(‥‥人が少ないなんて当たり前だよ。アスタロトに襲われて人口は減ったんだ。だから俺達キヴォトス兵が必要で。〝指示書〟が司令官の代わりだろ。そう、だから…)

 彼の森林のような緑の瞳が不安に揺れた。


――――――――――


 初戦は二日目となった。

 空は快晴、風は穏やかで、海は耳に心地よい波音を立てていた。

 研修着から戦闘服に整えた二人はキヴォトスを起動させ、高さ三mの水路の上に立つ。


 そして、スラが一歩前に出た。

「それじゃ、援護と指示、お願いね」

 状況把握と情報整理が得意なティヤはナグルファルに残り、咄嗟の判断力があるスラが前衛に出ることになっていた。

 ティヤはスラの背中を一瞬だけ心配に満ちた瞳で見たが、彼女の背中に軽く拳を置いて「任せろ」と激励と信頼を渡す。

 それは彼女にも伝わり、一つ頷くと迷いなく一人で海に出て行った。


 今日は〝ブリッツ(狙撃型)〟を試すことにしていた。最高四〇〇〇mの狙撃が可能ということだが、スラは狙撃の才能が皆無であった。

 ティヤはというと、演習で的を当てた最高距離は二〇〇三mだった。

 誰でも使えるキヴォトスであるため、照準を合わす、という補正は備わっていた。しかし、風や獲物の動きを読む、という点は使用者の力量の範疇だ。


 ティヤが残した成績がどこまで通用するかは実物を相手にしなくてはいけない。

 とはいえ海に人が出なければアスタロトも出てこないので、やはり一人は海で戦う必要がある。

 ティヤのキヴォトスから〝ブリッツ(狙撃型)〟シャイタックが編まれていく。三種類ある狙撃型の中で一番成績を伸ばせたタイプだった。

 ティヤは腹這いになり、スコープに目を当てた。沖で滑走するスラをスコープ越しに確認しながら、呼吸を整える。



 沖まで出陣したスラは〝ミエ(剣型)刀剣式(グラディウス)を構えた。

(来た)

 すでに起動させている〝ラダル〟から敵を感知した。数は二頭。正面からどんどんと海面に上がって来る。

(突っ込んで来る気だ‼)

 穏やかな波が裂け、黒い塊が姿を現す。一頭は海面に現れ、二頭目は一頭目の後ろを泳いでいる。

 闇の目がスラを捉え、まっすぐ彼女に向かう。

 スラは斬撃を入れる構えのまま二〇mを超える怪物を待った(・・・)


 スラの顔に波しぶきの粒が届いた。


 彼女は「〝イリュジオン〟‼〝カーボナイト〟‼」とキヴォトスに指示を出した。

 その指示が終わる瞬間、アスタロトが大口を開けて突っ込んできた。

 彼女を包み込むくらい大量の銀糸が溢れ、そのまま正面の怪物の口の中に飲み込まれてしまった。


 ―――パアァン!と花火が上がるような音がした。

 そしてその音に遅れて、光の矢はスラを飲み込んだ一頭のアスタロトの頭部を屠った。

 ティヤの狙撃に二頭目のアスタロトは驚き、一度深く海に潜ろうと体勢を反転させようとした。


 幻覚を囮にし、海中に潜んでいたスラは大斧式(ハルバード)を構えた。

 アスタロトの胴体に鋭く、ド‼と差し込むと、スラは大斧式から手を離し、〝ブリッツ(銃撃型)〟をがむしゃらに大斧式にぶつけた。

 海中で激しい泡が炸裂する。

 アスタロトは大斧式がどんどん体に食い込む痛みに暴れ回った。ミミズのように激しくうねりながら海中深く消えていく。二頭目の撃破だ。


 スラは〝ラダル〟を頼りに、暴れるアスタロトに巻き込まれないようなんとか海面に顔を出した。

 〝グラビティ〟を起動させて海面に立てるようになると、ハッとして振り返った。

(増援が来た‼)

 すかさず〝ブースト〟で速度を上げ、その場から速やかに離れる。彼女の後ろを、新しいアスタロトが追いかける。

「三頭も‼」

 スラは感知した数に思わず舌打ちする。

〈スラ‼そのままナグルファルに戻れ‼今日はもう撤退しよう‼〉

 〝エア〟からティヤの声が聞こえた。一人で対応できる数は大体二頭だと二人は踏んでいた。

 スラに異論はなく、「分かった」と答え、全速でナグルファルへ滑走した。



 ティヤはシャイタックを構い直し、スラの後を追いかけてくるアスタロトに向け狙撃した。

 その一発は掠ってしまう。よくみるとアスタロト特有の波の形が違った。

 先ほどは狙撃の存在を知られていなかったために当たったが、アスタロトは狙撃がいることを理解し、泳ぎ方を変えている。

 狙撃の照準が定まらないようウミヘビそっくりな泳ぎ方だ。


 ティヤは焦らないよう呼吸を整える。

 狙いを定めるにはアスタロトの波の動きを読むしかない。

 獲物を確実に仕留める時、アスタロトは頭を突き出す。そのタイミングを逃さないよう瞬きすら惜しんだ。

(この一発でスラに一番近いアスタロトに当ててやる)

 照準がピタリと定まった時、ティヤは引き金を引いた。花火のような破裂音が遅れて空気を震わせる。

 それと同時に、一頭のアスタロトがスラの後ろにぴたりと頭部を止めた。


 ―—ティヤの読みが上手かった。

 着弾の時間差とアスタロトの動きを見事に読み、アスタロトの顔面がボン‼と弾けた。


 しかし、ティヤは「スラ‼」と叫んだ。

 彼女の背後に迫っていたアスタロトとの距離スラが近すぎた。着弾の風圧のせいでスラは体勢を崩し、海面で転んでしまった。

〝グラビティ〟を起動したままなので沈みはしないが、立ち上がるたったの数秒で残りの二頭が集まる。


 その光景に嫌な汗がどっと流れる。ティヤは歯を食いしばった。

(大丈夫。もうこの距離なら絶対当てられる。落ち着け。落ち着け)

 焦る自分を体の中から叱りつける。

 まるで失敗したいつの日かを思い出すような、自分への強い叱咤だった。


(もう、―—————————————二度(・・)と死なせない‼)

 

 アスタロトの攻撃手段で最も速いのは尾を振り切る動作。それが、二頭同時にスラに襲い掛かった。

「〝エスタ〟‼〝カーボナイト〟ッッ‼」

 考えるより先に、スラは声を張り上げた。彼女の体は波打つように一瞬揺らぎ、体の周りに光の帯が巻き上がって現れる。

 二頭分の剛力がカウンター機能にぶつかると、彼女の体は直線状に飛んだ。


 ティヤの狙撃はアスタロトの攻撃より一秒も無い刹那、遅かった。

 スラが防御に徹したことを信じてティヤは引き金を引いていた。


 また、花火の打ち上がる音が空気を震わせる。

 飛ばされたスラとすれ違うように、ティヤの雷撃が射出され、二頭のアスタロトの尾を付け根から焼き飛ばした。

 アスタロトは喚き散らかすとその場から思い思いに離れていく。攻撃手段と機動力になる尾を失い、体節の動きだけで海中に逃げ込んだ。

 相手の一時撤退を確認して、ティヤは安堵のため息をつく。



 スラの体は水路の壁を突き破り、仰向けに転がっていた。

「スラ‼生きてるか⁉」

 ティヤは彼女のもとへすぐに駆け出した。

 スラの姿がしっかり見えてくると、ティヤは〝グラビティ〟を起動させて水路の上から飛び降りる。ふわりと着地し、スラの傍らに膝をついた。

「スラ!」

 ぐったりと意識のない彼女だが、ティヤはあることに気が付く。衝撃によって潰れているのではないかと思ったその体は、生きている時と同じようにふっくらと呼吸していた。

 衝撃により気絶していると分かって、ティヤはぺたんと座り込んだ。

「…良かった…生きてる」

 そして、後ろを振り返って壊れた水路から海を見た。


 アスタロトが海面から少しだけ顔を出してこちらを窺っていたが、ナグルファルにまで乗り込んで来る気がないらしく、そのままゆっくりと海中に姿を消した。

「‥‥なんで、来ないんだ」

 怪物たちの行動が理解出来ず、ティヤの声が震える。

 〝ラダル〟は何も反応がない。脅威は確かに去ったのだ。

 優先順位はスラの手当だと考え直したティヤは、気絶している彼女のキヴォトスをいじり、〝カーボナイト〟を停止させ、〝グラビティ〟の機能をもう一度入力する。

「〝エスタ〟で尾ひれを防いで、〝カーボナイト〟で水路の衝突から体を守ったのか。…ほんと、頭使わない分、勘は良いんだから」

 感心と呆れの混じった苦笑を浮かべる。

 しかしすぐにティヤは相手の知能の高さに苦い表情となった。

 一見、脳なんて詰まってなさそうな虚ろな顔をしたアスタロトだが、戦略的であり、協調性も備わっていた。

 ティヤは〝グラビティ〟で軽量化したスラを背負って、兵舎へと戻っていった。


 二人は〝初戦〟を生き残ったのだ。





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